■31 最後の鬩ぎ合いです
「う、ああ」
ベルゼバブとマコ達が熾烈な戦いを繰り広げている一方――オズの操るゴーレムと、ルッカループの同化した漆黒の巨人もせめぎ合いの最中にあった。
殴り合いとなってもどちらも引かない。
先刻から巻き起こされる、ベルゼバブの起こす爆発の余波を受けてはいるが、ゴーレムも巨人もその損傷はすぐさま土で再生される。
性能は、ほぼ互角――のように見えたが。
『……だが、私のパワーの方が、少しだけ上のようですね』
巨人の両手が、ゴーレムの両手に合わせられ、互いに握り合う――いわゆる『手四つ』の姿勢になると、徐々にゴーレムの方が押し倒されそうになる。
オズも懸命に魔力を練り上げ、ゴーレムを動かそうとするが――単純な膂力は相手の方が強い。
力負けしたゴーレムの体の節々、腕や腰等、負荷の掛かった部分に亀裂が走り、土造りの体が崩壊を始める。
どうすれば――。
『このままへし折って……なに!?』
そこで、ルッカループは驚愕する。
ゴーレムの体の崩壊が、そこで止まったのだ。
更に、徐々に、徐々にではあるが、巨人の体が押し返されつつある。
「え、え?」
その事態は、オズにとっても想定外の事だった。
自分がやっているのは、ゴーレムの肉体の構築が崩れないように魔力を練り上げているだけ。
一体、何が起こった――?
「オズ様! まだ諦めてはいけませんわ!」
そこで気付く。
オズの後ろに、一人の女性がいた。
見目麗しい美人。
頭部には、本物の花が咲いている。
「あ、あなたは……だ、誰ですか?」
「わたくしはマコ様の仲間――《アルラウネ》のオルキデアと申します、はじめましてですわ!」
彼女の体からは魔力の燐光が瞬き、その光は地面に吸い込まれて行っている。
「オズ様の事は、マコ様からお話を伺っております! 微力な助太刀ながら、わたくしの力で地中から植物の根を伸ばし、あのゴーレム様の体内を走らせ支えさせていただいております!」
先刻、ベルゼバブの巻き起こした、王都の五分の一ほどを荒地へと変えた爆発。
あの爆発の影響は、聖教会総本山にまで及んでいた。
建物の一部は崩落し、人々もパニックに陥っている。
しかし、運よく死者や怪我人は出ていない。
この局面を一層の危機と考え、オルキデアは自分も助太刀に向かうべきと考えた。
そして、あらかじめマコから預かっていた《液肥》を片手に、聖教会に来ていた《黒狼》に頼み、ここまで案内してもらったのだ。
「力を合わせ! 一気に押しましょう!」
「あ、あは、はい!」
――なんて気骨のある女性なのだろう。
――マコ様の周囲には、こんな格好良い人ばかりなのか――と考えていたオズも、そこで気合を入れて、ゴーレムを稼働させる。
土塊のゴーレムに、植物の根という柔軟で丈夫な骨が通り、その肉体の強度は一気に向上した。
ルッカループの巨人を押し返し、更に、逆に押し倒す。
先程とは、真逆の体勢だ。
「うりゃあああああああ!」
「う、うう、う、うぉおお!」
そして、背中から地面に倒れた相手の巨人に、ゴーレムの巨腕が叩き込まれる。
漆黒に染まった土の体が粉砕され、空に舞った。
「や、やりました! たた、倒しましたよ!」
「このまま押さえ付けましょう! 相手が巨人の構築を諦めるまで、破壊を――」
そこで、オズも、オルキデアも気付く。
横たわった土の巨人の体が、動こうとしないことを。
ぐずぐずと、その全身が崩れ、ただの土に戻っていっていることを。
「これは……」
「こ、この土人形は、中に入って操縦する悪魔がいたんです……」
突然の事態に、呆然とするオルキデアへと、オズが言う。
「中で人形を操縦していた悪魔が、もうここにいないのかも……」
※ ※ ※ ※ ※
「ぐ、ぉぉ、おおお!」
ベルゼバブの眼前に、地表が近付いてきている。
馬鹿な、ありえない、この自分が、大地に足を付けるだと?
