■30《蟲の王》vs11人のSランク冒険者です
『わーん、ボスー!』
『『『『『ボスーーーー!』』』』』
心配の声を上げる《黒狼》達に囲まれた中で、ソルマリアさんが負傷したクロちゃんの《治癒》を行っていく。
その間、私と、その場に集合した仲間達は空を見上げていた。
上空に君臨する、今は豆粒ほどの姿しか見えないけど――おそらく、敵方の首領と思われる悪魔の存在を。
「オズ先生……あの悪魔を、引きずりおろせますか?」
まずは、遠く空の上に滞空している敵を射程距離にまで近付けさせないといけない。
今この場にいるメンバーでそれができそうなのは、飛行能力を持つヴァルタイルに、強靭な跳躍力を持つルナトさん――そして、以前、土から巨大なゴーレムを作り操ることができるという話を聞いていた、オズ先生だ。
オズ先生のゴーレムが、強力な悪魔を倒すのに一役買ってくれたという話も、先程ガライから聞いた。
「や、やや、やってみます」
私が問うと、オズ先生は早速その場に両手を置く。
瞬間、私達の目の前の地面が隆起し、まるで山が生えて来るかのように大きく空に向かって伸びていく。
土が、巨大な人の形を作っていく――凄い、まるでウ●トラマンみたいだ。
「……ん?」
その時、上空を警戒していたカイロンが声を漏らした。
「マコ、何かが来るぞ?」
見ると、あの悪魔の横にいた、もう一つの人影が地上に向かって落ちてきている。
「あれは……」
落下してくるにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。
あれは――聖教会で先刻遭った、アスモデウスを暗殺しようとしていた悪魔。
名前は確か、ルッカループ。
そう思う間に、ルッカループは地上に着地……いや、違う、そのまま地面に沈んだ。
ダイバーが着水した時のように、潜ったのだ。
そして次の瞬間、地面が大きく揺れた。
オズ先生のゴーレムが発生した時と同じように、ルッカループが着水した場所を中心に地面が隆起し――そして、大地が黒く染まっていく。
「こいつは……おいおい、怪獣大戦争か?」
ミストガンさんが、皮肉げに笑う。
オズさんのゴーレムとほぼ同じ大きさの、同様の土で出来上がった巨人が発生したのだ。
その全身は、漆黒に染まった土で出来上がっており――頭部に生えた角のデザインから、正に巨大な魔神という感じだ(但し、翼は生えていない)。
「きっと、あの悪魔の能力だよ」
目前の事態にも慌てず、私は言う。
というのも、この事は既にアスモデウスから情報として聞いていたからだ。
アスモデウスを暗殺しようとした悪魔――かつてのアスモデウスの腹心、ルッカループ。
アスモデウスによると、彼は《潜行の悪魔》という種族らしい。
物質に潜り込む能力を持っており、その力で壁などを通過したり、内側から影響を与えて操ったりできるそうだ。
あの巨人も、ルッカループが中に入って操縦している巨大な土人形だ。
おそらく、こちらがゴーレムを生み出すのを見て、それに対抗しようとしているのだろう。
「オズ先生、作戦変更! あれの相手をお願い!」
「が、ががが、頑張ります!」
ルッカループの操縦する巨人と、オズ先生の操るゴーレムが、中空で拳をぶつけ合わせる。
その衝撃で、地上の瓦礫が舞い上がり、空気が震撼した。
※ ※ ※ ※ ※
「……ふんっ」
地上で開始したルッカループとオズの戦いを見下ろし、ベルゼバブは短く鼻を鳴らす。
先程の爆撃で生き残った人間がいたことに、少なからず不快感が募っているようだ。
その時――。
「テメェがさっき無茶苦茶やりやがった野郎か、コラ」
地上数十メートルの高さを飛空するベルゼバブの横から、声。
背中から炎の両翼を展開したヴァルタイルが、殺気を露わにそこにいた。
「チリ一つ残さずぶち燃く」
