■18 各国開戦です
大会議室の中――ミナト君の剣戟を受け、グェンの体が派手に吹っ飛ぶ。
「ふっ」
更に、ミナト君はグェンを追って床を蹴る。
すっ飛ばされ、床を転がり、停止した彼の体に瞬く間に接近し――。
「しっ」
その手に握った刀を振るう。
狙った先は――グェンの右手だった。
『まずい!』
と、目を白黒させているグェンの体から、《宝石の悪魔》――ラーバスが現れ、叫ぶ。
しかし、もう遅い。
ミナト君の放った一撃が、彼が中指に嵌めた指輪を破壊した。
黄色い透明感のある宝石――《カナンドル鉱石》があしらわれた指輪が砕け散る。
瞬間、広間の中に充満していた力のようなものが、薄れて消えたのが分かった。
あの宝石に宿っていた力――〝閉鎖〟の力が、解かれたのだ。
『グェン、まずい! 《カナンドル鉱石》が破壊された!《密室の制約》が解除される!』
「く……」
外部からの干渉を遮断するという能力を秘めた宝石が、ミナト君の攻撃によって砕かれた。
焦る、ラーバス。
その一方、グェンはふらつきながらも床に右手をつき、上半身を起こす。
眼鏡はどこかに吹っ飛んで行ってしまった。
覚束ない視線を前に向ければ、未だに追撃の姿勢を緩めないミナト君の姿が――。
「何をしている、やれぇ!」
グェンの雄叫びが轟く。
瞬間、隠密兵達がミナト君に飛び掛かった。
会議室内に潜んでいたホウレイ郷の隠密兵の中でも、各国要人を拘束していない自由に動ける人員が――総出でミナト君に襲い掛かる。
「うっとうしいな」
ミナト君は襲い来る隠密兵達を、一人で相手取る。
「……よしっ!」
すべての敵の意識が、ミナト君に向けられた。
私は、この隙を見逃さない。
床に押さえ付けられた姿勢、後ろ手で、スキル《錬金》を発動。
錬成された〝単管パイプ・1m.ver〟が、私を押さえ付けていた隠密兵の頭部に命中する。
吹っ飛ぶ隠密兵。
拘束が解かれた。
「えいやっ!」
すかさず、私は〝単管パイプ〟を力の限り放り投げる。
空中で回転しながら投げ飛ばされたパイプは、会議室の窓に命中する。
甲高い音を立てて、粉砕される窓ガラス。
「何をしている! 押さえ付けておけ! 窓から逃げるつもりだ!」
そこで、グェンの声が響き、すぐさま別の隠密兵が私の頭を床に押し付けた。
『グェン! 状況が悪い、逃げるべきだ!』
「黙っていろ!」
自身に憑依したラーバスの声に、グェンは吠える。
頭に血が上っているようだ。
自身の計画の裏をかかれ、良いように利用されたのが気にくわないのだろう。
その怒りの矛先は、当然、今回の計画の〝首謀者〟に向けられる。
「せめて、こいつだけでも……」
グェンが向かった先は、取り押さえられているイクサ。
そのイクサに向けて、グェンは自身の右手を向ける。
グリーンに輝く宝石が飾られた指輪――それが嵌められた人差し指を、横たわったイクサに向ける。
おそらく、攻撃用の力を宿した宝石なのかもしれない。
「死ねッ!」
※ ※ ※ ※ ※
――一方。
「合図が出たぞ! 芸術的にな!」
そこは、王城の敷地の外。
停車している荷車の中で、《火蜥蜴族》のデルファイが王城の方を見ながら叫んだ。
彼の手には、ガラス細工を使って作られた望遠鏡が握られている。
それを使い、会議室の様子を外側から観察していたところ――窓ガラスが内側から破壊されたのが見えたのだ。
これは、事前にマコが周辺に待機させていた仲間達と取り決めていた〝合図〟である。
何か異常事態が起こったら、会議室の窓を破壊し合図を送る。
そうしたら、緊急事態発生――臨戦態勢に入って構わない、という合図だ。
『姉御のピンチだ! 行くぞ!』
マコの指示により、彼女の仲間達はある程度分散されて、王城周辺に配置されていた。
デルファイと共にいた《神狼の末裔》のエンティアが、合図の発見を知るや否や、その場から疾駆を開始していた。
巨大な白い狼が、王城の高い防壁を飛び越える。
整備された美しい庭園を駆け抜け、瞬く間の内に城へと接近。
そしてそのままの勢いで、王城の壁を駆け上がっていく。
『ぬおおおおおおお!』
ある程度の高さまで昇って来たが、そろそろ重力の影響を受け始める。
会議室の窓まで、もう少し――。
『ぬぅ、ここまでか……』
