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■16 聖凱楽土とイクサです


『朝早くからお集まりいただき、誠にありがとうございます』


 ――これは、今朝の会話。

 場所は王都の中心、王城。

 私が自然公園でヒーローショーを開催する直前、限られたメンバーのみが、王城の謁見の間に集められていた。


『本会議の日程は明日ですが、その前に一つ、皆さんにお伝えしておきたいことがあります』


 口火を切ったのは、イクサだった。

 ちなみに、その場に集まったメンバーは――。

 イル=ヴェガ共和国――ガガルバン首相と、その側近の方々数名。

 ホウレイ郷――グェン郷主子息と、その秘書と側近。

 ドルメルツ帝国――ワグナーさんと、彼女の部下が数名。

 そして、私、イクサ。


『………』


 更にレードラークと、王座に座るグロウガ国王。

 以上である。


『聖凱楽土の者達はまだ来ていないが、いいのか?』

『ええ、むしろ、その聖凱楽土に関する事です』


 ガガルバン首相の問いに、イクサはそう答えた。


『なに?』

『グロウガ王』


 そこでイクサは、玉座に座るグロウガ王を振り返った。


『……ああ』


 イクサに促され、グロウガ王は口を開く。


『我々は、此度起こった王都への《悪魔族》進撃……この攻撃に、聖凱楽土が協力・関与していると疑っている』

『なんだと!』

『事実なのですか!?』


 驚く各国の代表。

 ガガルバン首相とワグナーさんが、目を見開く。


『それは、何ゆえですか?』


 グェン郷主子息は、冷静に眼鏡のブリッジを持ち上げながら問う。


『……此度の《悪魔族》の軍勢の中に、ドラゴン達を暴走させていた悪魔がいた』


 それに対し、グロウガ王が答える。


『その悪魔は《宝石の悪魔》と呼ばれる種族で、あらゆる宝石に宿った力を解放させる事ができるのだという。以前に、我々が捕縛した悪魔から、そう情報を聞き出していた』


 アスモデウスの事だ。

 グロウガ王は続ける。


『そのドラゴン達を暴走させ、支配するのに使われていた宝石が、《魔石》という宝石だ』


《魔石》。

 ……以前、デルファイから聞いた話を思い出す。

《魔石》は神秘的な色合いを持つ宝石の一種。

 この国からは出土しない。

 世界の中でも、ある国の自然からしか採掘できない希少な宝石だ。

 その産出国は、デルファイは知らないと言っていたけど……。


『その国こそ、聖凱楽土』


 グロウガ王の言葉が、謁見の間に響く。


『《魔石》は、聖凱楽土で採掘される宝石です』


 グロウガ王の言葉を継ぎ、イクサが続ける。


『この王都を襲ったドラゴンの数は、未だかつて見た事の無い程の数量でした。あれだけ大量のドラゴンを操るには、それだけの量の《魔石》を搔き集めないといけない』


 イクサの言葉に、ガガルバン首相も、グェン郷主子息も、ワグナーさんも、真剣な表情になっていく。


『《魔石》は希少な宝石として、世界中に輸出されてはいます。が、ドラゴン達の体に見られた程の大きさのものは、あまりにも規格外の大きさ。もし、あのサイズの《魔石》を集めようと思ったなら、あらゆる国の富裕層や王族、または美術蒐集家達の元を巡り回らなくてはいけないでしょう。途方もない作業です』

