■12 《エルフ族》の長、アイデリアスです
「あなたが……」
エルフの族長――アイデリアスさん。
高い鼻に、碧い目、美術作品の彫刻のように整った顔立ちと威厳に溢れた見た目。
なるほど……長寿で高質な魔力を持つらしい《エルフ族》のトップと言われても、何ら疑問を抱かないオーラを感じる。
「初めまして、アイデリアスさん。私は、ホンダ=マコといいます」
私は名乗り、頭を下げる。
私達を取り囲むエルフの戦士達が、すぐさま武器を構える。
しかし、ガライやヴァルタイル、ルナトさん達Sランク冒険者が放つ強者の雰囲気を瞬時に察知したのだろう。
警戒心を高めながら、しかし、軽はずみに攻撃を仕掛けないようにしている。
一方、アイデリアスさんも、私の冷静な態度に少し訝りながら、話を聞いている。
「この度は、いきなりエルフの国にまでやって来て申し訳ありません。ですが、このままでは誤解を招いてしまうと思い、性急な対応が必要と考え、足を運んだ次第です」
「誤解?」
「私達は現在、このエルフの国を取り巻く七獣王の森の外で、領地を開拓しています」
グロウガ王から、爵位と一緒に賜った領地。
荒廃したウーデウス地方を、マコ領として発展させている最中である。
「その点に関しては聞いている。報告によると、既にかなりの規模が開拓されていたと……俄に信じがたい部分もあった」
アイデリアスさんは、私に言う。
「我々が常に監視をしているわけではないが、七獣王の森の魔獣達も人間の来訪を快く思っていないはずだ。特にあの場所は《金豹》の領域の外。何者かが好き勝手をすれば、トップの雌豹率いる群れに一網打尽にされていてもおかしくないはずだが」
「はい、《金豹》のトップのミレニエさんは、こちらに」
私は、横にいたミレニエを指し示す。
「……何故、ここにいる」
「彼女も、私達と友好的な関係になってくれたんです。以前、《金豹》と《エルフ族》が協力して、人間の軍と戦ったという話も伺っています」
「伺った? お前は、魔獣と会話ができるのか?」
「はい」
アイデリアスさんは半信半疑の様子だったが、ミレニエに加え、私達と一緒にいる《神狼》――エンティアの姿を見て、少なからず納得したようだ。
「……魔獣を手懐けるのも容易い、と言いたいのか?」
「手懐ける……というか、仲良く出来る、といいますか」
『姉御は我の命を救って、腹を撫でてくれたのだ! こいつは、マタタビとケリグルミで、一瞬で虜になったぞ!』
『貴様! 言うな!』
私と如何に友好的かを、アイデリアスさんに伝えようとするエンティア。
巻き添えで、ミレニエの名誉が侵害されたけど。
対し、アイデリアスさんも、魔獣の言葉がわからないにしろ、その魔力の高さゆえに、なんとなく雰囲気は伝わるのかもしれない。
「魔獣……それに、他種族もか」
《ベルセルク》《ラビニア》……それに《不死鳥》に《アルラウネ》に《半火蜥蜴族の亜人》に《半鬼族の亜人》。
ここには、人間である私とイクサ以外にも様々な種族がいる。
人間は信用ならないけど、他の種族と一緒に居るところを見せれば、警戒を薄めてくれるかもしれないという目論みは当たったようだ。
「それで、誤解を解きたい、というのは?」
アイデリアスさんの方から、本題を促してくれた。
「はい、私達は領土を開拓して多くの人々が生活を営める環境を整えています……が、だからといって、《エルフ族》や森に住む魔獣に敵意がある、というわけではありません。侵略しようとか、森を伐採しようとか、そんなつもりも毛頭ありません」
「………」
「不要な戦いは避けたい。むしろ可能なら、私達の領地に遊びに来て欲しいんです」
「……なるほど、お前の言いたい事はわかった」
ふぅ――と溜息を吐き、アイデリアスさんは言う。
「しかし、ハッキリ言おう。私達は人間の生み出すもの、作るものに興味は無い。いや、人間のみならず、《エルフ族》以外の種族に関しても、どうなろうと知ったことでは無い」
そして――運が良いな、とも言う。
「今、我々は重大な『祭礼』の準備の最中だ」
「祭礼?」