エンティアは、自身の〝背中に乗っている者〟に言う。
『後は任せたぞ! 我もじきに追い付く!』
「……はい」
彼の背中に乗っていたのは、《兎の亜人》――《ラビニア》だ。
長い耳に、美しい両脚。
彼女こそSランク冒険者の一人、《跳天妖精》のルナト。
無論、《対話》のできない彼女にはエンティアが何を言っているのかはわからないが――それでも、言いたい事は伝わった。
ルナトはエンティアの背中から跳躍。
圧倒的脚力を駆使し、一気に会議室の窓の縁に到達。
着地。
そして、着地するや否や、会議室の中に向けて跳躍――。
「な――」
彼女の視界には、ちょうどイクサへ攻撃しようとしていたグェンの姿が映っていた。
判断すると同時、行動は最速。
飛来したルナトの蹴りが、グェンの胴体に直撃を果たした。
「ぶぇるべらばっ!」
再び珍妙な悲鳴を上げて、グェンは会議室の壁に激突するほどの勢いで蹴り飛ばされた。
※ ※ ※ ※ ※
「ルナトさん!」
吹っ飛ぶグェン。
そして、着地したルナトさんが、イクサと私を拘束していた隠密兵を、瞬く間に回し蹴りで弾き飛ばす。
「……マコ様、イクサ王子、ご無事ですか?」
「うん、ありがとう、ルナトさん」
「助かったよ」
私とイクサは立ち上がり、ルナトさんと背中合わせの体勢を取る。
「……マコ様、先程の合図は、おそらく他の場所で待機していた方々にも伝わったはずです。続々、この城の中に援軍が到着している事でしょう」
「うん、私達はともかく、現状をどうにかしないと」
「まずは、各国の代表者達を解放するのが最善かな」
その時。
「な、なんだ、こいつら!」
「ぐあっ!」
会議室の扉が、外側から破壊され、警備に付いていた城仕えの騎士達が吹き飛ばされてきた。
乗り込んできたのは、ホウレイ郷の隠密兵達だった。
「まだいたんだ!」
会議室のみならず、お城の中にも忍ばせていたのかもしれない。
他の国も同様だけど、今回の国交会議には各国多くの兵を引き連れてきていた。
グェンが率いてきた、ホウレイ郷の兵全てが敵と見て、まず間違いないだろう。
「行くよ、ルナトさん! ミナト君も!」
大広間で、大乱戦が勃発する。
波のように押し寄せるホウレイ郷の隠密兵達。
しかし、こちらの戦力も負けてはいない。
Sランク冒険者のミナト君にルナトさん。
そして、イクサと私が、迫る隠密兵を薙ぎ倒しながら、拘束されている各国の要人達を助けに向かう。
ミナト君の剣戟により、イル=ヴェガ共和国のガガルバン首相達が。
ルナトさんの脚撃により、ドルメルツ帝国のワグナーさん達が。
「ふっ」
そして、イクサの放った〝突風〟の魔法により、聖凱楽土のチグハさん達が救出された。
「ふふふ、しばらく見ぬ内に腕を上げたのう、イクサ王子。姉上を彷彿とさせる」
「貴方こそ、助けなくても自力でどうにかできたでしょう? 叔母上」
そんな会話を交えつつ、私達は一か所に集まり各々臨戦態勢を取る。
周囲を囲う隠密兵達に、牽制を取りながら。
『おい、グェン! グェン、起きろ!』
ちなみに、壁際で横たわっているグェンは、ルナトさんの一撃で未だ気絶している。
悪魔のラーバスが、必死に揺り動かしているが。
「……大変なことになったな、まったく」
「ええ、本当に」
ガガルバン首相とワグナーさんが、警戒を行いながら呟く。
「既に、私の仲間がこの事態を確認し、王城内の騎士達や各国の兵の方々に説明に向かっているはずです。もう間もなく、援軍も来るはずです」
私が、その場の皆に言う。
王城の外では、みんなが事情の説明に回っているはずだ。
今回の一件を知るメンバーは、イクサとチグハさんと私をはじめ、極限まで限られたもののみにして、情報を抑えて挑んでいた。
そのため、各人にはここからの説得になってしまう。
けど、説得するメンバーの中には王族のレードラークや、元王宮騎士団長のミストガンさんもいる、それほど手間はかからないだろう。
「イクサ王子……ホウレイ郷が怪しいと、いつの時点で気付いていたのだ?」
ガガルバン首相が、イクサに問う。
「こちらの聖凱楽土を管理する五大星の一人、チグハ殿は、僕の母親の妹……叔母に当たるのはご存じでしょう。ゆえに、以前から密かに連絡を取り合い、事の真相究明に取り掛かっていたのです」
