■14 モフモフに包まれて熟睡です
『到着したぞ、皆の者』
エンティアが急ブレーキをかける。
私達は、昨日の朝ぶりに《ベオウルフ》の暮らす村――アバトクス村の入り口に立った。
「え、もう着いたの!?」
私をはじめ、皆が驚く。
それもそのはず、昨日、半日がかりで歩いた街までの距離を、エンティアが本気で走ったら、ものの30分程度で到着してしまったのだ。
「凄い、エンティア!」
「凄い凄い!」
『ふふん、まだまだ速く走れるぞ?』
私やマウルに褒められ、エンティアは自慢げに、鼻をツンと空に向ける。
『荷台を引いているゆえ、乗っている物資や人間の安全を考え、できるだけ衝撃を起こさぬように考慮して走ってきたのだ。本来なら――』
「え! 何その凄い天才ドライバーみたいな発言!?」
まさか、この子にそんな才能があったなんて。
私は考える。
もしかしたら、エンティアがいれば街への出荷とかがもっとスムーズに行えるかもしれない。
それこそ、数日に一度とかではなく、一日に一回、行って帰って来れるような流通が完成したら、この村にとっても大きな利益だ。
「おし、マコ、さっそく村の皆のところに行こうぜ」
一方で、ラム、バゴズ、ウーガの三人は、村の入り口へと荷台を引っ張っていく。
「みんな驚くぜ? なんてったって、今回はあんたのおかげで大漁だからな!」
※ ※ ※ ※ ※
「おお! 意外と早かったなお前等!」
村の中心広場。
私達が到着すると、村の皆がわらわらと集まり出してきた。
「で、どうだった? 今回の成果は――」
「おう、まずは金の方だが」
ラム、バゴズ、ウーガの三人が出品者達に貨幣を分配していく。
商品を出した獣人達に、税金を抜いた分の原価が渡されてるといったところか。
「それと次に、今回の物資の配給だが……」
続いて、ラムが荷台の上を覆っていた布に手を掛ける。
そして、勿体ぶるように皆の顔を見回すと。
「お前ら、マコに感謝しろよ!」
埃除けの布を、一気に剥ぎ取った。
「「「「「お、おおおおお!」」」」」
歓声が上がる。
そこには荷台に積まれた、山盛りの物資があったからだ。
自給自足だけでは補え切れない分の食糧も、街への出稼ぎの際に買ってくる形なのだろう。
今回手に入ったのは、きっと今までと比べてワンランク上の肉や野菜、加工食品。
加えて、諸々の日常雑貨――薬品や調味料、ボロボロになっていた農具や家具なんかもある。
村の皆が、その品々を見てびっくりしていた。
「すげえ! 肉だ、肉! こんな新鮮で高級な肉よく手に入ったな!」
「酒も大量にあるぞ!」
「だから言ってるだろ、マコに感謝しろって! マコの作った武器が、なんと金貨150枚で売り捌けたんだ!」
「「「「「金貨!? ひゃ、ひゃくごじゅう!?」」」」」
ラムやウーガの発言に、獣人達は慌てふためき私を見た。
「ほ、本当に良いのか? だって、元はあんたが稼いだ金だろ?」
「いいのいいの、色々と助けてもらってるし」
私は三分咲きのスマイルで《ベオウルフ》達へと言う。
まぁ、本当に実際、助けてもらってるのは事実だし、助け合いは大切だからね。
昭和の仮●ライダーなんて、しょっちゅう後輩の戦いに参戦してたからね。
私の言葉に、《ベオウルフ》達の間から「神……」「尊い……」「嫁……」という声が聞こえてきた。皆さん異世界の住人ですよね?
「ようし、今夜は宴会だ!」
一人の《ベオウルフ》が拳を振り上げ、そう叫ぶ。
「マコに感謝して、明日の朝までどんちゃん騒ぎで盛り上がろうぜ!」
「「「「「ヒャッハー!」」」」」
うんうん、変に気を遣わず、ここまで気持ち良く盛り上がってくれるのは、恩を与える側としては嬉しい反応だ。
でも皆さん、まだ真昼間だからね。
宴会は夜からですからね?
