■17 アルラウネのお姫様のようです
少女に向かって真っすぐ突っ込んでいく狂暴なイノシシ。
その速度はかなりのものだ。猪突猛進とはよく言ったものである。
だが、私だって四六時中、猪突の如く広大な売り場面積のホームセンターの中を走り回っていた、立派なホームセンター店員だ。
自慢じゃないが、脚力には自信がある。
イノシシの激突よりも早く、私は少女の前に立ち塞がることに成功した。
「動かないでね!」
叫ぶと同時に、私は《錬金》を発動する。
夜闇に染まった森の中、私の体から発した魔力の発光は一瞬だけ。
疾駆の途中のイノシシには、私が魔法で何かを生み出したなどと、判断できるわけがない。
ただ迫りくるイノシシに向かって両腕を突き出し、無防備に立っているようにしか見えないはずだ。
私は考える――否、今まで考えていた。
自分の作る魔道具というものの特性について。
あの〝刀〟や〝単管パイプ〟から察するに、私が作り出した魔道具は、魔力を纏わせることによって軽くなったり=つまり、使用者にとって扱い易い重量となる。
更に、その魔力が斬撃や打撃となって放たれる、という攻撃方法が可能のようだ。
なら、防御はどうか?
イノシシが、私の目と鼻の先にまで突っ込んできた。
「きゃあっ!」
背後で、少女が悲鳴を上げる。
――甲高い金属音が鳴り響いたのは、直後だった。
「……~~~~~」
私の目前で、まるで目に見えない〝何か〟にぶつかったかのようにして、イノシシがドスンと倒れた。
「え、え?」
「マコ!」
困惑する少女と、慌てて駆け寄ってくるマウル。
「大丈夫!? マコ」
「うん、何も問題はないよ」
マウルはそこで、私の伸ばした両手の先が掴んでいるものに気付く。
「マコ、これ……」
それは、巨大な金属の網だ。
約1m×2mほどのサイズの、格子状になった亜鉛メッキ鉄線の金網である。
これは、〝防獣フェンス〟。
使用用途は名前の通り、農場などに猿とかイノシシとかの獣が入ってこないように立てておく柵である。
「なるほどね、〝防獣フェンス〟に魔力を込めれば、こんな立派な防壁になるんだ」
目を回して倒れているイノシシを見て、私は内心で胸を撫で下ろす。
……実は、ぶっつけ本番でちょっと緊張してたんだよね。
「さてと」
私はそこで、改めて少女を振り返る。
変わった風体の、〝花の妖精〟といった感じの少女は、怯え切った目で私を見上げてくる。
私は、店内で親とはぐれて迷子になってしまった時の子供に接するように、 膝を折って目線を合わせ、表情を柔らかくする。
「もう大丈夫だよ。怪我は無い?」
私の問い掛けに、少女はハッとした表情でコクコクと頷く。
そして直後。
「ご……ごめんなさい!」
そう叫んで、ぽろぽろと涙を流しだした。
※ ※ ※ ※ ※
「わたしはフレッサ。アルラウネのフレッサです」
「アルラウネ?」
「はい」
私達は今、件の少女――フレッサと一緒に森の中を進んでいる。
フレッサは、まるで道がわかっているかのように、暗闇の中を迷い無く進んでいく。
「わたし達は、アルラウネという種族で、ここからずっと離れた場所にある、アルラウネの国で暮らしていたんです……」
アルラウネ。
確か、RPGゲームのモンスターでよく見かける名称だとは思う。
植物と人の混じったような種族ということだろうか。
「でもある日、人間の人達がわたし達の国にやってきて、わたし達を追い出したのです……」
「侵略されたってこと?」
「住んでいたアルラウネは、みんなバラバラに逃げて……わたしとお姉ちゃんは、ここまで逃げてきましたです」
しょぼんとした様子で、その経緯を語るフレッサ。
「あ、着きましたです。この奥に、おねえちゃんがいます」
森の奥、そこに現れた洞穴。
私達は洞穴の中に入り、フレッサの後に従う。
