■9 闇社会の住人を退治します
「暗黒街の住人?」
「ああ、最近問題になってる連中さ」
作業中の皆の居る場所から少し離れたところで、私はイクサと話をしている。
イクサに〝問題が起きている〟と言われた――その詳しい内容についてだ。
「商品の横流し等を行う暗黒街の住人達の件……については、前にも話したよね」
「うん」
王城での報告会議でも、筆頭項目の一つとして挙がっていたし。
何より、うちの店舗も直接被害に遭いかけた。
「最近だと、街道を行き交う商人の貨物のみならず、普通の一般人の積み荷の窃盗まで行い、転売したりしている。それ以外にも、どこの地方からくすねて来たのかもわからないものや、品質がそこまで良くない食料なんかも、正規品の倍近い価格で売ったりしているんだ」
おかげで、秩序が無茶苦茶だよ。
イクサが、眉間を顰めて嘆息を漏らす。
「そんな滅茶苦茶なやり方をしてて、なのに売れてるの?」
「ああ。余裕のない被災者に目を付けたり、また転売目的の小悪党を客にしたりしてね。あと、他にも悪知恵が働いているようで……」
そこで、イクサが自身のコートのポケットを探ると。
「仕掛けはこれさ」
件の転売品と思われる、質の悪そうな果実を取り出した。
オレンジだ。
但し、表面には傷が目立つし、前の世界だったらクリアランス品……スーパーとかだったら、ワケアリ商品の棚とかに並んでそうなものである。
「ん?」
そこで私は、そのオレンジに、何かがヒモで括り付けられているのに気付く。
「これは?」
「籤さ」
イクサはヒモで括り付けられていた紙を開く。
中は白紙だった。
「これはハズレ。ちなみにアタリを引くと賞金が出たり、財宝の隠し場所が書かれた地図が入ってるなんておまけをつけてるんだよ」
「そんなもの、最初っから用意してないのに」と、イクサは言う。
「むー……」
その話を聞き、私は唸る。
平時の余裕のある時なら、まぁ、ちょっとした悪戯心のあるおまけ程度と考えられるだろう(それでも、最初から渡す気がないなら悪質だけど)。
でも、今のこの状況下では、人の心の弱みに付け込んだ悪意のある商法としか思えない。
「で、この土地の公園化に関しても、暗黒街の住人達がよく思っていないらしい」
イクサは、かつて同じく王位継承権を競い合っていた相手、ネロ王子を倒した際、彼の持つ闇社会のネットワークを手に入れた。
おそらく、そこから仕入れた情報だろう。
「もともと、ここの土地は暗黒街の住人達が悪事のアジトとして使っていた場所でね、ほぼゴーストタウン化していたのも、わざと治安を悪くして住民を追い払っていたからなんだ」
悪事のアジト……。
違法薬物とか重火器とかの保管場所。
もしくは、そういうものの取引場所……というイメージが、脳裏を掠める。
そういえば以前、ガライが闇ギルドに携わっていた時、貴族が奴隷売買に手を染めていたんだっけ?
……まぁ、どんなドス黒い事が行われていたとしても、不思議じゃないだろうけど。
「このままじゃ、自分達の仕事の邪魔になると考え、結託し、今あの手この手で造園計画を阻止しようと画策しているらしい」
「何をする気なんだろう……」
「まぁ、脅迫、放火、拉致……やりそうなことは大体考えられる」
不穏なワードを、イクサが並べる。
私達の仲間には、屈強な獣人だけじゃなく、マウルやメアラ、フレッサちゃんみたいな子供もいるのだ。
……最悪の事態だけは、避けないといけない。
「結託した暗黒街の住人達が潜んでいるアジトの場所は、既に情報を掴んでいる」
「流石イクサ、手回しが早いね」
「君と同じ考えだからね」
イクサも、私達の仲間に魔の手が伸びることを懸念していたようだ。
「最近の犯罪の増加も含めて、そろそろこの問題も潰しに動かなくちゃいけないかもしれない。こんな商品の横流しは、まだレベルとしては軽い方さ。実を言うとね、連中、もっとエグい事に手を染めている可能性もある」
「……わかった。早急に対処しよう」
私は頷く。
既に考えは纏まってるし――声を掛けるメンツも、決まっている。
※ ※ ※ ※ ※
王都から少し離れ、山脈地帯に差し掛かる寸前の、山の麓。
その一角に、洞窟の入り口がある。
入口こそ小さいが、その奥にはかなりの広さの空間が広がっており――人工的に整備された内装と、扉に区切られたいくつもの部屋が存在している。
まるで、悪の秘密結社の隠れ家。
そう――正にその通り。
ここが現在、王都の暗黒街の住人達が根城にしている場所である。
「よう、来たか」
「ああ」
「大体揃ったな」
彼等が窃盗してきた商品等が積まれている、ひときわ大きな部屋の中。
そこに、暗黒街でも有名な、いくつかの組織が集合していた。
かつて用心棒業を名乗っていたブラド達のような、ならず者の集まった組織だ。
それぞれの組のメンバー達が集まり、各組のリーダーの立場に立つ者達が顔を突き合わせている。
「結構なメンツが集まったじゃねぇか」
一人のリーダー格が、室内を見回し言う。
その場には、暗黒街の住人のみならず、防具を纏い武装している者達もいる。
彼等は、雇われた傭兵だ。
ギルドが仕事を斡旋する冒険者とは違い、金次第で何でもする、無頼漢達である。
更に……部屋の奥、長剣を担いだ長い白髪の男が一人、木箱に腰掛けている。
彼は、闇社会で名を馳せた個人の殺し屋である。
