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■32 みんなに心配されてしまいました


 ――ベルゼバブ率いる悪魔の軍勢との戦いが終わった。

 まるで私達人間の勝利を祝福するかのように、それまで暗雲が立ち込めていた空が晴れ始める。

 日光が差し、橙色に染め上げられる大地。

 夕日だ。

 そうか、もう夕方だったんだ。


「ふぅ……」

「お疲れ様、マコ」


 イクサに抱きかかえられた状態で、私達は地上へとゆっくり着地する。

 彼の操る風の魔法のおかげだ。


「マコ」


 そこに、ガライが駆け寄って来た。

 ガライは先の悪魔との戦いで全力を尽くしてしまっていたので、待機をお願いしてあったのだ。

 仕方がないけど、ガライが全ての力を出さなければ勝てない相手だったのなら、かなり強力な悪魔だったということだろうし、それをいち早く撃破してくれたのだから、彼も十分、今回の勝利の立役者の一人だ。

 いや、ガライだけじゃない。


「お疲れ様、ガライ。イクサも……あたた」

「大丈夫なのか?」


 イクサに下ろしてもらった私は、地面に足をつくと同時に疼痛を覚えてよろめいてしまった。

 ベルゼバブに二度も殴られたので、そのダメージが蓄積しているのだ。

 まぁでも、木々や家々を簡単に粉砕する悪魔の攻撃を受けて、この程度のダメージで済んでいるのは、不幸中の幸いなのかな。


『姉御ーーー!』


 瓦礫の山を飛び交いながら、エンティアがこちらに駆けて来る。

 うん……みんな無事でよかった。


「マコ様!」


 すぐ近くにいたソルマリアさんが、私の姿を見て立ち上がる。

 彼女の横には、ふらふらと起き上がる巨大な《黒狼》――クロちゃんの姿があった。


「クロちゃん! よかった!」


 ベルゼバブの爆撃の余波で体に負った傷も、どうやらソルマリアさんの《治癒》で無事治ったようだ。

 私は自分の体の事も忘れ、クロちゃんに駆け寄る。


『うう……俺のことを心配してくれてたのか、マコ』

『なんだ、生きていたのか。相変わらずしぶといな、クロもじゃ』

『黙れ、白もじゃ』

『やったー! ボスが助かったぜー!』

『『『『『わーい!』』』』』


 憎まれ口を叩くエンティアの一方、《黒狼》達は復活したクロちゃんの姿を見て喜びを露わにはしゃぎ出す。


『敵も全滅だぁ!』

『町中を走り回って人間達に報告してくるんだぜ!』

『教会の方にも行くぜ!』


 ハイテンションの《黒狼》達は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら四方八方に散らばっていく。

 彼等の言葉は普通の人達には聞こえないけど、でも、きっと歓喜の雰囲気は伝わるだろうし、大丈夫だろう。


「ふぅ……さてと」


 そこで私は、改めて周囲を見渡す。

 崩壊し、荒地と化した風景の中、地面を埋め尽くしている瓦礫が崩れ、その下から騎士達が立ち上がり始めている。

 他にも物陰に隠れていた人達も姿を現し始めた。


「勝った……」

「今度こそ、勝った、のか?」


 彼等は半信半疑の様子で空を見上げている。


「ああ、一応はな」


 そこで、そんな騎士さん達に、ミストガンさんがやって来て言った。


「だが、油断するなよ。まだどこかに残党がいる可能性も……」

「「「「「……う、うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 瞬間、弾けるように歓喜の声が上げる。

 今度こそ、危機は去った。

 その事実に、彼等は勝利の雄叫びを上げ、互いに抱き合っていた。


「こ、これは……」


 そして、気付く。

 悪魔による攻撃が止み、状況を確認しに来たのだろう。

 騎士の皆さんの騒ぎを聞きつけ、その場に色んな人達が集まり出してきていた。


「この様子……」

「おお、勝ったのか……」


 一般市民も貴族も混ざった、王都に住む人々。

 そして、その中に混じり、見覚えのある姿や格好の人が何人かいる。

 王城の臣下の人達。

 聖教会の関係者。

 魔術学院の教師達……あ、前に挨拶をした理事長もいる。


「一体、誰が悪魔を討ち払ったのだ!」


 そこで、王城の臣下の一人が声を上げた。


「此度の戦いの詳しい経緯を……勝利の立役者の名を知りたい!」

「そんなものは決まっている!」


 そこで、声を張り上げたのは王国騎士団の紋章の入った制服を着た、壮年の男性だった。

 おそらく、騎士団の重役の人なのだろう。


「我が王国騎士団が輩出した稀代の逸材、ロベルト・ミストガンの活躍があったからこそだ!」


 その人は高々と言い放った。


「彼はかつて王宮騎士団長にまで上り詰めた、正に現代の騎士の鏡! 頂点に居続けていては自身の可能性を追求できぬと、自らその地位を蹴って冒険者へと身を落とした、正に剣の哲人! 古巣である我等王国騎士団も実に鼻が高い!」


