■13 みんなで村に(逃げ)帰ります
騎士の方々の迅速かつ的確な捕縛により、十人の盗賊達は一瞬にして拘束された。
これで暴れる事もないだろう、一安心だ。
私は、まだ太腿に手を回して引っ付いたままのマウルと、隣に立つメアラ、そして解放された人質の方々と共に、店の外へと出る。
現れた私の姿を見て、集まっていた群衆がざわめきを起こした。
「ふぅ、とりあえず一安心……」
「失敬! マコ殿!」
その時だった。
盗賊達の身動きを封じ終えた騎士の方々が、ドドドドドドと一気に私の方に駆け寄ってきた。
「マコ殿! マコ殿でよろしかったか!?」
「あ、え? あ、はい」
我先にと、精悍な顔付の男性達が私の前に集まる。
「この盗賊達の成敗に、一体どのような魔法、いや、武術を使われたのですか!?」
「はい? 武術?」
キラキラと、まるで特撮ヒーローに憧れる少年のように瞳を輝かせながら、彼等は私に問い掛けてくる。
「えーっと、あの〝単管パイプ〟でブオンと」
私は店の中に放置してきた〝単管〟を指さして言う。
「なんと! あの豪槍を、その細腕で!?」
「どのような流派の槍術を修められたのですか!?」
「〝単管パイプ〟というのが、あの名槍の銘ですか!?」
いや、名槍て……。
というか、質問攻めが凄いなぁ……。
「あ、あの、ありがとうございます!」
続いて背後から声。
振り返ると、人質にされていた青果店の店員の方々だった。
「お助けいただき、ありがとうございました!」
「きっと、名のある武人の方……いや、高名な魔法使い様なのですか!?」
「いや、全然、そんなんじゃ……」
前も後ろも大騒ぎである。
観衆の人達も私の姿を見てなんやなんやと色々な事を話している。
んむー……今は、それよりもしなくちゃいけない事があるのに。
「あの、すいません、一刻も早くイクサ王子に伝えたい事が――」
「チクショウッ!」
そこで、野太い雄叫びが聞こえた。
取り押さえられた、盗賊団のリーダーの発したものだった。
縛り上げられ地面に横たわった彼の前に、イクサが立っている。
「君達に、色々と聞きたい事がある」
珍しい魔道具を目の前にしている時のような、天真爛漫な顔とは違う。
真剣な面持ちで、イクサはリーダーに問い掛ける。
「何故、君達は今日、この青果店を襲い立て籠りなどというマネをした」
「……ッ」
「君達は普段、街道に出没するちんけな盗賊団だと聞いている。街中の商店を襲う組織力も、そして襲ったとしても無事に逃れられるような武力も保有していないように見える少数集団」
イクサは言う。
「なのに立て籠もりなんていう非効率的な犯行に走り、事もあろうに王族に魔道具を要求。何もかもが行き当たりばったりに思える。お粗末というか、幼稚過ぎる。おそらく、だが……」
そう口にしてはいるが、イクサの中では何か心当たりがあるのか――断言するように彼は言った。
「今回の犯行、単純に金だとか、僕の魔道具が目的じゃないね。誰かからの依頼かい?」
「……ッ……ッ」
「例えば……僕を陥れるため。僕に対する嫌がらせとか」
盗賊のリーダーの呼吸が荒くなっていく。
「『獣人と人の平等なんていう綺麗事を謳う僕が』『僕のコレクションを渡したくなくて、獣人の子供を見捨てて』『実行を騎士団に一任し責任を負わせた』……街中で、しかも国中各地の人間が来ては流れていくこの市場都市で事件を起こすことによって、そんな噂を人民の間に流そうとした、からとか」
「……ッ! ……ッ! ……ッ!」
「誰……いや、〝どの王子〟だい?」
「クソがッ! おい、話が違うじゃねぇか!」
盗賊のリーダーは叫んだ。
叫んだ先は――彼の少し前方。
「ん……ん?」
そこに寝かされ、安静な状態にされていた騎士団長へだった。
今しがた意識が回復したのか、彼は体をむくりと起こすと判然としない感じで周りを見回し――。
「っ! な、お前等、一体何だ、そのザマは!」
盗賊のリーダーを見て、驚愕を露にした。
「そりゃこっちのセリフだ! なにを呑気に気絶してんだよ! 報酬を積むっつぅから口裏合わせて協力してやったのに、どういうつもりだ!」
「な、バカが! こんなところで何を――」
「騎士団長」
瞬間、イクサが騎士団長の前へと歩み出た。
「どういうことだい? まさか、あなたの自作自演だったのか?」
「あ、ぐ……が……」
声を失う騎士団長に、イクサは嘆息する。
「まぁ、驚きはしないよ……で、誰が無理難題を押し付けたんだい?」
「………」
「こんな幼稚で、子供の発想みたいな嫌がらせ〝第八王子〟あたりか? それとも、父上の理念に対してどうこう言っていたからな、父上の飼い犬の〝第三王子〟もありえるか」
「………」
「まぁ、第八王子の方だろうな。年齢が一桁とはいえ、あいつは暴君のキライが……」
刹那、騎士団長は勢い良く立ち上がると、脱兎の如く駆け出した。
逃げるつもりだ。
「どけぇ! ど――」
人波の中に紛れ込もうと思ったのだろう。
しかし突っ込む寸前、彼の前に一人の女性が立ちふさがった。
スアロさんだ。
腰に佩いた剣の柄に、手をかけている。
瞬間、スアロさんの右腕がブレた――と思った瞬間、騎士団長の甲冑が砕け散った。
「ご、お……」
そしてその場に崩れ落ちる。
すご。
今の、もしかして〝居合い抜き〟ってやつ?