『つまり……《聖凱楽土》が《悪魔族》に提供した可能性が高い、と』


 ワグナーさんが言う。


『もしくは、既にあの国自体が悪魔に支配されている』


 ガガルバン首相が唸る。

 そんな各国の代表を見回し、イクサは頷く。


『聖凱楽土の使者達には、最も警戒をしなくてはなりません』




※ ※ ※ ※ ※




 ――そして、現在。


「よろしく、復興責任者殿」

「………」


 聖凱楽土からの使者――《仙人》。

 和風と中華風の間のような服。

 チャイナドレスと和服が合体したような、変わった意匠の服を着ている。

 そして、髪は白い長髪で……。

 ――その頭部からは、狐のような耳が生えている。

 この国で言うところの、獣人だ。


「儂はチグハという。聖凱楽土を管理する五大星の一人にして、今回の国交会議の使者、代表として参った」


 チグハ――そう名乗った彼女の後ろに、いつの間にか数名の人々が集まっていた。

 道士のような服を纏った、若い男子や女子達である。


「よろしくお願いします。マコと申します。こちらの方々は?」

「この者達は付き添い。儂の弟子達じゃ」


 至って平静な態度で、私はチグハさんと会話をする。


「ねぇ、さっきの言葉、どういうこと?」


 そこで、リベエラが会話に入って来た。


「あたしが、『体内で変わったものを飼ってる』って」

「うむ、誤解を与えたなら謝る。儂は《仙人》ゆえ、そういった〝生命〟を見る力に特化しているのじゃ」


 チグハさんは、リベエラの体を上から下へと見る。


「お主の体の中に、別の命がおったのでな。まさか、妊娠とかしとるわけではないだろう?」

「………」

「まぁ、その話は措いといて、じゃ」


 言うと、チグハさんは私に向き直った。


「お主の話は聞いておる。今回、悪魔達の暴威に晒され、甚大な被害を受けた王都。その復興の責任者として、類稀なる力で迅速な改善を進めていると」


 キョロキョロと周囲、街中の様子を見回すチグハさん。


「その話、まったく何一つ脚色が無いようじゃな。実を言うと少し前には、この王都に到着していたのじゃ。そこで密かに、王都内の状況やお主等の仕事っぷりを観察させてもらっていた」

「え?」


 どうやら、少し前から見張られていたらしい。

 全く気付かなかった。


「いやぁ、驚いた。事前に報告は受けておったが、ここまでの回復は想定の速度を遥かに越えていた。市民達の活気も失われておらず、むしろ以前よりも良い空気に生まれ変わったとも感じられる程じゃ。あの自然公園も、実に心安らぐ環境であった」


 しかし、何より――と。

 そこで、チグハさんはカッと目を見開き、私を見た。


「先程の、自然公園で行われていた演劇! あれは最高に良かったぞ!」


 興奮気味に言うチグハさん。

 あ、観てたんだ。

 そして、気に入ってくれたんだ。


「勧善懲悪の物語を、子供でも分かるほど簡略化し再現したものだが……あのシンプルさが逆に良いのじゃ。キャストのアクションも堂に入っていて、慣れた感じもあり安心して観ていられた。まぁ、演技力はもう少しじゃったが」


