■エピローグ 悪魔と王都とこれからです
――悪魔の軍が、王都を襲った衝撃の日。
あれから、一晩が経過した。
「よし、こっちの瓦礫は片付いたぞ」
「おーい、こっちのダメになっちまった商品を集めるの手伝ってくれー」
「屋根が崩れるぞー、気を付けろー」
私達は今、みんなでアバトクス村名産直営店の補修作業を行っている。
この区域も、昨日の戦争の影響を受けており、多くのお店が大なり小なりダメージを受けてしまっている。
うちも例外ではなかった。
《ベオウルフ》のみんなや店舗スタッフさん達をはじめ、皆で協力し、まずは瓦礫や材木の撤去作業……それに、倒れた棚を直したり、再販できそうな商品の仕分けを進めている。
「やっぱり、あんた達のところも店にダメージを食らってたか」
「あ、こんにちは」
皆に指示を飛ばしていると、そこに食事処――『黄鱗亭』のシェフの人が通りかかった。
懐かしい顔だ。
「うちも、かなり手酷くやられちまってさ。今、何とか営業再開させようと頑張ってるところなんだよ」
「私の家のお店も、一度崩して建て直さないといけないくらい壊されてたわ」
シェフの人に続き、レイレも腰に手を当て空を仰ぎながら言う。
「品物もだいぶダメになっちゃったみたいで、大変よ」
「大丈夫? レイレ。一度、グロッサム家に戻った方が良いんじゃない?」
心配する私に対し、レイレはニカッと笑う。
「大丈夫よ。あたしは、今はマコの弟子なんだし、こっちの仕事の方が最優先よ。それに、うちだってこの程度の被害で簡単に傾くほどヤワじゃないわ」
レイレお嬢様は、本当にタフだ。
私は改めて、半壊状態のお店を見据える。
深刻なダメージを受けてしまった……けど、全壊でないだけうちは儲けものだ。
悪魔達の魔の手により、王都内の各地区で、家も商店も軒並壊されてしまった。
しかし、ベルゼバブとの決着後、特に悪魔の残党が現れたとか、被害に遭ったとか、そういった報告は聞いていない。
敵の悪魔に操られていたドラゴン達が、カイロンとルナトさんと別れた後、王都中を飛び回って虱潰しに残党狩りをしてくれていたらしい。
ドラゴン達も、最後は子供達と一緒にそれぞれの住処へと無事帰って行った。
人的被害については……悪魔の襲撃で、多くの冒険者や騎士の人達が負傷したと聞いた。
命こそ取り留めたものの、まだ体を動かせない人も多いらしい。
ベルトナさんやモグロさんからの情報によると、ウルシマさんはまだ意識が戻っていないとか。
………。
「……って、落ち込んでいても仕方がないよね」
今はともかく、前に進まないと。
「マコ」
と、そこで、お店の前に一台の馬車がやって来た。
中から現れたのは、イクサと護衛についているスアロさん。
「あ、イクサ。どうしたの? 今、色々と大変なんじゃない?」
「ああ、その通りだ」
王族であり、今や国内でもかなりの権力を所有するに至っている第三王子イクサとしては、この王都の惨状に関して色々苦心しているはずだ。
今後の国政にも関わっているはず。
そう考え、またしばらくは会えなくなるなぁ……と思っていたのだが。
「マコ、その件でちょっといいかい?」
「え? 私?」
イクサはこくりと頷く。
「グロウガ王に呼ばれて、城に行くことになった。そして、君も連れて来て欲しいと、王自らが希望しているらしい」
※ ※ ※ ※ ※
(……うわぁー……)
そして、あれよあれよという間に、私はイクサ達に連れられて、王都の中心に聳え立つ王城へとやって来ていた。
通されたのは、王の間。
広々とした部屋の中は今、重苦しい空気に包まれていた。
豪奢な長机を挟み、何人もの人達が席についている。
私達は今、その中に混ざっているのだ。
(……多分、お城の臣下の人達の中でも、相当上の人達が集まってるのかな……)
皆、かなり偉いっぽい風貌だ。
