■2 いざ、パーティーです
「できました!」
というわけで。
色々と着比べて、ああでもないこうでもないと言いながら(主に仕立て屋さん達が)、長い時間をかけ、遂に衣装が完成したようだ。
仕立て屋さん達が私の姿を見て、きゃーきゃー! と騒いでいる。
「素敵!」
「最高です!」
「マコ様、仕上がってるぅ!」
と、べた褒めである。
「え、どうなったの、私……」
「どうぞ、お姿をご覧ください!」
困惑中の私の前に、化粧品屋さんが大きな姿見を持ってくる。
その鏡の中に映った自身の姿を、私は見た。
「おおー……」
と、感嘆の声を漏らしてしまった。
鏡の中の私は、それこそ、おとぎ話の中に出てくるような華麗なドレスを纏った姿をしていた。
更に宝石等の装飾品の数々や、化粧品で顔も整えられている。
「すごい、本当に私?」
……などと、ベタな台詞を言ってしまった。
前の世界にいた頃も、あまりこういう着飾った格好はしたことが無かったので。
わくわくする、けど、それと同時にこっ恥ずかしい気持ちにもなる。
「似合うじゃないか」
そこにイクサがやって来た。
「腕の良い方々を招いてよかったよ。素材の良さを何倍にも引き立たせるのが上手い」
「イクサ、褒めすぎて逆に嫌味だよ」
私がふくれっ面で言うと、「それは失敬」とイクサは笑う。
「じゃあ、当日はこれで行こうか」
というわけで、パーティー用の衣装が決定。
なんやかんやで、結構時間がかかってしまっていたようで、外はもう暗くなり始めている。
「今日はもう帰って、夕飯にするといいよ」
「うん。今日はありがとうね、イクサ。それに、協力いただいた皆さんも」
じゃあ、また明日の夜に――と、別れを告げ、私は帰路に着く。
こうして、パーティーに向かうための準備は整った。
※ ※ ※ ※ ※
そして、時は流れ――。
遂に、王城でパーティーが開催される夜が訪れた。
最近まで、王都復興責任者として何度も訪れ、そして国交会議の日には他国入り乱れての激戦が行われた王都の中心――グロウガ王族の城。
当然だけど、もう今ではその時の騒ぎを思い返すような雰囲気も無く、以前通りとなっている。
会場は大広間。
音楽隊の演奏する荘厳な曲が流れる、煌びやかな空間の中。
いかにも地位の高そうな人や、お金持ちっぽい人達が集まって、豪勢な料理やお酒に舌鼓を打っている。
「おおー……正にお城の舞踏会って感じ」
「僕も何気に久しぶりかな、こういうものに参加するのは」
そこに、着飾った私とイクサが足を踏み入れる。
今回は流石に、招待を受けたのは私だけだったので、仲間のみんなは宿で留守番中である。
うーん、こんな豪華な料理、マウルやメアラを差し置いて私だけがいただいちゃうなんてなんだか忍びないなぁ。
お持ち帰りとかできないかな?
