■16 マウルも野菜を育ててみます
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名前:ホンダ=マコ
スキル:《錬金》《対話》《土壌調査》《液肥》
属性:なし
HP:500/500
MP:700/780
称号:《DIYマスター》《グリーンマスター》《ペットマスター》
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「おぉ……」
久しぶりにステータス画面を開いて見たら、結構色々と変わっていた。
ここ数日、色んなものを召喚したり、《グリーンマスター》としての力も目覚めたりしたので、それらがステータスの成長に繋がっていたようだ。
「それにしても……」
新たに目覚めた《土壌調査》と《液肥》、これは結構凄い力かもしれない。
簡単に言ってしまえば、どんな土地でも、どんな作物も育てられるような土壌に改良する事が出来るのだ。
無論、その間《液肥》は与え続けないといけないだろうけど。
「ううぉっしゃああああ! 元気に育てよ、俺とマコのカワイイ野菜達ぃぃぃぃ!」
「えーっと、誤解を招くような言い方は止めてね」
ウーガはやる気バリバリで、二度に渡る気絶の後遺症もなんのその、今日も裏庭の畑で水やりと雑草の除去を行っている。
彼には何本か《液肥》を作って渡してある。
足りなくなったら、また作って渡してあげる予定だ。
「ねぇねぇ、マコ」
そこで、私はズボンの裾を引っ張られて気付く。
マウルが、私を見上げていた。
「僕も、野菜作ってみたいな」
「え?」
「ぼ、僕達の家でも野菜が作れて収穫出来たら、お金が稼げるかもしれないし!」
「………」
私は、楽しそうに農作業をしているウーガの姿を見詰めるマウルの姿を思い出す。
……もしかして。
「マウル、ウーガが野菜を育ててるの見て、自分もやってみたいって思ったんだ」
「あう……」
マウルは顔を赤くして俯く。
「いやいや! 全然恥ずかしがる事じゃないよ! 楽しい事に興味を持つっていう事は良い事だしね。それに、本当に野菜が出来たら、家計の救けにもなるし」
私が言うと、マウルは嬉しそうに顔を輝かせる。
「やってもいい!?」
「うん、苗はあるの?」
「さっき、ウーガに分けてもらったんだ! ありがとう、マコ!」
マウルは元気に言って、私の足に抱き着いてきた。
なんだか、お母さんになった気分だ。
※ ※ ※ ※ ※
家に帰ると、マウルは早速、家の裏の土を耕し始めた。
「鍬をこういう風に使うのは、初めてかも」
「そういえば、畑が無いのになんで農具があるんだろうって思ってたけど」
土を一生懸命耕すマウルに、私は尋ねる。
「基本的には、野生の獣と戦うための武器とか、山の中で山菜とかの植物を収穫する時……あとは、雑草を刈るくらいにしか使ってなかったから」
「へぇー」
そうこう言っている内に、庭に簡単な畑ができた。
「さてと、それじゃ土の質から調べてみるね」
「うん!」
ウーガにわけてもらった苗は、彼が今育てているのと同じトマトの苗のようだ。
ということは、土の質や育て方は一緒で大丈夫だろう。
私は、耕された土に触れ《土壌調査》を発動する。
出た結果は、やはりウーガの畑と同じものだった。
しかし……何でここら辺の地域は、こんな変な土地なんだろう。
栄養が大地に留まらないなんて、なんだか呪われてるみたいだ。
「うん、大丈夫、とりあえず植えてみようか」
私とマウルは、一緒にウーガからもらった苗を植える。
苗は全部で十個ほど。小規模な家庭菜園だ。
でも、マウルの初めての畑なのだから、これくらいでちょうどいいのかもしれない。
「よし、じゃあ《液肥》を差しておくね」
私は、手の中に《液肥》を生み出すと、調合しトマト用のアンプルを作成――それを、畑の中心に差す。
ふと気になってMPを見ると、先ほど700あった数値が550にまで減っていた。《液肥》、結構魔力を消費するらしい。
『む? なんだ、これは』
そこにエンティアがやって来て、植えられたトマトの苗を鼻先でつつく。
「あ、ダメだよ、エンティア! 触るなら優しく触って!」
マウルが、そんなエンティアに注意する。
やはり、かなり気に入っている様子だ。
「早く実が付くといいね、マウル」
「うん」
マウルは嬉しそうに、えへへと笑った。
※ ※ ※ ※ ※
その夜。
私達は寝床――即ち、エンティアの上で三人揃って寝息を立てていた。
あれから、もうすっかりエンティアの体が私達のベッドとなっている。
もふもふで温かく、沈み込むような柔軟な筋肉は高級ベッドのようだ。
私の勤めるホームセンターで売っているような、安価のマットレスとはやはり断然寝心地が違う。
毎日快眠である。
流石、神狼の末裔の名は伊達ではない。
「……ん?」
ふと、私の横でマウルが体を起こしたのが分かった。
マウルはそのまま立ち上がると、そっと、音を立てないように家のドアを開けて、外に出ていく。
トイレだろうか?