きっと、この国の大臣とか、色んな組織の重役とかそういう人達だろう。
奥の玉座には、相変わらず顔は見えないけど、グロウガ王が腰を下ろしている。
「皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
やがて、一人の壮年の男性が立ち上がり、そう口火を切った。
格好的にも、正に大臣といった雰囲気である。
「《悪魔族》の軍勢による王都襲撃から、一晩が経過しました。現状、各機関の調査により判明している点を、グロウガ王も交え報告し合いたいと思います」
なるほど……私もまぁ、重要参考人だし、渦中の人間ではあるからね。
そのために呼ばれたのだろう。
「まずは、此度の《悪魔族》が王都を襲った理由、目的に関してですが」
「おい、あの二名を」
そこで、厳つい風貌の人物が、自分の椅子の裏に待機していた騎士に指示を飛ばした。
察するに……あの人、防衛大臣とか、その手の役職の人なのかもしれない。
命令された騎士の人が部屋を出て、少しした後――そこに、見知った顔の人物が二人連れて来られた。
正確には、一人の人間と一人の悪魔。
ワルカさんと、アスモデウスだ。
ちなみに現状、二人は融合を解いている状態にある。
当たり前だけど、あの後アスモデウスは聖教会に、ワルカさんは牢獄へ後戻りとなっていた。
悪魔達から命を狙われたのだ。
今やあの二人は、人間の味方……とは言えないものの、少なくとも悪魔達とは敵対する立場となっている。
「当初、この悪魔アスモデウスを救出に来たと思われていた悪魔達の軍勢だったが、その実は、魔皇帝ベルゼバブの配下に寝返り、アスモデウスを始末しに来たとのことらしい」
防衛大臣(仮称)さんが、聞き出した情報を連ねていく。
私が聞いたのと同じ情報だ。
「……ということで、間違いないのだな」
「まぁ、僕としても元腹心の漏らした言葉から想像した内容だけど、おそらくそれで合ってるよぉ」
問われたアスモデウスが、浮薄な笑いを浮かべる。
「で、そのついでに、度重なり悪魔を打ち払って調子に乗っている人間を、恐怖に陥れようと直接的な破壊活動も行おうとした……って感じかな。ベルゼバブに関しては、配下のクロロトレスを倒されていたしね」
「……あのー」
そこで、私は恐る恐る手を上げた。
ちょっと、気になることがあったのだ。
瞬間、皆の視線がこちらに向けられる。
ひえー、怖い。
「私から、アスモデウスに質問があるのですが、いいですか?」
それに対し、反対の声を発するものは誰もいなかった。
どうやら、今や私の存在は、結構王国の中でも認めてもらえているようだ。
「では……」と咳を挟み、私はアスモデウスを見る。
「なんだぁい?」
「悪魔達は、この王都を襲う際に、お城を目指して進軍してきてたよね?」
「……そうだねぇ」
「アスモデウスの暗殺、ワルカさんの排除、市街地への攻撃……色々な目的を同時進行させていたけど、多くの悪魔が真っ先にお城を落とすことを優先していた。もし人々を恐怖に陥れたいだけなら、街中で暴れ回ることを優先してたはずだよね」
「………」
「この国の王を倒す……明確に、国を乗っ取ろうと考えてたんじゃないかな?」
「王を失えば国が傾き、もっと多くの絶望が生まれるとも考えていたんじゃないのか?」
私の発言に、防衛大臣さんが口を挟む。
それも正しいと思う。
けど……もしそうなら、もっと昔から悪魔は人間の世界で活発に活動し、国を乗っ取ろうと今回みたいな大掛かりな行動を起こしていたはずだ。
今回の件に関し、私はなんとなく、もっと根深い理由があったんじゃないかと思った。
「アスモデウス、そこら辺どう思う?」
「……んー」
私に問いに、アスモデウスは微笑を浮かべて困ったように唸る。
「……ま、隠していてもしょうがないから言うけどね。おそらく、これからこの国だけじゃなくて、この世界的での悪魔の活動がもっと大々的になっていくと思うよ」