汚らわしい下等生物達同様、地面に立つなど、許される事ではない。
空こそが自分の領域、自分が立つ頂点。
しかも……連中の小賢しい抵抗に押され、力尽くで叩き落されるなど、そんな屈辱――あっていいはずがない!
「来い! 蟲共! 吾輩の眷属共!」
しかし、まだ問題ではない。
ベルゼバブは、自身の周囲に虫を集める。
ベルゼバブには、あらゆる虫を支配し隷属させる力がある。
この夥しい数の虫達を集結させ、自身を守るように極厚の防壁とする。
先程、あの燃える羽で飛んでいた男を包み込んだ時と同様に――しかし、今度は防御の目的で。
そうすれば……。
「ベルゼバブ様!」
すぐ間近――後方から聞こえた声に、ベルゼバブは驚いて振り向く。
落下途中のベルゼバブに向かって、飛んでくる者が見えた。
ルッカループだ。
主である魔皇帝アスモデウスを一部の仲間達と共に裏切り、自分の配下に下った悪魔。
地上から敵の殲滅に向かったはずが、どうやら、危機に陥ったベルゼバブを発見し、助けにきたようだ。
(……くっ)
しかし、なんだ、先程の自分の反応は。
後ろから聞こえた声に、慌てて振り返るなど。
恐怖しているのか?
(……この吾輩が、びくびくと怯えているだと?)
苛立ちが頭まで昇り、ベルゼバブは意味もなく叫ぶ。
「ルッカループ! 貴様、何を勝手に戻って来て――」
振り返る。
――そのベルゼバブの胸に、ルッカループが自身の手刀を突き立てた。
「―――な」
ベルゼバブの胸を貫く、ルッカループの手刀。
驚愕に染まるベルゼバブの表情。
一方、間近へと迫ったルッカループの顔もまた、呆然としたものだった。
「ベルゼバブ様……何故、私は……」
まるで、自分のしたことが自分でも理解できていないかのように。
ズズズ……と。
そのルッカループの肩から顔にかけて、黒色のおどろおどろしい意匠の〝紋章〟が這い上がってきていた。
※ ※ ※ ※ ※
『奇襲成功……と言ったところかなぁ?』
地上。
積み上がった瓦礫の影から顔を出し、上空の様子を見るのは――囚人服姿のワルカ。
そして、今の彼女の体には、どす黒い瘴気が纏わり付いている。
その瘴気の一部が人の形を作り、姿を象っているのはアスモデウス。
そう――この戦闘の最中、ワルカはアスモデウスと再会し、融合を果たしていた。
無論、アスモデウスはソルマリア等に『聖魔法』の拘束具を掛けられており、ワルカは肩を負傷しているため、そこまで自由の身というわけではない。
「これで、私はあの女に対する借りは返した。そしてアスモデウス、あんたも復讐は果たした……ってところかしら?」
ワルカは呟く。
経緯はこうだ。
アスモデウスは、ルッカループに最初に襲われた際、人知れず密かに、彼に〝印〟をつけておいた。
〝印〟は、アスモデウスの力で他人を強制的に操作するための、言わば呪印だ。
しかし、弱体化した今のアスモデウスの力では、〝印〟はつけられても支配も洗脳も操作もできない。
逆に、あまりにも弱い力だからこそ、ルッカループも気付かなかったのだろうが。
しかし、アスモデウスが本来の宿主であるワルカと融合したことで、少なからず以前の力を取り戻すことができた。
観光都市にいた頃には及ばずとも、ルッカループ一人くらいを遠隔から操れる程度の力は、ある。
そして今、それを使い、ベルゼバブもルッカループも、共に陥れることに成功したのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「貴様ァッ!」
ベルゼバブの判断は早かった――いや、短絡的だったとも言える。
瞬間、彼の腕が横薙ぎに振るわれ、目前のルッカループの頭を掻き切った。
ルッカループは、自分の身に何が起こったのか、釈明も言い訳もする余地もなく、新たな主の手によって一瞬で塵芥へと変換されていた。