「……もしくは、マウル菜園が気になっちゃったのかな?」
私は、にやにやと笑みを浮かべる。
気になって夜も眠れない程とは……マウルはやっぱり純粋でかわいいなぁ。
などと思っていた、その時だった。
「……っ!」
マウルが、慌てた様子で戻って来た。
物音は立てないようにしているが、明らかに焦っている様子がわかる。
「……どうしたの? マウル」
その様子が気になり、思わず私も起き上がる。
「マコ……大変……」
私が近付くと、マウルは私の腕にしがみ付いてくる。
どこか、焦っているような、怖がっているような感じだ。
「マウル……何かあったの?」
「誰か居るんだ」
私が冷静に聞くと、マウルは囁く。
「僕の畑の前に、誰かが立ってる……」
※ ※ ※ ※ ※
マウルと共に家の裏手にゆっくり回ると、昼間作ったばかりの畑の前に、確かに人影があった。
けれど、その人影はかなり小さい。
マウルと同じくらいの背格好だ。
その人影は畑の前に立ち、植物の方向に手を翳すように立っており、その体から燐光のような光を発している。
よく見れば、その光は畑に植えたトマトの苗から発生したものであり、まるで小柄な人影の人物は、その光を吸収しているかのようだった。
「マコ……苗が……」
マウルの悲しげな声が聞こえる。
光が溢れる程に、徐々に苗が萎れて行っているのがわかる。
あの光は、もしかしたら、あの苗の生命力のようなものなのだろうか?
まさか……栄養を盗んでる?
「ごめんなさい……」
その時、その人影が漏らす声が聞こえた。
子供の声だった。
まるで年端もいかない、女の子の声。
「ごめんなさい、ちょっとだけだから、ごめんなさい……」
その時、私達の足元でパキッと小枝が折れる音がした。
マウルが踏んでしまったようだ。
音に気付いたのか、その小さな人影はビクッと大きく体を揺らすと、こちらを振り返った。
「あ……」
植物から溢れていた光が止み、月光が地上を照らす。
その人影の姿が、露わとなった。
少女だった。
マウルやメアラと、同い年くらいの女の子。
ただし、その姿は変わった風体をしている。
衣服は着ておらず、植物の蔓で体の要所を覆って隠しており、頭部には花が咲いている。
花の形をした髪留めとかではなく、本当に花に見える。
そう――まるで、〝花の妖精〟だ。
「あ……あ……」
その少女は、私達の姿を見て驚いたように目を見開く。
そして、次の瞬間。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
慌てた様子で、その場から逃げ出した。
「あ! ま、待って!」
「マウル、とりあえず追うよ」
その少女が走っていった先は、山間、森の方向だ。
こんな夜中に、明かりのない森に飛び込むなんて危険だ。
私とマウルは、慌ててその後を追い掛けた。
※ ※ ※ ※ ※
「……いないね」
私とマウルは村の敷地を出て、森の入り口付近までやって来た。
そこから、月の明かりが届く範囲で森の中を探索するが、あの少女の姿は見当たらない。
「仕方がないね、あまり深追いをするわけにはいかないし、ここら辺が引き上げ時かな……」
これ以上、暗闇に包まれた森の中に入るのは危険だ。
残念ではあるが、ここで捜索は中断するしかない。
そう考えていた、その時だった。
「きゃあああ!」
悲鳴が聞こえた。
しかも、比較的近い。
私とマウルは、その音源の方向に向かって走る。
向かった先、木々に覆われた明かりの無い森の中――微かに差し込む月の明かりに照らされ、あの少女らしき人影を発見した。
何かに怯えるように、地面にへたり込んでいる。
そして彼女の向かい側、そこに、巨大な影が見える。
「野生の猪だ!」
マウルの言う通り、それは野生の猪だった。
大人のベオウルフほどある巨体に、長く鋭い牙。
涎を垂らし、爛々と光る眼光を少女の方に向けている。
見るからに、凶暴さが窺える。
まずい!
「マウル! ここにいて!」
私が駆け出したのと、猪が動けない少女に向かって突進を開始したのは、同時だった。
「あの子を助ける!」




