■12 同盟国です
今回、グロウガ王国で開催される国交会議。
参加する同盟国は、四つ。
《神獣》の軍国――ドルメルツ帝国。
豪雪の大地――イル=ヴェガ共和国。
新進気鋭の発展途上国――ホウレイ郷。
《仙人》の都――聖鎧楽土。
「この国々の代表の使者達が、近日王都を訪れ、これからの国交に関する話を行う予定だ」
「へぇ」
王城からの帰路――馬車の中で、イクサからの説明を聞く私。
「同盟国として友好的な関係を築けているとは言えども、こちらの国力が弱っているところを見せるわけにはいかない。そんなことになれば、舐められて貿易や外交で足元を見られてしまうからね」
知っている。
そもそも、今回の王都復興を早急に進めているのも、それを懸念しての事だからだ。
「……ん? おっと」
そこで、私達の乗っている馬車が急に停車した。
思わず体勢を崩す私とイクサ。
何があったんだろう? と思うと同時、馬車の扉が開く。
「イクサ王子」
現れたのは、あの王子同士の戦いの記録を行う監視官と同じような服装をした男性だった。
「この人は……」
「王城に仕える使用人の中でも、重要なポストを担うレベルの者だ」
馬車の前で跪く彼に、イクサは「どうしたんだい?」と問い掛ける。
「わざわざここに来たという事は、何が緊急の事態が発生したのだろうけど」
「はっ、その通りです。現在、王都の外に、ドルメルツ帝国の代表の方々が到着したとの報告があり、お伝えに上がりました」
男性の伝達を聞き、イクサは微笑を浮かべる。
「予想より早いな。だがまぁ、グロウガ王の予想の範疇ではあったけど」
そしてイクサは、私を振り向く。
「マコ、早速だけど、挨拶に行こう」
「え? いきなりだね」
本当に急な話で、心の準備もまだできていないけど。
でも、既に国交会議まであと二日という日程だ――ここからは、何が起こっても不思議じゃない。
私も、復興責任者という立場にいる以上は、その役職に見合った働きをしないとね。
と言うわけで、私達を乗せた馬車は行き先を変更。
王都の外へと向かう事になった。
しかし、ドルメルツ帝国の使者……一体、どんな人達なんだろう?
※ ※ ※ ※ ※
――王都郊外、街道から外れた丘陵の上。
広大な原っぱが広がる風景の中、そこに、大型の馬車(……と言うより、戦車って言うのかな? アレ)が何台も並び、何人もの人達が隊列を作って並び立っていた。
纏っている黒を基調としたキッチリした制服や、腕章、ベルト、それに帽子を見るに、正に軍人と言ったいで立ちである。
そう、軍人。
この人達が、グロウガ王国同盟の一つ、ドルメルツ帝国からの使者のようだ。
「ほえ~、凄く厳つい雰囲気……」
停車した馬車の窓からその姿を目の当たりにし、私は感嘆の声を漏らす。
「ドルメルツ帝国は軍事力が高い。国民の大半に兵役が課せられる、正に軍人の国だ」
言いながら、イクサが馬車の扉を開け、「さぁ」と私に手を貸す。
彼にエスコートされ馬車から下り、私達二人と、合流していた王城使用人の方々数名は、整列するドルメルツ帝国軍人の方へと向かう。
私達が接近しても、彼等は身動き一つせず、表情も全く崩さない。
そこで、彼等の先頭に立つ一人の人物が、接近する私達の方を向き、額に手を翳し敬礼の姿勢を取った。
「イクサ王子、お初にお目にかかります」
女性だった。
他の軍人達と同じように軍服を着込んではいるけど、胸の勲章等少し意匠が違う。
金色の長髪に、凛然とした瞳の、見るからに厳格そうな女性だ。
彼女は、軍人のような口調で挨拶をする。
「本官は、ワグナー・アルセルド・ドルメルツ。ドルメルツ帝国陸軍大尉である。そして、現ドルメルツ帝の跡継ぎの一人。今回の国交会議には、本官が代表として参った」
女性――ワグナーさんは、そう名乗った。
驚いたことに、彼女は軍人であると同時に、皇帝の血を引く娘のようだ。
「こちらこそ、ようこそ。歓迎するよ、ワグナー皇女……いや、大尉と呼べばいいのかな?」
「大尉で構わない。今の本官は、ご覧の通り部隊を率いる身」
後方で整列する仲間達を一瞥し、ワグナーさんは言う。