「この五ヵ国の中で最もホウレイ郷と近い位置にあった国が、我等聖凱楽土であったからのう」
イクサに続き、チグハさんが解説する。
「ホウレイ郷は、独自の文化体形を作っていた閉鎖的な国。じゃが、ここ最近、数十年に及ぶ鎖国を解除し、様々な国の文化を取り入れるようになった。それも、全ては発展のためだったのじゃろう」
「その過程で悪魔と協力関係になったのか、それとも悪魔と協力関係になったからそんな事をしだしたのか……そこまでは不明だけど、何はともあれ、ホウレイ郷の真の姿は看破した」
「そういう事か……しかし、イクサ王子、まさか我々まで騙していたとはな。人が悪いぞ」
毒づくガガルバン首相に、イクサは苦笑する。
「申し訳ない。敵を欺くには、まず味方からというやつだよ。それに、結果的にはこうして真実がはっきりしたでしょう?」
「まったく……まぁ、いい」
嘆息するガガルバン首相。
そこで、強面の面貌に、更にグッと力が籠められる。
「ひとまず、諸悪の根源を叩くぞ」
言うと同時、ガガルバン首相と、そのお付きであった二人の男性は、深く体勢を落とす。
相撲の構え?
というより、床に手を付いているその姿勢は、あれに近い。
ラグビーとか、アメフトとかの。
「今ここには《装甲》が無いが……仕方がない。この身一つを砲撃に変え、戦場を貫く」
瞬間、ガガルバン首相達は、敵に向かって走り出した。
何の奇も衒っていない突進――タックルだ。
だが、その振り撒く重圧というか威圧感が、半端ない。
敵陣に激突。
衝撃で、数名の隠密兵達が宙に舞った。
凄い。
イノシシ君達の突進よりも、上かもしれない。
「イル=ヴェガ共和国は、肉体を駆使して戦う民族が多く、ガガルバン首相もそんな戦闘民族の血を継いでいる」
横で、イクサが解説してくれた。
「彼等は武具で武装した体を、そのまま相手に叩き付けるという原始的な戦い方をする。本来は強固で殺傷能力の高い《装甲》という武具を纏って戦うんだけど、今は無いからね。生身での突進だ」
「でも、物凄い威力だね」
ガガルバン首相をはじめとしたイル=ヴェガの人達が走った後には、どんどん倒された隠密兵達の体が重なっていく。
力任せの戦い方だけど、その馬鹿力が半端ない感じだ。
「さて、ぼうっとしとるわけにもいかぬのう。既に戦いは始まっておる」
続いて、チグハさんをはじめ、聖凱楽土の面々が敵陣に向かい、躍り出た。
彼女達が使うのは、《仙術》。
生命力を駆使し、自身の身体能力を拡張、上昇させるという《仙人》の戦い方は――踊るような、舞うような、流麗な拳法だった。
相手に掌を叩きつける。
軽い音しかしないが、それだけで、隠密兵は崩れ落ちてしまう。
どこか、カイロンの使う武術にも似ている。
「カイロンは《八卦発勁》っていう武術で、チグハさんは《仙術》……根幹は一緒なのかな」
その時、会議室の入り口の方向から、雄叫びが聞こえた。
人間の雄叫びではなく、獣の咆哮だ。
何が――と思う間もなく、隠密兵達を蹴散らしながら、何かがこちらに飛んできた。
それは、巨大な虎だった。
白い毛並みに黒い縞が並ぶ、大柄な虎。
「トリズナー! 来たか!」
ワグナーさんが歓喜の声を上げると、トリズナーと呼ばれた虎は、まるで主人に甘える猫のように、彼女に顔を擦り付けて喉を鳴らす。
どうやら、この虎は彼女の使役する《神獣》のようだ。
「主の危機を察知してくれたのだな」
《神獣》とは言え、ワグナーさんの仲間が城の中にやって来たという事は、おそらく外での仲間達の説得が成功したということかもしれない。
各国の兵達が、事情を知り動き出した――とも考えられる。
援軍が城にやって来ている。
これは良い兆候だ。
「お見せしよう、マコ殿。《神獣遣い》がいかなるものか」
そこで、ワグナーさんは集中するように瞑目すると、隣のトリズナーに触れる。
瞬間、発光する二人(一人と一匹)の体。
やがて光が収まると、そこにはワグナーさんのみが残されていた。
いや、彼女の体の様子が少し変わっている。
まるで獣人のように、首元や腕や足に白い毛を纏い、頭部からは耳が生えている。
顔に走った黒い縞模様……。
もしかして、トリズナーと合体した!?
