■17 国交会議開始です
「………」
私は、目前に聳える王城を見上げる。
「行こうか、マコ」
隣のイクサが、そう言って私の背中に手を添える。
「うん」
――今日は、国交会議、当日。
遂に、この日が来た。
約一か月前、私が惨事に見舞われた王都の復興計画の責任者に任命され。
《ベルセルク》、《ベオウルフ》、各地の冒険者、《ドワーフ》、《アルラウネ》、その他にも多くの力を借り――各国の代表者達が目を瞠るほどの再生を遂げた。
それもすべて、この日のため。
今日がある意味、この一か月間の全てが結実する日であり。
……そして、そもそもの元凶に関わる者を捕らえられるかもしれない――そんな日である。
会議が開かれるのは、王城内の大広間。
無論、容疑者に警戒がバレないよう、細心の注意を払う。
各国の代表が集まるという事で、城自体の警備を厳重にされている。
会議室内に入れるのは、各国の代表者とその護衛のみ。
『会議当日は、我等ホウレイ郷の隠密行動に長けた者達を、会議室をはじめ周囲に潜ませましょう』
但し、広い会議室内の物陰等には、ホウレイ郷の隠密行動兵が複数潜んでいる。
怪しい動きを起こした時点で、速やかに制圧するためだ。
「……さて、全員お揃いか」
大広間――会議室内。
円卓を囲い、各国代表者達が席に着く。
イル=ヴェガ共和国、ガガルバン首相と、その背後に護衛が二人。
ホウレイ郷、グェン郷主子息と、その背後に秘書一名、護衛一名。
ドルメルツ帝国、ワグナーさんと、その背後に彼女の部下の兵が二名。
「~~♪」
聖凱楽土、チグハさんと、その背後には彼女の弟子が二名。
チグハさんは呑気に鼻歌を歌いながら、自身の銀色の髪の毛先を眺めている。
そして、グロウガ王国代表――。
「………」
二人の護衛に選ばれたのは、私とイクサ。
円卓の前に座るのは、グロウガ王だ。
今日まで、玉座に差す陰影の関係で拝見できていなかった顔が、今はわかる。
深い傷が、顔の右側面を額から顎元にまで走っている。
濁った右目は、どうやら失明しているようだ。
壮年ではあるが、老いている印象はない。
むしろ、まだまだ若々しい雰囲気すら感じる。
イクサの父親にして、この国の国王は、そんな面貌をしていた。
「では、これより我等同盟国による国交会議を始めるとしよう。話し合いは、迅速な方が良い」
「グロウガ王の言う通りだ」
グロウガ王の発言に対し、ガガルバン首相が反応する。
「流通や貿易関係、犯罪組織の検挙撲滅、紛争に移民問題……議題を上げればキリがない。が、しかし――」
そこで、ガガルバン首相は、枝毛を抜いているチグハさんの方を見た。
「まずは何よりも先に……聖凱楽土、貴殿等の事だ」
「ぬ?」
話題の矛先を向けられ、チグハさんが顔を上げる。
「なんじゃ?」
「貴殿に聞きたいことがある」
グロウガ王が、低い地響きのような声を発する。
詰問が開始した。
「今回、この王都が悪魔の進軍により甚大な被害を受けたと、当然貴殿も知っているだろう?」
「それは当然、心痛い事じゃ」
よよよよ……と、目元を拭うチグハさんを無視し、グロウガ王は続ける。
「では、その悪魔達の中に、ドラゴンを使役し攻撃させた者がいたこともご存じか」
その質問に、チグハさんはわざとらしく小首を傾げた。
「ふむ……そんなことがあったのじゃ?」
「その悪魔は《宝石の悪魔》という種族で、宝石の中に眠る力を引き出すことができるそうだ。そして、ドラゴン達を操るに際し巨大な《魔石》を用い、その力で支配していたのだという」
「ほーう」
気の抜けた返事を返すチグハさんに、ガガルバン首相が眉間に皺を寄せたのがわかった。
「《魔石》は、聖凱楽土が生産国の宝石。何体ものドラゴンを操るのだとしたら、それだけ巨大な《魔石》がいくつも必要……率直に言おう、我々は、聖凱楽土が此度の悪魔達……もしくは、その《宝石の悪魔》個人に協力をしたと考えている」
