■5 ドワーフ族と交渉です
「人間が侵入して来ただと!?」
「どこだ! こっちか!」
「全員武器を持て! 油断するな!」
わわわ、凄い集まってきちゃった。
《ドワーフ族》の隠れ里を訪れた私達。
その入り口を潜ったところで早速見つかり、見る見る内に取り囲まれてしまった。
(……これが、《ドワーフ族》)
改めて、集まってくる彼等の姿を見る。
事前に、イクサやオルキデアさんに教えてもらっていた通りの外見だ。
背は低く、小人とまではいかないけど、小柄な体格。
大体、人間で言ったら子供位の大きさだ。
浅黒い肌に、髭を蓄えている人が多い。
みんな頑固な職人肌って感じの雰囲気を感じる。
「待ってください。私達に、皆さんを襲うとか、争うとか、そういう気は全くありません」
なにはともあれ、まずは、こちらに敵意がないことを示さないといけない。
私は仲間達の先頭に立ち、《ドワーフ族》達に言う。
「私達は王都から来ました。それと、全員が人間というわけでもありません」
今回のメンバーは、私、イクサ、スアロさん、オズさんが純粋(?)な人間。
ガライ、デルファイは亜人。
オルキデアさんとフレッサちゃん、魔族。
エンティアは《神狼》――という内訳だ。
半分が人間以外の種族であるとわかれば、少しは警戒心を解いてくれるかな?
「なに? じゃあ、何が目的で来たっつぅんだ?」
「迅速に説明しろ!」
「怪しい動きを見せるなよ!」
私は《ドワーフ族》達に、ともかく敵意が無いことを説明しようとする。
しかし、ドワーフ達は私の言葉が耳を素通りしてしまっている様子だ。
ともかく警戒心と敵愾心が強すぎて、きちんと聞く態勢に入っていないし。
うわ、なんだか凄い甲冑みたいな鎧を来た人達まで現れた。
(……うーん、困った)
話を聞く気のない相手には、いくら言葉を尽くしても意味がない。
脳がそれどころではなくなってしまっているのだから、会話も何もないのだ。
しかし……説明を繰り返しながら、私はこの地下に作られた《ドワーフ族》の隠れ里を見回す。
正に、地下に作られた町。
凄い構造だ。
これだけの技術力、確かに味方になったら心強い。
「おい! 長老にこの事は伝えたか!」
「もっと人手を集めろ! 武器もだ!」
「待て! 動くなって言ってるだろ! 何するつもりだ!」
一方で、こっちは依然としてパニック状態。
一触即発の空気は消えない。
ああ、オズさんが完全に緊張で固まってしまっている……。
「人間が侵入してきたと聞いたが……」
そこで、取り囲んだドワーフ達の向こうから、一人の老人がやって来た。
「長老! この者達です!」
長老と呼ばれたそのドワーフは、長い髭を蓄え、杖をついている。
なるほど、この方が、この里の長という感じか。
「長老様!」
そこで、長老の前にオルキデアさんが飛び出した。
ドワーフ達が一層警戒心を高め、鎧を纏った人達はすかさず長老の前に出て防壁となる。
そんな中、オルキデアさんは。
「お久しぶりですわ、長老様」
そう、挨拶を発した。
「……おお、貴女は」
それに対し、数瞬の沈黙の後、長老は驚いたように声を漏らした。
「どれほどぶりか、《アルラウネ》の女王様」
どうやら、オルキデアさんと長老は面識があったようだ。
「……《アルラウネ》?」
「あの、《アルラウネ》か?」
「ああ、以前、俺達の里と親交があった」
「確か、人間によって国を滅ぼされたって……その、女王様?」
ドワーフ達の間にも動揺が広がる。
オルキデアさんの登場により、多少は彼等の警戒心も緩んだようだ。
「相変わらずのお美しさ、この老体の目にも眼福でございます。妹君も、また元気な姿を見れて何よりです」
「長老様、お久しぶりです! ありがとうございますです!」
髭に包まれた顔をにこやかに破顔させる長老に、フレッサちゃんも挨拶をする。
「長老様もご健在のようで、嬉しいですわ」
「いえいえ、儂などはもう……ところで、これは一体何事ですかな?」
長老はそこで、オルキデアさんから視線を外し、私達の方を見回す。
