■25 騎士の誇りです
元王宮警護騎士団長、Sランク冒険者――ロベルト・ミストガン。
その剣の師匠――その人物もまた、王国騎士団、王宮警護騎士団の団長だった。
彼は自身の作った剣術の流派を広め、弟子を募った。
そして、その内から更に優秀な者達を選出し、未来、この国を護る騎士団の中枢を担うであろう存在とするべく、力を入れて育成していた。
ミストガンは、その弟子達の一人だった。
ミストガンはかつて、師匠に命を救われた。
幼い頃、王都の街中で、追われている途中の暗黒街出身の盗人に捕まり、人質にされたことがあった。
それを、当時まだ市井警備騎士団の団長だった師匠に救われたのだ。
彼の放つ神速の刺突に憧れ、数年後、騎士を目指したミストガン。
師匠の流派の門を叩き、鍛錬に明け暮れていた。
しかし……他の誰でもないミストガン自身がわかっていた。
ミストガンは決して、優秀な弟子などではなかった。
むしろ逆に、極端に才能の薄い存在だった。
下級貴族の出身だが生まれつき体は病弱で、人よりも体力が持続しない体質だった。
幸運な事に魔力の才能を持っていたが、それも、魔法に昇華できないほど微弱な量しか生み出せない。
それでも何とか、一端の存在になろうと懸命に努力したが、どうしても優秀な弟子達と比較すれば目に見えて実力差が出てしまう。
才能の無いミストガンは、他の弟子達からも煙たがられていた。
当然だ。
師匠は名実共に、この国の騎士の頂点に立つ人物。
そんな師匠に選ばれたのは、とても名誉なことだ。
こんな、何故選出されたのかもわからない、実力の乏しい人間が混ざっていることが、彼らには許せなかったのだろう。
だがそれは、ミストガンも同意だった。
何故、自分は選ばれたのだろう。
こんな自分を、師匠は何故――。
『それは、お前が誰よりも努力家だからだ』
……それだけで?
『それだけだ。それだけの理由で何が悪い?』
俺程度の努力なら、他の弟子達だってやっている。
『いや、そんな事はない。お前は努力している。誰よりも、理想の騎士になるために』
………。
『知ってるぞ。他の流派や異国の武術からも、何かを得ようと勉強してるんだろ』
……知ってたのか。
その通りだ。
他の弟子達からは、師匠の流派以外の技術を学ぶなんて不届きだと怒られているが。
それでも強くなるため、学んでいた。
特別な呼吸で血液の循環を早め、身体能力の瞬間的、爆発的向上ができる。
この貧弱な肉体でも、一瞬でも強靭な戦士のそれに変えることができる――そんな知識を学んだ。
これならなんとかできるのではと、そう思った。
師匠は最後まで、自分を励まし、信じてくれた。
ある任務で命を落とすことになるその時まで、決して俺を見捨てたりしなかった。
なのに――。
※ ※ ※ ※ ※
ゲラムエルの、丸太のような巨大な腕の一閃を受け、ミストガンは吹き飛ばされる。
寸前で、何とか衝撃を受け流すように体を捻った――それでも、恐ろしいほどのダメージだ。
着地と同時に、ミストガンは頽れる。
「なんだ、大したことねぇな」
跪いたミストガンの姿に、ゲラムエルの後方に控えている悪魔達がせせら笑う。
「同時に何発も突きを撃てるようだが、ゲラムエル様の前じゃ火力が足りねぇ」
「無駄な足掻きだったな」
「おい、お前等、一応用心しておけ」
嘲笑する悪魔達を、ゲラムエルが振り返って言う。
「どうやらこいつ等、俺達の体のことを知ってるようだ。まかり間違っても、心臓を同時に潰されないようにしろよ」
そして、また前に向き直り、腕を振るう。
それを合図に、後方の悪魔達が進撃を開始した。
「く……」
歯を食い縛り、ミストガンは震える足で立ち上がろうとする。
(……なのに俺は……王宮警護騎士団長という立場に居心地の悪さを感じていた)
ゲラムエルに受けた攻撃のダメージは、決して軽いものではない。
確実に体を侵食している。
(……あなたの持つ教えの、ほんの一部しか身に着けられなかった俺に、あなたの代わりなど務まらないと、そう思っていた)
力を入れようとした足がもつれ、膝が折れる。
(……そして逃げて、冒険者になった)
ゲラムエルの魔の手が、すぐ目前にまで迫る。
(俺は……)
「突けぇ!」
その時だった。
