■3 観光都市からの増援が来ました
――私達が観光都市バイゼルを訪れてから、数日後。
依然、人々が不安を抱き、鬱屈とした空気が満ちたまま、復興が続く王都。
かつて、石畳の路の脇に様々な店が並ぶ商店街だった場所は、瓦礫と石塊が積み上げられ、その面影も残っていない。
皆、静かに黙々と、いつ終わるのかもわからない作業に従事している。
「……ん?」
「あれは……」
その時だった。
地面の揺れを感じ取った者が、こちらに向けて何かがやって来ているのに気付く。
『コラー!』
『コラコラー! 急げ急げ、コラー!』
何匹ものイノシシ達が引っ張る荷車が、隊列のように次々に王都の中を突き進んでいく。
「おう、こりゃひでぇ有様だな」
「働き甲斐がありそうだ」
その荷車に乗った、観光都市バイゼルの冒険者や《ベルセルク》達が、王都の状況を見て腕を回している。
皆、やる気満々だ。
「なんだ、あれ……」
どんどん王都へと入ってくる荷車の列の中に、ある異様なものを見付けて、王都の人々が不思議そうな顔を浮かべている。
『姉御、やはり皆これに注目しているな』
「まぁ、目立っちゃうよね」
エンティアの背中に乗った私は、そのエンティアが、他のイノシシ君達と一緒になって運んでいる、〝それ〟を振り返ってみる。
それは、巨大な木の箱。
見た目だけなら、大型トラックのコンテナくらいのサイズがある、角材を組んで作られた、長方形の物体だ。
一見は、木製の巨大な箱にしか見えないだろうけど、上から見るとこれが何なのかすぐにわかる。
「……ん? なんだ? 海の匂い?」
通行人の中から、そんな声が聞こえる。
そう、この箱の中には海水が満たされ、その中には観光都市バイゼルの海で採れた魚達が泳いでいる。
これは、生簀だ。
新鮮で大ぶりな魚達を、生きたまま運ぶために、ガライを筆頭に皆で作り上げたのだ。
やがて、私達は目的地――アバトクス村名産直営店の前に到着する。
「おお! あいつらだ!」
「久しぶりだな、《ベルセルク》達!」
荷車から下りてくる《ベルセルク》を見て、《ベオウルフ》の皆が駆け寄ってくる。
「そっちこそ、無事で何よりだ!」
「ウーガ、うちの村で採れた野菜も持って来たぜ!」
皆が、再会を喜び合っている。
そんな中。
『こりゃー!』
『ぽんぽこー!』
ウリ坊の群れから飛び出したチビちゃんが、荷車から下りてきたマメ狸のポコタと体を摺り寄せ合う。
相変わらず仲良しである。
二匹も、再会が嬉しいようだ。
『きゅーん、きゅーん!』
『ぷー』
更に、バンビちゃんと子豚も。
第二アバトクス村から、懐かしのメンバーが皆集まってきた感じである。
「おお、これはこれは、見覚えのある方々ばかり……」
「マコ様、こちらの方々が、観光都市バイゼルの冒険者の皆様ですか?」
「あ、ベルトナさん、モグロさん」
そこで、一緒に復興作業をしていたベルトナさんとモグロさんが現れる。
王都冒険者ギルドの受付嬢と、専属鑑定士……この状況なので、二人も今は貴重な人手だ。
「お帰り、マコ」
「イクサ、そっちはどう?」
私は、二人と一緒にやって来たイクサに問う。
イクサは、微笑みを浮かべる。
「ああ、問題ない。あっちには既に話を通しておいたよ」
イクサが、王城の方を指さす。
復興責任者である私の名のもとに、冒険者を復興支援の人手として雇う任務をギルドに依頼する――その報酬の件は、どうやら承認されたようだ。
「よっし、じゃあ、早速だけどみんな、ご協力お願いします!」
「おう! 力仕事なら任せとけ!」
「とりあえず瓦礫を運べばいいのか?」
こうして、観光都市バイゼルの冒険者達、そして《ベルセルク》の皆が、王都復興事業に合流を果たした。
※ ※ ※ ※ ※
増えた人手は数十人かもしれないが、問題はその内容だ。
体力、膂力……力仕事を常とする冒険者達の増援は、常人の数倍の効力を発揮してくれる。
更に、《ベルセルク》達に至っては、私達と一緒に、ほとんど0の状態から第二アバトクス村を興した経験がある。
一般人とはノウハウが違う。
「彼等は、わざわざ王都にまで出向いて復興作業を手伝ってくれてるのか」
「獣人なのに……」
「俺達に協力をしてくれるなんて、ありがたい」
人間に協力し、力を分けてくれる獣人達に、人々も感謝している。
「マコのおかげで、また獣人に対する偏見が変わったかもな」