「……どういうこと?」
隣のワルカさんも、思わずそう問い掛けていた。
「今までは隠れてコソコソ、それこそお遊びの延長線だった。人間の世界にちょっかいを掛け、混沌と絶望を生み出し、それを楽しむ程度……でも、これから悪魔族は、人間の社会や国を乗っ取るように動き出す。それは何故か?」
「………」
「〝魔界〟が、もう限界なんだよぉ。早い話、滅びつつある」
アスモデウスの発言に、にわかに室内がざわつく。
「滅びつつあるって……どういうこと?」
「そのままの意味だよぉ。悪魔の中でも、それを察知していたのは僕達《魔皇帝》をはじめとした一部だけだったけど、今やほとんど魔界中の悪魔の知るところになったんじゃないかな。原因は不明だけど、悪魔が魔界に住めなくなってきているんだよぉ。だから、人間界へ進出しようとしている」
「………」
「多くの悪魔は、人間なんて簡単に滅ぼして奴隷にでもできると思ってる。今回のベルゼバブがその良い例だぁ。でも、人間が存外やるということに気付いたんじゃないかな? これからは、向こうも一筋縄ではいかなくなってくるかもねぇ」
「……その点に関しても、もっと深く調査を進めた方が良いかもね」
イクサが呟く。
これから、悪魔達の動きがもっと活発になるとするなら、警戒心も高めていかなければならない。
「あ、あの」
そこで私は、防衛大臣さんへと問う。
「ワルカさんとアスモデウスの今後の処遇は、どうなるのでしょう」
「……一時保留だ」
それを聞いて、私は安心する。
よかった。
彼女達は、対悪魔における重要な存在だ。
今後も、情報的にも能力的にも、協力を仰ぐことが増えるかもしれない。
「では、次の問題ですが……この王都の現状に関しての事です」
司会を務めている大臣さんに促され、続いての人が立ち上がる。
「はっきり言って、状況は最悪です。市街の崩壊、人的被害、その復旧や治療にはまだまだ時間がかかりそうです。市民達の間では不安が募っており、泥棒や犯罪も増加。食料や生活必需品が盗難や高値で転売が行われています。主に、暗黒街の住人達が動いているようで……」
「………」
やっぱり、そうなっちゃってるか。
二次災害はどうしても起こる。
不安やパニックが募れば、無理もないことだ。
「何より……1ヶ月後にこの王都で開かれる予定の、同盟国を交えての国交会議に関してですが……」
「そう、その件で今日、適正者を一人呼んだ」
その時、玉座の上からグロウガ王が声を発した。
皆が、そちらの方を見る。
「国交会議は、同盟国同士の内情や、他国に関する情報を交換する重要な会議であると同時に、諸外国に対する牽制の役割も持つ。定例通り、この王都で開催しなければならない」
「しかし……」
皆が表情を曇らせている。
国交会議? そんなのがあるんだ。
でも、この惨状に見舞われた王都に他国からの使者なんて招いたら……。
「グロウガ王国は、悪魔に襲われ国力が低下している……そう他国に知れ渡るだろう」
まるで私の思考を読むかのように、グロウガ王が言った。
「延期、開催国の変更……いえ、せめて王都ではなく国内の別の場所に会議の場を移しては……」
「王都が破壊の限りを尽くされた事実など、国内に潜んでいる内通者、スパイを通してどちらにしろ早々にバレる。重要なのは、〝此度の被害に見舞われても、グロウガは揺らいでいない〟という事実を突きつけることだ」
そのために必要なのは、迅速な復興活動――。
言って、グロウガ王は私の方に顔を向けた。
相変わらず、表情は見えないけど。
「ホンダ・マコ」
名前を呼ばれた。
「其方の今回の戦いにおける戦績を含め、数々の功績を評価して、一つ頼みたいことがある」
……ん?
なんだか、雲行きが……。
「其方に、この王都復興の最高管理者に就いてもらいたい」
……へ?