跪いたミストガンの頭上から、幾本もの槍が放たれる。
「あぁ?」
それらがゲラムエルの胴体に突き刺さり、進行を妨げた。
騎士達だ。
不死身の悪魔達を前に動けずにいた騎士達が、次々に迫る軍勢を迎え撃つように、各々の得物を振るう。
「貫けッ! 胸だッ!」
「心臓を狙え! 胸部周辺を複数で同時に突け!」
ミストガンの行動と言葉から、自分達のすべき事を算出した騎士達が、不死身の悪魔を屠らんと同時攻撃を仕掛ける。
しかし、そう簡単にはいかない。
少しでもタイミングがずれ、他の心臓が無事であるならば、撥ね飛ばされて心臓の損壊も傷も瞬時に修復されてしまう。
回復する時間を与えない程の時間的誤差で、同時に心臓を破壊する――息を合わせ動きを統合された騎士達にしても、それは至難の業だ。
その上、相手は武装した人間と拮抗する身体能力を持つ悪魔達。
戦局は、圧倒的に悪魔達が優勢だ。
意気地を鼓舞し吶喊した騎士達も、続々と地面に転がされていく。
「ミストガン殿!」
その時、一人の騎士がミストガンに自らの剣を差し出す。
「剣を! 我々の剣を代わりに!」
「………」
ミストガンは、渡されたその剣を握る。
「……ぉぉぉおおッ!」
そして、唸り声をあげて立ち上がる。
そうだ。
弱かろうが、才能がなかろうが、自信がなかろうが、自分は騎士として育てられた。
その信念だけは、失うな。
王都を襲うこの悪魔どもを、打ち払え。
身体能力上昇の呼吸で、全身の運動機能を無理やり叩き起こす。
窪みが発生するほどの全力で地面を蹴り抜き、向かう先はゲラムエル。
自身の体に槍を突き立てる騎士達を、まるでハエを払うように吹き飛ばした――その瞬間、ミストガンは連続で突きを放つ。
十連続――。
「ッッ――」
しかし、足りない。
ゲラムエルの胸に先刻同様三つの穴が空く――が、四発目を撃つ直前、手にした剣が砕け散る。
「無駄だっつってんだろぉが!」
体の傷を治癒させながら、ゲラムエルが嘲笑う。
目前で折れた剣を握ったまま立ち尽くすミストガンを、邀撃しようとすらしない。
コケにされているのだ――しかし、自分にはそれに抵抗するための方法がない。
ミストガンは、血が滲み出るほど歯を噛み締める。
その時。
「ミストガンさん!」
巨大な何かが、ゲラムエルの頭上――上空に跳躍したのが見えた。
※ ※ ※ ※ ※
王国騎士団本部。
私がエンティアの背中に乗って駆け付けた時には、現場の戦況は一方的なものだった。
悪魔達によって蹂躙されつつある騎士達。
中でも一際巨大な悪魔――おそらく、この悪魔達のリーダー格だろう――の前には、あのミストガンさんが、為す術無く折れた剣を握って立ち尽くしているのが見えた。
けれど――。
『姉御! あの男にできるだけ近付けば良いのだな!?』
「うん、お願いエンティア」
この状況は、既に想定できていた。
『もしも、ルッカループをはじめとして、僕の配下の悪魔が僕を裏切って進行してきるのだとしたらぁ、最も前線で戦う可能性が高いのは《不死身の悪魔》達だろうねぇ』
アスモデウスから、〝彼の配下にいる悪魔達〟に関する情報をもらってきた。
アスモデウスの配下にいる、《不死身の悪魔》の血族達。
その身体に隠された、心臓の秘密も彼から詳しく聞いた。
ついでに以前、雑談交じりに漏らしたその情報を、今日、ソルマリアさんがミストガンさんに伝えたということも聞いた。
そして今――。
「おそらくこの悪魔達が……《不死身の悪魔》」
騎士達から攻撃を受けても、瞬時に傷を再生させていく姿――その様子から察するに、この悪魔達がソレと見て間違いない。
そして、ミストガンさんの方も。
あの巨大な悪魔に攻撃を仕掛け、剣が威力に耐えられず砕けてしまったのが見えた。
ならば――。
「ミストガンさん! これを、使ってください!」
エンティアが上空に高く跳躍した瞬間、私は、ミストガンさんに向かって〝それ〟を投げた。
「なっ!?」
突然の私の登場に、ミストガンさんも驚いている。
しかし、私の投げた武器を、彼は戸惑いながらも見事にキャッチしてくれた。
それは――〝刀〟。
かつて、私がスキル《錬金》で錬成し、イクサに販売した五本の刀の内の一本であり……。
数日前――この刀は、イクサからミナト君にプレゼントされたものだった。