「そうかな?」
材木を運ぶ《ベルセルク》や《ベオウルフ》達に、そう言われた。
とにもかくにも、強力な助っ人達が合流したことで、少しだけ王都の雰囲気が軽くなったようだ。
皆が、久しぶりに笑顔を浮かべている気がする。
――その夜。
「はぁー、今日も疲れたぜー」
「まぁ、昨日までに比べたら大分進んだんじゃないか?」
日も落ち、とりあえず今日の作業は終了となった。
「みなさーん、集まってー」
「ん?」
「なんだ?」
そのタイミングで、私は皆と一緒に街中を歩き回って、王都の人々に呼びかける。
「今日も、うちのお店の前で炊き出しをふるまいますよー!」
「おーい、マコちゃんが呼んでるぞ」
「アバトクス村名産直営店の前に集合だ」
「あー、腹が減ったー」
呼び掛けを聞き、続々と集まってくる皆さん。
すっかりこの近辺では、うちのお店の炊き出しが夜の楽しみとなっているようだ。
しかし、今日の炊き出しはいつもとは一味違うメニューとなっている。
「あ、来た来た」
アバトクス村名産直営店の庭では、既に皆が準備万端の状態で待っている。
「炊き出しはこっちだよー」
「ですー」
マウルとメアラ、フレッサちゃんが大きく手を振って皆を誘導する。
私が錬成した〝大鍋〟から漂う香りが、食欲を誘う。
「今日は、観光都市バイゼルから輸入した、新鮮な海の幸だぜ」
「おお! これが!」
貝やエビの海鮮バーベキュー、魚を使ったスープ、焼き鮭や焼きマグロ。
《ベルセルク》と《ベオウルフ》達が、食器を手に並んだ市民達に配膳していく。
「ブッシ、大丈夫か?」
「任せろ。出来上がった先から持って行ってくれ。レイレ、頼むぜ」
「刺身の方はあたしに任せなさい」
更に、ブッシとレイレ達が協力し、名産品の数々を提供していく。
海鮮丼やチラシ寿司――噂には聞いた品々に、皆舌鼓を打つ。
「あー、スープが体に沁みるなー」
「もう肌寒い季節だからな」
体も心も温められて、ぽかぽかとした空気に満たされる。
ここ最近の、ギスギスして辛い雰囲気が、嘘のようだ。
「うん、よかったよかった」
「マコ、ちょっといいか?」
そこで、ブッシに声を掛けられる。
「ブッシ、どうしたの?」
「この前話してた、新しく考案した料理の事なんだが」
あ、そうだ。
《ベルセルク》の皆が言っていた。
なんだか、私が前に食べたいって言ってたのを元に、ブッシが色々と研究して作ってくれたって聞いたけど……。
「ちょうど時間ができたし、披露しようと思ってな」
ブッシが、空いているテーブルを一つ指し示す。
「いいの? ブッシも疲れてるでしょ」
「俺の今日の仕事は、炊き出しの準備くらいだ。お前こそ、色々責任のある仕事を背負って、俺なんかより遥かに疲れてるだろ。少しは、労わらせてくれ」
優しいなー、ブッシ。
私はお言葉に甘えて、指定されたテーブルに座る。
「楽しみだなぁ」
ワクワクしながら待っていると、ブッシが私の目の前にやって来て、テーブルの上に食材を並べていく。
これは……寿司用の酢飯だ。
それに、切り揃えられた刺身……。
ブッシが、私の前に木の板を一枚置く。
ん? これって……。
「よし」
ブッシが、おひつの中から酢飯を指先で救い上げ、手の中できゅっと固める。
……やっぱり。
これは……まさか……。
「もしかして、握り寿司!」
「へい、お待ち。マグロの赤身だ」
寿司下駄の上に、正に赤身の握り寿司が置かれる。
おお! 凄い!
「ブッシ! 本物の江戸前寿司職人になったんだ! いや、厳密には本物じゃないんだけど!」
「前に、お前が語ってたのを思い出しながらな。米の握り方から、刺身の切り方まで、色々と研究して作ってみた」
ううう、やばい、日本人の血が騒ぎ始める。
我慢などできず、私はお寿司を手に取り、一気に口の中に入れる。
醤油が無いけど、今はこのままでいい。
「………んんん~~~~~~~~~~~!」
と、思わず両足をバタバタさせて唸ってしまった。
美味い!
口の中でほろりと崩れるシャリ!
新鮮な触感と旨味の凝縮された赤身!
正に職人の技!
銀座●兵衛を思い出す!
いや、当然食べたことなんて一度も無いんだけどね!
「ど、どうした? マコ」
「ぐす……なんだか、感動して涙が出てきちゃった……」
そんな感じで、ブッシの熟練(?)の技を堪能し、私は久方ぶりのお寿司に大満足なのでした。




