■14 集結する各国代表です
グロウガ王国と、その同盟国による国交会議。
その予定日が、遂に訪れた。
この日、他国のエージェント達が国境を越え、王都へと集まって来る。
各国の代表を乗せた馬車や乗り物が、王都の城壁をくぐり、下層の町を越え、王都の中央区へと到着。
集合する場所は、王城近くにある、広大な敷地の中に幾つかの屋敷がある施設。
グロウガ王国側の用意した、宿泊施設だ。
言わば、異国からの客人をもてなすための、迎賓館。
各国につき一つずつ、貴族のお屋敷ほどの大きさの宿泊施設が使用される形となっている。
そして、現在。
この迎賓館の敷地内で、各国の代表が顔を合わせていた。
「……おお」
私は、居合わせる各国代表の皆さんを前に、緊張した面持ちで呟く。
「緊張しているのかい?」
「当然でしょ」
隣のイクサが茶化してくるので、そう返す。
私とイクサは、既に先に来て各国の代表を迎えるように待っていたのだ。
私達の前には、二つの国の代表者達が集まっている。
「ふぅ……こちらの国は、まだ気温が高いようだな」
イル=ヴェガ共和国の使者達は、皆、体が大きい。
基本的に、普通の人間の一回りくらい大きなサイズをしている。
イル=ヴェガ共和国は北方の国らしいので、寒い国特有の特徴だ。
体に、虎や白熊の毛皮をあしらった衣装を着ている。
体格と様相も相俟って、基本厳つい風貌である。
「イル=ヴェガ共和国、首相、ガガルバンだ。よろしく」
その巨漢達の一番前に立つ、顔にいくつも切り傷を負っている老年の男性が言う。
イル=ヴェガ共和国の代表は、首相と、そのお付きの方々、という形らしい。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼等と相対するのは、背広に近いシュッとした衣服を纏った、見た目からして真面目そうな風貌の人達だ。
先頭に立つ、眼鏡をかけた七三分けの男性が言う。
「ホウレイ郷より参りました、グェン・ドンホンと申します。現ホウレイ郷、郷主、グェン・チンファンの息子です」
「郷主のご子息か。お父上は元気かね?」
「ええ、ガガルバン首相ほどご壮健ではございませんが」
がっはっはっと、豪快に笑うガガルバン首相。
「……ところで、ドルメルツ帝国と聖凱楽土は?」
そこで、再び厳しい顔付きになり周囲を見回すと、彼は後方に控えた部下達に尋ねる。
「ドルメルツ帝国は既に来国済み。聖凱楽土の使者は到着が遅れている模様です」
「まったく、あの《仙人》どもは……」
呆れ気味に呟くガガルバン首相。
その後、「まぁ、いい」と続け。
「今日はあくまでも初日。会議本番は明後日。今日と明日は、この国の情勢を拝見するのが目的だ」
そして、私達の方を見る。
「イクサ王子と貴殿も、そのために待たれていたのだろう?」
ガガルバン首相の言う通りだ。
今回、王都の復興事業に関してはイクサが王族の代表、私が最高責任者という形式になっている。
で、来国初日には、きっと各国、確実に王都の復興状況を視察に来るはずと思い、待っていたのである。
《悪魔族》がもたらす脅威の尺度、加えて、グロウガ王国の国力を測るため。
「では、見て回るとするか」
イル=ヴェガ共和国。
ホウレイ郷。
それぞれの使者達が、続々と馬車へと乗り込んでいく。
無論、私達も。
「現在のグロウガ王国……その王都の、真の姿を」
※ ※ ※ ※ ※
「………」
「………」
さて。
それぞれの国の代表である、ガガルバン首相とグェン郷主子息と、私とイクサは同じ馬車に乗っているのだが。
色々と解説をしなくてはならないと思っていたのだけど、予想に反し、両者とも窓の外の光景を見て、ずっと絶句の状態になってしまっていた。
「……すまないが、ひと月前に、この国の王都が悪魔の軍勢に襲われたという報告を受けていたのだが……」
「ええ、その通りですよ」
動揺交じりの声を漏らすガガルバン首相に、イクサが言う。
「確か……王都の五分の一近くが被害を受け、ほとんど壊滅に近い状態であったと報告を受けていたのだが………」
「はい、その通りです」
今度は私が言う。
ただ――彼等が言いたいことはわかる。
おそらく彼等の国のスパイとか、諜報員とかが、その被害の様子を克明な情報を送ったんじゃないだろうか?