「おねえちゃんは、逃げてくる間に体調を壊しちゃって、今は動くこともできないです」
「食事とかは、どうしてたの?」
「わたし達アルラウネは、大地や草花から栄養をもらって生きています。でも、このあたりの土地には、まったく栄養がなくて……」
なるほど。
「だから、さっき菜園の植物から栄養をもらってたんだ」
「はい……ごめんなさい。本当は悪いことだってわかってたのです。でも、このままじゃお姉ちゃんが……」
どうやら、彼女はお姉ちゃんを助けるために、栄養を集めていたようだ。
「大丈夫、気にしないで。事情があるなら仕方ないよ」
マウルは、そんなフレッサに優しく言い聞かせる。
相変わらず良い子だなぁ、マウルは。
私達はフレッサに案内されるまま、洞窟の中を進んでいく。
やがて、天井の一部が崩れて、そこからちょうどよく月光が差し込んでいる、少し開けた空間に出た。
「お姉ちゃん!」
その月光に照らされ、一人の女性が横たわっていた。
「うわ……」
そう、私は思わず息を呑んでしまった。
絶世の美女だ。
成人した、均整の取れた体――その体の要所要所は、フレッサと同じように頭部に咲いた花から伸びる蔦のみで隠されており、かなり際どい印象を受ける。
同性の私でも、思わずドキリとするくらい美しい。
「ん……フレッサ」
彼女はフレッサの声が聞こえたからか、弱々しい声を発しながら、瞑っていた両目を開ける。
「……そちらの、方々は?」
「あ、あのね、その……」
「事情は聞かせてもらいました」
私は彼女の横に膝を折り、座る。
「人間の侵略を受けて、住んでいた場所を追われ、命からがらこの地までやって来た……大変でしたね」
「……ああ、これは、申し訳ございません、このような恰好で」
フレッサの姉は、ゆっくり体を起こそうとする。
しかし、その動きはやはり危うい感じがして、私は無理をさせないよう背中に触れながら介助した。
「わたくしは、アルラウネの国……アルフラウンド国の、第4代王女……オルキデアと申します」
「お、王女?」
それは聞いてなかった。
フレッサちゃん、とんでもない立場の人じゃないですか。
「もしかして、散歩に出ていたフレッサが迷子になっていたところを、助けていただいたのでしょうか? うふふ、申し訳ございません、そそっかしくて……」
オルキデアさんは弱々しい声音ではあるが、そう気丈に振舞っている。
流石は王女といったところか。
……それとも、もしかしたら天然なのかもしれない。
「お姉ちゃん、ごめんなさいです!」
そこで、フレッサちゃんが叫んだ。
「わたし、マコ様とマウル様が大事に育てていた植物から、勝手に力をもらおうとしちゃったんです!」
「まぁ、なんということを……」
フレッサちゃんのその言葉に、オルキデアさんはショックを受けたような表情をする。
「大変申し訳ございません、さぞお怒りでしょう、わたくしに償える事がありましたら如何様にも……」
「いえいえ、大丈夫ですってば。さっきも言いましたが、事情は聞きましたし。それに、フレッサちゃんはオルキデアさんのために栄養を持っていこうとしてたんです、叱らないであげてください」
私が諭すと、オルキデアさんはフレッサちゃんを一瞥し、また悲しげな表情となる。
「どうして、このようなことに……わたくし達はただ、平和に暮らしていただけなのに……」
……それに関しては、私にどうこう言える道理はない。
人間のすることを一々間違っていると断罪する程、偉そうな態度を取れるわけでもない。
でも、今の自分に出来る、助けられることがあるなら、する。
(……『俺には夢がない、でも、誰かの夢を守ることはできる』……っていうのとは、ちょっと違うけど……)
けど、仮●ライダー555、イヌイ・タクミの不器用ながら頼り甲斐のある姿を思い出し、私は手の中にアンプルを生成した。
「それは……」