「さぁ、儂は知らんのう」
「しらばっくれるな!」
瞬間、ガガルバン首相が円卓に拳を叩きつけた。
グロウガ王が、そんな彼を視線で宥める。
「では聞くが、百歩譲って儂等が悪魔に味方していた、と……儂等の国が悪魔に支配されているとする。つまりは、儂も既に悪魔の味方、手中に堕ちた存在という事じゃな」
チグハさんは、円卓の上に肘をつき、手の上に顎を乗せ、舐めるような視線で周囲を見回す。
まるで、挑発するような口調だ。
「それで、どうする。ここで、儂とやり合うか?」
瞬間だった。
チグハさんと、その背後の弟子達の雰囲気が変化した。
体から発生する強い殺気のようなものが、周囲の空気を、風景を戦慄かせる。
素人目にも、臨戦態勢に入ったという事がすぐにわかった。
「グロウガ王! グェン子息! ドルメルツの! 最早言い逃れの余地もなかろう!」
それに呼応し、他の面々も動きを起こした。
ガガルバン首相は血気盛んに叫び、椅子から立ち上がる。
彼の背後の側近達も、腰に下げていた武器に手を掛ける。
「聖凱楽土……信じたくはなかったぞ!」
ワグナーさんと、彼女の部下の兵達も攻撃姿勢に。
「お待ちください、皆さん」
そこで、グェン郷主子息の声が響いた。
「ここは、我々にお任せを」
グェン郷主子息が、自身の眼鏡を持ち上げる。
それを皮切りの合図に、会議室内に潜んでいたホウレイ郷の隠密兵達が姿を現し、俊敏な動きで行動を開始した。
皆、頭から足先まで目立たない地味な色合いの装束で包み込んでいる。
まるで、忍者みたいだ――と、私は思った。
その動きも、ほとんど目で追えないほど速い。
瞬く間、敵意を露わにしたチグハさんを拘束するため駆ける隠密兵達。
ホウレイ郷の行動に、他の国の面々は臨戦態勢を解除し、緊張感を緩めた。
「……!」
しかし、そこで、思いがけない展開が起こった。
隠密兵達は、チグハさん達ではなく――その場にいた各国の面々にまで飛び掛かって来たのだ。
いや、違う――正確には、チグハさん達聖凱楽土にも、だけど。
油断していた私とイクサ、イル=ヴェガ共和国、ドルメルツ帝国、そして聖凱楽土のみんな、全員が、一瞬で関節を取られ、床に叩き伏せられ、行動を封じられていた。
椅子に腰かけたままのグロウガ王は、その状態のまま首元に刃を突きつけられる。
制圧されてしまった。
「な、何を――」
いきなりの事に、ワグナーさんが瞠目し言葉を失う。
そんな彼女を無視し、グェン郷主子息は淡々と動いていた。
彼は、床に伏した各国の要人達を無視し、広大な会議室を入り口の方へと向かって歩いていく。
進みながら、グェン郷主子息は右手を持ち上げる。
右手には、幾つか宝石のあしらわれた指輪がはめられている。
彼はその内の一つ――中指にはめた指輪を前に向けた。
瞬間、彼の体から湧き上がる、黒い瘴気。
「あれは……」
床に顔を押し付けられた状態のまま、私は呟く。
知っている。
あの瘴気、あの漆黒の気配。
あれは、悪魔の――。
「……《カナンドル鉱石》――《密室の制約》」
グェン郷主子息の、中指にはめた指輪の宝石が輝き、発生した光の波が、彼を起点に会議室全体に広がったのがわかった。
その行動を終えると、グェン郷主子息はこちらへと戻ってくる。
「どういうことだ、子息!」
隠密兵三人がかりで体を押さえ込まれたガガルバン首相が、咆哮を発する。
「いえいえ、どういうことかと聞かれれば」
一方、グェン郷主子息は飄々とした態度で、両手を持ち上げる。
そして――。
「これなら、わかりやすいですか?」
刹那、彼の体から瘴気が巻き上がった。
真っ黒い瘴気――その事実だけで十分だ。
瘴気は彼の頭上で形を成し、一人の悪魔の姿を作り上げていく。
アスモデウスが、ワルカさんの体から現出した時と同じ。
これは――。
「悪魔との……契約状態」
『そういうこと』