ヴァルタイルの腕から生まれた炎の渦が、振るわれた拳の勢いのまま、ベルゼバブへと直線状に向かう。
「ふっ」
ちょうどその時、地上ではスアロが刀を抜いていた。
彼女の放つ高速の居合い抜きが、魔道具の刀の力により、飛ぶ斬撃となって上空へと放たれる。
空から炎、地上から斬撃――二つの遠距離攻撃が同時にベルゼバブを襲う。
「……下らん」
しかし、瞬間、ベルゼバブの周囲を覆うように、何千何万もの虫の群れが現れる。
それらが壁となり、斬撃や炎を遮った。
「チィッ!」
更に虫は、ヴァルタイルや地上へも群れとなって襲い掛かる。
圧倒的な数の上、触れれば即起爆の爆弾の嵐。
ヴァルタイルは火炎を巻き散らし、火の粉で虫を払う。
地上では、皆ができるだけ距離を取って虫の対処に追われる形となっていた。
「全員、僕の周りに集まれ!」
イクサが叫ぶ。
「《結界》を張って防御する! 範囲を狭めて、できるだけ壁を厚くすれば――」
「遅いわ、間抜け」
しかし、ベルゼバブの方が一手早かった。
上空から見ればよくわかる。
既に、地上に飛ばした虫の群れは、イクサや皆を中心に、巨大で濃厚な円となるように形を作っていた。
つまり、今この状況で爆発が起きれば、他の途轍もない数の虫達も連鎖爆発を起こし――。
「消えろ」
――地上で、巨大な爆炎が上がった。
一帯の風景が、一瞬白く染まるほどの大爆発。
それは、地上で生き残っていたSランク冒険者達や、イクサやスアロ――皆を囲うようにして起こった。
火柱が空まで立ち上り、一拍遅れて巻き上がった砂塵があたり一面を覆い尽くす。
「ウォオオッ!」
その砂塵は上空のヴァルタイルやベルゼバブの元にまで到達し、視界を真っ黒に染め上げた。
何も見えない――それだけの規模の爆発だったのだから、仕方がない。
地上の連中も、骨の一つすら残らず蒸発したことだろう。
ベルゼバブは背中の羽を仰ぎ、周囲の土煙を鬱陶しそうに払った。
――自身の真横に、〝上〟から何かが落ちてきた。
「――」
この地上から遥か上空で、何故〝上〟から物が落ちてくるなどということがある――。
ベルゼバブは一瞬思考を停止するが、それは単純な事だった。
落ちてきた物の正体は、〝防災シェルター〟。
比較的小型で、人間が二人から三人入る程度のものだ。
地上で起こった爆炎に吹っ飛ばされて、空高く舞い上がって来たのだ。
そして、その〝防災シェルター〟の中には――誰もいない。
空っぽの〝防災シェルター〟が、ベルゼバブの横を通過し、そのまま地上へと落下していく……。
「……っ」
何かの気配を感じ、ベルゼバブは顔を上げる。
――マコが、その手に《殺虫剤》を持って飛んでいた。
咄嗟に錬成した〝防災シェルター〟の中に入り、上空にまで吹っ飛ばされていたマコ。
偶然にもベルゼバブの真上にまで飛んでいた彼女は、近くでその姿を見て、一気に脳を回転させた。
地上ではよく見えなかったが、背中から生えている羽は……以前戦った悪魔、クロロトレスのような、虫……蝿の羽。
ならば――。
「食らえ」
至近距離、落下途中のすれ違いざま、マコのスキル《殺虫》により生成された《殺虫剤》が、ベルゼバブの顔に振りかけられた。
「っ、ちぃっ」
顔へ霧状の何かを噴射されたことにより、ベルゼバブは思わず首を振る。
それにより運良く、マコを仕留めようと、すれ違いざまにベルゼバブが振るった拳の直撃は免れた。
「……うっ!」
しかし、かすった程度でもかなりの衝撃で、マコの体は加速して地上に吹っ飛ばされた。
「……くっ、人間が、一体何を――」
顔に降りかかった、よくわからない液体を拭うベルゼバブ。
そこで、気付く。
拭った手の平が、ボロボロとチリになって崩れていく。
「……なに? ――ぐぉおっ!?」
刹那、尋常ではない吐き気を覚え、ベルゼバブは真っ黒な血を吐いた。
眩暈、頭痛、体が、おかしい。
「なん、だ」
何をされた?