「ありがとう、スアロ。殺してはないよね?」
「はい、生身に関しては峯打ちで済ませました」
「イクサ王子、どういうことですか?」
そこまで来てやっと、私はイクサに話し掛けられた。
「……色々とあるんだ、今の王族には……」
彼は渋い表情で言うと、一転して申し訳なさそうに私を見た。
「君に、謝らなくちゃいけないかもしれない、かな」
「え?」
「多分、昨日から君の仲間の獣人の子供達は目を付けられていたのかもしれない。こんな場所に獣人の子供は珍しい、しかも僕が関わってしまった。大金を渡して目立たせてしまったという点もある。僕の浅慮だった、申し訳ない」
そう言って頭を下げるイクサ。
……なんだろう。別にその全てが、本当にイクサの責任って決まったわけでもないのに、謝るなんて。
色々とあるんだね、王族って。
「彼への聴取は後だ。それよりも――」
そこで、イクサが私に向けた鋭い視線を見て、私はハッと思い出した。
そうだ、まずい、私が希少なはずの魔法を使ったりとか、このままじゃまた根掘り葉掘り尋問される。
「マコ、君は――」
「イクサ王子! ウィーブルー家当主殿がお見えです!」
そこで、騎士の一人がこちらに駆けて来た。
「今回の一件で王子にご迷惑をおかけした点を謝罪したいという事と、人質の救出を行った女性の方に是非お礼がしたいという事で!」
イクサが、その騎士の方へと気を向ける。
今だ!
私は一目散に、脇目も振らず走り出す。
「エンティア!」
人混みの中、丸まっていたエンティアの巨体が見えた。
近くにマウルとメアラ、そしてラム、バゴズ、ウーガの姿も。
彼等が昨日、商売品諸々の物資を乗せて運んできた台車も見える。
『姉御!』
「荷台を引っ張って思いっきり走って! 逃げるよ!」
『よし来た!』
私の意図を一瞬で感じ取ってくれた(これも《ペットマスター》の力だろうか?)エンティアは、荷台に結ばれた縄を咥える。
「みんなも、そのまま台車に乗って!」
叫びながら走る私。
その時、横から騎士さん達が追い掛けてくる。
まずい、捕まえる気かも――。
「お待ちください、マコ殿! 是非、今度、我々にも鍛錬を!」
全然違った!
本当に真面目なのか天然なのかわからないな、この人達!
「わかりました、わかりました! また今度で!」
適当に答えて、私は荷台に飛び乗る。
「えーっと、イクサ王子!」
荷台の上に立ち、私はポカンとした顔のイクサに叫ぶ、
「その魔道具はあなたにあげるから! 研究とかに使って!」
放置されたままの〝単管パイプ〟を指さして言う。
そして――。
「王族って色々めんどくさい事情があるみたいだけど、負けちゃダメだよ!」
「……!」
私の言葉に、イクサは一瞬、大きく双眸を見開いた。
その時には、私達を乗せた台車は、疾駆するエンティアの巨体に引っ張られてその場から走り出した後だった。
※ ※ ※ ※ ※
「ひゃあ、疲れたぁ……」
街道を走るエンティア。
その後ろの荷台の上で寝転がり、私は空を見上げた。
私を含め、大人の獣人三人に子供を二人乗せているのに、エンティアのパワーは本当に凄い。
しかし、この二日間だけで本当に色んな事があったなぁ。
もっとのんびりしたいのに。
特に政治的な話とかからは距離を置きたいですねぇ、まったく。
「マコ」
右を見る。
同じく寝転がったマウルの顔が近くにあった。
「えへへ……本当に凄いね、マコ、強くて格好良くて……ありがとうね、助けてくれて」
照れながら、マウルはそう言った。
私は続いて左側を見る。
そちら側にはメアラがいた。
「……ありがとう」
視線を逸らし、メアラも言う。
「うん……本当、みんな無事でよかった」
再度私は空を見上げる。
吸い込まれそうな青空をしばし見詰め、目を閉じる。
お金も結構稼いだし、みんなへのお土産も一杯仕入れたし、今回の出稼ぎは上出来上出来。
村に帰ったら、のんびり過ごそう。




