■プロローグ 久しぶりに宴会です
「はぁ~~~……」
夜。
日が沈み、松明の明かりが夜闇を照らしている。
半壊したアバトクス村名産直営店の敷地内――いつも飲食スペースに使っていた庭にて、私はテーブルの一つに腰掛け深い溜息を吐いていた。
「大丈夫? マコ。具合が悪いの?」
右隣に座ったマウルが、心配げに私の背中を撫でる。
「……王様に何か言われたの?」
左隣に座ったメアラが、訝るような表情でそう言った。
「うーん……大丈夫だよ、マウル。体調は悪くないから」
「とんでもない大役を任されてしまったね」
正面に座ったイクサもまた、困ったような表情を浮かべている。
そう――今日の昼間、私はグロウガ王から大変な役目を与えられてしまったのだ……。
※ ※ ※ ※ ※
私――本田真心は、かつてホームセンターに勤める普通の現代人だった。
だがある日、激務続きの仕事から帰還し、家の玄関で寝落ちしてしまったところ、気付くと異世界にいたのである。
そこで双子の獣人、マウルとメアラに出会ったことで、彼等――《ベオウルフ》の村に案内され、そこで一緒に生活をするようになった。
この世界では、私には《DIYマスター》《グリーンマスター》《ペットマスター》という三つの称号が授けられており、RPGゲームさながらの……でも、ちょっと変わった……スキルを使用することができる。
あらゆる金属(但し、ホームセンター商品に限る)を生産する《錬金》や、動物と会話ができる《対話》、植物を育てるための肥料を作成する《液肥》等だ。
それらのスキルを活用し、私は今日までゆったりのんびり、気儘な異世界生活を送って来ていたのである。
日々の中で、様々な人達と出会い、そして時には悪魔の陰謀と戦いながら……。
……うん、結構ゆったりのんびりって感じじゃないね。
ともかく、そんな中、遂に魔界から人間界を破壊せんとやって来た、邪悪な種族《悪魔族》の魔の手により、このグロウガ王国の王都が破壊の限りを尽くされてしまった。
悪魔達は、私に協力してくれた仲間達のおかげで退けることはできたけど、その爪痕は深く王都に刻まれてしまった。
で――今回、その王都復興の最高責任者に、王様直々に任命されてしまったのが、この私なのである。
※ ※ ※ ※ ※
「ははは、今までになく一番頭を抱えてるね、マコ」
「……笑い事じゃないよ、イクサ」
ぎろりと、私はイクサを睨む。
「おっと」と、イクサは視線を横に逸らした。
ほら、後ろでスアロさんも呆れてるよ。
「そう怒らないでくれよ、マコ。無論、僕も仲間として君への協力は厭わないからさ」
イクサはこの国の現王――グロウガ国王の息子の一人、つまり王子様だ。
現在、この国では60名以上の王子達が次期王位の継承を争わされており、イクサは現状の、第三位継承権所有者なのである。
その後ろに仕えるスアロさんは、イクサの護衛である。
「おい、マコ。ちょっと机を空けてくれよ」
「え?」
机の上に突っ伏していた私の頭上から、声が聞こえた。
顔を上げると、大皿に乗った巨大な骨付き肉がドカンと置かれる。
炭火で焼かれた香ばしい匂いが、食欲を刺激してきた。
「どうだ? 旨そうだろ」
料理を運んできたのは、私の仲間の《ベオウルフ》の一人、料理の得意なラムだった。
「こんな時だからこそ、気分を暗くしたらダメだからな。今日は宴会にしようぜ」
見ると、お店の庭では、既にバゴズやウーガをはじめとして、皆が焚火を囲い、酒盛りを始めていた。
本当に宴会が好きだねぇ、《ベオウルフ》のみんなは。
アバトクス村じゃ毎夜の事だったし、このお店も夜は居酒屋みたいな雰囲気になるからね。
……でも。
「そうだね」
ラムの言う通り、私達は自分達のお店を建て直さなくちゃいけない。
それは、王都を復興しなくちゃいけないという事と、方針的には変わりないはずだ。
……まぁ、ちょっと規模は大きくなりすぎな気もするけど。
でも、そんな心構えの人間が、最初から落ち込んでたんじゃダメだ。
前向きに、前向きに。
「よぉし! 今日はお疲れ、みんな! 盛大に飲もう!」
「おおう!」
「マコは酒じゃなくてジュースな!」
ということで、皆で宴会を開始する。
『コラー! 何はともあれ、みんな生き残ってよかったぞ、コラー!』
『居なくなった時は心配したんだからな、コラー!』
『『『『『こりゃー!』』』』』