しかし、その時、ミナト君がこの刀に魔力を込めて試しに使ってみたところ――彼には合わないタイプの特性が付与された刀だということがわかったのだ。
『この刀、ちょっと魔力を込めるだけでかなり重くなるんだ』
ミナト君が、刀をくるくると回しながら言っていた。
それに対し、イクサも説明をする。
『ああ、僕も研究院で色々試してみたんだけど、その分刀身の硬度もかなり増すんだよ』
『でも、僕には必要ないかな』
まぁ、まだ刀は他にもあったので、交換したけど――というわけで、この刀はその時、ミナト君からイクサへと返却されたものだ。
けれど、私はその時に思った。
この〝刀〟、もしかしたらミストガンさんの戦い方になら合ってるんじゃ……。
「その刀、魔道具です! 魔力を込めてみてください!」
「魔力を?」
エンティアが地面に着地すると同時に、私は叫ぶ。
ミストガンさんは半信半疑ながら従うと――彼の掴んだ刀の切っ先が、勢いよく地面に減り込んだ。
「こ、こいつは……」
一瞬で重くなった刀に、ミストガンさんは瞠目する。
しかし、彼も瞬時に理解したのだろう。
重くなったが同時に、刀身が強靭な硬さを得たことも。
何故、私が彼に、この刀を投げ渡したのかも。
「ミストガンさん!」
既に、腕を振りかぶっていた巨大な悪魔の、次の攻撃がミストガンさんに襲い掛かろうとしている。
刹那、ミストガンさんは深く息を吸う。
その双眸が、鋭く錬磨される。
彼の身体から、何か、熱気のようなものが放射されたのがわかった――。
――次の瞬間、爆発音を起こし、巨大な悪魔の全身が――胸が、腹が、右足が、左足が、右腕が、左腕が、頭部が――蜂の巣のように穴だらけになっていた。
「………あ?」
最早、どの穴が口なのかわからないけど……巨大な悪魔の口から、呆けたような声が漏れる。
「《宵口》――二十六連」
ギシギシと撓りを上げる刀を片手に、ミストガンさんが呟いた。
「手応えで、なんとなくわかったが……お前の十の心臓は同時に潰した」
目前、まだ自分の身に何が起こっているかわからない悪魔に向けて、ミストガンさんは深呼吸を交えながら言う。
「残り十六発は……まぁ、なんだ、おまけだ。とっとけ」
「……な、バカ、な、ぁ――」
次の瞬間、巨大な悪魔の体が、崩れ落ち、チリとなって消滅した。
「よし!」
私は思わず、ガッツポーズをする。
敵方の大将がやられたことで、騎士達は歓喜し、悪魔達は茫然としている。
「ゲラムエル様が……」
「うろたえるな! 気を付けるのは奴だけだ!」
尻込みする悪魔達。
その中の一人が、ミストガンさんの方を指さしながら声を張り上げる。
「しかも、かなり疲弊してる! ゲラムエル様の攻撃を何発も食らってんだ! さっきみたいな攻撃を、もう何度も繰り出せるはずがない! こっちの方が戦力は上だ! 油断さえしなければまだ――」
「おいおい、呑気なもんだな」
そんな悪魔の言葉に、ミストガンさんは言う。
「この国のSランク冒険者の中には、俺以上の化け物がまだいるんだぜ?」
そう、彼の言う通り。
聖教会総本山で、アスモデウスから情報を受け取り、ここに駆け付けたのは――私だけじゃない。
瞬間、絨毯爆撃のような炎の波が、何人もの悪魔達を飲み込んだ。
「なぁっ!?」
「《不死身の悪魔》、だったか……体ん中の心臓をまとめて潰さなけりゃ死なねぇっつぅんならよぉ」
炎の波に攫われて、多数の悪魔がチリになって消えていった。
その上空に、炎の翼を展開し、《不死鳥》――ヴァルタイルが浮遊している。
両腕に、燃え盛る火炎を纏い。
「消し炭の一欠けらも残さず、まとめて燃やしてやるよ」
更に、その時――一帯が暗闇に包まれた。
上空を覆う、巨大な何かが太陽の光を遮ったのだ。
それは、巨大な瓦礫――悪魔達が破壊した建物の外壁だった。
「ああ!?」
いきなり飛んできた瓦礫が、驚愕する悪魔達の上へと落下し、押し潰す。
立ち上がる轟音と砂塵の奥に、一人の少女が立っていた。
「んー、お疲れ様、ミストガン。敵の特徴は、よーくわかったよー」
《暴食》――リベエラ・ラビエルが、巨大な岩石を片手で軽々と持ち上げ、そして、悪魔達へと投げつける。
「同時に心臓を潰すんだよねー、じゃあ、心臓とまで言わずに全身潰しちゃうよー」