などと、考えていると。
「イクサ王子!」
イクサの存在に気付き、早速挨拶に来る人が現れた。
貴族や大商家の方々だろうか。
人数も多い。
あっという間、イクサは人だかりの中に埋もれてしまった。
「わー……」
必然的に、私はイクサから少し離れる形となる。
「店長さん!」
するとそこで、聞き覚えのある声が聞こえた。
見ると、いつも私達のアバトクス村名産直営店をご贔屓にしてくれている、貴族のお嬢様達だった。
「お久しぶりね」
「噂、聞きましたわよ」
「大出世ですわね!」
と、私を取り囲むお嬢様達。
何気に見知った顔に会えて、私は安心する。
「皆さん、ありがとうございます」
「それと、最近お店に顔を出してもウリ坊ちゃん達がいなくて寂しいですわ」
「作ったお洋服ばかり増えてきてしまっていますし」
「コスプレ撮影会を開催してくださらない!」
お嬢様達からの圧が凄い。
ウリ坊ちゃん欠乏症に陥っているのかもしれない。
「わ、わかりました、ゆくゆく――」
「マコ殿ぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉ!」
そこで、何者かが声を張り上げて私の元へ駆け寄ってくる。
いや、それも聞き覚えのある声なのですぐにわかった。
私がこの世界に来た当初の頃からお世話になっている、青果業を営む大商家――ウィーブルー家の当主だ。
このオーバーリアクションな動き――お城でのパーティーでも相変わらずの様子である。
「おお、お美しいいで立ちで! いや、本日はおめでとうございます! 例の件は、わたくしも噂で伺いました!」
全力疾走してきたウィーブルー当主は、私の目の前で急停止すると、そう声高に捲し立て始めた。
例の件――というのは、私が貴族になるかもしれない、ということだろう。
「遂にここまで……あなたの活躍を以前より見て来た者としては、感無量です」
と言って泣き出す当主。
感情の揺れ動きが凄い人だなぁ。
「ありがとうございます、当主」
私はひとまず、当主の背中をさすりながら宥めることにする。
すると、続いて。
「おめでとうございます、マコさん」
私に挨拶にやって来たのは、メイプルちゃんのご両親――ブルードラゴ家の当主夫婦だった。
「ありがとうございます」
「それと、メイプルがいつもガライさんにお世話になっています」
「昨日も、遊びに来てくださったのですよ」
あれ、そうだったんだ。
私がイクサの家に行ったりドタバタしている間に、ガライもちゃっかりしてるね。
「あなたが、マコ殿ですかな?」
そこに、髭面で恰幅の良い、人のよさそうな男性が挨拶にやって来た。
私も、初めてお見かけする顔だ。
「はい」
「私は、グロッサム家の現当主を務めている者であります」
グロッサム家当主。
なるほど、つまり、レイレのお父さんだ。
「いつも、娘がお世話になっております。当初、『お父様! あたし、弟子入りしたい人を見付けたの!』とだけ言い残し、勉強の為にと務めさせていた店長の立場も捨てて家を出て行った時には、何事かと思いましたが……良い師匠に師事ができ、娘も幸せです」
「いやいや、そんな」
あの夜(第二章参照)の裏話を、ここに来て聞かされる事になるとは思ってもいなかった。
※ ※ ※ ※ ※
そんな感じで、色んな人達と交流を交えながら、時は流れていく。
宴もたけなわ。
そう思えるくらいの時間帯に差し掛かった、その時だった。
「皆の者、静粛に」
誰ともなく、そんな声が響き、皆が会話を止める。
「王が登壇なされるぞ」
静まり返る会場の中、皆の視線は一段高いステージの方へと向けられる。
そこに立つのは、このグロウガ王国の現国王。
右半面に大きな傷を持つ、しかし精力に溢れた面持ちの、威厳たっぷりな男性。
グロウガ王だった。
彼は、多くの注目を集める最中、泰然とした表情で室内を見回し――やがて、重々しく口を開いた。
「皆の者。今宵は、我が城へと集まってもらい、誠に感謝する」
グロウガ王の言葉に、会場の空気がピンと張りつめる。
今夜のパーティーが開かれた目的は、王都再興と国交会議の成功のお祝い。
そして何より、この国の上層階級の者達である彼等彼女等にとって、重要な情報を告知するためだ。
その発表の時が、遂に訪れた。
「まずは、王位継承権順位の変動」
間を空けず、淡々と、グロウガ王は述べていく。
「元第三王子――イクサ・レイブン・グロウガの王位継承権順位を、第二王子へと昇格する。続いて、元第二王子――レードラーク・ディアブロス・グロウガは、第三王子に降格となる」
皆がイクサへ、拍手と喝采を送る。
一方私は、少し離れた場所に、レードラークの姿を発見した。
セレブリティな雰囲気の場だけど、いつもと変わらない黒いコートのような外套を纏った格好だ。
会場の隅の方――人溜まりには近付かず、一人だけで屹立している。
当然、周りには誰もいない。
普段から近寄り難い空気を出してるからね、彼。
その上、今回降格となったのだから、自分から好んで接近しようという取り巻きもいないだろう。
私はコソコソと、密かにレードラークへ近寄る。
「あ、レードラーク王子」
「………」
いつの間にか真横まで接近していた私に気付き、レードラークも一瞬目を丸める。
「こんな事、逆に失礼かもしれないけど……気を落とさないでくださいね」
大した気遣いにもならないかもだけど、そう彼に一言掛ける。
対し、レードラークは。
「……いや、問題無い」
と、いつも通りの彼らしくクールに答えて、その後、ボソッと何か呟いた。
「え?」
よく聞き取れなかったけど、「ありがとう」と聞こえたような気がした。
ともかく、レードラークは大丈夫そうだ。
「……そういえば、この状況でもまったく話に上がってこないけど、第一王子の人はどこにいるんだろう?」
そこで、私はきょろきょろと周囲を見回す。
現在第二王子のイクサと、第三王子に降格したレードラークがここにいる。
なら、第一王子がいてもおかしくは無いと思ったのだけど。
それとも、今回の順位変動には関係無いからいないのかな?