「我等《神獣遣い》は、パートナーとして心を通わせた《神獣》と一心同体となる。見せよう、これがドルメルツ帝国の戦い方だ!」
言うや否や、ワグナーさんの姿がその場から消える。
トリズナーと合体したことにより、手にしたのは虎の俊敏性と力強さのようだ。
目にも留まらぬ速度で走り、その腕の一撃、脚の一撃が、容易く隠密兵の体を薙ぎ払う。
凄い。
数はどうあれ、戦力は圧倒的にこちらの方が上だ。
「……マコ様!」
そこで、ルナトさんが何かに気付いたように叫ぶ。
彼女の視線の先を見ると、横たわったグェンを、数名の隠密兵達が担ぎ、運ぼうとしている。
「グェンが逃げる!」
私は叫び、手の中にスキル《錬金》を用いて得物である細身の〝ステンレスパイプ〟を錬成。
運ばれていくグェンを追うため、急いで走り出す。
※ ※ ※ ※ ※
「イクサ」
グェンを追うため、〝ステンレスパイプ〟を振り回し隠密兵を薙ぎ倒しながら駆け出したマコ。
その後を追おうとしたイクサを、一人の人物が呼び止めた。
誰であろう――この状況になっても、未だに泰然と椅子に腰かけた姿勢のままだった、グロウガ王だった。
白く濁った右目を向けながら、彼は言う。
「此度の策、お前の目論見通りだ」
「………」
「聖凱楽土との繋がりをも利用するとは。流石は、〝スズリハ〟の子か」
「貴方に褒められても嬉しくないよ」
イクサは、感情を殺した声で言う。
「僕が王になったなら、貴方の築いてきたものはあらかた破壊される。それを、よく理解しておくべきだ」
「それでいい。争い、勝ち残った者の作る基盤こそ、正義だ」
「……ふん、その果てに生まれた国には、貴方の居場所なんて無くなってるだろうけどね」
それだけ言って、イクサはグロウガ王に背を向け、走り出した。
※ ※ ※ ※ ※
「ふっ」
一方、ミナト・スクナは両手に持った二刀を振り回し、会議室内で隠密兵達の相手をしていた。
彼が倒した兵の数は、かなりの数に上る。
最早、倒れた隠密兵で床が埋め尽くされそうになっていた。
「あー、疲れるなー」
止め処無く襲い掛かってくる攻撃の波、そう愚痴をこぼす。
瞬間、彼の目前に並んでいた兵達が、一気に頽れた。
ミナトは攻撃を仕掛けていない。
「……姉様!」
倒れた兵達の向こう側に立っていたのは、彼の姉――スアロ・スクナだった。
どうやら、彼女の一閃により仕留められたようだ。
「姉様……」
「イクサ王子が会議室を出た。私達も追うぞ」
「……はい」
スアロの言葉に、素直に従うミナト。
……イクサの事をあまり良く思っていないからか、少し返答に間こそあったが。
「……ミナト」
そこでスアロが、ミナトに言う。
「此度の任務、見事にこなしたな」
そうスアロに褒められ、ミナトは照れたように赤面する。
「本当に、強くなった」
「いえ、僕なんて、まだ姉様の足元にも……」
「自分を卑下するな」
そんなミナトに、スアロは言う。
「お前は十分強い。私とは、違う方向でな」
「………」
この世で最も尊敬する人物に、そう言われ、そう認められ。
ジワリと、ミナトは胸の中に満たされるものを感じた。




