■15 ヒーローショーです!
――各国の代表が王都へとやって来た、翌日。
「お、今日もみんな元気だねぇ」
私は自然公園の中を見渡しながら、そう呟く。
お日様が照らす蒼穹の下、今日も王都の子供達が何人も集まっている。
「あっちの方が、日当たりが良さそう!」
「あっちに持って行って水あげよう!」
先日、ヴァルタイルが救出し、民営や聖教会が関連する孤児院などで引き取られた子供達が、楽しそうに何かをしている。
子供達はそれぞれ、一人一台、木製の一輪車(遊具じゃなくて、荷物を運ぶ方の一輪車)を持っている。
その一輪車の荷台には、荷物ではなく、土が盛られ、各々様々な植物が植えられ、育成されている。
あれは、移動式の小型菜園。
何を隠そう、私とガライ、ウーガやオルキデアさんが協力して一緒に作ったものだ。
被災で辛い思いをした子供達を元気づけられればと思い、皆で作成して寄付したのである。
ホームセンター時代、夏休みが近付いてくると、学校の自由研究や工作のための用品を買いに来る人が増える。
その時、私の店で『小学校の自由研究で、こんなのを作ってみたらどうですか?』と、提案したことがあったのだ。
スキル《塗料》で生み出した木部保護塗料を使い、一輪車を形成する木材は防腐防蟻処理がされている。
移動式菜園の利点は、日当たりの良いところにすぐ移動ができたり、逆に暴風雨から守るのも楽だという事。
小規模だから場所も取らないので、家庭でやるには便利である。
「みんな、こんにちはー」
私が声を掛けると、子供達は気付いて駆け寄ってくる。
「あ、マコさんだ」
「こんにちはー」
おかげさまで、私の顔を覚えてくれているようだ。
みんな、各々の菜園に如雨露で水をやったり、一緒に日光浴をしたりしている。
自分の菜園を、まるで子供のように育てている。
ガーデニングブーム到来かな。
楽しんでくれているようで、よかった。
「さてと」
で、今日私がここ(自然公園)にやって来たのは、ある目的があるからだ。
この家庭菜園同様、みんなに楽しんでもらうために、ある催しを考えて来たのだ。
……まぁ、半分は私自身が楽しむだけだけど。
「みんな、あっちで今から面白いことが始まるよ」
私が指さした先は、自然公園の中に作られた大きなステージである。
「え?」
「楽しい事?」
「なになに?」
私は高らかに宣言する。
「ふふふ……この王都を守るヒーローのショーだよ!」
※ ※ ※ ※ ※
「みんなー! こんにちはー!」
私は、ステージの上から観客席に集まったみんなに呼びかける。
現在、ステージを前にして、先程声を掛けた子達以外にも、自然公園を訪れていた都内の子供達も集まっている。
「なぜ我々も……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
更に、そこには異国からの使者の皆さん。
ガガルバン首相や、グェン郷主子息等にも鑑賞にきてもらった。
『ぽめぽめー!』
「ふふふ、バウム様もお楽しみのようだ」
ワグナーさんが、ポメちゃんを腕に抱いている。
さて――この本田真心脚本・演出によるヒーローショーが、遂にお披露目の時が来た!
昔から、ヒーローショーの監督をやってみたいと思ってたんだよね!
私は、観客席の方々に向けて、司会のお姉さんよろしく、笑顔を振りまきながら進行を始める。
「集まってくれて、どうもありがとー! 今日はみんなに、冒険者ギルドで活躍するヒーローを紹介するよ!」
「冒険者ギルド?」
「そう、町の平和を守るために悪人や魔獣を倒す、ヒーロー達の組織だね!」
その言葉に、何人かの子供達が目を輝かせる。
みんな、やっぱり自分達を助けてくれたヴァルタイルの事を思い出しているのかな?
「じゃあ、さっそく――」
「フハハハハハ! ここがグロウガ王国の王都か! 中々美しい街ではないか!」
そこで、ステージの上に目元を仮面で隠し黒いマントを羽織った、見るからに怪しい男が現れた。
正体は、イクサである。
今回のショーで、悪役を務めてもらうことになったのだ。
「私は悪の提督アクニンダー様だ! 今日からこの王都は私のものとなるのだ!」
うん、ちょっと展開が強引かもだけど、私(素人)が書いたヒーローショーの脚本なので。
ここら辺の導入は、もっと勉強しなくちゃだな。
「フハハハハハー!」
しかし、イクサ、ノリノリじゃん……。
彼の演技力で展開の雑さはカバーされているかもしれない。
子供達も、結構怖がってるし。
「やれ! 我が手下達よ!」
「「「「「イー!」」」」」
イクサ(アクニンダー提督)の指示により、ステージの端から下っ端役の《ベオウルフ》のみんなが現れる。
「……なぁ、なんで掛け声が『イー』なんだ?」
「……わかんねぇ」
「……けど、マコがそうした方が良いって言ったからな。まぁ、これでいいだろ」
さぁ、悪役達によって会場は恐怖に包まれた。
子供達も怯えている。
お膳立ては整ったよ、ガライ!
