■19 チェイスです
「待てぇー!」
会議室を飛び出した私は、隠密兵や秘書達を護衛につけながら逃げるグェンを追う。
ミナト君とルナトさんにドぎつい一撃を叩き込まれていたけど、ある程度意識が回復したようだ。
「ぐぅぅ……おのれ、この、私が……」
『いいから走れ! 全力で逃げろ!』
憑依している悪魔、ラーバスにも支えられるようにして、彼は必死に走っている。
「お待たせ」
「イクサ!」
イクサ、それにミナト君とスアロさんが追走する私に追い付いた。
「大変なことになっちゃってるよ」
「ああ、まぁ、予想通りではあるけどね」
王城の内部では、襲来したホウレイ郷の隠密兵達と、王城を守る騎士達の戦いが各地で勃発している。
グェンの逃げ道を確保するためだ。
この事態を想定していなかった王城騎士達は、ホウレイ郷のいきなりの攻撃に混乱しているのでは――と思ったけど。
「ホウレイ郷の兵士の裏切りが発覚した! 迅速に制圧しろ!」
元王宮騎士団長で、今も王国騎士団に顔が知れているSランク冒険者――ミストガンさんが、事前の打ち合わせ通り早急に動いて彼等の困惑を晴らし意思を統一してくれていたようだ。
騎士達と共に、刀を振るう彼の姿が視界の隅を掠める。
「ありがとう、ミストガンさん!」
「マコ! 城の中は気にするな! さっき逃げてったのはホウレイ郷の代表だな!? とっとと捕まえちまえ!」
目前に迫る隠密兵に《宵口》を叩き込みながら、ミストガンさんが叫ぶ。
「おう! こちらは俺達がいれば十分対抗できるからな!」
躍動し、隠密兵達をまとめて吹き飛ばしているカイロンの姿も見えた。
会議室には、各国代表の強者達にルナトさん。
そして城内部は、実力派のSランク冒険者が戦ってくれている。
私はグェンの追跡に集中するため、前に向き直った。
「おのれぇ!」
そこで、混乱の中、自分を追跡してきている私達の存在に気付いたのだろう。
グェンが部下達に指示を出し、数名の隠密兵が私達に飛び掛かってくる。
「来る!」
私は、手にした〝ステンレスパイプ〟を握り直す。
〝単管パイプ〟に比べると細身だけど、強度が高く、何より魔道具であるその武器を、棒術の棒よろしく構えた――ところで。
一人の男性と、一匹の巨大な動物が私の前に飛び出し、襲来した敵兵をまとめて薙ぎ払った。
「大丈夫か、マコ」
「ガライ!」
拳の一閃で、複数人の隠密兵をぶっ飛ばしたのは、ガライだ。
《鬼人族》の膂力は、本当にすさまじい。
『マコ! お前を守るため、俺が来たぞ!』
「クロちゃんも、ありがとう」
巨大な獣は、《黒狼》のクロちゃん。
巨体で敵に体当たりし、更に倒れた敵に電撃を浴びせて麻痺・無力化させた。
頼もしい仲間が、どんどん集まって来てる!
