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■28 それぞれの戦い、それぞれの決着です


 ――王都、王宮騎士団本部敷地内。

 ミナトの両手に握られた刀が、ベレクシオンに傷を負わせた。


「ぐぅ」


 切断された角。

 これでソナーは使えない。

 加えて、右腕に深手を負った。

 精密な狙撃を可能とする、攻撃の発射台である利き腕をやられたのだ。


(……この人間)


 ベレクシオンにとって最大の武器である、角と利き腕。

 その二つを真っ先に奪われたのは、出会い頭のただの偶然か、ベレクシオンの運が悪かっただけか。

 いや、違う。

 ミナトは事細かに思考して、この二点を真っ先に狙ったわけではない。

 直感だ。

 ミナト・スクナ――彼は、王家剣術指南一族、スクナ一族の末裔の一人。

 しかし、実姉であり、自身を遥かに凌ぐ圧倒的な剣の才能の持ち主として認めていたスアロ・スクナが王都を去った時より、彼の中で何かが変化した。

 自身も姉に近付きたい。

 姉に認められるような存在になりたい。

 しかし、自身の剣の才能など、彼女の足元にも及ばない。

 才能の乏しい自分は、どうすればいいのか――ミナトは考えた。

 ……実際は、才が乏しいと思っているのは本人だけで、彼もまたスクナ一族の麒麟児と称されるだけの剣の才能を持っているのだが……。

 それでも、ミナトはそれだけでは足りないと思った。

 ゆえに、行動を起こした。

 武者修行と称して冒険者稼業に身を落とし、実戦の場に己を置いた。

 試合でも稽古でもない、生きるか死ぬか、稼ぐか散るかの、ただ死力を振り絞るしかない環境。

 ひたすらに高難易度の討伐任務ばかりを選択し、剣の力だけでは到底退けられないような、猛獣、野獣、魔獣、モンスターとの戦いに単身挑み、死と隣り合わせの生活を送った。

 その果てに、彼の中で一種の『野生の勘』のような力が目覚めたのだ。

 類稀なる、観察力、分析力、判断力――を超越した、圧倒的な直観力。

 その結果、ミナトの初手は瞬時にベレクシオンに重傷を負わせるに至った。


(……こいつはやばい)


 迎撃など思慮の外――ベレクシオンは、逃げの一手に全神経を注ぐ。

 残った左手に魔力を集中――至近距離で、ミナトへと銃撃を放つ。


「っ」


 これもまた、ミナトはスレスレの距離で躱す。

 まったく、化け物じみた反射速度だ。

 だが、ベレクシオンの狙いは直撃ではなく、隙を作るための陽動だ。

 瞬時、ベレクシオンは続いて足場に向かって銃撃を乱射する。

 彼女達の足場である建物の屋根が爆破され、粉塵が巻き上がった。


「小癪だね」


 ミナトが呟く。

 目晦ましの煙幕だということは看破しているようだ。

 が、ベレクシオンはその時既に、彼に背を向け、その場から逃亡するために跳躍を――。


「逃がさない」


 ――幾重にも放たれた剣閃により切り裂かれ、粉塵が払われた。


「な、に」


 スアロ・スクナだった。

 牢獄より駆け付け、到着した彼女が神速の〝居合い抜き〟により、巻き上がった粉塵や瓦礫は難なく払い除けられる。


「く」


 咄嗟、ベレクシオンが左腕を振り上げるが――スアロに対しては欠伸が出るほど遅い。

 一刀両断。

 スアロの放った剣劇が、ベレクシオンの体を縦に断ち切る。


「――」


 致命傷を負った彼女の肉体は、白色のチリとなってその場で消え去った。


「あ……姉様」


 現れたスアロに、ミナトが一拍遅れて反応を示す。


「敵は仕留めた」

「……申し訳ありません、逃がすところでした」


 敵を打ち払ったスアロに対し、ミナトはしょんぼりとした顔で言う。


「いや、私が到着するまでよく足止めをしてくれた。よくやった、ミナト」


 そんなミナトに、スアロは言う。


「……えへへ」


 その言葉に、ミナトは素直に喜びを露わにした。




※ ※ ※ ※ ※




 王都、上層区域市街。

 その一帯に、爆発に近い打突音が響き渡っていた。


「はぁっ!」

「ッッ!」


《甲冑と不死身の悪魔》ドルムエルvs《鬼神》ガライ・クィロン――二人の戦いは熾烈を極めていた。

 至近距離での殴り合い。

 一見、チンピラ同士の喧嘩のようだが――当然、実情はそのレベルを遥かに超越している。

 互角に拳をぶつけ合う二人。

 その打撃の余波は、周囲の空気を戦慄かせ、薄いガラスや木片程度なら振動で弾けるほど。

 まるで、爆弾をぶちかまし合いしているような。

 戦車と戦車が、至近距離で互いに砲撃をぶつけ合っているような、そんな戦況だった。


(……おかしい)