現れた悪魔が、私の呟きを聞き取ったのか、そう嘲笑うように言う。
顔に目元だけを隠す仮面を被り、頭にツバの広い帽子を被った悪魔だ。
まるで道化師……いや、仮面舞踏会に居そうな感じの、そんな怪しげな格好である。
『まんまと引っ掛かってくれたね』
「ええ。聖凱楽土を悪魔の味方と勘違いしてくれていたおかげで、問題無く隠密兵を会議室の中にまで潜ませることができた」
グェンは、嘲笑う。
今この場で身動きができるのは、彼と、彼の仲間の秘書と側近のみ。
他の皆は、ホウレイ郷の隠密兵により完全に拘束状態にある。
「おかげで、今宵の国交会議中、〝この会議室内を閉鎖空間にする〟という計画を、滞りなく達成することができた」
「おい! 聞こえるか!」
ガガルバン首相が、大広間の外へと大声で叫ぶ。
「無駄ですよ。先程、私が使ったのは、この宝石の力」
言いながら、グェンは右手の中指にはめた、透明感のある黄色い宝石を見せてくる。
「《カナンドル鉱石》……この宝石には、密室空間を一種の結界……閉鎖空間にし、外からの侵入を防ぐ力が宿っている。まぁ、防げるのは外からの侵入のみなので、内側にいる者の行動を封じなければ意味がないのですがね」
「宝石……」
私は理解する。
グェンに憑依した悪魔――あの悪魔はおそらく、《宝石の悪魔》だ。
彼の手には、いくつも宝石の指輪がはめられている。
きっとあれらの宝石に宿った力を、自在に使えるというわけだろう。
「つまり、そういうことか……」
私のすぐ近くで、私同様に床に押し付けられた状態で、イクサが言う。
「僕は、とんだ勘違いをしていたと……」
「ええ、イクサ王子。真に悪魔に支配されていたのは、聖凱楽土ではなく我等ホウレイ郷……ああ、いえ、厳密には国を挙げて悪魔に協力をしているという形です。《魔石》も、交易の盛んなホウレイ郷の貿易力を有効活用し、秘密裏に取り寄せていたのですよ。まぁ、密輸ですね」
「貴様ァ!」
怒りを露わに、ガガルバン首相が吠える。
そんな彼の顔面を、グェンが蹴り抜いた。
「大人しくしていてくださいよ。私が今日この日、この国を訪れた理由……本当の目的は、まだこれからなんですから」
「ゲホッ……なに?」
「私が今回の国交会議にやって来た理由。まず一つは、悪魔による侵攻に見舞われたグロウガ王国王都の現在の様子を、この目で直に確かめるため……まぁ、これに関しては、思いもよらぬほどの再生を遂げていたことに、素直に驚きましたけどね」
そこで、グェンが私を見る。
「マコ殿、あの日あの時、私が貴女に言った言葉は心の底から出た嘘偽りない賞賛です。あなたは優秀な人材だ。是非、我らの仲間としてホウレイ郷へ持ち帰りたい」
「はっ、寝言は寝てから言って欲しいね」
吐き捨てるように、イクサが憎まれ口を叩く。
「いえいえ、寝言などではありませんよ。私は本気です」
そこで、グェンが微笑みながら、自身の右手の、薬指に嵌められた指輪を見せる。
血のように赤い宝石の飾られた指輪だ。
「何を隠そう、私がこの国交会議に代表としてやって来た第二にして最大の目的は、こうして集まった各国の代表を私の力で洗脳し、傀儡とすることなのですから」
「な……洗脳、だと?」
ワグナーさんが呻く。
「ええ、私が契約したこの〝ラーバス〟という名の悪魔は、種族を《宝石の悪魔》。そして《悪魔族》は、波長の合う人間を宿主に契約することで、通常以上の能力を発揮できるようになることがあるそうです」
以前、アスモデウスやワルカさんの言っていた台詞だ。
「そして、ラーバスが私と契約し得られた力が、この特殊な宝石の力を解放することができる、というものでした」
真っ赤な深紅の宝石を見せびらかせるようにしながら、グェンは言う。
「この宝石の持つ特性は、『人間の洗脳』。洗脳を完璧に施すのに、多少時間がかかるのがネックですが……会議室が閉鎖された今、その点は懸念する必要はないでしょう。この場で静かに洗脳を終えてしまえば、四ヵ国の重役は私の傀儡。マコ殿も、私のかわいいお人形だ」
