■22 真の悪魔の力です
――王都、一般市民区域。
比較的外縁に近いこの地区は今、悪魔と人間の戦場と化していた。
家や町、人々を破壊し、恐怖に陥れんとする悪魔達。
「うおおおおおお!」
「ぶっ倒せぇぇ!」
それに、ウルシマやアカシ、ブーマなどの駆け付けた冒険者達が交戦をしている。
「この戦いの功績は、冒険者ギルドも記録するそうだぞ!」
「倒した悪魔の数や実力を考慮されれば、ランクアップや特別褒章も出るらしいぜ!」
「やってやろうぜ、チクショウ!」
悪魔達の人間離れした怪力と、翼を使った飛翔能力に対し、冒険者達は武器や魔法で応戦する。
戦況は今のところ拮抗状態と言ったところだ。
「目標確認! 掛かれ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオ!」」」」」
すると、そこで、裂帛の気合の籠った声を上げて、甲冑を纏った一団が突撃してきた。
その手に槍や剣を持ち、冒険者側に加勢していく。
「お前等は!」
冒険者ブーマが、驚いたように彼等を見る。
彼等は王国騎士団の内、王都の市井警備を受け持っている騎士団だ。
「悪魔の侵攻を確認し、馳せ参じたぞ! 王都市井警備騎士団第六地区担当部隊隊長、ゴードン・バロックだ!」
騎士団の隊長――ゴードンが、大槍を構えながら吼える。
「他の区域から侵攻している悪魔達もいるようだが、そちらにも別の騎士や冒険者が向かっているようだ!」
「おう! 心強ぇぜ!」
騎士団の参戦により、戦況が傾いた。
「ぐおっ!」
「ぎゃっ!」
冒険者達と騎士達の波状攻撃が、悪魔達を襲う。
魔法を受け、剣戟に切り裂かれ、刺突に貫かれ、致命傷を負った悪魔達が地に倒れていく。
「やった! こっちが優勢みたいっすよ!」
得物のナイフを握り、ヒット&アウェーの戦法で戦っているアカシが叫ぶ。
「気を抜くな! まだまだいるぞ!」
その近くでは、大剣を持つウルシマが、自身のスキル《加速》で身体能力を向上させながら悪魔とぶつかり合っている。
「負傷者はどちらにいらっしゃいますか!?」
「冒険者の方でも、市民の方でも、傷を負っている方は我々に見せてください!」
後方では、聖教会のプリースト達が怪我人の治療を行っている。
観光都市で、マコ達と知り合ったプリースト達もいる。
「おおおお! このまま一気に吹っ飛ばしちまえ!」
「オラぁ! かかってこい!」
ブーマ達荒くれ者の冒険者が、声を張り上げる。
地面が、屠られた悪魔達の体で埋まっていく。
その場所に攻め入って来た悪魔軍の、半数近くが倒されていた。
今や戦局は、人間側の圧倒的優位となっている。
「行ける、行けるぞ……」
「ああ、行ける!」
奮戦する冒険者や騎士達の後方、市民達の間にも歓喜のムードが満ち始めていた。
……しかし。
「……なんだ?」
そこで、騎士団長ゴードン・バロックは訝る。
仲間の半数近くを倒されて尚、相手側の悪魔達の表情からは――どこか、余裕が見られた。
この状況に、そこまで焦っていない、とでもいうような……。
その時だった。
「ちっ……おいおい、随分手ぇ焼いてるみてぇじゃねぇか」
悪魔達の後方から、一人――他の悪魔と比べて身の丈が二倍ほどある、大男が現れた。
黒く染まった目に、頭部からは銀色の角が五本生えている。
巨人の如き全容の悪魔が、他の悪魔達を押しのけながら前へと進み出て来た。
「ゲラムエル公爵」
「まさか、ちょっと遊んでやってるだけですよ」
と、その巨体の悪魔――ゲラムエルに、周りの悪魔達が言っている。
「他の公爵の方々はどこに」
「知るか、いつの間にか居なくなってるぜ。大方、こんな雑魚ども無視して、アスモデウス皇帝の所に我先に向かったんだろ。ったく、上官が兵隊を放っておいて何やってんだか。〝兄貴〟もいねぇしよぉ」
「ははっ、ドルムエル様もですか。まぁ別にいいですけどね、俺達に遊び場を用意してくれてるんですから」
そう、能天気に談笑するゲラムエルと部下の悪魔達。
「なんだ、この悪魔は……」
「で、でかい……」
そしてゲラムエルは、戦線の一番前にまで到達した。
彼の姿に、前線にいた騎士達が怯む。
「ようゴミ共、随分浮かれてるな? 自分達が勝てると思ってお喜びか?」
「つ、突けぇ!」
騎士達が叫び、手にした槍をゲラムエルの腹に向かって突き立てる。
――だが。
「あー、痛てててて」