すると、その疑問に関してはレードラークが説明をしてくれた。
「……第一王子――カーラル・アビス・グロウガは、表向きには公表されていないが、現在行方不明になっている」
「え」
「とても優秀な人間だったが、最近は完全に存在感を表すことが無くなってしまっている」
レードラークにそこまで言われるということは、相応の人だったのだろう。
しかし、という事は、現時点ではイクサが次期王位継承者の最有力候補と言っても過言ではない存在になったということだ。
イクサの周囲には先程にも増して人だかりができ、周囲からも「イクサ王子は昔から王の資格があった」「気儘な放蕩っぷりも、カリスマとしての行動だったのだ」とか、重臣達が今更のように都合の良いことを言っている。
「続いて……」
そこで、ステージ上のグロウガ王が再び口を開いた。
来た――と、私は思う。
「今回、数々の功績を鑑み、グロウガ王国よりの褒賞として、ホンダ・マコへ爵位と領地を与える」
気が抜けそうなほどあっさりと、その言葉は発せられた。
再度、拍手喝采で満たされる会場内。
そのすべてが、私に向けられている。
……う~ん、遂に来てしまった。
結局、答えが出せないままだったけど……。
「授けられる爵位は第五等爵」
思い悩む私の一方、グロウガ王は更に言葉を連ねていく。
瞬間――。
「与えられる領土は、グロウガ王国東端――ウーデウス地方」
その発言が響き渡ると同時に、その場の空気がぴたりと止まった。
「え?」
同時、皆がざわつきはじめる。
隣のレードラークも、眉間に皺を寄せている。
「やられた……」
私の方へとやって来ていたイクサが、到着すると同時に苦々しい顔で言った。
その眼は、壇上のグロウガ王を睥睨している。
グロウガ王国東端――ウーデウス地方……だっけ?
そのワードが出た瞬間からの、急激な変化だった。
「その土地って、何か問題があるの? あ、もしかしてアンティミシュカが力を奪っておかしくなっちゃった土地とか」
「いや、アンティミシュカも手を出していない」
私が聞くと、イクサが口元に手を当てながら答えた。
「えーっと……じゃあ、凄く災害とかが起きる土地とか?」
「いや、風土は安定している」
「んんー?」
じゃあ、なんでこんなに、他の貴族達も動揺してザワついてるんだろう。
「その一帯の国土は、我が国でも長年放置されていた土地だ」
そこで、壇上のグロウガ王が私の方を向いて言った。
「貴殿の力で、領土として開拓して欲しい」
開拓して欲しい……っていうことは、まだ人も住んでいないって事?
まぁ、領土として発展していない土地を与えられて開拓して欲しいなんて言われたら、確かに大変なことだけど……。
けど、周囲の動揺は、どうもそれだけが原因だとは思えない。
「深刻な問題を抱えた土地だ」
レードラークが口を開いた。
「その土地は、五ノ国とグロウガ王国の国境付近にあるのだが、真横が巨大な森に隣している。その森自体が、また別の国だ」
「別の……国?」
「そう――」
レードラークの言葉を継ぐように、深刻な顔でイクサが言う。
「《エルフ族》の国さ」