 めっちゃ語るね。


「特に、あの正義の味方役の男達の動き、面白かったのう。終盤の、ジャンプからキックをするところなど最高にかっこよかったぞ! こうか!?」


 と、チグハさんが、先程のガライとヴァルタイルの真似をしてライダーキックを再現する。


「聞いた話によれば、監督脚本もお主との事。いやぁ、お主とは実に気が合いそうじゃ」


 そう言って、チグハさんは私に凄く距離感近く迫ってくる。

 かなり気に入ってくれたようだ。

 ……でも、彼女の言葉の数々の中からは、彼女が私達の知らない間に、既にいくつも私達の情報を掴んでいるという事が伝わって来た。

 食えない人物だという事が、嫌でもわかる。


「お師匠様、お戯れを」


 私にベタベタのチグハさんを、お弟子さんの一人が止めに来る。


「マコ様も困っておられます」

「いーではないか、別に」


 弟子に諫められるも、チグハさんはマイペースだ。


「のう、マコ。この街の様子、儂も儂で見て回ったが、お主の話も聞いてみたい。案内しておくれ」

「……はい、大丈夫ですよ」


 私は、リベエラや町の人達に別れを告げ、チグハさんをはじめとした聖凱楽土の一行と王都を巡回することとなった。


「ねぇ、また時間が出来たら、さっきの話詳しく教えてよー」

「なんじゃ、自覚がないのか? わかったわかった、また後でのう」


 リベエラとそんな約束を交わすと、チグハさんは私の腕に自身の腕を絡めてくる。

 うーん……やっぱり、距離感が近い……。


「さて、では参ろうか、マコ」

「あ、はい」


 というわけで、私とチグハさん、そして彼女のお弟子さん達で、街中を進んでいく。

 復興の進む街の様子や、どのような経緯でこうなったか。

 獣人や亜人、冒険者達の協力をどうやって取り付けたのか等、色々と説明をしながら。


「ふーむ、ふむふむ、なるほどのう」


 その間ずっと、チグハさんは私の腕に抱き着くようにしているので、中々歩き辛い。


「マコの人柄や功績が、巡り巡って助けに来てくれたという感じじゃのう」

「で、ですね……」

「あ、マコ、あの屋台は何じゃ?」


 と、そこで、チグハさんが道路脇の屋台が気になったのか、私の腕を引いて走り出した。

 そう思った、次の瞬間だった。

 私は、何か凄い力と速度で引っ張られ、一瞬でその場から移動していた。


「え――」


 まるで風にでもなったかのように。

 瞬く間に風景が過ぎ去り、気付けば――どこかの路地裏に立っていた。

 その場には、私とチグハさんだけである。


「え、あの、チグハさん……」

「………」


 弟子の人達は大丈夫なのか? ――と、問おうとした、瞬間。

 チグハさんは、私を壁際に押しやるように、体を近づけてきた。

 伸ばされた腕が、私の顔の横に。

 壁ドンの状態である。


「……ふむ」


 上から下へ、まるで私を品定めするように、彼女はねっとりとした視線を向けてくる。


「ふふっ、なるほど……その若さで、王都の復興責任者に抜擢されるほど、王族からの信頼も厚い人材。そして、此度の《悪魔族》襲来を退けた立役者……とも聞いておる」


《悪魔族》。

 その言葉を呟いた瞬間、彼女の眼の奥の光が収斂されたのがわかった。

 先程までの、どこか人懐っこくカラッとした雰囲気から一変。

 怪しい気配が放たれる。


『聖凱楽土は、既に悪魔に支配されている可能性もある』


 今朝の、イクサの言葉を思い出した。


「その実力の程、いささか危険かもしれんのう……」


 チグハさんの手が、私の胸の上に置かれる。

 まさか、私の命を狙おうとしている?