「しかし、随分と大所帯でやって来たね」
「《悪魔族》の侵攻により王都が被害を受けたと報告を受けてな。その復興に少しでも力を貸すため、他国よりも先んじて来た次第だ」
部隊を見回すイクサに、ワグナーさんが説明する。
「それはありがたい、感謝するよ」
「いや、勘違いしないでもらいたい」
ワグナーさんは、表情を崩すことなく淡々と言う。
「本官達が前もって来訪した最大の目的は、現在のグロウガ国の真価を正確に測るためだ。同盟国である以上、友好的な国交は行う。行うが、弱い国と慣れ合うつもりはない。もしも、軟弱な部分が見当たるなら、躊躇なく上に立たせてもらう」
「流石ドルメルツ帝国、手厳しいね」
ワグナーさんの物言いに、イクサは嘆息する。
同盟国――という事は、少なくとも表面的には平等で協力的な関係を築いているはずだ。
しかし、このドルメルツ帝国は、軍事国家という事もあってか、隙は見過ごさない性質なのかもしれない。
対等でいたければ、付け入る隙をこちらに見せるな。
見損なえば、容赦なく上の立場を取るぞ――という心構えらしい。
まぁ、変に覆い隠さない分、わかりやすいお国柄だ。
「ん?」
そこで、ワグナーさんが私の存在に気付く。
「こちらの女性は?」
「あ、どうも、ホンダ・マコです。今回の王都復興の責任者を任されています」
私が自己紹介すると、ワグナーさんは「ほう」と驚いたように目を丸めた。
「女だてらに重責を担っておいでか、こちらこそよろしく」
ワグナーさんと握手する私は、そこで。
「そういえば、ドルメルツ帝国は《神獣》の国と聞いていますが……」
先程、イクサから受けた説明を思い出し、そう会話の口火を切ってみた。
「その通り。本官等ドルメルツ帝国の軍人の多くは、《神獣遣い》としての鍛錬も積んでいる」
うんうんと頷きながら、ワグナーさんは語る。
「ドルメルツ帝国が伝統的に戦力として用いているのが、《神獣》という存在である。グロウガ王国においては、《魔獣》という呼称で呼ばれる生物のことだ。本官等は、そんな特殊な力を持つ《神獣》達と心を通わせ、そして共に戦う《神獣遣い》である」
誇るように、ワグナーさんは断言する。
と、その時――隊列の中から、一人の軍人が私達の元へと駆けてきた。
そして、ワグナーさんに「失礼いたします!」と敬礼を行う。
「ワグナー大尉、バウム様が目を覚まされたようです」
「む、そうか」
報告を聞くと、ワグナーさんは私達の方を見る。
「ちょうどよかった、貴殿等に紹介したい方がいる」
「紹介したい方?」
奥の方に待機していた馬車から、軍人さん達が数名がかりで何かを運んでくる。
「ああ、今回の復興支援のため、強大な力を持った《神獣》様にも遠路遥々お越しいただいたのだ。我が帝国では、《高位神獣》の一匹であらせられる」
「高位神獣……」
「帝国では、《神獣》も人間も同等。そして《神獣》にも地位があって、場合によっては人間よりも位の高い存在として扱われることもあるそうだ」
疑問符を浮かべる私に、イクサが説明する。
「そんな《神獣》の地位の最高ランクが、《高位神獣》という存在さ」
「へぇ」
「ご紹介しよう! バウム様だ!」
私達の前に、先程の軍人達がやって来る。
彼等が運んでいたものの正体が分かった。
彼等は四人がかりで、巨大なお神輿を担いでいた。
そのお神輿の上に、フカフカの座布団が敷かれており――その座布団の上に、一匹の動物がお座りしている。
「こ、この子は……」
私の目に、座布団の上の《神獣》の姿が映る。
少し茶色がかった丸い毛に覆われた、もふもふの四足歩行の小さな体。
これは……。
「ポメラニアンじゃん!」
前の世界でホームセンターに勤めていた頃、テナントのペットショップでガラスケース越しによく見かけた姿だ。
体の大きさから察するに、まだ生まれて間もないのかもしれない。
座布団の上にちょこんと座り、後ろ足で頭をてしてしと掻いている。
「ポメラニアン? なんだ、それは」
私の放った言葉に、ワグナーさんが小首を傾げる。
もしかして、ポメラニアンっていう犬種自体存在しないのかな?