「待て」
瞬間、ステージに響き渡るイケボ!
「何者だ!」というイクサのノリノリの声が発せられると同時に、ステージ上段に一人の男が登場!
戦闘スタイルのガライだ!
「あー! あれは、Sランク冒険者のガライだー!」
「……えーっと、あー……お前達の好き勝手にはさせない。この場で退治してくれる(棒読み)」
ちょっと演技がぎこちない!
頑張ってガライ!
イクサなんかめちゃめちゃはまり役だよ! 悪の化身だよ!
「えーい、邪魔者め! 始末してくれる! やれい、下っ端達よ!」
イクサの指示が飛び、《ベオウルフ》のみんなが「イー!」「イー!」と叫びながらガライに飛び掛かっていく。
本当に今更だけど、石●プロの皆様ごめんなさい!
一方、ガライは跳躍。
軽やかな体捌きで、襲い来る戦闘員達を倒していく。
子供達も「わー!」「キャー!」と興奮状態だ。
アッという間に、下っ端達はガライによって制圧されてしまった。
「おのれぇ……こうなれば!」
そこで、イクサが観客席に向かって手を翳す。
「そこから一歩でも動いでみろ! この会場にいるちびっ子達を攻撃するぞ!」
事前の打ち合わせでは、下っ端を倒された後、卑怯な手を使ってガライを窮地に立たせる――としか話し合いしてなかったのに、お約束の観客人質戦法を取り始めた。
イクサ、悪党が様になりすぎる問題。
「卑怯者め……」
「フハハハハー!」
イクサは、もう片方の手をガライに向けて、念力を発するように腕を振るう。
ステージの上で何度か吹っ飛び(演技)、そのまま倒れ伏すガライ。
ヒーローが一転してピンチに陥ってしまった。
会場の空気も不安に包まれる。
ここで、私(司会のお姉さん)が、再びステージ上に飛び出す。
「大変だ、このままじゃガライがやられちゃう! みんな! 大きな声でガライに『頑張れ』って声援を送ってあげて!」
「が、ガライ、がんばれー!」
「がんばれーーーーーーー!」
それを見ていた観客席のマウルとメアラが叫ぶ。
つられて、周りに子供達も「がんばれー!」「がんばれー!」と懸命に声援を送り始める。
ミミ、メメ、モモもぴょんぴょんと飛び跳ねながら叫んでいる。
よーし、私も……。
息を整え、思い切り吸い込み……。
「ガラ゛イ゛がん゛ばえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!」
「!?」
私の絶叫にびっくりした表情をしているガライ。
しかし、事前の『みんなから『頑張れ』のエールをもらったら復活して!』の打ち合わせ通り、ガライは体を起こす。
「……子供達の声援が、俺の体に力をくれる。弱き者を守るため、俺は負けるわけにはいかない(棒読み)」
子供達が歓声を上げる。
私も歓声を上げる。
そうそう、これこそ不死身のヒーロー!
でも、まだ演技が固いなー。
「小癪な! ならば何度でも倒して――」
と、イクサが再びガライに向かって手を翳した――瞬間。
――ステージのバックの壁が吹っ飛んだ。
「ええ!?」
何事!?
こんな演出、私聞いてない!?
――と、思うと同時、その吹き飛んだバックの向こうから、一人の男がステージの上に現れる。
「ああ? なんだこりゃ。何やってんだお前等?」
ヴァルタイルだった。
いやいや、なにやってんだはこっちの台詞だよ。
「ちょっと! どうしてここにヴァルタイルが?(小声)」
「仕事中だ。コソ泥追っかけてたら、ここに逃げ込もうとしたからぶっ飛ばしたんだよ」
いきなりの乱入者に、段取りがおかしくなってしまった。
しかし――。
「ヴァルタイル!」
「ヴァルタイルだー!」
「お父さーん! がんばれー!」
ヴァルタイルの登場に子供達は大盛り上がりだ。
なんてったって、この子達にとっては本物のヒーローだからね。
うーん、しょうがない!
「ガライ! ヴァルタイル!」
私は瞬時に、二人に目配せをする。
後は、敵を倒すだけだし――こうなったら最後まで突っ切っちゃおう!
「おい、何を巻き込んでやがんだ!」
「いいから、とりあえず合わせろ」
私の意を汲んでくれたガライが、ヴァルタイルと共にイクサへと飛び掛かる。
「蹴りだ」
「ああ!? 蹴り!? 蹴りゃいいのか!?」
ガライとヴァルタイルの、ダブルキックがイクサに炸裂!
「うぐぁああああああああああああ!」
力を合わせた二人の活躍により、イクサを撃破した!