※ ※ ※ ※ ※
「……よし」
上空、苦しみ、慌てふためく悪魔の姿を見て、私は確信する。
《殺虫剤》によるダメージはある。
彼の拳が掠った腹部がじんじん痛むけど、光明が見えたので問題ない。
『姉御!』
落下してくる私を、エンティアが空中で受け止める。
彼の体がモフッとクッションになってくれたおかげで、墜落死は免れた。
「げほっ、げほっ……ありがとう、エンティア」
疼痛の滲む脇腹を押さえながら、私はエンティアの背中から地上へと降りる。
他のみんなも、なんとかイクサの《結界》のおかげで大ダメージは避けられたようだ。
「みんな、お願い」
空の上、自らの身に起こった事態を、まだ把握できていないであろう――あの蝿の悪魔の姿を見る。
「私をもう一度、あの悪魔に近付けさせて。私なら、倒せる」
私のスキル《殺虫》で生み出す《殺虫剤》は、私の手を離れると数秒で消失してしまう。
確実に敵に放つためには、私自身があの悪魔に接近し、至近距離から《殺虫剤》を浴びせるしかない。
※ ※ ※ ※ ※
――王都上空。
「よう」
顔を押さえ、混乱していたベルゼバブの頭上から、声。
虫達の猛襲を突破したヴァルタイルが、片手に火炎を宿して立っていた。
「ぶち消えろッ!」
そのまま火炎を叩き込もうとする――が。
「……五月蠅い、ゴミが」
瞬時、虫の群れがヴァルタイルを覆い尽くすように襲い来る。
「――な」
先刻襲い掛かってきた量よりも遥かに多い虫達が、ヴァルタイルを球体状に包み込み――起爆。
360度を覆い尽くす爆炎に、ヴァルタイルの姿が飲み込まれた。
「……くっ、どうする」
敵は得体の知れない攻撃手段を持っている。
悪魔の自分に、一瞬で甚大なダメージを与える攻撃を。
まさか、クロロトレスもこれで消されたのか?
混乱する思考で、何とか考えるベルゼバブ。
その間に、地上からエンティアが渾身の力で跳躍していた。
「行くぞ、ルナト殿」
「……はい、スアロ様」
エンティアの背中には、居合の剣士――スアロと、《ラビニア》の冒険者――ルナトが乗っている。
「ふっ!」
スアロが剣戟を閃かせる。
飛ばされた斬撃が幾重にも重なり、上空のベルゼバブに襲い掛かる。
「チィッ! 喧しい!」
それを、蝿のように俊敏に飛び回り回避するベルゼバブ。
だが、その間に、既にルナトがエンティアの背中から跳躍していた。
「……ハァッ!」
空中にて、放たれる回し蹴り。
だが、ベルゼバブはその蹴りもすんでのところでギリギリ躱す。
蹴撃を回避されたルナトは、そのまま地上へと落下していく――。
「おい」
――ベルゼバブの頭部が、鷲掴みにされた。
「……な」
地上からの攻撃により、気付かなかった。
爆発に飲み込まれ、炭になったはずのヴァルタイルが、生きていた。
体の各部位が欠損しているが――その傷口が赤く燃えながら、再生している。
ベルゼバブは知らない、この男が、数千年を生きる伝説の幻獣――《不死鳥》であることを。
「テメェも味わいな、ボケ」
半分を失った顔で、ヴァルタイルが吠える。
刹那、彼の掌から起こった爆炎が、ベルゼバブを飲み込んだ。
「ぐ、ぉ」
燃え盛る炎を受け、ベルゼバブは地上へと押し飛ばされる。
「来たぞ! このまま地上まで叩き落とせ!」
「はいよー」
落下してくるベルゼバブを見て、ミストガンが叫ぶ。
同時、リベエラは持ち上げていた巨大な瓦礫を、ベルゼバブに向かって投げた。
「……ふん」
ベルゼバブは空中で身を翻し、襲来した瓦礫を回避――。
「よう」
――瓦礫の上に、カイロンとミナトが乗っていた。
「このまま大人しく、やられちゃってよ」
ミナトの二刀が、ベルゼバブの羽に剣戟を浴びせ。
更に、カイロンの《八卦発勁》を胴体に叩きこまれ、加速度を上げて地上へと落下するベルゼバブ。
「マコ、後は頼んだぞ! おっさんはもうこれ以上体力が保たねぇ!」
更に更に、落下してくるベルゼバブに向かって、エンティアの背に乗って跳んできたミストガンが、刀を構える。
「《宵口》――七連!」
残った力の全てを注ぎ、放たれた七撃同時の刺突が、ベルゼバブの体を襲い、更に落下を加速させる。
「下等、生物、どもがぁッ!」
地上まで、残り十数メートル――。