「クソ! なんなんだ、次から次へと!」
「みんな、行くよ!」
圧倒的に劣勢へ傾いていく状況に、グェンがこの世の終わりのような顔で悪態を吐きながら走る。
私達は、逃げる彼を追い、疾走を再開する。
※ ※ ※ ※ ※
「クソ! クソ! クソォっ!」
ただひたすらに、逃げの一手。
そんな屈辱的な状態を強いられながら、グェンは呼吸の狭間に叫ぶ。
なんなんだ。
なんだ、これは。
ホウレイ郷は、日ノ国や聖凱楽土と同じく、海に浮かぶ島国である。
代々、グェン一族が郷主として納めてきた国で、長い間鎖国し、独自の文化を育んできた。
変化が起こったのはここ数年――《悪魔族》と言う存在が、この国に関与し始めてきてからだ。
なんでも、本来彼等が住む世界――魔界が、間も無く崩壊するのだという。
そこで、一部の悪魔達は本格的に魔界を去り、この世界を支配するべく動き出したのだ。
悪魔の力は強大で、不可思議な力を持つ者も多い。
だが、この世界を支配しようとなると――流石に容易な事ではない。
魔界では悪魔同士の派閥も存在し、全ての悪魔が仲間というわけではないそうだ。
ホウレイ郷にやって来た悪魔達は、世界を牛耳るため、ホウレイ郷と協力する事を提案してきたのだ。
そこから、ホウレイ郷の躍進は目覚ましかった。
鎖国を解き、あらゆる国と流通を行い、様々な文化や技術を取り入れた。
その実、多くの国にホウレイ郷の隠密兵――スパイや悪魔を送り込み、暗躍させる事にも成功した。
わずか数年で国力は急成長し、グロウガ王国を中心とする同盟にも入り込むことができた。
着々と、粛々と、世界を掌握する道を進んでいた……はずだったのに。
隠密兵に守られながら疾駆するグェンは、駆け抜けていく城の中の光景を見る。
王城の騎士だけではなく、あのマコとイクサ王子の仲間達も参戦している。
何故、ここまであらゆる種族が協力し合えている。
先程の会議室内に飛び込んできたのは、獣人だった。
魔獣も、亜人も関係なく――強力な集団戦力を構築できている。
グロウガ王国は、種族間の問題が絶えない国ではなかったのか?
「……くっ、だから王を傀儡にできれば、突き崩す事も容易い……そう思っていたのが慢心だったのか!? 甘かったのか、調子に乗っていたのか、私は!?」
『呑気に反省している場合じゃないぞ! ともかく今は、この国から逃げ伸びる事だけを考えろ!』
自身に憑依した《宝石の悪魔》、ラーバスに咎められ、言われた通りグェンは思考を巡らす。
「私は今、王城内を正面入り口に向けて逃走中だ! 増援を!」
左手に嵌めた指輪の一つ――人差し指の、青く輝く宝石のあしらわれた指輪に叫ぶグェン。
《宝石の悪魔》ラーバスにより、この宝石には、一定距離圏内の同じ宝石を持つ者達に声を送ることができる――通信機として使えるという力が解放されている。
隠密兵達にも同様のものを持たせており、この宝石を使ってグェンは大量の仲間達に指示を飛ばしていた。
「大丈夫……大丈夫だ……」
最早、これは戦いではなく逃避行。
すべての戦力を、グェンを逃がすための助力として使う。
致し方無いが、自分がホウレイ郷に戻り、父親である郷主や他の兄弟達にこの事を仔細伝え、対抗策を練る。
生きて帰ってこそ、だ。
これは敗北ではない。
(……問題無い……奥の手は残している)
このまま走っていても、いずれ兵力も尽きる。
王都の外にまで逃れる体力も、余力も無い。
だが、〝城の外にさえ出られれば〟逃げおおせる方法は残してあるのだ。
グェンは、左手を見る。
中指と薬指に、まだ使っていない宝石が二つある。
中指の指輪には、深紅の宝石が。
薬指には、透き通るような透明の宝石が。
この二つは、《宝石の悪魔》と契約したグェンの力で、特殊効果を発揮できる宝石だ。
深紅の宝石には、強力な爆発を起こす力が備わっており。