観客達は大盛り上がりである。
「おのれぇぇぇぇえええええ! だが、安心するな! たとえ私を倒しても、第二、第三の私がいずれ現れこの王都のみならず世界を恐怖のどん底に沈めるだろう! それまでせいぜい束の間の安息を享受するが良い! 人間共! わーはっはっはっはっはっは! がくっ……」
イクサ……君、何か変なものが憑依してない?
※ ※ ※ ※ ※
さて、そんな感じで。
途中でアクシデントはあったものの、初開催のヒーローショーはおおむね盛り上がり終幕に至った。
「いやぁ、大衆演芸は何度か観たことはあったけど、参加するのは初めてだったから緊張したよ」
と、一番ノリノリだったイクサが言っていた。
ガライは恥ずかしそうだった。
ちなみに、各国の代表の方々に感想を聞いてみたところ、『ま、まぁ、色々雑だったけど良かったよ』と、とても大人なコメントを頂けた。
『ぽめ~』
ポメちゃんは大満足そうだったけど。
……うーん、微妙だったかー。
私の考える演出って、どこかズレてるのかなー。
前に、知り合いの結婚式でスピーチを頼まれた時も、新郎の名前が光太郎君で新婦の名前がミナミちゃんだったから、仮●ライダーブラックのネタを仕込んだんだけど会場の誰もわからなくて大ズべりしたことがあったし……。
まぁ、子供達は喜んでくれたんだから、くよくよしていても仕方がない。
で、現在――私は街中へとやって来ている。
目的地は、今日も重量物を運んで働いている、リベエラのところだ。
「あ、店長さん。どうしたのー」
身の丈ほどもある瓦礫をドカンと置き、リベエラは私の方を向く。
「うん、ほら、もうすぐお昼ご飯の時間だから」
「あ、もしかして、またお弁当持ってきてくれたのー?」
嬉しそうな、リベエラ。
そんなリベエラに、私は言う。
「うん、ただし、今日は私だけじゃないけどね」
「へ?」
そう――今日、リベエラに食べ物を持ってきたのは私だけじゃない。
彼女も気付いたのだろう。
私と一緒に、何人もの王都の人達がやって来ている。
彼女達は、以前リベエラが瓦礫の撤去を手伝った区域に住んでいた人達だ。
「リベエラちゃんには助けられたからね」
「はい、これ、よかったら食べて」
皆、各々の持ち寄った食べ物をリベエラの前に並べていく。
『リベエラへお礼をしてあげたい』
私の発案に、みんなが同調してくれたのだ。
「………」
「みんな、リベエラに感謝してるんだよ」
目の前に並べられた食べ物の山を見て、リベエラは呆気に取られている。
かつて、村人達から生贄に捧げられ、望まぬ力を体に宿してしまった少女。
表向きは大量殺人の死刑囚として、減刑のために働く彼女は誰かにお礼を言われたり、感謝されたりしたことがあったのだろうか?
そう、率直に思ったからだ。
目の前に積まれていく料理の数々は、それがその分、彼女に贈られた感謝の量だ。
「凄い量だね。食べきれるかな?」
「食べられるよー」
リベエラは言う。
「当然だよ」
とても嬉しそうだった。
「あ、これは私からね」
そこで、私も持ってきた差し入れを彼女に渡す。
「前に、芋モチを作ったら好評だったから、似たような感じのものに挑戦してみたんだ」
バスケットを開けると、中から現れたのは、黄色くてふわふわした、オムレツっぽい塊。
中華料理の甘味で、確か三不粘という料理だ。
前に一度、何かの雑誌で見て、見よう見まねで作ってみたことがあった。
でんぷんと砂糖に、濾した卵の黄身を混ぜ合わせ、それを錬成した〝中華鍋〟で熱し続けて作る。
カスタード味で、ふわふわ、もちもちするお菓子である。
流石に綺麗には作れず、ちょっともっちりする卵焼きみたいになってしまったけど。
「いただきまーす」
リベエラが、サンプーチャンを口に運ぶ。
「んふー、おいしー」
どうやら、ご満悦の様子だ。
私は安堵する。
「ほう、良い香りじゃのう」
その時だった。
先程、リベエラが移動させた巨大な瓦礫の上から、声が聞こえた。
視線を向けると、一人の女性が腰を下ろしている。
「儂もいただいてよいかな?」
女性は、瓦礫の頂上から飛び降り、ふわりと着地した。
和装とも中華っぽい服装とも見えるような、変わった着物を着ている。
髪は長い白髪。
猫を思わせる、ミステリアスな顔立ちをしている。
「ほう、お主、変わったものを体内に飼っておるな」
「え」
彼女は、リベエラを見てそう呟いた。
その言葉に、思わず動作を止めた彼女を無視し――。
「先程の演劇、おもしろかったぞ、復興責任者殿」
彼女は、私を見て言う。
「はじめまして。儂は、聖凱楽土からの使者じゃ」




