■7 ドワーフとの蟠りを解消したいです
――国交会議まで、あと17日。
昨晩の宴会もいつもと変わらず盛り上がり――その翌日。
今日も、私はドワーフ達の作業を見守っている。
「うーん……」
現場監督をしてはいるが、ほとんど体を動かしているのはドワーフ達だ。
私は、そんな彼等の様子を監督する一方、眉間に皺を寄せ思案をしている。
内容は当然、ドワーフ達と人間との間の溝について。
なんとか、少しでも改善できないか――。
「なに暗ぇ顔して突っ立ってんだよ」
そこで、横から乱暴な声を掛けられた。
「あ、ヴァルタイル」
目を開けて声の主を見ると、すぐ隣にヴァルタイルが立っていた。
「おはよう。どうしたの?」
「仕事の休憩がてら、うちのチビ共を遊びに連れて来たら、お前がここにいるって聞いたからよ」
そこでヴァルタイルは、手に持っていた紙袋の中からリンゴを取り出し、「おら」と、私に投げ渡してきた。
「これって……」
「この前、コソ泥共をとっ捕まえてたら、町の人間から礼だっつってもらった」
言いながら、ヴァルタイルは自分の分も取り出してガブガブと食べ始める。
「ありがとう、もらうね」
服の裾でごしごしと表面を拭き、リンゴに齧り付く。
そこで。
「あ、そうだ」
と、不意に私は、ヴァルタイルを見て思い付いた。
「ヴァルタイル、《ドワーフ族》がどうして人間と仲が悪いか、知ってる?」
「ああ?」
私はヴァルタイルに質問する。
彼もまた人間と確執を持つ存在、長い時を生きる《不死鳥》だ。
この国における人間と他種族の歴史に関しては、性格的に偏見無く見ていそうである。
イクサやオルキデアさんにも聞いたけど、ここでまた別の視点からの意見も知りたい。
「過去に何があったの? どうして、ドワーフは人間を嫌悪しているの?」
「んなもん、当たり前だろ」
ヴァルタイルは、リンゴの芯をバリバリと食べながら言う。
「この国の人間共が昔、《ドワーフ族》を奴隷にして、体のいい隷属関係を築こうとしたんだよ」
高い技術力と創造力を持つドワーフ族を、支配して労働力にしようとしたのだ。
種族の数としても人間の方が多い――故に、《ドワーフ》は一時期人間の支配下に下る形となった。
しかしある時、ドワーフ達は人間の元から逃げることに成功。
人間達から隠れるようにして、ひっそりと里を作って生きることとなった――という経緯らしい。
「人間に騙されて虐げられた過去があるから、人間が信用できねぇんだろうよ。まぁ、当然だがな」
「そうだったんだ……」
半ば予想通りと言えば予想通りだけど、やはりかなり根の深い問題だ。
私は眉を顰め、沈黙する。
「……おい」
すると、ヴァルタイルに声を掛けられた。
「だが、お前は違うんだろ?」
「え?」
「少なくとも、お前はドワーフ族を騙そうとした人間でもなけりゃ、これから騙そうって気でもねぇ。それに、連中だって厳密に言やぁ、被害にあった奴等の子孫ってだけだ……まぁ、長寿のドワーフの中には当事者もいるかもしれねぇが」
「……ヴァルタイル」
「連中を騙す気なんてねぇ、正面から心通わせてぇっつぅなら、その気持ちに正直でいろよ。そうすりゃ、伝わるんじゃねぇのか? 知らねぇけど」
そう言って、ヴァルタイルはそっぽを向く。
どうやら、励ましてくれたようだ。
「ありがとう」
ヴァルタイルの言葉が、私を後押ししてくれた。
――その後、私は早速、イクサに相談を持ち掛ける。
「ドワーフ達との関係性を、修復する……か」
私の言葉を聞き、イクサは怪訝そうな顔になる。
「いや、僕も反対じゃないが、何か名案があるのかい?」
「うん。名案……とまでは言えないかもしれないけど」
けれど、そのためには、まず越えなくてはならない大きな壁がある。
「イクサから依頼して欲しいんだけど――王城で、グロウガ王にこの事について相談したいんだ」
※ ※ ※ ※ ※
――王城。
王との謁見は、意外なほどアッサリ許可が下りた。
まぁ、息子であるイクサが会いに行くという申し出なのだから、そこまで問題はなかったのかもしれない。
場所は王の間。
私とイクサは、王が座る玉座の前に立っている。
「王都の復興促進、今後の国力発展のために……《ドワーフ族》との仲を再生したい……か」
相変わらず顔の見えない姿勢のまま、重く厳かな声で、グロウガ王は呟く。
「これは、まさかお前の考えか? イクサ」
そして、私と共に立つイクサに問い掛けた。
イクサは、魔族や亜人、獣人と人間は対等であるべきだという信念を持っている。
だから、私の希望をイクサによる入れ知恵か何かと考えたのかもしれない。
「違うよ」
それを、イクサは否定する。
「これは、彼女の本意だ。無論、僕もそれに賛成だけどね」
「……なるほど。面白い。やはりその女を、お前と共にいさせるのは正解のようだな」
グロウガ王は、戦いを望んでいる。
この国の更なる発展と、有能な後継者を選出するためなら、骨肉の争いも厭わないという考えの人だ。
