■11 ミナト・スクナの戦い方です
向かい合う、二刀と長剣。
ミナト・スクナと白髪の殺し屋は、両者とも油断なく、間合いを測り合っている。
室内にいる、まだ無事な暗黒街の住人達、ガライ、カイロン、ミストガンも、動きを止め、二者の立ち合いに見入っていた。
「………」
体勢を低く落とし、あたかも臨戦態勢の虎のような重心で、ミナトは構えを取る。
彼が腰から抜き、両手に握った二刀は、マコから授かった魔道具の刀だ。
その切っ先は真っ直ぐ、相手に向けられている。
「……っ」
瞬間、タメも予備動作も一瞬で終え。
竜が首を伸ばすように、暗殺者が長剣の一閃を放っていた。
速い。
しかし、ミナト・スクナの本能に基づく反射速度も流石のものだった。
その目にも留まらぬ一閃に合わせるように、片方の刀を引き、防御する。
甲高い金属音。
長剣と刀が、衝突した。
「くっ――」
弾かれたのは、ミナトの刀の方だった。
防御のために引いた左手の刀が、彼の手を離れて宙に舞う。
殺し屋の扱う剣術は――長剣のリーチと遠心力を生かした、広範囲、高威力の剣戟。
そのパワーは想像以上のもので、受け止めきれず刀は撥ね飛ばされてしまったのだ。
「ふっ」
しかし、瞬く間、ミナトも動く。
手から離れたその刀に向け、瞬時に跳躍。
そして柄頭を蹴り飛ばし、殺し屋に向けて矢のように放った。
「――」
飛来する刀。
その切っ先が、殺し屋の頭に向かって迫る。
だが――殺し屋はスレスレのところで、その襲来を回避する。
躱された刀は、殺し屋の後方の壁にぶつかった。
「……もらった」
そして、殺し屋は既に次の一手に移っていた。
腰を落とし、長剣を握った両腕に膂力を溜める。
矛先は、空中で身動きが取れなくなったミナト。
その首を刈り取らんと。
「……スクナ一族……恐るるに足らず」
殺し屋の腕が、次の一閃をミナトの体に向けて放つ――。
……が。
「油断のしすぎだよ、まったく」
ミナトが、右手に握った刀に力を籠める。
その刀身から、淡い光の粒子が舞った。
魔力の使用。
即ち、魔道具の効力が発揮された証明。
「……ッ!」
そこで、殺し屋の体を衝撃が襲った。
背中だった。
何かが、殺し屋の背中を切りつけたのだ。
「なっ!?」
先程、ミナトが蹴り飛ばした方の刀が、空中に浮かび、殺し屋の背中を切り裂いていた。
体勢を崩す殺し屋。
刀はそのまま宙を飛び、ミナトの方へと飛んでいく。
いや、ミナトにではなく――ミナトが右手に持つ、もう一振りの刀に吸い寄せられるように。
「驚いた? これが、この魔道具の能力だよ」
吸い寄せられた刀をキャッチし、ミナトは地面へと着地すると、そう語る。
これが、ミナトがイクサから譲り受けた、マコの作った刀の効力である。
マコが生み出した魔道具の刀は、何もしなければ切れ味も発揮しない、不良品の刃だ。
だが、魔力を持つ者が扱えば、刀身に切れ味が生まれ、加えて、特殊な性能を発露する。
スアロの持つ刀は斬撃を飛ばし、ミストガンの持つ刀は魔力を籠めると重くなる。
そして、ミナトの持つこの二本の刀に関しては、偶然にも同質の能力を持っていた。
それは、魔力を籠めると、この刀同士の間に、磁力のような力が発生するというもの。
互いを吸い寄せたり、逆に反発させる力を発揮することがわかった。
「ぐぅっ……」
背中からの奇襲に、バランスを崩す殺し屋。
ミナトは、軽快な足捌きですぐさま肉薄。
瞬く間に、間合いを詰める。
長剣の本来の攻撃圏の、内側だ。
「き、貴様……」
間近に迫ったミナトに、殺し屋は憎々し気に吠える。
憤慨を露わに、叫ぶ。
「こ、こんなものが、剣士の戦い方か!」
「違うでしょ」
その言葉に、ミナトは嘆息する。
「殺し屋稼業なんかに言われる筋合いはないけどさ、剣士の矜持だとか、美意識だとか……そういうのは限られた天稟の持ち主だけが持てるものだよ。僕達みたいな凡才は、どんな手を使ったって強くならなきゃいけないんだよ。汚かろうが、なんだろうが、ね」
そして、諸手に握った二刀による二連撃を、殺し屋に打ち込んだ。
決着である。
※ ※ ※ ※ ※
――というわけで、闇社会の住人達の退治は、これにて完了した。
洞窟内に潜伏していた悪党達は一人残らず叩きのめされ、その後やって来た騎士団によって拘束。
そのまま連行となった。
洞窟内からは、犯罪の証拠品もいくつも発見されたので、最早言い逃れはできない。
「マコ殿! ご協力ありがとうございます!」
やって来た騎士団の団長さんが、私に敬礼する。
「いやぁ、噂はかねがねお伺いしておりましたが、流石の手腕! この悪辣者達を迅速に制圧するとは、その技能、実に興味深い! 是非とも仔細まで学ばせていただきたいものです!」
そう興奮気味に言う騎士団長さん。
「いやぁ、今回の件はみんなの協力があったからで……」
私の存在は、今まで積み重なって来た色々のおかげで、王国騎士団の皆さんに変に特別視されてしまっている。
手解きや鍛錬を追求されまくっているのである。
うーん……段々と逃れられなくなってきた。
これは一回、騎士団本部に顔を出しておくべきなのかな?