「千年に一度、我等《エルフ族》にとって重要な意味を持つ祭……絶対に失敗など許されない。ゆえに、お前達に構っている暇も無い。お前達の野蛮な領地開拓に関する件は、その祭礼が終わった後に話をしてやる。それまで、領地に帰って待っているがいい」
そう言って、アイデリアスさんはその場から去ろうとする。
「あ、ま、待ってくれよ!」
そこで、ウーガが動いた。
背中に背負っていた大きなリュックを下ろして、中から野菜を取り出す。
ウーガ達が作ったトマトだ。
「俺達は、あんた達を歓迎する気満々だ! 森の外に来てくれたら、ご馳走を振る舞うぜ! こいつは、俺達が作った作物! お近付きの印だ、食ってくれ!」
あの土地で、これだけ素晴らしいものを生み出している。
ウーガは、それを伝えたいのだ。
しかし――。
「結構」
アイデリアスさんは、ウーガの手にした作物を一瞥すると、そう言い放った。
「そんな、後でみんなで食ってくれても――」
「いや、遠慮する。私は、我が《エルフ族》の作る作物しか口にしない。何故なら、エルフの作る作物こそ至高であり、言わば一流の作物だからだ。それ以上のものなどこの世には存在しない」
アイデリアスさんは、まるで見下ろすようにウーガを見る。
そして、高らかに宣言する。
「それに比べれば、他種族の手掛ける作物など、遙か下等なもの。我々《エルフ族》の作る作物が一流の作物だとするならば、君達雑種の作る作物は二流、三流……いや、四流、五流……六流、七流、八流の、言わば落ちこぼれの作物と言ったところか」
「んなぁっ!?」
そうハッキリと言われ、ウーガは絶句する。
「そ、そんなの食ってみなくちゃわからないだろ! いいから一口食ってみろって! 絶対に――」
「失敬。私も忙しいので、これで失礼する。九流の野菜は君達で召し上がってくれ」
ウーガを無視し、アイデリアスさんはスタスタと歩き出す。
「ちくしょう! なんだ、あいつ!」
「完全に馬鹿にされたな……」
「マコ! 本当に《エルフ族》と友好関係なんて築けるのかよ!」
ウーガを初め、バゴズもラムも、アイデリアスさんの態度に憤慨している。
《ラビニア》の少年、ムーも怒っている。
……珍しく、ルナトさんもちょっと不機嫌そうだ。
「うーん……」
私は、腕組みをする。
どうやら、彼――アイデリアスさんは、《エルフ族》を最上とし、他の種族を見下しているようである。
こりゃ、簡単には心を開いてくれそうに無いね。
「どうする、マコ」
ガライが問い掛ける。
「……私としては、その『祭礼』が終わるのを待って、後日領土開拓の件を話し合う……っていうのは、ちょっと危険な気もするんだよね」
もしかしたら、それまでに話し合う気なんて失せてしまっているかもしれない。
いや、そもそも、本当は『祭礼』が終わるのを待って、すぐにでも私達に攻撃を仕掛けたいから――その準備の時間を作るために、ああ言ったのかもしれない。
どちらにしろ、やはり早急に友好関係を作っておかないと、領地開拓も気が気でなくなってしまう……。
「あの……」
去って行くアイデリアスさんを、私が呼び止めようとする。
しかし、エルフの兵達が武器を構えて行く手を阻む。
「全員吹っ飛ばすか?」
ヴァルタイルが戦闘心を滾らせて言う。
ガライが、私と子供達を守るように腕を伸ばす。
ここは、一旦大人しく引いて、なんとかアイデリアスさんに心を開いてもらう方法を考え、近々再度訪ねるしかないのかな……。
私がそう思った、その時だった。
「仕方がない」
そこで、イクサが動いた。
「エルフの族長、アイデリアス。聞きたいことがある」
イクサの声にも、アイデリアスさんは足を止めない。
しかし――。
「カーラル・アビス・グロウガという名に聞き覚えは?」
その名を聞き、アイデリアスさんが動きを止めた。
「……なに?」
「彼は、この国にいるのかい?」
「……お前は」
「申し遅れたね。僕は、イクサ・レイブン・グロウガ。現グロウガ王国、第二王子だ」
アイデリアスさんは、眉間に皺を寄せてイクサを見る。
「もし、この国に彼が――第一王子、カーラルがいるなら、僕の名を伝えて欲しい」
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