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■15 畑で野菜を育てます



 とても忙しかった街での一日から数日が経った、ある日の事。


「うがあぁぁぁぁあああああ! また失敗したぁぁぁぁぁ!」


 私とマウルとメアラが朝の散歩がてら、村の中を歩き回っていると、どこからかそんな大声が聞こえて来た。


「どうしたの? ウーガ」


 声の発生源は、あの《ベオウルフ》三人衆の内の一人――ウーガの家、その裏手からだった。

 向かってみると、そこには頭を抱えて空に向かって叫ぶウーガの姿があった。


「おう、マコ。それがよぉ……」


 ウーガが視線を落とすと、そこには畑が広がっていた。

 けど、その畑に植えられた植物の状態がひどい。

 綺麗に並べられ、植えられた苗がすべてシオシオに萎れてしまっている。

 まるで、何日も水やりをしていなかったかのように。


「どうしちゃったの? これ」

「いや、実は俺、色んな野菜を畑で作ろうと試してるんだがよぉ……」


 ウーガは深く溜息を吐きながら言う。


「今回も失敗しちまったみたいなんだよなぁ。水だってちゃんとやってるし、肥料も撒いてるのに。なのに、いっつもこうなっちまうんだよ」


 今回も不作だぁ……と、ウーガは天を仰ぎながら呻く。

 うーん、水をやったり、肥料はちゃんと与えてるんだよね。

 だったら、こんな惨状になるのも珍しいというか……。


「この村から出荷する商品なんてよぉ、山で獲れた変な獣の毛皮や干し肉、後適当に採れた変な山菜や変な木の実、変なきのこくらいだろ? だから、こういう新鮮な野菜が作れたら、もっと収入になると思って色々やってんだがなぁ」

「いやいや、変な獣とか変な山菜って、売っちゃダメでしょそんなの……」


 しかし、ウーガは本気で野菜を育てようと、真剣に植物の事を考えている様子だ。


「ああー、今回も失敗だぁ……せっかく、街でトマトの苗を仕入れてきたのに」

「トマトだったんだ、これ」

「でも、実も全然成ってないな」


 マウルとメアラがしゃがみ込み、萎れてしまったトマトの苗を見る。


「……マコ、どうにかならないかなぁ?」

「……ちょっと待ってね」


 心配そうな声のマウルに言われ、私もしゃがみ、手で土に触れてみる。

 ザラザラとした土。

 耕されてはいるが、どこか乾燥しているように見える。


「もしかしたら、トマトとか野菜を育てるのには合わない土なのかもしれないね……」


 この世界の土がどんな特色を持っているか、現代の知識だけでは計る事はできないかもしれないが――私は自分の知識に照らし合わせて考える。

 作物は、その地域や風土、土の特性に合ったものが作られるものだ。

 単純に、植えた野菜がこの土壌に合わなかったという事も考えられる。

 そう考えていた、その時だった。


「……え?」


 頭の中に、随分久しぶりではあるが、あのステータスウィンドウが開いた。




――――――――――

【称号】:《グリーンマスター》に基づき、スキル《土壌調査》が目覚めました。

――――――――――




「あ……そういえば《グリーンマスター》なんて称号もあったんだっけ」


 すっかり忘れていた。

 しかし、《土壌調査》とは、このタイミングでお誂え向きのスキルが目覚めたものだ。

 私は試しに、土に触れた状態で魔力を込めてみる。


「わっ! マコ、どうしたの!?」


 体から光を発する私を見て、隣でマウルが驚きの声を上げている。

 一方、私の頭の中には、先ほどのステータスウィンドウとはまた別のウィンドウが開いていた。




――――――――――

 育成対象植物:トマト

 種類:野菜

【土壌調査結果】◎=優 〇=良 ×=劣

 酸度:〇

 栄養:×

――――――――――




「ふむふむ……なるほどね、土の酸度自体はトマトを植えても問題は無さそうだけど、極端に栄養が少ないんだ」


 私は、頭の中に浮かんだ調査結果を見て、そう呟く。

 土壌の酸度は、育てる植物に合わせて事前に石灰等を用い調整されたりする。

 この土壌自体は、別にトマトを育てるのに問題はないpHペーハーのようだ。


「だとしたら、なんでこんな極端に栄養が少ないんだろう……何か、原因とかってあるのかな?」


 私の問い掛けに、マウルもメアラも、ウーガも黙り込む。


「わからねぇ……元々、人間共も寄り付かないような未開の辺境の地って呼ばれてた場所だからな。ここに長く住んでる俺達でも知らない事はよくある」

「ふぅん……ちなみに、肥料って何を使ってるの?」

「市場で買って来たもんだ」


 そう言って、ウーガはドスンと、畑の横に積まれていた麻の袋の一つを持ってきた。

 私は袋を開け、その肥料を見る。


「……これ、どんな肥料? 鶏ふん? 牛ふん?」

「知らん。だが、売ってた奴からは、これさえ撒いておけば大丈夫だと言われたぜ?」


 そこでウーガは、ハッと何かに気付いたように目を丸めた。


「あ、もしかして俺、騙されたのか!? バッタもの掴まされたのか!?」

「その可能性もあるかもね」


 袋の中の肥料を地面の上に出し、指先で触れながら私は言う。

 なんだか木の枝や小石が混じってるし、臭いも極端に弱い。

 ……こりゃ、正規の肥料って感じがしないなぁ。


「肥料って、なんやかんやで栄養だから、撒いてればこんなに酷い状況にはならないと思うんだけど」

「くそ、騙されたぁ!」


 うわぁぁぁぁぁ、と両腕を広げて天を仰ぐウーガ。

 まるで神に見放されたようなポーズだ。


(……まぁでも、酷い目に合ったのは事実だし……)