「私には、植物を元気にすることができる力があるんです、オルキデアさん」
見たところ、萎れている頭部の花の様子を見るに、リン酸を中心に調合した方が良さそうだ。
私は《液肥》を調合し、それをオルキデアさんの口元につける。
「きっとこれで、大丈夫のはずです」
「ああ、ありがとうございます、マコ様、このご恩は………にがぁあい!」
《液肥》を飲んだオルキデアさんは、似合わない程の大声で叫んで飛び上がった。涙目になっている。
あ、やっぱりまずいんだ、これ。
※ ※ ※ ※ ※
――翌朝。
アバトクスの村の中央広場は、集まった《ベオウルフ》達のざわめきで支配されていた。
「えーっと……こちらの方が」
「皆様、はじめまして! わたくし、アルフランド国第4代王女、オルキデアと申します!」
「妹のフレッサです!」
集まった《ベオウルフ》達の前には、すっかり元気になったオルキデアさんとフレッサちゃんの姿があった。
頭部の花も満開で、全身からは生命力溢れる光を迸らせている。
「わたくし達、暮らしていた土地を追われ、この地まで逃げ延びてきた身。そんな放浪の最中、息絶える寸前だったところを昨夜、マコ様に救っていただきました!」
《ベオウルフ》のみんなの視線がこちらに向く。
私は、「いやぁ……」と頭を掻いて適当にごまかす。
「命を救っていただいた御恩を返すため、こちらの村で一緒に住まわせていただきます! なんなりとご用命くださいませ!」
「ご用命くださいませ、っつったって……」
「なぁ、マコ。本当なのか? その、アルラウネのお姫様って」
「みたいだよ」
ラムとバゴズに話しかけられ、私はそう返す。
昨夜、すっかり復調したオルキデアさんとフレッサちゃんに、やる気満々で「ご恩を返させてください!」「くださいです!」と迫られたのだ。
まぁ、本人達がそうしたいというのなら、止めはしないけど。
「しかし、恩返しって……あんたら何ができるんだ?」
「力仕事なんて、その細腕じゃ無理だろ」
《ベオウルフ》達に言われ、オルキデアさんは少し黙考する。
「そうですね……では、お花を育てさせていただくというのはどうでしょう?」
言うが早いか、オルキデアさんは傍田に咲いている小さな花の下にしゃがみ込み、手を翳す。
すると、その手先から溢れた光が花に吸い込まれ、その小さな花は大輪を咲かせた。
なるほど、植物から生命力をもらったり、逆に生命力を与えたりすることができるようだ。
「綺麗なお花が咲き乱れれば、きっと皆様の心の癒しになるかと」
「お、おう」
「そうだな、まぁ、確かに」
「出来が良ければ、街で売れるかもしれないしな」
「それに、村の中に美人の女の子が〝三人〟もいるってのは、確かに癒しの効果があるかもな」
そう言って、数名の《ベオウルフ》達はオルキデアさんをトロンとした目で見詰めている。
現金なオス達め。
まぁ、確かに、オルキデアさんが美人なのは事実だし仕方がない。
「マコ様、この村の方々は、皆良い方ばかりですね!」
そう考えていると、オルキデアさんに話し掛けられた。
彼女は私の手を取り、にこやかな笑みを湛えて言う。
「わたくし達の暮らしていた国を思い出します。ちょうど、同じくらいの人口、同じくらいの規模の国でした」
へぇ、国って言っても、そんなに大きなものじゃなかったんだ。
まぁ、種族によって色んな価値観はあるものだし。
「わたくし、マコ様と出会えた事を、神様に感謝しなくてはなりません。本当に幸福です」
どこか熱っぽい目で見詰めてくる彼女に、私は心臓が高鳴る。
無意識の色仕掛けはやめて欲しいなぁ。
「マコ様、私、マコ様にご恩を返すためならば、なんでも致します。遠慮なく申してくださいね」
「あ、はい……」
じゃあまず、人間と同じように服を着て欲しいかな。
目のやり場に困るので。