 そんな状況の中で、ドルムエルは気付く。

 目前の人間の、あまりにも常軌を逸した耐久性。

 魔界最強の攻撃力と防御力を保持する《甲冑の悪魔》――その血を受け継ぐ自分と同等にどつき合い出来ている時点で、まずおかしい。

 単に頑丈だとか、根性が据わっているだとか、そういう話ではない。


(……この人間は、何らかの方法でこちらの打撃を防御している)


 先刻から、こちらの打撃を打ち込んだ際に、この人間の表皮から打撃を〝打ち返されている〝ような感触がある。

 おそらく――魔法か。

 もしくは、特異体質か、特殊能力か……。

 ……何にしろ、このままやり合っていても状況は変わらない。

 何より――。


「シッ!」


 ガライの拳が、ドルムエルの胸の中心を捉える。

 ドルムエルの体内で、内臓が衝撃で弾け飛ぶ感覚があった。

 今日――何度味わったかもわからない感触。

 この感触が、徐々に強まってきている。


(……この人間の打撃の威力が、増してきている)


 おそらく、ただの筋力だけではない。

 この人間は体内に、打撃力に変換できる何か――おそらく、魔力だろう――を内包していて、それを徐々に使用しながら攻撃を加えてきている。

 乱打戦の最中で、攻撃と防御の配分に苦慮しているため、今のところ会心の一撃は受けていないが――このまま続けば、有利になるのはこいつの方だ。

 このままでは、まずい。


「シュッ!」


 ドルムエルはそこで、攻撃を腕から足に切り替える。

 蹴り――足払いだ。


「ッ!」


 いきなりの変則技に、ガライは難無く足を払われてしまう。

 バランスを崩し、膝を折るガライ。


「隙ありだぁッ!」


 ドルムエルは、無防備になったガライの脳天に全力の拳を叩き込もうとする。

 一撃ではない、何発も。

 防御力強化の力を使われれば、致命傷は与えられないかもしれないが――重傷は負わせられる。

 その綻びから、一気に叩いて全身にヒビを入れる。

 ドルムエルの狙いは、それだ。


「これで終わりに――」


 ドルムエルが拳を振り下ろそうとした――瞬間。

 地面から出現した巨大な手が、ドルムエルの体を握り締めた。


「!」


 土人形――ゴーレム。

 ドルムエルは気付く。

 すぐ間近、黒い三角帽を被った魔女が一人――がくがくと足を震わせながら、大地に両手を置いて魔法を発動している。


「あ、あ、ガライ様、今の内に」


 オズだった。

 倒れたガライに、震える声で彼女は叫ぶ。


「チィッ、しゃら、くせぇ!」


 自身を捕獲するゴーレムの握り拳を、ドルムエルは内側から破壊しようとする。

 しかし、それよりも早く――。


「かたじけない。助かった」


 目前のガライが既に、構えの状態を作っていた。


「――」


 ドルムエルは実感する。

 タメを作るように構えられたガライの右腕から滲み出る、周囲の空間を湾曲させるほどの、圧倒的なエネルギーを。


「お前の攻撃に対する防御で、何割か使ってしまった。残りをすべて注ぎ込むしかない。およそ……六割分だ」

「――オォッ!」


 ドルムエルは両腕を振り上げる。

 自身を拘束するゴーレムの土塊を吹き飛ばす。

 そして、瞬時、眼前のガライに対して一手でも早く攻撃を仕掛けようとした。

 逃げるという思考は無かった。

 それは、これまで圧倒的な力を誇示してきたドルムエルの経験に、逃亡という選択肢がなかったためかもしれない。

 それが敗因――と、貶める必要はない。

 つまりそれだけ、彼は強者だったということだ。

 ガライが、自身に残された力のすべてを懸けるという時点でも、明らかなように――。


 ――一瞬の静寂。

 ――ガライの放った渾身の拳が、ドルムエルの放った腕を叩き折り、そのまま彼の胴体に着弾する。


 かつて、邪竜と化したネロの火炎を掻き消す際には、三割。

 そして今回は、その倍の六割。

 拳撃の余波は、周囲の地面を陥没させ、瓦礫や石榑を吹き飛ばし、オズの体も後方にまで押し飛ばす。


「ご、ぁ」


 そしてその中心で、ドルムエルの体は、体内の全てを蹂躙され、チリになって弾け飛んでいった――。


「ひ、ひぃ……」


 すっ飛ばされていたオズが、よろよろと覚束ない足取りで立ち上がる。