「終わったか」
「あ、ヴァルタイル……わっ! どうしたの、この子達?」
そこで、洞窟の中からヴァルタイルが出てきた。
その後ろには、何人もの子供達がついてきている。
「クズ連中に攫われてとっ捕まってたガキ共だ。売り飛ばすつもりだったんだとよ」
「ひどい……そんなことまでしようとしてたんだ」
まだ年端もいかない、幼い子供達だ。
服装も髪も肌もボロボロで、今も何かに怯えるように私達を見回している。
ヴァルタイルの近くにくっつくように固まって、動かない。
「中には、もう親がいねぇ奴もいる。町に連れてきゃあどうにかなるか?」
「王都には聖教会もあるし、民営の孤児院もある。そういった専門家達に掛け合ってみよう」
ヴァルタイルが問うと、イクサが答える。
「ケッ……調子に乗るなよ!」
そこで、連行されていく暗黒街の住人の一人が、私達に向かって叫んだ。
「言っておくが、俺達みたいな連中を完全に消し去れると思うなよ! 俺達がいるから生きられる奴だっているんだ! テメェらのやってることが全て正しいと思うな! それに、俺達を捕まえたところで、どうせすぐに俺達と同じようなことをする連中は出てくる!」
「貴様、黙っていろ――」
連行していた騎士の人が、何かを言うよりも前に。
ヴァルタイルが、足を振り抜いていた。
虚空に向かって放たれた蹴りは、その軌道上に炎の線を走らせ、そのまま吠えていた悪党に直撃を果たす。
「ぐぇっ!」
吹っ飛んだ彼は、そのまま地面を転がり、気絶した。
「まぁ、確かに、その男の言う通りでもある」
騎士さん達に引きずられていく彼を見ながら、イクサが言う。
「悪党と言えども、完全にいなくなってはこの国のバランスが保てなくなる。それは、マコもよくわかっているだろう?」
「うん」
以前、観光都市バイゼルで出会った大物フィクサー、ベル・デュランバッハ氏を思い出す。
清濁が合わさってこの世界は出来上がっている。
良いも悪いも、どちらか一方を完全に消し去ることはできない。
……まぁ、そんな規模の大きい考えは一旦置いといて。
「闇社会の状況は逐一、僕が管理する」
そう、イクサは言う。
「何はともあれ、この悪党組織の殲滅は噂にもなるはずだ。いい見せしめになったと思うよ」
とにもかくにも、今私達が直面している問題は、これで解決したはずだ。
王都に戻り、前へ進もう。
※ ※ ※ ※ ※
その後、問題に上がっていた悪党達の殲滅が完了したことにより、復興作業を妨害する者も、王都の情勢を崩す者達もいなくなった。
獣人、ドワーフ、冒険者……様々な助っ人も加わり、作業は順調に進んでいく。
再生されていく街並み。
加えて、新造されていく施設や風景が、王都の新しい姿を生み出していく。
そして――。
※ ※ ※ ※ ※
――国交会議まで、残り二日。
「遂に、国交会議も目前だね」
「ああ、長いようで短い一か月だった」
本日の王城での定期報告を終え、帰路に着くイクサと私。
王城内の通路を歩き進みながら、そう会話を交えていた。
「そうだ。一応、今日から各国の代表が入国してくる予定になっているんだけど」
そこで、イクサが言った言葉に、私は気付く。
「そういえば、まだグロウガ王国と同盟を結んでいる国の情報を聞いてなかったね」
「今回の国交会議には、マコも深く関わることになると思うから、先に説明しておくよ」
イクサは右手を持ち上げ、指を四本立てる。
「今回の国交会議に参加する同盟国は四つ」
一つ――。
「《神獣》を尊び《神獣》と共に生きる国――ドルメルツ帝国」
二つ――。
「広大な大地に冠する豪雪の北国――イル=ヴェガ共和国」
三つ――。
「小国だが近年著しい発展を遂げている途上国――ホウレイ郷」
四つ――。
「そして、《仙人》の国――聖鎧楽土、だ」
いつも感想、レビュー、誤字指摘、ありがとうございます!
次回更新は、6月17日とさせていただきます<(_ _)>
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5月9日に発売された本作、大変ありがたいことに、重版をかけていただく事になりました!
この大変な時期に、多くの応援をいただけたようで、本当にありがとうございます<(_ _)>
書籍版では、公開されている表紙や口絵だけでなく、作中挿絵にはイクサ、スアロ、オルキデア、フレッサ、アンティミシュカ、イノシシ君達など、多くのキャラクターが登場します。
一家に一冊、よろしければ(#^^#)