今宵、ここに集まったのは、今回の災害に便乗し、悪だくみで金を稼いでいる者と、それに雇われた者達だ。
「で、今回の目的は例の復興責任者になったつぅ、マコって女の話だ」
主要メンバーが揃ったところで、この集団の首謀者が口を開く。
「数々の武勇伝に、それを裏付けるSランク冒険者っつぅ肩書。なにより、王族にもパイプがある。こいつをどうこうするのは骨が折れるが、こっちも黙ってるつもりはねぇ」
マコが王都復興の責任者として指揮を執り始め、何日か経った現在。
王都の状況は、確実に清浄化されてきている。
無論、遅かれ早かれ進展するのはわかっていた事だが、その速度が彼等の予想を遥かに超えていたのだ。
今この部屋の中に積まれている、盗品や横流し品も、最近は売り捌けなくなってきている。
このままでは商売あがったりだ。
その上――その責任者の女は、彼等が悪事の拠点として使用していた地区を利用し、公園を作るなどと言い出している。
無論、その土地は、別に元々彼等が合法的に所有していた土地というわけではなく、違法に占拠や悪用を行っていたものだが……。
それでも、ここまでコケにされれば名が廃れてしまう。
復興責任者マコ――あの女に、報復をして、思い知らせてやらねばならない。
自分達の領分を過剰に侵食してくれば、どういう目に合うのか――を。
「まずは、目先の造園事業を邪魔する」
「さて、どうしてやろうか……」
「そういえばあいつ、仲間の中に小さいガキが何人かいたよな? どうだ、例えばそいつらを――」
悪徳者達が、悪事の思案に花を咲かせている。
その時だった。
「ぐぁ!」
「ぎゃっ!」
部屋の外から悲鳴が聞こえた――と同時、扉が内側へと吹き飛んできた。
「!」
「なんだ!?」
吹き飛んだ扉と共に、悲鳴の主である見張り達の体もゴロゴロと転がり込んでくる。
破壊された入り口から、数人の男達が室内へと入って来た。
「っと、厳重に見張りなんざ立ててたから、そうだと思ったが……どうやら、ここで正解だったみたいだぜ」
「……ああ」
現れた者達の姿を見て、暗黒街の住人達は顔を引き攣らせる。
先頭に立つのは、かつて闇ギルドに所属していた伝説のエージェント――ガライ・クィロン。
その隣に、元王宮騎士団長――ロベルト・ミストガン。
Sランク冒険者達だ。
昏倒させられた見張り達と、突きを受けたように中央に凹んだ扉の残骸を見るに――それらは、この二人の仕業だろう。
「なんだ、テメェら!」
瞬間、傭兵の一人が彼等に向かって動いた。
体格に恵まれた、巨体の傭兵だ。
剛腕を伸ばし、目先のガライに向けて襲い掛かる。
「おっと、すまないな。今から、大事な話が始まるんだ。スムーズに行きたい」
刹那、一人の男がその傭兵とガライとの間に入った。
溌溂とした顔立ちの好漢。
右手を持ち上げ、その拳で、素早く傭兵の額を「こんっ」と小突く。
「こっ」
巨漢の傭兵は、一瞬にして気絶し、その場に膝から崩れ落ちた。
一突きで脳を揺らされたのだ。
彼――五ノ国の王子にして、同じくSランク冒険者、カイロン・スイクンの武術によって。
「すまない」
「礼には及ばんよ」
「あー、薄汚い場所だなぁ。とっとと終わらせようよ」
更に、カイロンの後ろから、腰に二振りの刀を下げた少年の剣士――スクナ一族の麒麟児、ミナト・スクナが嫌そうな顔を浮かべながら現れる。
王都冒険者ギルドが認めるSランク冒険者にして、先日の悪魔討伐の立役者等が四名、揃い踏みである。
「て、てめぇら……どうしてここが……」
「こちらにはこちらの情報網がある。逃げられるなどと思うな」
ガライが、ドスを利かせた声で言う。
「まぁ、こっちにはイクサ王子が味方に付いてんだ……って言やぁ、話が早ぇんじゃねぇか?」
「くっ……」
ミストガンの言葉に、暗黒街の住人達は歯噛みする。
かつて闇社会を支配していたネロ王子を打破し、そのネットワークを取り込んだイクサ。
その前には、些細な小悪党でもなく、だからと言って綿密な情報操作を行えるほど大物でもない彼等など、蜘蛛の巣にかかったコバエも同然だ。
「で、取り締まりに来たというわけだ。全員、神妙にお縄に付くことを勧めるぞ?」
「お、お前らの頭の女が出しゃばりやがったから、こっちは儲からなくなったんだよ!」
カイロンが言うと、そこで、一人の男が声を張り上げた。
逆切れの逆恨みを。
「俺達がいるからメシを食えてる奴等だっているんだぞ!?」
「ならば、その者達もマコの炊き出しに連れてくると良い。大らかなマコなら、分け隔てなく料理を振舞ってくれるぞ?」
「まぁ、その話は一旦置いといてさ」
能天気に言うカイロンの一方、ミナトが鬱陶しそうに髪を掻きながら言う。
「別に、あんた達がどこかで仕入れてきた商品を、あんた達の決めた価格で売ってたって、それは別に良いと思うんだよ。それなら商売だからさ」
でもさ――と、ミナトは見下すような眼を向ける。
「でもさ、街道で商人を襲って奪った商品や、火事場泥棒でくすねてきたものを売ったり、売りつけたりするのは、ちょっと話が違うんじゃないかな?」
「……っ、お前等……っ!」
「ま、何はともあれ、やることは一つだから端的に言わせてもらうぜ」
瞬間、傭兵達が武器を手にし、ガライ達へと襲い掛かる。
その襲来を真っ向にしながら、ミストガンがさらりと言った。
「お前等を騎士団へ連行し引き渡す。抵抗する場合は、どつく」