「ぐ、く……」
ガガルバン首相や、彼の仲間達が隠密兵の拘束を解こうとしているが、がっちり捕まってしまって動けそうにない。
会議室は閉鎖。
限られた戦力は完全制圧。
全てが、グェンの目論見通りに運ばれていく。
「では、まずは……」
そう言って、グェンは、椅子に腰かけたままのグロウガ王に向かって歩き出した。
――瞬間、だった。
「……やれやれ。まさかまさか、だよ」
嘆息交じりに呟いたのは、イクサだった。
諦観から生まれたぼやきとでも思ったのか、グェンはイクサに微笑を向ける――が。
「まさかこんな事態になるとは……ねぇ、チグハ殿」
そこで、イクサが話しを振ったのは、チグハさんだった。
先程からやけに大人しく、ホウレイ郷の隠密兵に体を押さえ付けられていたチグハさん。
見ると、彼女も口元に「やれやれ」と言った感じの微笑を浮かべている。
「まさか、ここまで〝予定通り〟とは」
「ふふふ、だから言ったであろう、イクサ。儂の言う通りにすれば問題無いと」
「……何を言っている」
そんな二人の余裕の態度に、グェンは眉間を顰める。
「既にこちらは、最初から全て把握済みだったということさ。真に怪しいのは、ホウレイ郷であると」
イクサの言葉に、ガガルバン首相やワグナーさんも絶句する。
そう――彼等は昨日イクサが言った通り、聖凱楽土こそ黒幕であると信じていた人達だ。
イクサの真相の吐露に、驚かないわけがない。
「簡単な話だよ。事前にチグハ殿とつながっていた僕が、ホウレイ郷こそ元凶だと看破し、この会議を利用し君達を罠にはめたと、それだけの事さ」
「《魔石》に絡み、聖凱楽土内で妙な動きがあったことはこちらも調査し把握しておった。密輸とは、姑息な真似をしてくれたものじゃ。おかげで危うく本当に儂等が疑われるところじゃった」
「……なにを――負け惜しみを」
グェンが嘲笑混じりに言う。
まだ、信じていないのだろう。
そこでイクサが、私に言う。
「負け惜しみなんかじゃないよ、ねぇ、マコ」
「うん」
イクサ、チグハさん……そして、二人からこの事実を〝事前に教えられていた〟私は、答える。
そう――私もまた、二人と共に、この〝敵を欺くにはまず味方から作戦〟に加担していたのだ。
「グェン、君の先程の言葉――一つだけ肯定させてもらうよ」
不愉快そうに顔を歪めるグェンに、イクサが言う。
「彼女は――マコは優秀な人材だ。彼女の力のおかげで、この会議室内に一人、誰にもバレずに僕達の伏兵を潜ませることができていたのだから」
――瞬間、会議室の天井がはがれた。
「――」
全員が、意表を突かれただろう。
円卓の真上の天井の一部、その表面が、ハラりとはがれたのだ。
厳密には天井がはがれたのではなく――天井の表面を覆っていた、一枚の布がはがれたのだ。
その布地の表面には、私のスキル《塗料》で生み出した〝ベース塗料〟が塗られコーティングされている。
〝ベース塗料〟とは、表面をデコボコ状にして、あたかも砂擦りの壁や石づくりの天井のような質感を生み出せる特殊な塗料だ。
それを塗って作った、カモフラージュ用の布で姿を覆い、あらかじめ天井に溶け込んで潜んでいた伏兵がいたのだ。
私達の中で、最も隠密行動に長けた存在。
たった一人、魔獣を狩る任務を請け負い、何日間も息を潜め戦うような――そんな修行のような日々を過ごしてきたSランク冒険者。
野生的な戦い方を得意とする、サバイバル能力の高い戦士。
「あー、疲れた」
ミナト・スクナ。
今回の秘密の作戦の要を、彼に担ってもらった。
そして、そこからの動きは一瞬だった。
天井を蹴り抜き、一気に加速。
手にした《魔道具》の刀に魔力を籠めず――グェンの首筋にその一閃を叩き込んだ。
「がぁらそっば!」
珍妙な悲鳴を上げ、グェンは壁際にまで吹っ飛ばされた。