※ ※ ※ ※ ※
その夜、アバトクスの村で盛大な宴が催された。
村の広場には、皆が持ち寄った巨大な鍋やら鉄板やらが適当に並べられ、燃え盛る火の上で、肉や野菜、他にも加工された食品を焼いたり煮たり。
多種多様な料理と酒を盛ってのどんちゃん騒ぎ。
このノリ……あれに似てる。
飲み屋街によくある、炉端焼きの立ち飲み居酒屋だ。
寒空の下、開け放たれた屋外で火を起こし、肉や海鮮をガンガン焼く酒飲みの楽園みたいなところ。
あれのノリだ。
「はぁぁ、楽しいぜ、こんなに楽しい気分は久しぶりだぁ」
「お? マコ、どこ行くんだ?」
お酒をがぶがぶ飲んで上機嫌のウーガの横で、バゴズが、私が席を立った事に気付く。
「うん、私はそろそろお暇するね、マウルとメアラも限界みたいだし」
私の両隣で、マウルとメアラがうとうとしている。
最早すっかり砕けた口調で、私は《ベオウルフ》達に言うと、二人を連れて家に向かう。
この二人、今日は朝から結構酷い目に遭っているのだ。
ちょっとリラックスさせてあげないと。
『じゃあ、我も』
肉を頬張っていたエンティアも、私の後に続く。
私達は、家へと戻った。
「ほーら、家に着いたよ。ちゃんと着替えて、ベッドで寝ようね」
「……うーん……ねぇ、マコ」
目元をこすりながら、マウルが言う。
「今日、隣で寝てもいい?」
「え?」
「メアラも、ね」
急なマウルのお願いに、私もメアラも目を丸める。
「お、俺はいいよ」
「お願い」
遠慮するメアラだったが、マウルの真剣な面持ちに押されて、渋々頷く。
「でも、三人で寝るにはベッドはそこまで大きくないし……」
『ふふん、ならば我に任せよ』
そこでエンティアが床の上に蹲り、体を丸めた。
『我に身を預けるがよい。もふっもふのふっかふかだぞ』
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私はエンティアの体に身を預ける。
「ふわぁ……」
もふっもふのふっかふかだった。
まるで布団乾燥機で温めた直後の羽毛布団のような。
柔らかく肌触りの良い白毛に加えて、体温のおかげで電気毛布みたいに温かくって気持ち良い。
『ふふふ、気に入ってくれたか、姐御。何せ、我は神狼の末裔だからな、寝心地は最高だぞ』
神狼の末裔が寝心地とどうか関係するのかは知らないけど、私はエンティアの体に吸い込まれるように寝転がる。
これは人をダメにする神狼の末裔ですわ。
そして、私の両隣にマウルとメアラが乗っかり、小さな家の中、三人と一匹で寄り添うように目を閉じた。
「マコ……ごめんね」
不意に、マウルの声が聞こえた。
「マコのためにおいしそうなフルーツを買って喜ばせたかったのに、それどころじゃなくなっちゃった」
「仕方ないよ。また今度、楽しみにしておくから」
「……あの店で、いきなり盗賊に襲われて、ずっとメアラが隣で励ましてくれてたのに、僕、本当は凄く不安だったんだ」
「………」
「自分も、父さんと母さんみたいに、街で見捨てられて死ぬんじゃないかって」
声の調子から、マウルの不安さが酷薄なほど伝わってくる。
「……でも、マコが来てくれた」
その不安が、一瞬で薄れて消えた。
「『マコならきっと助けてくれる』、そう思った瞬間、マコが来てくれたんだ……ありがとうね、マコ」
そう言って、私の胸元に顔を寄せてくるマウル。
その頭部から生えた一対のケモミミが、頬をくすぐって気持ちが良い。
「………」
同時に、左隣からメアラも同じように顔を寄せてきた。
いつも通り弱みを見せず、黙ってはいるが、メアラも不安だったのかもしれない。
私は静かに、二人の体に腕を回す。
マウルとメアラの耳が、もふもふして気持ち良い。
その日の夜は、ふかふかで温かいものに包まれて、最高の寝心地だった。