もう一つの透明な宝石には、飛翔と加速を持ち合わせた翼を生やすことができる力がある。
両方とも屋内では使えない。
爆発は建物の崩落等、自分を巻き込む恐れがあるし、飛翔は開けた場所でないとコントロールが難しい。
だから、せめて外に出られれば――。
「外に出さえすれば……私だけは確実に逃げられる!」
そこで、入口が見えてきた。
永遠にも思えた長い逃避行の果て、王城の正面入り口が見える。
隠密兵と騎士達をぶつけ合わせ、閉鎖させないようにしていたのだ。
「よし!」
グェンは、王城の外へと飛び出した。
本来なら、ここから中庭が続き、城門まで行かなければならない。
が、今は関係無い。
外に出られたら、後は宝石の力で――。
「――え」
そこで、グェンは気付く。
数人の隠密兵、側近の秘書達と共に飛び出した中庭。
数十メートル先に立ちはだかるようにして待機する、数人の女達の姿があった。
頭部に花を咲かせた、麗しい姿の女性ばかり。
こいつらは――。
「貴方達は、敵ですか!? 味方ですか!?」
彼女達の先頭に立つ、一際見目麗しい女性が叫ぶ。
彼女の名は、オルキデア。
植物の魔族――《アルラウネ》の女王。
そして、その後ろに並ぶ女性達は、彼女の仲間の《アルラウネ》――。
「オルキデアさん!」
グェンは、後悔した。
外に出られた安心感と、思いがけない光景を目の当たりにした事により、足を止めてしまっていた。
その隙に、後方から追い付いたマコが、渾身の大声で叫んだ。
「捕まえて!」
「……! まずい!」
グェンは、急いで飛翔の宝石の力を解放しようとした――が、それよりも早く。
「はい! みんな、行きますわよ!」
「「「「「かしこまりました!」」」」」
オルキデアと、その仲間の《アルラウネ》達が、地面に手を翳す。
瞬間、正面入り口の前に勢いよく発生したのは、大量の植物の〝根〟の津波だった。
「う、おおおおおおおおおおおお!?」
《アルラウネ》達が全力で成長させた植物の根――細いもの太いもの、何百、何千というそれらが絡み合い、巨大な壁、巨大な天井となってグェン達を覆い尽くす。
包み込んで、捕まえる気だ。
「クソォっ!」
今日、何度吐いたかもわからない悪態を吐く。
なんだ、何なんだ。
様々な種族が協力し合えている……それだけじゃない。
ただの操り人形じゃないのだ、こいつらは。
あのマコの……司令官の言いなりばかりではなく、自分達で考え、最善の行動を取っている。
「なんて奴等だ!」
もう、呑気に思考などしていられない。
グェンはすかさず、奥の手の一つ――左手中指に嵌めた、深紅の宝石の力を解放する。
刹那、巻き起こる大爆発。
デルファイの作るガラス細工の爆弾を、一度に複数個起爆させたくらいの爆発が、押し迫る根の壁を吹き飛ばす。
「きゃあああああああ!」
爆発の威力に、《アルラウネ》達が悲鳴を上げる。
同じく爆発に肌を焙られながら――しかし、グェンはこの結果に顔を綻ばせた。
これで、自身を覆い尽くそうとしていたものは消えた。
青空が見える。
薬指の宝石――飛翔の力を使い、一気に空に。
そして、その飛翔の力でどれ程の距離を飛べるかはわからないが、何とかしてホウレイ郷まで――。
そう考えていたグェンの頭上に、影が差す。
見上げた空を、ドラゴンが飛んでいた。
「………へ?」
ドラゴンだ。
巨大な、紛れも無い、ドラゴン。
あの王都内の自然公園にいた、親の《エアロドラゴン》。
こんな怪物まで、増援に呼んでいたのか!?
「な、ぐ、くそ」
唸り声を上げるドラゴンを前に、グェンは身動きが出来なくなる。
これでは、飛び上がったところで蝿のように叩き落とされるか、食われるだけだ。
(……ここで飛翔しても意味がない! もっと先まで逃げないと――)
と思った瞬間、グェンは、自身の体が浮かび上がる感覚を覚えた。
馬鹿な!? まだ、宝石の力は解放していない!?