イノシシ君とウリ坊達も、傷物になった果物や野菜をがつがつと食べている。
ラム、バゴズ、ウーガ達に、王都で雇ったお店のスタッフの人達も、料理を作りお酒を飲み、昼間の疲れを癒す。
「マコ様! お話は聞きましたわ!」
「聞きましたです!」
そこに、《アルラウネ》の姉妹、オルキデアさんとフレッサちゃんがやってくる。
オルキデアさんの方はお酒が入っているようで、既にほろ酔いの状態だ。
あまり強くないのに、お酒好きなんだよね。
「わたくしもマコ様の助けになれるよう、尽力致します! なんでも申し付けてくださいませ!」
「です!」
「うん、ありがとうね、オルキデアさん、フレッサちゃん。オルキデアさんは、ちょっと座って水飲もうか」
「マコ、聞いたわよ」
ふにゃふにゃしているオルキデアさんを椅子に座らせたところで、今度はレイレがやって来た。
彼女は、グロッサム家という青果を取り扱う大商家の娘で、お嬢様なのである。
「王都復興の最高責任者に、しかも国王から直々に任命されるなんて、凄いじゃない。流石はマコね」
「いやぁ、過大評価だとは思うけどね」
「最高責任者ってことは、当然色々と好きにできるんだろ?」
地べたに寝そべりながら、バーベキューを食べていたデルファイが言う。
彼は《火蜥蜴族》の血の混じった、顔の一部に鱗を持つ亜人である。
同時に、ガラス細工を作る芸術家でもある。
「だったら王都の一角に、俺様の芸術的工房をドカーンと」
「そんなしょうもないもんにお金を掛けられるわけないでしょ、バカ」
「アアン? 何がしょうもないだ。言っとくがな、今回の大騒ぎで俺様の家も完全に壊されて――」
「はいはい、ストップストップ。大丈夫だよ、デルファイ。君の家も、ちゃんと再建するから」
さてと。
私は、盛り上がる庭を抜け、店舗の中へと向かう。
瓦礫や内装が一旦取り除かれ、今やお店の中はスッキリしている。
建築していた当初の事を思い出すね。
「ガライ」
その中で、一人黙々と、補修用の材木を打ち付けている人物がいる。
長身で引き締まった体格をしている、黒髪に浅黒い肌の男性。
《鬼人族》の亜人で、かつて王都の暗部に所属していたエージェント、ガライだ。
アバトクス村近くの山で出会ってから今日まで、色々な事を手助けしてもらってきた、頼れる仲間である。
「マコ」
「お疲れ様。今日はもう大丈夫だから、外で宴会に参加しよう」
「……城で、大変な仕事を任されたんだってな」
ガライに言われ、私はふぃーっと嘆息する。
「そうなんだよねー……まぁ、でも、任されちゃったものは仕方がないし。それに、やること自体は規模が大きくなっただけで、そこまで変わらないし」
「……俺にできる事があるなら言ってくれ。いくらでも力を貸す」
「うん、それもいつも通りだね」
私が背中をポンッと叩くと、ガライは微笑みを浮かべる。
何かを作る時も、敵と戦う時も、いつだってガライは私に力を貸してくれた。
彼がいれば、今回の件だって難無く越えられそうだと、そう思わせてくれる。
信頼感が半端ない。
『コラ貴様! さっきから美味そうな肉ばかり横取りしおって! 病み上がりなんだから大人しくしていろ!』
『うるさい! 傷なら既に完治した! この肉は俺のものだ! マコも俺のものだ!』
『どさくさにまぎれて姉御を取ろうとするな、バカ!』
庭に出ると、早速エンティアとクロちゃんの喧嘩に遭遇した。
大きな《神狼》と《黒狼》が、もふもふ絡み合って肉を取り合っている。
元気だねぇ。
「もう、エンティア、クロちゃん。そんなに喧嘩しなくたって肉はまだ……あれ?」
そこで、私は気付く。
すっかり夜になり、松明と焚火の明かりが照らす中――私達のお店の周りに、何人もの人だかりが集まって来ていた。
王都の市民達だ。
きっと、宴会の騒ぎと、食べ物の匂いに引き寄せられてきたのかもしれない。
「……そうだ……みなさーん! 今日は、瓦礫の撤去に一日中の作業、お疲れ様でーす!」
私は大声を張り上げて、集まった人達に言う。
「よかったら、食べ物とお酒、それにお菓子なんかもありますから! 一緒に明日への活力を回復させませんかー!?」
私が叫ぶと、市民達は驚いたように互いに顔を向け合う。
そして一人、また一人ずつ、おずおずと宴会の輪の中に加わっていく。
「……まずは、できる事から、しないとだね」
それが、きっと皆を助ける力になるはず。