オルキデアさんは、ごほんと咳払いし。
「それについては、わたくし達のリーダーであるマコ様の口からご説明をさせていただきますわ」
ありがとう、オルキデアさん。
自然な流れで、説明をできる舞台が整った。
私は、《ドワーフ族》の皆を前に、何故自分達がここに来たのか、説明を開始する。
王都が悪魔に襲われ、大惨事に見舞われた事。
その復興に対する時間と人手が足りず、プロフェッショナルのドワーフ達に協力をして欲しい事。
そのすべてを伝えた。
……しかし。
「ふざけるな! 何故俺達が、人間なんかのために!」
当然、みんな猛反対である。
「お前達の勝手な体面のために、どうして我々が手を貸さなければならない!」
「自分達で何とかしろ!」
ええ、まったくごもっともでございます。
でも、だからと言って引き下がるわけにはいかない。
復興を急ぐ理由は、ただ単に他国に対する体面を守らないといけないとか、国力が弱まっていると思われたくないとか、そういうこと以前に、王都で暮らす人達の苦しみを少しでも早く取っ払いたいからだ。
「無論、タダとは言いません」
私は、ドワーフ達に言う。
「皆さんに興味を持っていただけると思うものを、こちらが提供できると考え、今日はそのお披露目にも来ました」
「なんだ、金か? 食料か?」
「言っておくが、そんな貢物で俺達の心が動くなどと……」
そこで私は、スキル《錬金》を発動する。
眩い燐光の発生と共に、私は一本の〝ステンレスパイプ〟を生み出した。
突然、目前に生産された金属製品に、ドワーフ達は驚き、興味を示す。
「なんだ、今何をした?」
「これは、金属……鉄か?」
私が生み出した〝ステンレスパイプ〟に、ドワーフ達が群がってくる。
「ステンレスという、錆びない金属でできた管です」
「錆びない? 何を馬鹿なことを……本当なのか?」
「この金属、なかなか固いぞ……それを、どうやったらこんな真っ直ぐ綺麗な筒に加工できるんだ」
やっぱり、興味津々だ。
イクサやオルキデアさんが言っていた。
《ドワーフ族》はこと、技術や芸術、工芸、多岐に渡り知識欲や探求心の強い種族だ。
なので、自分達が興味を持った芸術品や新規技術には、とても熱中しやすい性質なのだという。
オルキデアさん達と親交があったのも、彼女達の生み出す美しい草花に興味を惹かれたからだろう。
美しいものや面白いものは素直に評価する、それが《ドワーフ族》。
……まぁ、一部、人間は確執の関係で素直には、というわけじゃなさそうだけど。
「王都へ来ていただく代わりに、皆様とは普段親交の無い、様々な異文化を紹介したいと提案します」
私は、ドワーフ達に言う。
王都は、国内の様々な情報と流通の交差点。
興味を持ってもらえるものが多くある。
「我々の技術を盗もうというのか?」
一人のドワーフが疑うように言うが、私は首を振るう。
「ドワーフの技術を盗もうとか、そういう考えはありません。単純に、王都を救う手助けをしていただいた上で、功労者である皆さんと芸術性を語り合いたいんです」
「マコ様は本気ですわ」
そこで、私を後押しするように、オルキデアさんが言う。
「この方には、悪意なんてありません」
「《アルラウネ》の女王、何故人間を庇う?」
ドワーフ達は問う。
《アルラウネ》の国が人間に滅ぼされたのを知っている彼等からしたら、何故オルキデアさんが私を擁護するのか、疑問だろう。
そこで、オルキデアさんは待ってましたとばかりに胸を張って答える。
「それは、マコ様が普通の人間の方々とは違うからです。何を隠そう、わたくし達のアルフランド国を侵攻した悪い人達を退治してくれた方こそ、マコ様なのです。ちなみに、その後の復興を支援してくださっているのが、こちらのイクサ王子ですわ」
それを聞き、ドワーフ達の間に驚きが広がる。
「《アルラウネ》を助けた?」
「いや、それより、王子……人間の王子だと?」
「この国の王子か?」
「ええ」
イクサが一歩前に出る。
