■5 夜中の奇襲です
かくして、多種多様な種族・職業・地位で構成されたメンバー達が集まり、私の領土の開拓作業が開始した。
騎士の人達が馬車から持ち出したテントを張り、駐屯地の如く仮の本部を設営していく。
「んじゃあ、まず人手を分けて、壊れかけの家を完全に壊したりして、領地の中をフラットな状態にするところから始めよう」
私が指揮官、イクサが補佐という形になり、そう皆へと指示を飛ばしていく。
ガライにラム、バゴズ、ウーガ等、勝手知ったるベテラン勢に加え、屈強な騎士もいっぱいいる。
なので、かなり人手は充実している状態だ。
家を新しく造ったり、農地を作ったりするのは、もう少し後。
以前の、第二アバトクス村を再興した時のノウハウで進めるとしよう。
「残骸撤去は任せてー」
男手が結構多いのに加えて、超怪力娘のリベエラがいるのが大きい。
彼女の手に掛かれば、重労働も難無くこなせられる。
当然のように、ヴァルタイルとデルファイは全然働いてないけど――ともかく順調に、作業は進んでいく。
更に――。
「村長さーん、久しぶりー」
「ここでもお世話になりますよー!」
作業をしていると、また何やら荷車の一団が領地へとやって来た。
彼等は行商人。
第二アバトクス村や、王都の自然公園等、私達が作った各所で商売を行っている人達である。
噂を聞きつけ、足早にやって来たようだ。
「はい、これはいつも良い場所で商売をやらせてもらってるお礼ね」
「開拓支援するよ!」
「わぁ! ありがとうございます!」
行商人の人達が、食料等の生活必需品をわけてくれた。
大事な商品なのに、実にありがたい。
そこで、私は商人達の中を見回す。
(……アムアムは……いないか)
日ノ国の食料などを仕入れてくれる顔馴染みの商人――アムアムを探したのだけど、ここにはないようだ。
せっかく、カイロンも来ているのに……。
いや、カイロンが来てるから、かな?
とにもかくにも、残った人員(力仕事に向かない、女性陣や子供達)で、もらった食材を使って料理の準備や寝床の用意等の家事周りをする。
初日だけど、作業は順調に進み――。
やがて、夕日が大地をオレンジ色に染める時間帯になった。
「ようし、日も暮れて来たし、今日はここまでにしよう」
「「「「「おおー!」」」」」
廃材や邪魔なものの撤去作業は大分進んだ。
初日ということで、流石にまだ人が住めるレベルの家屋は立っていないが、女性陣と子供達は馬車と荷車の中で。
男性陣は野宿で大丈夫だろう。
そして、一生懸命働いたみんなで、夜といったら――。
「酒盛りじゃー!」
「宴じゃー!」
私が錬成した、〝大鍋〟を囲んで、みんなでどんちゃん騒ぎの開始である。
〝大鍋〟の中では、串に刺した野菜を煮込んだ料理がおいしそうなにおいを漂わせている。
トマトにじゃがいも、それにキャベツで巻いてウィンナー。
いわゆる、『洋風おでん』だ。
まだ畑は出来上がっていないので、一応王都から持ってきていたアバトクス村産の野菜と、商人のみんなからわけてもらったものを使っている。
出汁が染み込んで柔らかくなった野菜が、ホクホクで実においしい。
美味な料理に美味しいお酒も相俟って、みんな上機嫌でテンションが高まっている。
「ガライ殿! 是非、私にも一献お酌を!」
見ると、ガライの周りに騎士さん達の取り巻きが出来上がっている。
「先の王都での、悪魔との戦いに関する逸話、聞き惚れました!」
「あの《悪魔族》をたった一人で相手取り、しかも勝利を納める! 正に伝説と呼んで差し支えない一騎当千の豪傑っぷりですな!」
「ガライ殿にも、マコ殿同様、ぜひ我々に戦いの心得を教えていただきたい!」
闇社会で名を馳せたガライの力量は、騎士さん達も認めているようだ。
加えて、先日の《悪魔族》の王都侵攻の際、ガライが単身で悪魔族を倒した(オズ先生の手助けもあったと言っていたけど)という話も、既に広く出回っているのだろう。
騎士さん達に代わる代わるお酌され、ガライも動揺しているのか、髪を掻いている。
「うふふ、ガライ困ってる」
その様子が面白くて、私は微笑を漏らした。
「美味しい? マウル、メアラ」
「うん!」
「甘くて、おいしくて、体があったかくなってくる」
隣で、洋風おでんをハフハフと頬張るマウルとメアラ。
「アツアツで、普通のスープとはちょっと違う感じがするね」
「確かに、おでんってスープとは違った風味があるよね」
この世界で言うところの、日ノ国にも似たような料理があるのかな?