その尋常ではない被害規模も。
そして、その被害からの復興も進められていると。
しかし、頭の中で想定していた光景と、今の光景が、マッチしていないのかもしれない。
――つまりそれほどまでに、王都の町は急速な再生を果たしていたのだ。
「こ、これが、本当に戦禍に見舞われた都市の姿なのか? 報告に聞いていた被害区域の、ほとんどが再生を果たしているではないか」
ガガルバン首相は、街並みを見ながら言う。
破壊された建物、えぐれた大地、陰鬱な空気――しばらく前まであった、それらの悲惨な光景は、今はもう、ほとんどない。
無論、全てが完了しているというわけではないのだが――。
「……国民達が、笑顔をたたえ、前向きに復興に取り組んでいる……なんという……」
未だ復興作業が行われている区域でも、胸を痛めるような風景は無い。
人々が協力し、互いに力を貸し合いながら、一つの方向――明るい未来に向かっている。
その光景に、彼等は言葉を失うと同時に……どこか、感動のようなものを覚えたのかもしれない。
「……ま、まさか……我々のスパイの報告に誤情報があったのでは……」
グェン郷主子息が呟き、配下の人達が手に持っていた書類の束をバタバタと確かめだす。
今この人、完全にスパイの事を口にしちゃってたね、機密事項だろうに。
「あれは……」
そこで、ガガルバン首相が、目を見開く。
見えたのは、復興作業に協力している、《ベオウルフ》や《ベルセルク》、それに《ドワーフ》の姿だった。
「獣人や魔族が……人間に混ざって……」
「やっぱり、それが一番驚きますよね」
今までのグロウガ王国の常識を知る彼等からしたら、やはりそれが信じられない光景のようだ。
そんな彼等の反応に満足げなイクサは、続いて言う。
「でも、今からもっと驚きの光景が見られますよ」
※ ※ ※ ※ ※
やがて――私達が訪れたのは、自然公園。
オルキデアさんをはじめとした《アルラウネ》のみんなや、その他大勢の協力の結果完成した――王都の一角を埋め尽くす、広大な敷地の楽園だ。
「………」
そこに広がる光景を見て――各国からの使者の皆さんは、またしても言葉を失っていた。
グロウガ王国――その中心である大都市王都の中に、これだけの植物の園が生み出されているのだ。
夢か幻だと思うだろう。
「さ、ちょっと中の様子を見ましょうか」
私は、そんな彼等を引き連れて自然公園の中を進む。
現在、解放された公園には多くの王都市民達が訪れ、憩いの場と化している。
芝生の上を走り回り、楽しそうに遊ぶ子供達。
その中には、先日ヴァルタイルが洞窟から助け出した、被災孤児達の姿も見える。
更に、休憩にやって来た《ベオウルフ》や《ベルセルク》、冒険者の人達もいる。
「……ウーガ様、こちらでよろしいでしょうか?」
「おう! 助かるぜ!」
ウーガは、《アルラウネ》の人達、それにSランク冒険者の一人である兎の亜人のルナトさん、その弟のムーと一緒に、果樹や果物畑の手入れをおこなっていた。
『こりゃー!』
『ぽんぽこー!』
『きゅーん! きゅーん!』
『ぷー』
チビちゃん達も、原っぱの上で楽しそうに飛び回っている。
『ぽめー!』
あ、ポメちゃんも一緒だ。
「獣人や魔族が、あんなに楽しそうに……」
「彼等は、この国では虐げられていたのではなかったのか?」
ガガルバン首相やグェン郷主子息のみならず、そのお付きの使者の人達も動揺を隠せていない。
その時だった。
強風が上空から吹き、何か巨大な存在が地上に黒い影が差す。
「……なっ!」
驚愕する一同。
それもそうだろう。
そこにいたのは――ドラゴンだ。
「ど、ドラゴン!?」
「どういうことだ! ドラゴンが、何故王都に!」
「人間を襲いに来たのか!?」
「大丈夫大丈夫、襲ったりしませんよ」
慌てふためき、イル=ヴェガ共和国の使者の人達に至っては臨戦態勢を取り始めるが――そんな彼等を、私は窘める。
そう、このドラゴンは敵ではない。
「お久しぶりです、エアロドラゴンさん」
『あらぁ! マコちゃん久しぶり~! ありがとうね、こんな綺麗でできたばっかりの公園にお呼ばれさせてもらっちゃって!』
かつて、悪魔に操られていた、エアロドラゴンさんだ。
相変わらず、おばちゃんみたいな喋り方である。
『ママー!』
『ママー! ママー! あそぶー!』
『あそびたーい! あそびたーい!』
そのエアロドラゴンの背中には、彼女の子供であるベビードラゴン達が乗って、きゅーきゅーと鳴いている。
そう、この公園は当然、ドラゴンも利用可能である。
「し、信じられん……」
「ドラゴンが人里に降りて、人と一緒に……」
ベビードラゴン達は、人間の子供達に混ざって楽しそうに遊びだした。
うん、確かに、これはいきなり見せられたら、全然信じられない光景かもしれないね。
更に、歩道沿いの開けた場所では、行商人達がキッチンカーみたいに商店を開いている。
彼ら彼女らも、観光都市バイゼルから呼んだ。
