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■27 悪魔と鬼です


 ――一方その頃、聖教会総本山。


「外は今、どうなっているんだ……」

「ここにいれば安全なのか?」

「祈りは捧げなくてもいいのですか?」


 その巨大で厳かな教会の内部は今、避難してきた王都の人々で犇めいている。

 貴族も商人も、金持ちも一般市民も関係ない。

 様々な人種が受け入れられており、皆が口々に不安を吐露していた。


「傷を負った方々はこちらへ。《治癒》の奇跡を施します」


 聖教会の関係者や動ける者達は、《聖母》ソルマリアの指示で怪我人の治療にあたっている。


「ああ、怖いですわ……」

「一体、何が起こっていますの?」


 いつもアバトクス村名産直営店に来てくれている貴族のお嬢様達が、大広間の隅の方に集まり震えている。

 当然、彼女達も不安なのだろう。

 そこに。


『こりゃ!』

『こりゃこりゃ!』

「あ、ウリ坊ちゃん達ですわ!」


 店から、店舗スタッフと一緒に避難して来ていたウリ坊達がやって来る。

 元気を出すよう、励ましているのだろう。


「ああ、癒されますわ~」

「尊いですわ~」


 と、お嬢様達も心が洗われた様子だ。


「………」


 その様子を、ガライ・クィロンは遠目に見守っていた。

 マコとイクサ達は、ワルカの安否の確認と協力の要請のため騎士団の本部へと向かった。

 ガライは、護衛の意味も含めここに残っている。


「おじさん……」


 そこで、ガライの元に一組の貴族の親子がやって来た。

 と言っても、見知った顔――ブルードラゴ家の親子だ。

 彼等もここに、無事避難してきていたようだ。

 メイプルが、不安そうな顔でガライの足元に駆け寄ってくる。


「この騒ぎは一体……」

「どうやら、悪魔の軍勢が王都に攻め入ってきているようです」


 当主の言葉に、ガライは丁寧に返す。

 メイプルの頭に手を乗せながら。


「問題はありません。現在、マコをはじめ信頼できる人材が各所対処と鎮圧に向かっています」

「まだ外には出られないのか?」


 そこで、また別の貴族達の間から声を上がる。

 教会内に閉じ込められて、文句が出始めたのか――と思ったが、話を聞いてみると少し違うようだ。


「魔術学院に通っている子供達がどうなったのか心配なんだ」

「誰か、救出に向かえないのか?」

「………」


 魔術学院。

 魔法使いを養成するための施設で、貴族や王族に連なる血縁者が多く在籍する施設だ。


「大丈夫です」


 騒ぐ貴族達の元に、ソルマリアが説得に訪れた。


「あ、《聖母》様……」

「魔術学院は、広大な敷地と歴史を持ち、在籍する教員の方々も熟練の魔法使い。きっと、騒動から状況を察知し、適切な行動を起こしてくださっているはずですわ」

「あれ?」


 そこで、近くにいたマウルとメアラが。


「ウリ坊達、ちょっと数が少なくない?」


 そして、貴族のお嬢様達も気付き、声を上げた。


「ウリ坊ちゃん達、いつもより人数が少ないですわね?」

INS(イノシシ)48ですのに……」


 ここまで大わらわの連続だったため、やっと気付いた。

 ウリ坊の数が足りない。


『コラー! そういえば、数が足りないぞ、コラー!』


 一緒に来ていた、イノシシ達も騒ぎ出す。


「………」


 まさか……数匹、店から連れ出し忘れてしまった?

 いや、来る時に数は確認した。

 ならば……ここに来る途中に、いなくなった?