 わー、凄く調子の良いこと言ってる。

 ミストガンさんも呆れ顔になってるよ。

 前にミストガンさん、騎士団の上層部はミストガンさんの事を良く思ってないって言ってたもんね。


「更に、かつて『ステルベル村壊滅事件』の主犯として、重罪を犯し投獄されていたリベエラ・ラビエル! この者に執行猶予を与え、罪滅ぼしのための活動を行うよう判断したのも我等王国騎士団! 此度の悪魔の進軍も、この二名の働きがあったからこそ勝利を収められたようなもの! そうであろう!」


 騎士団幹部の人の大層な物言いに、リベエラも「はーやれやれ」といった感じで肩を竦めている。

 この機に、自分達の手柄だとはっきり喧伝しておきたいんだろう。


「何を言う! それなら、我が校の講師であるオズ女史の存在も無視はできないはずだ!」


 そこで、魔術学院の理事長が、「見よ!」と巨大なゴーレムの方を指さす。


「あれだけ強大なゴーレムを生み出すなど、黎明の魔女の一族である彼女だからこそできたことだ! 悪魔軍を討ち払いし英雄は、我等がオズ女史――」

「悪魔の攻撃からこの町を守ったのは誰か! そう!《聖母》ソルマリア様の《聖域》である!」


 おっと、今度は聖教会の人達が騒ぎ始めたよ。


「更に《治癒》の力で多くの怪我人をお救い為された! その美しいまでの神聖なる存在感こそ、この悪魔の襲撃という恐怖に絶望していた民を救った希望そのものである!」


 各組織が、自分達に所縁のあるSランク冒険者を名指しし、自分達の手柄のように主張し始めた。


「ま、待って! 待ってください! そもそも、この方達は我等冒険者ギルドに所属する冒険者の方々ですよ! 悪魔に怯えてガタガタ無様に震えていただけの無能共が、何を自分達の手柄のように語っているのですか!」