 瞬時、危機を察知した私は、手の中でスキル《錬金》を発動――。


「何をやっているんですか?」


 しようとした、そこで。

 私の胸に触れていた手を、横から掴む手が現れる。

 誰だろう、イクサだった。


「おお、イクサ王子」


 私が彼女に連れ去られたと、どうやって気付いたのか。

 どうやってこの場所が分かったのか――それはさておき。

 イクサの登場に対し、チグハさんは再び先刻までのような態度に戻り、軽妙に彼へと挨拶をする。


「ご機嫌麗しゅうじゃのう。元気にしておったか?」

「彼女も困っています、お戯れは程々に」


 チグハさんの言葉を無視し、イクサは言う。


「冗談、冗談じゃ」


 チグハさんはどこ吹く風といった感じで、ぴょんと私達から距離を置くと、路地裏を表通りに向かって歩いていく。


「ところで、夜の食事は迎賓館でよかったかのう?」

「いえ、他の国の代表の方々と一緒に、自然公園で宴の予定です」

「そうか。夜空の下で宴会か、楽しみじゃの~」


 呑気な様子で言うチグハさん。


「……マコ」


 その後ろ姿をしばらく見た後、イクサが私に視線を流す。


「彼女には、万全の注意を」

「……うん、わかった」


 イクサの真剣な表情に、私は首肯を返す。




※ ※ ※ ※ ※




 ――そして、夜。

 昨夜同様、今夜も自然公園で宴会が開かれた。

 各国の代表にお集まりいただき、豪勢な料理とお酒に舌鼓を打ってもらう。


「いや~、美味じゃのう美味じゃのう」


 本日初参加の聖凱楽土、チグハさんはとても上機嫌だ。

 とても大酒飲みで、既にかなり酔っぱらっている。


「これ、イル=ヴェガの、飲んでおるか~?」

「ええい、絡むな、鬱陶しい。グェン子息といい酒癖の悪い者しかおらんのか」


 と、隣の席のガガルバン首相は辟易している。


「………」


 無論、ガガルバン首相をはじめ、グェン郷主子息も、ワグナーさんも、チグハさんに対する警戒心は解いていない。

 今朝、あんな密談があったからだ。


「そういえば、チグハさん」


 皆が警戒しているのがバレてはいけない。

 ピリついた雰囲気を誤魔化す意味も含め、そこで私が話を振った。


「昼間に、リベエラに言っていた事ですが……」

「む~? ……ああ、あの子持ちの小娘かや」

「いえ、子持ちではないです」

「冗談じゃ。儂にも正体まではよくわからんかったからのう」


 ふらふらと頭を揺らしながら、チグハさんは言う。


「まぁ、《仙術》を嗜む儂にとっては、副作用みたいなものか……ん? 違うかや? 職業病か?」


 酔っぱらって脳が回転していないのか、そんな風な口振りだ。


「《仙術》?」

「うむ。儂等、聖凱楽土の《仙人》が鍛錬し継承している、特殊な力じゃ」


 そこで、チグハさんは、ぴょんっと、席からジャンプ。

 そして空中で回転し、テーブルの前に着地する。


「《仙術》は、端的に言えば〝生命に関与する力〟」


 言うと共に、彼女の姿が空間の中でブレる。

 その動きは、どこか太極拳のようなものだった。

 しかし、よく公園でお爺ちゃんお婆ちゃんが健康体操みたいにやっている――あんなスローな動きじゃない。

 見た目だけでわかる。

 速く、力強い。

 素早く、強靭に、体が躍動している。


「このように、自身の生命力を増強させたりできる。といっても、それはあくまでも基本。本質は、そのノウハウを基礎とし、格闘技術や医学等、様々な用途に派生させることじゃ……にゃはは、酔うておるから多弁になってしまったのう」


 そう言って、笑うチグハさん。

 その姿を、皆は依然、警戒するように見据えている。


「………」


 そんな中、私は――同席しているイクサを見ていた。

 彼の、とても複雑そうな表情を。




※ ※ ※ ※ ※




 ――再び、今朝の回想。


『……しかし、それだけが疑念の材料とは考え辛い。大量の《魔石》を、悪魔達が聖凱楽土から奪ったという可能性もある』


 グロウガ王とイクサからの説明を聞いたワグナーさんが、そう疑問を呈した。


『そこらへん、どうお考えだ? イクサ王子』


 同意見なのか、ガガルバン首相がイクサに問う。


『聖凱楽土の情報については、この中ではイクサ王子が最も詳しいだろう?』


 ……イクサが、聖凱楽土に詳しい?

 ガガルバン首相の言葉に、私は疑問符を浮かべる。


『はい。ご存じの通り、僕は個人的に聖凱楽土と特別な繋がりがあります』


 そんな私の疑問をそのままに、イクサは続ける。


『聖凱楽土を管理する五大星の一人、チグハ殿とは定期的に連絡を取り合っている仲でした。しかし、以前からしばらく連絡が取れなくなっていた時期がありました。そして、先日連絡が再開できた際に、探りを入れてみたのですが……』


 イクサは、その場に集まった皆を見回し、言う。


『悪魔や《魔石》に関する発言は、一切ありませんでした』

『……逆に不自然、というわけか』

『確定とは言い切れませんが、もしも聖凱楽土が既に悪魔に支配されているとしたら……』

『わかりました。では、これは提案なのですが』


 そこで、ホウレイ郷代表、グェン郷主子息が発言する。


『会議当日は、我等ホウレイ郷の隠密行動に長けた者達を会議室をはじめ周囲に潜ませましょう。できるだけ、聖凱楽土の警戒心を刺激しないことを考えるためにも』

『敵は《仙人》……生中な兵では存在に気付かれかねないぞ、子息。大丈夫なのか?』

『問題ありません。諜報員として各国に送り込むために、訓練を積んだ者達ですから』


 そう言って、眼鏡を光らせるグェン郷主子息。

 ……あまり言わない方が良いんじゃないかな、そういう事。

 とにもかくにも、各国の代表同士今後の動向を話し合い――密談は終了。

 解散、となった。


『イクサ、さっきの話だけど……』


 そして、謁見の間を出た際に、私はイクサに話しかけた。

 先程の話の中で出た、気になる点を確認するために。


『イクサが、聖凱楽土と繋がりがあるって……』

『……マコ、君には伝えておくべきだったね』


 イクサは、ふっと微笑みを浮かべる。


『僕の母は、聖凱楽土出身だ』

『え……』


 おそらく今まで、一度も聞いた事のなかった――イクサの母親という情報に、私は声を失う。


『今は日ノ国にいる。そして、今回やってくる聖凱楽土代表の使者、チグハは僕の母の妹。僕の叔母にあたる人物だ』



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