「ガライ……」

「……マウル、メアラ、ここにいろ」


 考えると同時、ガライは動く。


「あ! ガライ!」

「探し出してくる」


 嫌な予感を覚え、ガライは聖教会の入り口へと走り出した。




※ ※ ※ ※ ※




 ――王都上層区、ある区画。

 そこは、《悪魔族》の攻撃による被害に遭い、崩壊した街中である。

 建物は崩れ、瓦礫の山に覆われている。

 現在、その瓦礫を懸命に撤去している影がある。


「よし……もうすぐだ!」

「頑張れ! 頑張れ!」


 魔術学院の制服を着た、まだ幼い生徒達が三人。

 全員、男の子。

 そして彼等の前では、自立したぬいぐるみが瓦礫をせっせとどかしている。

 二足歩行のクマのぬいぐるみ、ライオンのぬいぐるみ、犬のぬいぐるみ。

 彼等の膂力では動かせないような重い石榑も、このぬいぐるみ達の力なら動かすことができる。

 ゴーレムである。

 この三人は、《黎明の魔女》――魔術学院教師のオズの受け持つクラスの生徒であり、先日ゴーレム化の魔法を学んだ者達だ。

 その魔法を使い、ゴーレムを使役して救助活動を行っているのだ。


「大丈夫ですか!?」

「うう……」


 瓦礫の下から、下敷きとなっていた大人の男性が這い出てくる。


「あ、ありがとうございます……」


 傷を負った片腕を押さえながら、男性は礼を言う。

 そして、子供達の身に纏う制服を見て、気付いたのだろう。


「君達はもしかして、魔術学院の……だとすると、貴族や王族に連なる高貴な家系の出身なのでは? まさか、このような形で助け出していただけるとは、感謝します」

「大丈夫です」

「貴族の務めです」


 と、改めて深くお辞儀する男性に、生徒達は答える。


「動けるようになったら、ここから逃げてください」


 言い残し、彼等は次の被害者を救うべく行動を開始する。

 その三人の後を、ゴーレムのぬいぐるみ達がてちてちと追い駆ける。


「ねぇ……」

「え?」


 そこで、三人の中の一人が呟いた。


「お父様やお母様達は、大丈夫かな……」

「………」

「……今はともかく、逃げ遅れてたり怪我をしている人を助けないと」


 不安を吐露した仲間に、もう一人の男子生徒が言い聞かせる。


「貴族としてね」

「それに、オズ先生みたいに」

「……うん」


 三人の生徒は、先日、魔術学院で彼等の教師であるオズと交わした会話を思い出す。

 オズには、憧れている人がいるのだと言っていた。

 それは、先日、助っ人教師として一緒に授業に参加した人物、マコ先生のことらしい。

 彼女はオズと同じSランク冒険者の一人で、この国の各地で起こった数々の事件を、仲間達と力を合わせて解決してきたのだという。

 苦しめられていた多くの人々を助けたのだと。

 自分も彼女のように、いざという時には皆を護れるヒーローになりたいと、そうオズは語っていた。

 そして今日巻き起こった、この大騒動。

 冒険者の集会に参加する用があるということで、オズは学院に来ていなかった。

 でも、わかる。

 きっと今、先生は冒険者としてこの王都のどこかで戦っているはずだ。

 彼等も、そんなオズを見習い、緊急事態に混乱中の学院から抜け出して救助活動に来たのだった。


「よし、次は……」


 先頭に立つ男子生徒の手の中に、木彫りのイノシシがいる。

 これは先日、マコが持ってきた木彫りで、ゴーレム化した際に何故か鳴き声をあげていたゴーレムである。

 そして今も、木彫りのイノシシは手の平の上できょろきょろと左右を見回し、何かに気付くと『コラー!』と鳴き声を発する。

 何故鳴くのか? その原理が不明だったこのイノシシのゴーレムだが、どうやら〝におい〟で人間の居場所を嗅ぎ分る力があるようだ。


「こっちだ!」


 木彫りのイノシシの声を頼りに、瓦礫の山に向かう。

 そこに、下敷きになって動けなくなっている女性を発見した。


「え?」