四本の槍が腹に刺さった状態で、ゲラムエルは欠伸混じりにそう言った。
「でかい蚊が多いな、この国は? くっはは」
冗談交じりに呟き、次の瞬間、巨腕を横薙ぎに振るう。
「ぐぇっ」「がはっ」「ばっ」
その一振りで、ゲラムエルの目前に立っていた騎士達が纏めて吹き飛ばされ、建物の壁に激突した。
「う、うわああああ!」
近くにいた別の冒険者が、混乱し手に持っていた剣をゲラムエルに向かって投げる。
その剣先が、ゲラムエルの頭に突き刺さった。
「おお、こっちにも一匹いたのか」
だが、ゲラムエルには効いていないのか。
腹に槍が四本、頭部に剣が突き立てられたまま、その冒険者に向かって腕を伸ばす。
冒険者の上半身が巨大な手の平で握られ、逃れる間も無く握り潰され――。
「止めろぉ!」
瞬間、ウルシマが動いた。
全身を加速させ一気に疾駆――冒険者を掴んでいた手を手首から切断し、捕らわれていた冒険者を蹴って離脱させ、更にそのままの速度でゲラムエルの首元まで到達し切り裂いた。
全てが一瞬の出来事。
が――その時、ウルシマはゲラムエルの頭上に跳躍した状態から、信じられない光景を見る。
今し方、自分が切ったゲラムエルの手と首の切断面が、体と瞬時に癒着を果たしたのだ。
「再生した、だと……傷が治るのか?」
「無駄なあがきだ」
地面に着地したウルシマに、ゲラムエルが振り返り見下した声で言う。
「無駄無駄無駄、無駄死にするだけだぞ、お前等。尻尾を巻いて、とっとと逃げたらどうだ?」
「……この王都には俺の家族も住んでいる。大切な後輩もいる」
アカシの方を一瞥し、ウルシマが言う。
「逃げるなど言語道断。命を懸けて戦わせてもらう」
「そうか。残念だが、そりゃあ無駄な気合だ」
「なに――」
――刹那、ウルシマの体がその場から吹き飛ばされた。
「が、はっ……」
ゲラムエルは何もしていない。
突如、何かの衝撃を体に叩き込まれたかのように、ウルシマの体が空中を乱回転し地面に落ちた。
得物の大剣も吹き飛び、地に伏したウルシマは動かない。
「ウルシマさんっ!」
慌てて、アカシが駆け出そうとする。
そのアカシの体も、直後見えない衝撃を撃ち込まれて吹っ飛んだ。
「ぎゃっ」「あっ」と、アカシとウルシマだけではなく、続けざまに他の冒険者達も同様の攻撃を受けて散っていく。
あたかも、〝狙撃〟を受けているかのようだ。
「あん? なんだ、ベレクシオンの奴、いたのか?」
ゲラムエルが後方を振り返りながら、そう呟いた。
そして続けて、足元に倒れている、騎士と冒険者達に倒された悪魔族を見下ろす。
「お前等も、いつまで寝てんだ? 俺と同じ〝血族〟で、俺の兵隊であるお前等が、こんな簡単に死ぬと思ってるのか?」
「……わかってますよ」
「だから、楽しんでたんじゃないですか」
地獄のような光景が起こった。
絶命に至るような致命傷を負っている悪魔達が、その身に負った傷を再生させ、次々に立ち上がり始めたのだ。
「な、き、傷が……」
「死んでねぇだと……」
倒したはずの悪魔が、一人残らず立ち上がる。
その光景を前に、騎士団長のゴードンも、冒険者ブーマも、他の者達も、絶句するしかなかった。
「ほら、この方が、絶望が深まるでしょう?」
「くっはは、そうだな、こいつらの顔を見ればわかる」
そこからは、もう悪魔達の蹂躙劇だった。
攻撃を加えても、傷を再生させ襲い来る不死身の悪魔達の猛攻に、冒険者達も騎士達も、次々に倒される。
直前まで優勢だった状況は、一気に逆転した。
「くそがぁぁっ! あがっ」
大斧を振るうブーマが、悪魔の攻撃を受けて昏倒し、地面に倒れた。
「壁だ! 壁になって市民への被害を、ぐぉ」
ゴードンが指揮する騎士の一団が、ゲラムエルの腕の一振りで薙ぎ飛ばされた。
「み、皆様! わたくし達の背後に!」
一般市民達や怪我人を守ろうと、プリースト達が《聖域》を張って悪魔の攻撃から防御をしている。
しかし、悪魔数十人がかりの猛攻には耐えられず、《聖域》も破壊されてしまう。
「きゃあああっ!」
――数分後、その場には破壊されつくした街の光景が広がっていた。
一方的に倒され、ボロボロとなった騎士や冒険者達。
同じく負傷した一般市民。
街並みも破壊され、一帯は苦痛の呻き声に支配されていた。
「ははっ、最高だな!」
「おい、お遊びは終わりだ。とっとと行くぞ」
哄笑する悪魔達に、ゲラムエルが言う。