そんな感じで、夜の宴会が続いて――。
その時だった。
『む?』
『ん?』
不意に、骨付き肉に嚙り付いていたエンティアとクロちゃんが、何かに気付いたように頭を上げた。
「どうしたの? エンティア、クロちゃん」
『姉御……何かが、森の方からやって来る気配がする』
エンティアが、そう呟いて顎を引く。
重心を下げ、警戒するように喉を鳴らす。
『俺達と同類の気配だ』
クロちゃんも同様に、全身の黒い体毛を尖らせ、静電気を纏う。
私は、二匹と同じ方向を見る。
確かに――彼方に見える森の方から、何か、小さな黒い影が、音も無くやって来ているのが見えた。
それにいち早く気付いたのは、二匹に教えてもらった私――。
「……何か来る」
それと、野生の勘が鋭いミナト君。
「あん?」
「……っ」
加えて、木の上で横になっていたヴァルタイルと、ガライだった。
「マコ、女性陣と子供達を馬車の方へ」
「うん」
ガライに言われ、私はマウルとメアラをはじめ、商人のみんなや冒険者ギルドの職員の方々、聖教会の信者達――非戦闘員達に避難するよう言う。
『こりゃー!』
チビちゃんも、マウルとメアラに抱きかかえられていった。
加えて、ソルマリアさんにも付いていってもらい、聖魔法で皆を守ってもらうようお願いした。
瞬間だった。
闇夜に紛れた何かの群れが、一気に駆け、こちらへと襲い掛かってきた。
焚火や篝火の灯に照らされ、その姿が明らかになる。
魔獣だ。
四足獣の魔獣の群れだった。
「みんな!」
私の声に呼応するように、戦闘の心得を持つメンバーは瞬時に応戦の体勢になる。
ガライやカイロンは拳を構え、ルナトさんは重心を落とす。
ミナト君やスアロさん、ミストガンさんは剣を抜き、騎士さん達も武器を握る。
しかし――。
「くそ、かなりの量だぞ!」
敵の数が、圧倒的に多い。
俊敏な動きで跳び回る大柄な四足獣達が、鍋をひっくり返し、仮設テントを破壊していく。
対応にも一苦労だ。
「エンティア!」
『おう!』
そこで、私はエンティアを呼び、その背中に乗せてもらう。
エンティアの俊敏性は、当然獣達にも負けていない。
以前、アバトクス村の山の中で野生のイノシシ君達にタッチして回った時のように――駆け回るエンティアの力を借りて、私は獣達に触れていく。
そして、一通り触ったところで。
「やめて!」
私は、獣達に呼びかける。
私の声を聞き取った――スキル《対話》が発動した獣達が動きを止めた。
そのおかげで、改めて彼等の姿をしっかりと確認することが出来た。
金色に近い毛色の、短い体毛に覆われた、巨大な猫を思わせる獣達。
〝豹〟だ。
「私はあなた達と会話が出来る! 話し合おう!」
私は豹達に向かって叫ぶ。
しかし――。
『……立ち去れ』
『立ち去れ、人間』
彼等は、私のどんな言葉に対してもそれしか返さない。
「待って! 私達、君達に何かしたかな!? 何か襲われる理由が――」
『立ち去るのだ、人間共よ』
そこで、その魔獣達の中から、一際美しい毛並みと、撓るような体躯を持つ豹が一匹、前へと出てきた。