王都で新しい商売となれば、彼等商人が動かないはずもない。
食べ物から雑貨から、面白いもの楽しいもの、色んなものが売られている。
「ぬ……この匂いは……」
「良い香りですね」
ガガルバン首相とグェン郷主子息が気付いたようだ。
公園の一角に作られたのは、ハーブガーデン。
オズさんに協力してもらって、色んな薬草が育成されているのだ。
香りも良いし、何より収穫できれば、色んな効力を持つ薬品にできる。
冒険者の人達も、興味津々で眺めている。
「いやはや……これは凄いものを拝見させていただきました」
グェン郷主子息が、そう嘆息する。
「この自然公園の造園は、貴女のアイデアですか?」
「まぁ、一応」
私が答えると、彼は更に嘆息する。
「我がホウレイ郷は、近年著しい発展を遂げています。それも、現郷主があらゆる国の文化や技術を、隔てなく学び吸収するという主義を掲げた事によります」
「あ、はい」
「王都を迅速に復興させ、なおかつこれだけの規模の新しい事業を立ち上げ、完成させる。発想力、行動力、何より並外れた人望が無ければ達成できない。私の知る限り、貴女ほど優秀な人材は希少だ。学ばせていただくことが、きっと多大にあるでしょう」
グェン郷主子息から、かなりのお褒めの言葉をもらってしまった。
いやぁ、本当に頑張ってくれたみんなのおかげなんだけどね。
でも、嬉しいのは嬉しい。
「ふん……女子供を喜ばせる施設に尽力ばかりしていて、国が保つのか……」
ガガルバン首相は、厳つい顔で呟く。
「……ん? なんだ、あれは」
そこで、彼は公園の一角に作られた木製のステージに気付いた。
そう、正にステージ。
演劇やライブとかができそうな、野外ステージだ。
「あ、イベント用の舞台ですね」
ふふふふ……実は、既にこのステージを使って何をするかは、考えてあるんだよね……。
※ ※ ※ ※ ※
――さて、時は過ぎ去り、夜。
場所は、昼間と同じ自然公園。
その公園の一角が、今、幾本もの松明の灯で照らされている。
いくつも並ぶ、長テーブル。
そして、そんな長テーブルの上に、ありとあらゆる料理が並べられている。
見た目は、屋外で行われるビュッフェ会場と言った感じか。
そう、今ここで行われているのは、盛大な食事会だ。
「ふん……また呼び出されたと思ったら、こんな場所で会食か」
「まぁまぁ、ガガルバン首相。こういった趣向も良いではないですか」
席に付く、イル=ベガ共和国とホウレイ郷、そしてドルメルツ帝国の皆さん。
ちなみに、発案は私である。
本当は、迎賓館で食事をお出しすることもできたんだけど、ここは私の提案をイクサに飲んでもらった。
なんてったって、料理は私達が得意とする分野の一つなのですから!
「さぁ、準備は整っています。どうぞ、皆さん思う存分召し上がれ!」
私が言うと、各席に料理が運び込まれてくる。
アバトクス村の名産品を使った料理、観光都市バイゼルの魚料理、肉や野菜や魚介がふんだんに使われたBBQ。
「へい! 赤身、イカ、サーモン、お待ち!」
そして、ブッシの手掛けた握り寿司が振舞われる。
ブッシ、完全に江戸の寿司職人になってる……こんなキャラだったっけ?
「ぬ……これは」
そんな中、ドワーフの里からいただいた地酒を飲んでいたガガルバン首相が、思わず唸っているのが見えた。
「なかなか、良い酒だな……」
どうやら、気に入ったようだ。
確かに、どこか《ドワーフ族》と波長が合いそうな感じがするからね、この人。
「どうですか? 首相」
「ぐぬぅ……」
と、ガガルバン首相が、どこか悔しそうな顔をしている。
私が問い掛けると、彼はギリギリと歯軋りしながら――。
「……うまい」
「おやおや、これはこれは、首相、懸念は払拭されましたな。女子供を楽しませるだけじゃなく、厳格な大人の男性も虜にされてしまっているようだ」
「くっ、酔っぱらいすぎだぞ、子息!」
隣の席のグェン郷主子息が、ガガルバン首相に絡んでいる。
ご子息、酔うとあんな感じのキャラになるんだ。
「あいやー、大盛況だねー、村長さん」
一同、大満足の大盛り上がりとなっている様子を、私は少し離れて見ていた。
そこに登場したのは、行商人のアムアムだった。
「あ、アムアム。ありがとうね、お米とか色々手配してくれて」
「無問題! 大のお得意様の頼みとあっちゃね。何より、各国の首脳陣が相手なんて、こんなビジネスチャンスめったに――」
と、そこで。
アムアムが、何かに気付いたように動きを止めた。
「あ……」
そして、素早い動きで、しゃっとその場から逃げてしまった。
「え? アムアム、どうしたんだろう……」
「よう、マコ」
背後から、声を掛けられた。
振り返ると――そこに、やって来たのは、カイロンだった。
「いやぁ、流石だな。あの頑固なイル=ヴェガの人間まで虜にするとは。ん? どうした?」
「……ううん、なんでも」
私は、アムアムが消えていった方向を見る。
もしかして、彼女、カイロンを見て逃げた?
(……なんだったんだろう?)