 そして、変形した地形に恐る恐る近寄り、窪みの中を覗き込む。

 後に残されたクレーターの中には、血反吐を吐き捨てるガライのみが残されていた。

 決着である。




※ ※ ※ ※ ※




 ――一方、王都上層区中心――王城近く。


「……おいおい、遂にここまで来ちまったぞ」


 そこに、悪魔の兵隊達が集合していた。

 彼等は、ゲラムエルの率いていた部下とは別の区域から王都に侵攻してきた、ドルムエルの率いていた者達である。

 と言っても、この悪魔達は《不死身の悪魔》でもなければ、《甲冑の悪魔》でもない――魔界に生息する魔族の中でも最も多い、言わば通常の《悪魔族》とでもいうべき存在達である。

 ドルムエルは上層区侵入後、人間の戦力を一極集中させるため一人で街の破壊に向かった。

 一方、先に進軍させられていた彼等は、ここまで騎士やSランク冒険者達に遭遇することなく、城も目前という場所にまで到着した形である。


「ウーサー様が操ってるっつぅドラゴンはどうしたんだ?」

「まだ来てないのか? 先にやっちまうか?」

「ドルムエル様を待たなくてもいいのかよ?」

「別にいいだろう、どうせ全員好き勝手やってるんだ」

「人間相手に真面目に戦争する気なんて、ハナっから無いだろ」

「だな」


 指揮官を失った兵隊達は――そもそも最初から真面目じゃないのもあるが――次々に背中の翼を広げていく。


「手柄は俺達のものだ」


 そして、上昇。

 王都の中心に厳然と聳える王城へと、数十近い悪魔達が飛び掛かっていく。


「おい! 誰が人間の王の首を獲るか、競争か!?」

「当然だろ! 早い者勝ち――」


 その時、王城から何か――〝光の線〟のようなものが、空へと放たれた。


「………あ?」


 光の線が走ったのは一瞬の出来事。

 違和感を覚える程度の瞬間的な事象だった。


 ――その光の線に貫かれていた悪魔達は、自分の胸や頭に穴が空いているのに気付く前に、チリとなって霧散していた。


「なっ!?」


 何が起きた――と思う前に、その悪魔も〝光の線〟に頭を貫かれチリになる。

 まさか、ベレクシオンのような《銃撃の悪魔》に近い能力を持つ者が、城にいる?

 否、今起こっている現象は、それどころの話ではない。

 混乱する悪魔達は、状況を把握する暇すら与えられず、立て続けに屠られていく――。




※ ※ ※ ※ ※




「………」


 王城の頂点、王の間。

 そのバルコニーに、王都の空を眼前に見ながら、レードラークが立っていた。

 レードラーク・ディアボロス・グロウガ。

 グロウガ王族、現在第二王子にして、国内最強の魔法使い。

 熱と水を操る魔法の極致に達した彼の周囲には、今、光の球体がいくつも浮かんでいる。

 煌々と輝く、小型の太陽のような球体達。

 これは、熱の塊――熱球だ。

 瞬間、その球体の一つが、光線(レーザー)となって飛ぶ。

 書いて文字通りの光の速度。

 生物の反射速度の叶わぬ速さで放たれる、高熱の一閃。


「………」


 実は――レードラークは今日のSランク冒険者の会合が終わった後、王城へと戻る前にドラゴンの襲撃を発見。

 悪魔の襲来を察知し、現場へ向かおうとしていた。

 しかし、その途中――エンティアと共に騎士団本部へ向かっている途中のマコに遭遇し、彼女から王城を守るように言われたのだ。


『大半の悪魔達はお城に向かっています! 街中の被害は私達で何とかしますから、レードラーク王子はお城を守ってください! レードラーク王子が、最後の要なんです!』

「………」


 マコの勢いに押され、素直に従ってしまったが……。

 ……彼女は無事だろうか。

 王都の空を飛ぶ悪魔達を、片手間に撃ち抜き一網打尽にしながら――レードラークは街中をきょろきょろと見回し、マコ達の安否を気遣っていた。



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[気になる点] あれ? スアロとミナトって実の姉弟ではなかったのでは? 設定変わったのですか?
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