「グロウガ王国、第三王子、イクサ・レイブン・グロウガ。王族を代表し、皆さんの協力を仰ぐため馳せ参じました」
これで、人間側が礼を尽くしているという事も伝わったはずだ。
ドワーフ達の間から、「もしかして、しばらく会わない内に人間もそこそこ信用できるようになったのでは?」と発言する者も現れ始めた。
よし。
「みんな!」
と、私はそこで号令をかける。
ガライ達が、荷車に乗せて一緒に持ってきた木箱を、ドワーフ達の前に置く。
そして、蓋を開けた。
皆の一芸を披露する時だ。
「例えば、こんなものには興味ありませんか?」
木箱の中には、うちの店で販売している商品――木彫りの彫刻や、ガラス細工が入っている。
それらを手に取り、ドワーフ達に見せていく。
まるで訪問営業だ。
「この木彫り、中々完成度が高いな……」
「どうやって作ったんだ?」
「手作業だ」
ドワーフ達に聞かれ、ガライが手持ちの、彫刻用〝カービングナイフ〟を見せる。
これは、実は以前、ガライのために私が錬金で生み出した道具である。
「このガラス細工も、面白い形してるな」
「結構、細かいところまでよくできてるぞ」
「ほほう? 俺様の芸術的センスがわかるとは、お前等中々わかってるな」
デルファイも、自身の作品を褒められて天狗になっている。
「おお! 魔法で石像を生み出せるのか!」
「あは、はい、正しくは土製の人形ですが……」
「しかも動かせるとは、面白い仕組みだな」
オズ先生がゴーレムを生み出して見せると、ドワーフ達は興味津々だ。
「大きさや体格も変えられるのか?」「どれくらいの時間動かすことができる?」「精密な作業もさせることはできるのか?」など、質問をぶつけられてオズ先生もあたふたしている。
やはり、彼女もついてきてもらって正解だった。
「ぬぅ……王都には、こんな面白いものがあるのか」
「これが、今の人間達の社会の技術……」
「もっと凄いものが、まだあるかもしれないぞ」
と、そんな意見も聞こえ始めてきた。
「長老様、どうかお力を貸してはくれませんでしょうか?」
そこで、オルキデアさんが、再度長老に直談判を申し込む。
彼女と一緒に、私も頭を下げる。
「うむ、ええよ」
そんな私達のお願いに、長老はあっさりと首を縦に振ってくれた。
「我等ドワーフ、微力ではあるが力を貸しましょう」
「ありがとうございます!」
「数十年ぶりの、人間世界との交流。きっと、停滞し伸び悩む我等種族にも、悪くない変化が訪れるやもしれぬ」
なにより――と、そこで、長老は双眸の目尻をデレっと落とす。
「こんな美人さん方に頼まれたら、断るわけにはいかないからのう」
そう言う長老は、完全にオルキデアさんに見惚れている様子だ。
オルキデアさんだけでなく、私やオズ先生、スアロさんにも熱視線を向けている。
あ、もしかしたらこのお爺ちゃん、ただの女好きなのかも。
※ ※ ※ ※ ※
こうして、《ドワーフ族》との交渉の結果、復興に手を貸してもらえることになった。
但し、全員が行くわけじゃない。
募った希望者だけを先に王都へ送り、そのあと、問題なければ後続組も合流する。
それと、今回はあくまでも手を貸すだけ。
《ドワーフ族》から物資の支援等は行わない。
こちらの示した手順や方法を、あくまでも手伝う――という形だ。
まぁ、当然と言えば当然だけど、完全完璧に信用されているというわけではないらしい。
というわけで、今回の先発隊に名乗りを上げた《ドワーフ族》が20名ほど、王都へ一緒に行くことになった。
「移動手段は、どうしますか? 流石に、エンティアの引く荷車に全員は……」
「問題ない。俺達は車で行く」
車?
見ると、まるで戦車のような、丸い車体に車輪の付いた車が数台現れ、ドワーフ達が乗り込んでいく。
石を積んで固めて作った、竈のような外見をしている。
上に煙突が突き出しており、そこから煙が上がっている。
おそらく、蒸気の力で走る車だ。
「ふえぇ~」
流石《ドワーフ族》。
やっぱり、技術力は凄い。
「よし、王都に帰ろう!」