そして――混乱と怒りで頭に血が上りきり、正確な判断力が働かなくなった彼の背後に――。
「これで、終わりだよ」
――エンティアの背中に乗り、跳躍してきたマコが、《殺虫剤》を振りかけた。
※ ※ ※ ※ ※
シュッと一吹き――では遅い。
私は、スキル《殺虫》により生成された《殺虫剤》――そのミストスプレー式の容器の頭を取り、中の液体をそのまま直で振りかけた。
「!!!」
宙を舞った殺虫液が、老年の悪魔――ルッカループが、ベルゼバブと呼んでいた――の頭にバシャッとかかる。
瞬間、まるで破裂したかのように、殺虫液の掛かった箇所が白いチリとなって弾け飛んでいく。
「ぐぅあああああああああ!」
ブスブスと、溶けるように崩れ落ちていくベルゼバブの体。
『よし! あの世から見ているか、黒饅頭! 貴様の仇は討ったぞ!』
足の下で、エンティアが吠える。
うん、クロちゃんはまだ死んでないからね。
「きざあああ、まぁぁああああああああ!」
そこで、半分になった頭部でベルゼバブが叫ぶと、私に向かって拳を放ってきた。
咄嗟に〝単管パイプ〟を錬成したが、ベルゼバブの腕は鋼鉄のパイプも容易くひしゃげさせ、そのまま私の体に着弾する。
「あ、ぐぅっ!」
体の中で、ミシッと音がした。
衝撃を受け、私の肉体はエンティアの上から吹っ飛ばされる。
『姉御!』
「逃がず、かぁああ!」
ベルゼバブはエンティアを無視し、崩壊しかけの羽をはためかせ、一直線に私に向かって飛んでくる。
ダメージも重なり、空中で身動きができない。
「う……」
「大丈夫だよ」
その時、吹っ飛ばされていた私の体が、ふわりと風で浮き上がり、誰かに抱きかかえられた。
イクサだった。
彼の顔が、すぐ間近にある。
観光都市の時にも見た、彼の魔法。
風を操る魔法を使ってここまで飛んできて、なおかつ私を減速させ、キャッチしたようだ。
「お疲れ、マコ。後は僕がやる」
イクサは前へと手を伸ばす。
すると、こちらに向かって突っ込んでくるベルゼバブが、空中で何かに激突したかのように動きを止めた。
「がぁっ!?」
ベルゼバブの体を包み込む、正方形の光が見える。
「《結界》で奴の体を閉じ込めた。完全に崩壊するまで、外には出さない」
グッと拳を握り、力を籠めるイクサ。
《結界》の中で暴れ回るベルゼバブは、それこそ虫籠の中に閉じ込められた蝿のようだ。
「ご、あ――」
やがて――ベルゼバブの体は限界に達したのか、破裂。
《結界》の中で崩壊し、白いチリとなって崩れ落ちた。
「……終わった」
「ま、だ、だ」
その時、《結界》の中で消失していくベルゼバブの頭部が、囁く程度の声を漏らした。
「きさ、ま、だけは……」
「……っ!」
そこで、私は気付く。
頭上、すぐそこにまで、目が真っ赤に染まったイナゴが数匹、迫って来ている。
ベルゼバブが最後の力を振り絞り、支配下に置いていた虫を私にぶつけようと飛ばしてきたのだ。
怖! 仮●ライダーゼロワンのメタルクラスタホッパーを思い出す!
「イクサ!」
私はイクサに叫ぶが、もう遅い。
距離が、近過ぎる――。
――その時、幾つかの光の線が空を走り、すぐそこにまで迫って来ていた虫達を貫いた。
「え?」
そのレーザーに貫かれた瞬間、虫達は起爆――爆風と爆熱は受けたけど、直撃は避けられた。
「レードラークのようだね」
私を抱きかかえたまま、遠く王城の方を見て、イクサが言う。
「どうやら、君を守ってくれたようだ」
「……レードラーク王子が?」
パチンと、イクサが指を鳴らす。
《結界》が解除され、完全にチリと化したベルゼバブが舞い散り――消滅する。
「……終わった、のかな?」
「ああ」
イクサが言うと、私は深く安堵の溜息を漏らした。
王都を襲った未曽有の大災害――悪魔の襲撃。
私達は、その首魁、ベルゼバブを倒すことに成功した。