 更に、冒険者ギルドの幹部のウォスローさんまで現れた。

 相変わらず口が悪いなぁ。

 悪魔の脅威が去った途端、今度は利権争いでもするかのように口論を始める人間達。

 図々しい……というか、まぁ、良く言えば逞しい人達だ。


「ふん、醜いわね」


 と、そこで、私の元にワルカさんがやって来た。

 言い争う各組織の様子を、軽蔑的な目で見据えながら。


「あ、ワルカさん」

『僕も一緒だよぉ』


 彼女の体から瘴気が滲み出て、アスモデウスが現れる。

 あの観光都市バイゼルで猛威を振るった存在が、ここに復活を果たした。

 必然、イクサや皆が警戒心を高めたのがわかった。


「ありがとう、ワルカさん、アスモデウス」


 そんな中、私は二人に言う。


「あの悪魔を倒すのに、手助けをしてくれたんでしょ?」

『知ってたのかぁい?』


 一瞬だけだったけど、ベルゼバブをルッカループが攻撃した際。

 その体に、あの〝紋章〟が浮かんでいたのが見えたのだ。


『ところで、いいのかぁい? そんな呑気に構えていて』

「ん?」

「力を取り戻した私達を、こうして野放しの状態にして、随分と余裕ね?」


 ワルカさんが言うが、私は首を振るう。


「大丈夫、力を封じる、ソルマリアさんの聖魔法が掛けられてるんでしょ?」

「ええ、この悪魔には、しっかりわたくしが首輪をつけております」


 横で、ソルマリアさんが言う。


「ワルカさんだって、重傷を負ってるし。それに、本当に逃げる気なら、こうしてわざわざ私達の前に顔を出さず、とっとと逃げてるはずだしね」

『くっくっ、ほらね、ワルカ。彼女の方が一枚上手だぁ』


 笑うアスモデウスと、眉間に皺を寄せ嘆息するワルカさん。

 そこで――だった。


「おい、マコッ!」


 それまで、騎士さんや町の人達に囲まれて称賛の声を浴びていたヴァルタイルや、彼をはじめとしてSランク冒険者達が、私の方に駆け寄ってきた。


「ま、まままま、マコ様! だだだ、大丈夫ですか!?」

「ボロボロですわ!」

「あ、オルキデアさん、来てくれてたんだ」


 オズ先生とオルキデアさんが、ベルゼバブにダメージを負わされた私の姿を見て、慌てた様子になっている。


「うわー、いたそー」

「いや、あの悪魔に真っ向から突っ込んでいってこの程度で済んだのはまだ幸いだったかもな」


 そこに、ミストガンさんとリベエラが。


「マコ殿、ご無事で何よりだ」

「無茶するよね、ほんと」


 スアロさんとミナト君が。


「……早急に治療をした方が良いのでは?」

「しかし、悪魔相手に接近戦を試みるなんて、流石の胆力だな、マコ」


 ルナトさんにカイロンも。

 寄ってくる人達を押しのけて、私を心配しに来てくれた。

 ありがたい限りだ。


「おい、マコ! とっとと戻るぞ!」


 そこで、ヴァルタイルが翼を展開しながら吠える。


「え? 戻る?」

「聖教会だ! ミミ達や、お前の仲間のガキどもが無事か心配だろ!」


 そう言って、私の腕を掴むヴァルタイル。


「行くぞ!」


 強引に、私をつれて飛翔しようとする。

 いやいや、確かに心配だけど、性急だなぁ、ヴァルタイルは。


「待って待って、ヴァルタイル。行くならみんなで――」


 と、そこでだった。


「レードラーク王子!?」


 後方で驚きの声が上がった。

 振り返ると、そこにレードラークが立っていた。

 現第二位王位継承権所有者の登場に、皆が騒然としている。


「あ、レードラーク王子」

「………」


 無言で立つレードラークに、私は駆け寄る。

 先程の攻防で、ベルゼバブの最後の悪足掻きから私を助けてくれたのが、彼だった。

 そのお礼を、ちゃんと言っておかないと。


「さっきは、ありがとうございました」

「………」


 それに対し、レードラークは無言を返す。

 いや……口には出さないけど、彼もズタボロの格好になっている私を心配してくれているようだ。

 なんとなく、視線や所作――雰囲気で、それが伝わった。


「大丈夫ですよ、レードラーク王子。ご心配なく」

「……そうか」


 私が言うと、レードラークは安堵したように小さく呟いた。

 改めて、私は皆を振り返る。


「みんなも、私の作戦に乗ってくれて、一緒に戦ってくれてありがとう。皆がいたから、あの悪魔に勝つことができたよ」


 そこで、一拍置いて。


「でも、まだ終わりじゃないよ。怪我人や逃げ遅れた人の救出と治療。他にも、王都の土地そのものに深刻なダメージが刻まれちゃった。悪魔の残党だって、もしかしたらそこらへんに潜んでいるかもしれない」


 そう、これからも大変。

 ここからが、人間にとっての勝負の時間だ。

 私が言うと、皆も当然わかっていたのだろう――深く頷いて返してくれた。


「よし、お待たせ、ヴァルタイル。じゃあ、聖教会に向かおうか」

「チッ……わざわざ時間取って気ぃ引き締め直すまでもねぇよ。悪魔なんざ、見付け次第即行で消し屑にしてやる。オラ、行くぞ」

「うん、頼もしいね――」


 おっと。

 そこで、私は頭がふらつき、思わずよろけてしまった。


「っと、大丈夫かい? マコ」

「……動くのが辛いなら、俺が背負おう」


 すかさず、イクサとガライが支えてくれた。

 ありがたいけど……ガライにおんぶされながら人前を歩くのは、ちょっと恥ずかしいかな……。


「やはりあの女性……ただ者ではないな……」

「Sランク冒険者達も、皆彼女を中心としているようだ……」

「しかも、王子達にまで気に入られているとは……」

「……彼女を取り込むのではなく、彼女に従う方がいいのかもしれない」


 私達の様子を遠巻きに見ていた色んな組織の重役の人達の間から、そんな会話が聞こえてくる。

 うーむ……こっち方面も、また面倒臭いことになりそうな雰囲気……。


「「マコ!」」


 そこで、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。

 マウルとメアラだ。

 よかった、二人とも無事で。


『コラー! 姉御、生きてて安心したぞ、コラー!』

『『『『『こりゃー!』』』』』


 更に、その後ろからウリ坊とイノシシ君達も。


「おとうさーん!」

「マコー!」

「わーん! 怖かったー!」

「お姉ちゃん! マコ様! 皆様ご無事でよかったですー!」


 ミミ、メメ、モモの三つ子と、フレッサちゃん。

 ラム、バゴズ、ウーガの姿も見える。


「なんだ、みんな向こうから急いで来てくれたよ」


 まぁ、何はともあれ。

 今はとりあえず、この平和な風景が戻って来てくれたことに、一安心だ。



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