『如何なる術を以て我等と意思の疎通を行っているかは、今は措いておこう。しかし、貴様等と会話を交わす気はない』
声色的に、性別はおそらくメスだ。
『ここは我等の領域。貴様等の住む場所ではない。今は我等――《金豹》の土地だ』
「待――」
私の声も届かず、彼女達――《金豹》の群れは、再び攻撃を開始した。
「やむを得ないね――みんな! できるだけ、手荒にはしないように!」
仕方なし、私はメンバーに指示を送る。
その意思は、みんな汲んでくれたようだ。
ガライやカイロン、ルナトさんは重傷を負わせないように、一瞬で意識を奪うような攻撃方法を取る。
スアロさんやミナト君、ミストガンさんも峯打ちを優先。
「テメェら、誰に盾突いてんのかわかってるのか」
そして、木の上にいたヴァルタイルも地上に降り、四肢と翼を炎に変えて盛大に燃え上がらせている。
その形相に、豹達も思わず後ずさりしている。
直接的な攻撃ではなく、あくまでも脅しで済ませようとしているようだ。
『ふん……中々、一筋縄ではいかぬか』
その光景を見て、あのリーダー格の雌豹が声を発した。
『引くぞ、お前達』
そこで彼女が叫ぶと、豹達は攻撃を止め、一気に引き上げ出した。
森へと帰って行く。
『これで終わったわけではない。明日の夜も、闇に紛れて貴様等を襲う』
リーダー格の雌豹が、私へと言う。
脅しのように。
『無駄だ。貴様等がここに家を建てようと、作物を作ろうと、兵士で囲おうと、我々が常に目を光らせ、一網打尽に破壊する。諦めろ』
そして、豹の群れは撤退していった。
後には、滅茶苦茶にされた風景だけが残される。
「なんだったんだ、あいつら……」
馬車の中の避難していたマウルやメアラ、女性陣達も出てくる。
私は、豹達が帰って行った森の方を見る。
「あの森に棲んでるのかな」
『奴等は《金豹》と呼ばれる魔獣だ』
そこで、口を開いたのはクロちゃんだった。
「《金豹》?」
『金色の体毛を持ち、ムチのようにしなやかで強靭な足腰と、鋭い爪と牙を持つ。我々《黒狼》にも負けずとも劣らぬ手強い魔獣達だ』
「へぇ」
『よく知ってるな、黒ぼっくり』
『《神狼》のくせにお前は知らないのか、白ぼっくり』
「あの森の中には《エルフ族》が住んでいるが、その《エルフ族》の住処は森の中心」
喧嘩するエンティアとクロちゃんはさておき、そこで、イクサも解説を挟む。
「《エルフ族》の暮らす中心の周辺は、恐ろしい魔獣達の住処となっている。あの《金豹》は、その魔獣達の中でも強力な一派だ」
「今、この場所はあの子達の縄張りだって言ってたね……うーん」
この土地に居れば、その魔獣達の脅威に常に晒されることになる。
《エルフ族》を前に、厄介な問題が現れたね。
「まぁ、とりあえず荒らされたところを簡単に片付けて、手間がかかるような所は明日の朝を待ってからにしよう」
「奴等がまた来る可能性もある。何人か見張りを立てるべきだ」
ガライの提案に、私も頷く。
簡単な片付けを行った後、交代制で見張りを立ててもらい、残りのメンバーは就寝する。
こうして、私達の新天地一日目は、中々波乱な幕開けとなった。