 ちょうど、その時だった。


『こりゃー!』

『こっちの方から聞こえた、こりゃー!』


 彼等の前に、小さなイノシシ――ウリ坊が10匹ほどやって来た。


『こりゃ?』

『こりゃりゃ? 声が聞こえたと思ったけど……』


 このウリ坊達は、エンティアの引く荷車に乗って上層区を避難している最中、どこかからか聞こえてきた仲間の鳴き声に反応し、荷車から飛び降りた子達だ。

 ウリ坊達は、少年の掌の上の木彫りのイノシシを不思議そうに、おめめをパチクリさせながら見ている。


『仲間じゃないの、こりゃー?』

『こりゃこりゃ?』

「い、イノシシ?」


 生徒達も、いきなり現れたウリ坊達にびっくりしている。


「わわ、本物のイノシシだ!」

「もしかして、仲間だと思って呼び寄せちゃったのかな?」

「と、とりあえず、今は救助の方が先だ!」


 生徒達はぬいぐるみのゴーレムを呼び寄せ、女性の上に乗った瓦礫をどかそうとする。


『な、なんだかわからないけど、この人動けないみたい、こりゃー』

『僕達も助けるぞ、こりゃー!』

『こりゃこりゃ!』


 それを見ていたウリ坊達も、急遽、組体操を作って瓦礫を動かそうとする。


『『『『『こりゃーーー!』』』』』


 ぬいぐるみの力と、ウリ坊達の力が合わさり、瓦礫を転がしてどかすことができた。

 救出成功である。


「大丈夫ですか!」

「ありがとう、うう……」


 助け出された女性は、負傷のせいというより、何かに怯えるように体を震わせている。


「あいつ……あの悪魔は……」

「何があったの?」


 少年の一人が、頭を抱えて蹲る女性に尋ねる。


「うう……この地区をほとんど破壊したのは、たった一人の悪魔で……」


 その時。

 後方で、大きな建物が一瞬で瓦解した。


「わぁ!」

「ひっ!」


 一瞬遅れて、轟く轟音。

 声を上げる少年達と、地響きに飛び上がるウリ坊達、悲鳴を上げる女性。

 そして、巻き起こる砂塵の奥から、一体の悪魔がこちらに向かって姿を現した。


「あああ……あい、あいつ、あ……」


 女性が、震える指先でその悪魔を指し示す。

 一見は、甲冑を纏った重戦士にも見える。

 その実は、全身を鎧のような外皮で覆っており、身の丈二メートルほどの巨大な怪異だ。

 全身から放たれる威圧感が、そこにいるだけでビリビリと肌を痺れさせる。

 生徒達も女性も、ウリ坊達も刹那にして恐怖に当てられ動けなくなってしまった。


「まだ、しぶといゴキブリがいるようだな」


 その悪魔――敵軍の幹部の一人、ドルムエルは、呟きながら拳を振るう。

 何気なしに振るう軽い拳撃の一発が、家々を麩菓子のように簡単に破壊していく。


「これだけ暴れれば、人間共の戦力も軒並み俺の方に集まらざるをえなくなるだろう」


 そう、独り言のように呟きながら。

 ドルムエルは、動けずにいる生徒達と女性の姿を視認する。


「それに、ガキや女が死ねば人間ってのはムキになって立ち向かってくるものだ。一網打尽にするには、このやり方が一番効率が良い」


 兜を彷彿とさせる鉄面皮を歪め、それこそ悪魔のように嗤う。

 それを見て、生徒達の内の一人が、その場にへなへなと膝をついた。


「お前等を引き裂いて、人間どもの前に投げ入れてみるか」


 ドルムエルが近づいてくる。

 だが、その場から全員が動けない。

 瞬間、ぬいぐるみのゴーレム達が、彼等を守るようにドルムエルの前に立ち塞がった。


「あ!」


 しかし、壁になったゴーレム達を、ドルムエルは腕の一閃で無慈悲に蹴散らす。

 ちぎれた綿と布の塊が、空中に舞った。


『こりゃー!』


 続いて、勇気を振り絞ったウリ坊達が、ドルムエルへと飛び掛かる。

 しかし、意味などない。

 ドルムエルは苦笑しながら、足元に突っ込んでくるウリ坊達に拳を振り下ろす。

 ――瞬間、ドルムエルの足元の地面が、隆起した。


「ん?」