「えーっと、ペットに人気の子犬で……」
「ペット!? 貴様、《高位神獣》様を愚弄するな!」
ワグナーさんに怒られてしまった。
まぁ、それもそうか。
前の世界の知識でポメラニアンって言っちゃったけど、見た目がそう見えるだけで、そもそも全く別の生き物なのかもしれないし。
そこで、座布団の上で欠伸をしていたバウム様が、ぴょんっとジャンプして私の目の前に着地した。
思わず、私は手を伸ばしてバウム様の頭を撫でる。
すると、触れたことによりスキル《対話》が発動したのだろう。
撫でられ、気持ち良さそうに喉を鳴らすこの子の声が聞こえるようになった。
『ぽめ! ぽめ!』
ぽめぽめって喋ってる。
完全にポメラニアンじゃないか。
「こら! 気安く触るな!」
「あ、ごめんなさい」
「まったく……」
注意するワグナーさんも、どこかちょっと私を羨ましそうに見ている。
「しかし、改めて考えると、こちらの……えーっと、バウム様? が《高位神獣》……」
イクサが、訝るように顎を摩る。
「どんな凄い力を使えるんだい?」
「君、凄い力が使えるの?」
と、私が語り掛けると。
『ぽめ!』
と鳴いて、ポメちゃんの体からブラウン色の光が溢れ出した。
これは……そう、魔力の発露の際に溢れる燐光。
私やオルキデアさんをはじめ、魔力を持つ存在が、その力を使う際に起きる現象だ。
「ふふふ、運がよかったな。バウム様のお力を間近で見ることができるぞ」
ワグナーさんが言うと、ポメちゃんの体から滲み出た魔力が、次々に近くの石などに触れ、包むように纏わり付いていく。
すると、魔力が包み込んだ石塊が、次々に浮かび上がり始めた。
「凄い、魔力を使って物を浮かせれるんだ」
「見たか! 生後数ヶ月にしてこれだけの魔力の発露! バウム様が本気になれば、全長十メートル近い岩石も浮遊させられる、物凄いわんこ様なのだ!」
今完全にわんこって言ったね。
「おお、すごいすごい! 魔法が使えるんだね、よしよし」
私はしゃがみ込んで、どや顔をしているポメちゃんの頭を撫でる。
「き、貴様! さっきから無礼だぞ!」
と、ワグナーさんは怒っているが、当のポメちゃんは嬉しそうだ。
『ぽめー! ぽめー!』
私に褒められて気を良くしたポメちゃんは、次々にいろんなものを浮かせ始める。
「ぬ!? わ、わわ!」
周囲にいた軍人さん達や、ワグナーさんの浮遊し出した。
ん? ……なんだか、ちょっと嫌な予感が……。
『ぽめ?』
すると、そこでポメちゃん自身の体も浮きあがり始めた事に、皆が気付く。
『ぽめ!? ぽめ!?』
慌てた様子のポメちゃん。
どうやら、自分でも制御ができていない様子だ。
見る見る内に、ポメちゃんの体は手から離れた風船のように、空高く飛んで行ってしまう。
「大変だ、バウム様が!」
浮かんだ状態でじたばたしながら、ワグナーさんが仲間の部隊に指示を出す。
「総員、バウム様の救出に――」
「イクサ!」
一足早く、私はイクサに目配せする。
意思を汲み取ってくれたイクサは、頷き自身の魔法を発動。
巻き起こった強風が、私の体を吹き上げる。
『ぽめ~!』
徐々に、空を飛んでいくポメちゃんの体に近付いていく私。
下を見下ろすと、かなりの高さだ。
でも、遂先日悪魔ベルゼバブと戦ったばかりの私にとっては、既に経験した高さである。
動揺は無い。
『ぽめ~……』
「ポメちゃん!」
どうすればいいのかわからず、泣いているポメちゃんの元に到達した私は、その小さな体に触れる。
「よしよし、もう大丈夫だよ。一緒に帰ろう」
私は、ポメちゃんの体に触れながら、スキル《テイム》を発動。
頭の中で素早く【テイムリスト】を開き、ポメちゃん――バウム様の項目を開く。
――――――――――
■バウム(レベル28)
種族:グレイトフル・ビースト
魔力:◎
属性:地
――――――――――
「よし、《テイム》の登録完了」
そして、以前、エンティアや《黒狼》達とやった時のように、一緒に魔力の操作をする。
「ポメちゃん、落ち着いて。魔力を収めるように……」
『ぽめ……』
ポメちゃんの中にある魔力を、制御するように意識する。
徐々に、体表から溢れる光が減っていく。
私達の体も、ゆっくりと、地上に降りていく。
そして、無事着地。
「バウム様!」
と、ワグナーさんやイクサをはじめ、皆が駆け寄ってくる。
「マコ、大丈夫かい?」
「うん、もう問題無いよ」
駆け付けたイクサに、私は言う。
「バウム様、ご無事で!」
『ぽめー!』
一方、私の胸に抱かれたポメちゃんの姿を見て、ワグナーさんも「よかった……」と胸を撫で下ろす。
そして続いて、私の方をきっと見て来た。
う……怒られるかな?
ポメちゃんを調子に乗せすぎちゃったのは、私のせいだし。
「……イクサ王子から詳細は聞いた……かたじけない! 魔獣・神獣の中の魔力を制御できる力を持つ貴殿が、バウム様を助けてくれたのだな!」
予想に反し、ワグナーさんは私に深々と頭を下げてきた。
「先刻までの無礼な物言い、許して欲しい!」
「いえいえ、そんな……」
『ぽめぽめ~』
恐縮する私の胸の中で、すりすりと頬擦りするポメちゃん。
なんだか、滅茶苦茶懐かれてしまった。
「しかし、まさか、一瞬にして《高位神獣》様が心を許すとは……貴殿、やはりただ者ではないな」
そんな様子を見て、ワグナーさんは言った。