 真面目に、村のために野菜を作ろうと考えていたウーガがかわいそうだ。

 助けてあげたいものだけど……。


「せめてここに、現代にあるような化学肥料があればなぁ」


 私は粗悪肥料に触れながら呟く。

 まぁ、そんなの無理……。


「え?」


 頭の中に、ステータスウィンドウが開いた。




――――――――――

【称号】:《グリーンマスター》に基づき、スキル《液肥》が目覚めました。

――――――――――




「……ここまで出番が無かったのを挽回する勢いで活躍しだしたね、《グリーンマスター》」


 私は微笑を浮かべ、立ち上がる。


「ウーガ! 私に任せて!」


 そして、四つん這いの姿勢で落ち込み、マウルとメアラに慰められていたウーガに言う。


「私、君を助けてあげられるかもしれないから!」


 私は魔力を込める。

 体から光が迸り、次の瞬間、私の手の中に三本、ガラスの試験官のような細い容器が生まれていた。

 容器の中には、液体が入っている。

 それそれ、緑、ピンク、オレンジの三種類。


「これって、もしかして……〝アンプル〟?」


〝アンプル〟とは、主に植木鉢などに刺して使う、容器の中に液状の活力剤だ。

 基本的には肥料成分は無く、メインの肥料は別に与えないといけない、弱った植物の水分や栄養の吸収を良くする補助的な園芸用品だ。

 けど今回は、《液肥》というスキル名から察するに、この中に入っているのは液状の栄養素なのだろう。


「お、おい、マコそれ……」


 私が生み出した三本の〝アンプル〟を見て、ウーガはフルフルと震えながら指をさす。


「それまさか、ポーションか?」

「ポーション?」


 ……ってなんだっけ?

 なにか、どこかで聞いた事があるような名前だけど……。


「魔法使いが生み出すと言われている、魔法薬だ。どんな傷や病気も飲むだけで治せるっつぅ、とんでもねぇ代物だって聞いてるぜ!」

「へぇ……あ、いや、多分これは違――」

「ちょうどよかったぜ! 今朝寝違えて腰が痛かったところなんだ! ありがとよ、マコ! あんたの心遣い、確かに助かったぜ!」


 言うが早いか、ウーガは私の手からアンプルを受け取ると、早々にその内の一本を口につける。

 話を聞かない性格らしい。


「いや、ウーガ、ちょっと待って! それポーションとかじゃ――」

「まずぅッッッ!」


 瞬間、ウーガは絶叫を上げて倒れた。

 白目を剥いて泡を吹いている。

 あまりのまずさに昏倒したようだ。

 そりゃ、肥料だもん。まずいよ。


「マウル、メアラ、他の大人を呼んできて。ウーガを家に運ばないと」

「いいけど……」

「マコ、それで何をするの?」


 マウルに言われ、私は改めて手の中の二本と、ウーガから取り戻した一本のアンプルを見比べる。


「……ん?」


 そこで、それぞれのガラス瓶の表面に、文字が書かれている事に気付く。

 文字……それは、どこかアルファベットのようにも見える。

 緑の液体にはN。

 ピンクの液体にはP。

 オレンジの液体にはK。

 そう書かれているのを見て、私は気づいた。


「……なるほどね」


 これは、それぞれの元素記号。

 窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)だ。

 化学肥料は、主にこの三つの栄養素を組み合わせて作られている。

 それぞれの栄養素が、植物の各部位の成長に働きかけるのである。

 窒素は葉や茎の成長を促し、リン酸は花や果実の成長を促し、カリウムは根の成長を促す。

 私は、ウーガが飲んだ事によって、少し容量の減ったピンクの容器のアンプルに、他の二つの液肥を注ぎ、調合してみる。

 今回の植物はトマトで、果実を付けさせないといけない――優先させるのは、リン酸、ピンクの液肥だ。

 ピンクの液体を主にし、そこに緑とオレンジの液体を適量混ぜ合わせ、一本の液肥を生み出す。

 そして私はそのアンプルを、畑の中心に突き立てた。


「それで、大丈夫なの?」

「さぁ、まだわからないけど、これでちょっと様子見てみようか」

「おーい、なんだよ朝っぱらから」

「うお、ウーガ、お前何やってんだよ」


 メアラが呼んできたラムとバゴズが、気絶したウーガの姿を見て驚く。

 二人にウーガを家の中に運んでもらい、私とマウルとメアラで畑に水やりをした。念のために支柱も立てておく。

 さて、これでどうなるか……。




※ ※ ※ ※ ※




「うわぁ……」


 翌日。

 ウーガの家の、裏の畑の前に集まる私達。


「すげぇ……」

「おいおいおいおい、この村で今まで暮らしてきて、こんな光景見たの初めてだぞ!」


 ラムとバゴズが驚愕している。

 そこには、昨日までの姿が嘘のように元気に育った植物達の姿があった。

 元気に茎を伸ばし、綺麗に育ったトマトの苗。

 そしてまだ青いが、トマトの実も大きく実っている。


「凄い、マコ! たった一日で野菜ができたよ!」


 そう言って喜ぶマウルの横で、私はいまだに驚きを隠せずにいた。

 いや、確かに魔法の力を使ったわけだから、不思議じゃないのかもしれないけど……。

 あの《液肥》、まさかこれほどの力を持ってるなんて……。


「うーっす……なんだか、ずっと頭が痛ぇんだが……」


 そこで、頭を押さえながらのそのそとウーガがやってきた。


「おう、ウーガ! びっくりすんだよ! これ見てみろ――」

「な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!」


 畑を覆う緑色の光景に、ウーガは仰天しそのままひっくり返って頭を打って気絶した。

 ……この子、良い子だけど、本当のバカなんじゃないだろうか……。




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