 土がせり上がり、巨大な柱のように空へと伸びていく。

 いや、違う、それは柱ではない。

 巨大な――腕だ。


「はぁ……はぁ……みんな、だ、大丈夫?」


 地面から生えた腕は、ドルムエルの前で地上に横向きに伸ばされ、あたかも巨大な壁と化す。

 そして壁の内側――生徒達や救出された女性、ウリ坊達の前に、オズが立っていた。

 この地面から生えた腕は、オズが生み出した土人形――ゴーレムである。

 刹那、ドルムエルが拳を振るう。

 地上に出現した巨腕の壁が、その一撃で粉砕された。


「……ふん、小賢しい」


 しかし、粉砕された腕の壁の向こうにも、また同じように腕の壁がある。

 そこに土がある限り、オズはいくらでも土人形を生み出すことができる。


「け、けけけ、怪我は無い!?」

「先生~!」


 生徒達は、登場したオズに思わず抱き着き安堵の涙を流す。


「人間の魔法か?」


 一方、ゴーレムの腕の壁を前にしても、ドルムエルは動じない。


「しゃらくさい」


 打撃一発――再び、腕が吹き飛ばされる。


「う……!」


 察知したオズも、急ぎ次々に地面の土に魔力を流し込み、ゴーレム化、腕を大量発生させる。

 数本は壁に――そして数本は、拳を作って、地上のドルムエルに振り下ろされる。


「無駄な足掻きだな」


 しかし、振り下ろされる拳も、壁となる腕も、ドルムエルは掘削機のように容易く破壊していく。

《悪魔族》――公爵、ドルムエル。

 現在王都進軍中の悪魔の中において、最強の戦力を持つ個体である。

 間に合わない。

 ゴーレムの作成を上回る速度で進むドルムエルの拳が、遂に最後の壁を破壊する――。


「何をやってる」


 その時、ドルムエル背後より、彼の肩に手が置かれた。


「………」


 振り返るドルムエル。

 瞬間、その顔面に、ガライの拳が叩き込まれた。

 行方不明になっていたウリ坊達を捜索に来たガライが、騒動を発見し、ここまで辿り着いたのだ。


「お前、悪魔の――」


 ドルムエルの顔面に拳を叩き込んだ状態で、喋り始めたガライ――。


 ――そのガライの顔面に、カウンターでドルムエルの拳がぶち込まれた。


 衝撃を堪え切れず、ガライの体がそのまま地面に叩き付けられる。

 あたり一面に、鮮血が舞った。


「なかなかやるな、お前」


 ドルムエルは、小首を鳴らしながら言う。

 その頭部には、傷も陥没も無い。


「響いたぜ。魔界最強の防御力と攻撃力を備え持つ血族、《甲冑の悪魔》の血と、《不死身の悪魔》の血を併せ持つ俺以外なら、殺せてたかもな」


 地面にできたクレーターの中に沈み、動かなくなったガライを見下ろしながら。


「人間にしては、かなり鍛えてるようだな。まぁ、今の一撃で頭蓋骨も脳も潰れて挽肉になったようだが」


 嘲笑し、ドルムエルは再び、ゴーレムの腕が作る壁へと向き直る。


 ――その瞬間、ガライの肉体が大地を蹴り抜き一気に起き上がる。


「――な、」


 ――渾身の拳が、ドルムエルの胸に突き刺さり爆音を起こした。


「――」


 ドルムエルは感じる。

 今、自分の中にある10の心臓の内、いくつかが体内で弾けた。

 そんな音が聞こえた。


「……お前も、心臓が複数あるのか?」


 しかし、複数ある心臓はいくつか破壊されても、他の心臓も健在なら瞬時に再生される。

 死の恐怖は無い。

 ……が。


「2つか、3つか、10か、100か……」


 目前に立つ男。

 確かに破壊したと思った頭部は、まだ形を保っている。

 眼孔、鼻孔、口腔から血を流しているが、生気は存分なほど溢れている。


「関係無い。まとめて磨り潰してやるよ」


 その姿を見て、率直に思う。


「お前……人間か?」


 悪魔(ドルムエル)(ガライ)が、対峙する。



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