自分の思想を倒せるほどの存在にイクサが成れるなら、それも良しという結論なのだろう。
まぁ、グロウガ王、以前からの言動から察するに結構イクサに期待をかけている節もあるしね。
「面白い。やれるものならやってみろ。だが、長年の蟠りを解消するのは、容易いことではないぞ。そのために何をする?」
王から、具体的な内容の話を促された。
よし、大きな壁を突破したぞ。
「玉座まで来て、直接相談するという事は、大掛かりな事なのだろう?」
「はい、それですが――」
私は、グロウガ王に自身の考えを提示する――。
※ ※ ※ ※ ※
――国交会議まで、あと16日。
グロウガ王へと相談を行った翌日、私はドワーフ達を集めて、王都のある場所に来ていた。
「なんだ、ここは?」
「荒れ果ててるな……まだ誰も手を付けてないのか?」
私が彼等を連れて来たのは、王都の中でも、元々荒廃していた区域。
ずっと前、王城から王都の全景を眺めていた時に発見した場所だ。
イクサに話を聞くと、人もほとんど住んでいないゴーストタウンのようだった場所で、しかも先日の悪魔の侵攻によってほとんど壊滅してしまった土地である。
それでも、その敷地は中々の広さだ。
私は地図を広げ、その敷地の面積を指し示しながら言う。
「王様から許可をもらったよ。ここの土地を、《ドワーフ族》に提供します」
「……は?」
私の発言に、ドワーフ達は目を見開く。
「ここに、みんなの好きなようにドワーフの街……いや、ドワーフの国を作ってくれて構わないよ」
私がグロウガ王に行った提案は、王都の一部を《ドワーフ族》に譲渡するというものだった。
少なくとも今のドワーフ達――隠れ里で暮らすドワーフ達が生活するには、十分な広さの土地だ。
彼等の技術力を用いれば、更に発展させられるだろう。
元々ここに住んでいた数少ない人達も、別の場所で暮らせるように便宜を図っているので、問題は無い。
「この土地を、俺達に渡すって言うのか?」
「人間の王が、それを許可したのか?」
「うん。ここに住んで、そして好きなように使ってくれて構わない。人間から隠れて、ひっそり暮らすことも、怯えることもしなくていい。物流も、流通の中心である王都の中だから利用してくれて構わない。それを、グロウガ王が認定して、私とイクサ王子が保証する」
これが、友好のあかし。
これからも、私達と仲良く協力していって欲しいという、こちらの誠意だ。
「もうすぐ、《ドワーフ族》の仲間達を呼び寄せるか、結論を出す日のはずだよね? この報告も、一緒にドワーフの里に伝えて欲しいんだ」
ドワーフ達は、呆気に取られていた。
いきなりの展開に、長きに渡り因縁を持ってきた人間から言い渡された、友好の想いを、どう受け止めるべきか――。
――そして、この日の夜、数人のドワーフ達が里へと報告のため帰って行った――。
※ ※ ※ ※ ※
――国交会議まで、あと11日。
一部のドワーフ達が里に帰った夜から、数日後。
その日の、早朝の事だった。
「お久しぶりです、マコ殿」
王都に、長老をはじめとした何十人ものドワーフ達がやって来ていた。
ちなみにみんな、あのカマド車に乗って、である。
「話は伺いました。この、人間の国の王が住まう王都の一部を、我等《ドワーフ族》に譲り渡すというお話」
「はい」
「……そのお話、お断りさせていただきます」
長老は言う。
髭に隠れたその顔に、穏やかな笑顔を浮かべて。
「あなたの気持ちは、我々に十分伝わりました」
「負けたよ」
先日、ドワーフの里に帰ったドワーフ達――初日に、冒険者達と言い争いになっていた彼等が、そう言った。
「少なくとも、あんたの誠意はよくわかった」
「こちらからも歩み寄る努力をしたい」
「まぁ、俺達もまだ全てを信用したわけじゃないがな」
「うん、それでいいよ」
人間だって色々いる。
すべて等しく信じて、従うなんてしなくていい。
互いの利益を最優先に考えて、そこから譲歩をしていかないとね。
「でも、とするとこの土地はどうしようか?」
イクサが言う。
元々ドワーフ達に明け渡すつもりだったので、この土地の使い道が無くなってしまった。
「じゃあ一つ、提案してもいいかな」
そこで、私が手を上げる。
「ここに、人間も獣人も魔族も関係なく、皆が一緒に遊べる大きな自然庭園を造るのはどうかな?」
私の提案は、造園だ。
《アルラウネ》のオルキデアさんやフレッサちゃん、それに獣人のみんな、更に ドワーフ達が集まった今なら、力を合わせて凄い公園が作れそうな気がする。
この造園が少なからず、ドワーフと人間の友好の歴史的証明にもなるはずだ。
「公園か……」
「そう、みんなでピクニックやバーベキューができて、美味しい料理を食べて美味しいお酒が飲めるよう な、そんな自然庭園」
「いいな!」
「一つやってやろうぜ!」
私の提案に、皆がやる気全開で答えてくれた。
よーし! 新しい目標ができたぞ!