そう思った彼の体が、ふわりと浮遊する。
無論、それは、グェンの持つ宝石の力によるものではない。
「捕まえた」
気付くと、後方にマコを始め、自分を追跡して来ていた者達が立っている。
そして、マコの腕の中には、一匹の小さい子犬が。
その子犬の体が発光しており、同色の光が自身や、周囲の隠密兵や秘書をも包み込んで浮遊させていると、グェンは気付く。
「その犬は、魔獣か!?」
「正確には、ドルメルツ帝国の上位神獣――バウム様だよ」
目を見開くグェンに対し、マコが余裕たっぷりにそう言った。
※ ※ ※ ※ ※
『ぽめ! ぽめ!』
私の腕の中で、バウム様――ポメちゃんが、楽しそうにはしゃいでいる。
グェンを追跡中、乱戦極まる状況下で突如現れたポメちゃんが、私達に味方してくれたのだ。
ポメちゃんの浮遊の力により、グェンをはじめとしたホウレイ郷の関係者達を浮かせて無力化させることに成功した。
「く、クソ! どうなっている!? 宝石の力が、解放できない!?」
体が浮いた状態で、グェンが左手の宝石の力を使用しようとしている。
しかし、できないようだ。
これには理由がある。
私のスキル《テイム》で、ポメちゃんのステータスを詳しく確認したのだが、どうやらポメちゃんの『物体を浮遊させる』という能力は、厳密には『存在そのものを掌握する』力なのだという。
ポメちゃんの力で浮かされた存在は、ポメちゃんの支配下におかれる――故に、勝手な行動はできなくなる、という、実は恐ろしい力だったのだ。
流石は、上位神獣――グレイトフル・ビーストである。
そこで、ガライとスアロさんが、二人がかりで浮いているグェンを地面に押さえ付ける。
すかさず私が、スキル《錬金》を用い、〝鎖〟と〝南京錠〟を錬成。
瞬く間に拘束を終えた。
「勝負ありだね、ホウレイ郷」
「ぐ……まだだ……まだだぁ!」
仮面ライダーWの財団Xカズ・ジュンよろしく、グェンは足掻くように声を張り上げる。
「城の外には、まだ待機させていた残りの隠密兵達がいる!」
グェンは、拘束された状態で、左手人差し指の指輪に向かって叫ぶ。
「動け! 王都の町を破壊しろ! せめて、少しでも傷跡を付けてやれ!」
今は宝石の力を使えない事すら忘れ、必死に叫ぶグェン。
そんな彼に、私は言う。
「勝負あり、って言ったはずだよ」
「何を……」
私の言葉に、グェンは顔を上げる。
「王都には、私の仲間達がいる。あなたの暗躍が判明した時点で、既に私の仲間達も、ホウレイ郷に関係する者達を制圧するために動いている」
そう――獣人は《ベオウルフ》や《ベルセルク》、魔族は《アルラウネ》に《ドワーフ》。
魔獣は《黒狼》、《ドラゴン》。
人間の機関で言えば、王国騎士団に冒険者ギルド、聖教会。
既に、多くの者達が動いてくれている。
「報告します!」
そうこうしている内に、中庭に、続々と仲間達が集結してくる。
伝令の騎士達が、私に報告する。
「東地区――迎賓館をはじめ、王都内で待機していたホウレイ郷の兵達を発見し、拘束・制圧を遂行しました!」
「西地区――《ドワーフ族》の戦車による砲撃により、ホウレイ郷の兵達が隠して持っていた兵器や設備の破壊に成功との事です!」
「北市街区――冒険者ギルド所属の冒険者達や、《ベオウルフ》、《ベルセルク》のみなさんにより警備体制は万全です! 民間への被害は出ておりません!」
「南地区――《聖母》ソルマリア様と、《暴食》リベエラ囚により、制圧が完了したとのことです!」
「な、ぐ……くっ……」
王都内で暗躍していたホウレイ郷の兵達は、完全に制圧された。
報告を聞き、グェンは首を落とす。
完全な敗北を、実感したのだろう。
「もう一度言うよ。勝負あり、だね」
――こうして、悪魔と共謀する国、ホウレイ郷。
代表のグェンをはじめ、多くの関係者を捕らえる事に成功。
国交会議を利用し、各国の首脳陣を洗脳しようとした、その悪逆非道の行いを――事前に阻止することができた。