「え、もういいんですか?」
「当たり前だろ。俺達がまず目指すのはアスモデウス皇帝のところ、その次に王城だ。こんな人間の中でも地位の低い連中を、いつまでも小突き回してたってしょうがねぇだろ。城に近付けば、もっと地位の高い連中が出て来る」
ゲラムエルの視線の先。
城を含め、王都の中央一帯が、光のドームに覆われているのを見て、彼は微笑を浮かべる。
「こいつ等なんかよりも、もっと楽しめそうな奴がいそうだしな」
そして、ゲラムエルと彼の部下達は、上層区に向けて侵攻を進める。
その過程にある建物や街並み、反撃しようとする冒険者や騎士達を薙ぎ払いながら。
「他の区域から侵攻して来てる連中はどうします? 待ちますか?」
「勝手にやらせておけ。あいつらは俺の兵じゃねぇからな。合流する理由もねぇ」
やがて、ゲラムエルを先頭とした悪魔軍は、上層区域の端――ソルマリアの張った《聖域》の真ん前まで到達した。
「うおっ! すげぇ、触ったら手が溶けたぞ」
一人の悪魔が《聖域》に触れ溶解した手を再生させながら、仲間達に言う。
「この障壁を張ってる奴は、人間の中でも相当の実力者ですね」
「ああ、まぁ、俺には関係ねぇがな」
ガラムエルが巨腕を振り抜く。
一撃、二撃、三撃……やがて、《聖域》の壁にひびが走り、その一部が砕けて穴が開いた。
「さて、蹂躙してやるか」
※ ※ ※ ※ ※
「ッッ! マコ様!」
――上層区の一角。
《聖域》の内側にいたドラゴン達と応戦中の私の背後で、ソルマリアさんが叫んだ。
「《聖域》の一部が破壊されました! 悪魔族が侵入します!」
「上層区に入って来たって事!?」
凶暴化させたドラゴンだけじゃなく、悪魔族で軍を作って侵攻してきたのか。
王都の街は、騎士や冒険者達に守られてるっていうのに、もうここまで来られたなんて……。
アカシ君、ウルシマさん、みんな……無事だろうか?
「加えて、破壊された箇所は一つだけではありません!」
ソルマリアさんは叫ぶ。
敵は、複数の部隊に別れているようだ。
「集団を率いている者もいれば、単独で《聖域》を破壊して入って来た者もいます! いずれにせよ、わたくしの《聖域》を打破できる力を持った、上位格の悪魔が複数いる模様です!」
「クッ!」
ドラゴンの胸に向けて〝鋸刃〟を放ちながら、私は歯を噛み締める。
そこで、別のドラゴンが私に向かって飛び掛かって来た。
「マコ様!」
ソルマリアさんの悲鳴が聞こえる。
――瞬間、上空から炎の塊が飛来し、そのドラゴンの頭部に蹴りを叩き込んだ。
「おい! こいつは一体何の騒ぎだ!」
「ヴァルタイル!」
背中から炎の両翼を展開し、その両腕と両足にも炎を纏った――《不死鳥》ヴァルタイルだった。
「「「マコー! お父さん! がんばえー!」」」
近くの建物の影に隠れた、ミミ、メメ、モモが声援を送ってくれている。
よかった、無事だったんだ!
「ヴァルタイル、お願いがあるんだけど!」
「ああ?」
ヴァルタイルが叩き伏せたドラゴンの魔石もすかさず破壊し、私は彼に言う。
「ヴァルタイルにやってもらいたい事があるの! まずその前に、ミミ達は聖教会の本部に連れて行って! そこで守ってもらえるから!」
「あぁ!? なんで俺がクソの聖教会なんぞに――」
「お願い! 今は、ヴァルタイルの速さと飛行能力が必要なの! 何より、これはヴァルタイルにしかできない!」
私は駆け寄り、ヴァルタイルの両肩を掴んで懸命に叫ぶ。
その勢いに驚いたのか、ヴァルタイルは目を丸めている。
「……チッ。わかった。で、何をすりゃいいんだ?」
「ありがとう! あのね……」
私はヴァルタイルに指示を伝えた――。
※ ※ ※ ※ ※
「はっ、呆気ねぇな」
上層区へと侵攻したゲラムエルの軍は、それまでと同じように破壊を行いながら――王国騎士団本部の前にまで到達していた。
「ここにアスモデウス皇帝がいるのですか?」
「情報通りならな」
本部の前には騎士が並び、槍を構えて悪魔達と対峙している。
しかし、既に何名かの騎士は倒され、地面に転がっている。
「ば、バカな……こいつら、死なないのか……」
彼等も、ゲラムエル率いる悪魔の一群が、如何なる攻撃を受けても傷が再生するという事実を目の当たりにしていた。
「そういう事だ、とっとと諦めろよ」
「ぐああああああ!」
一人の騎士が、兜を破壊され、露わになった頭部を悪魔に掴まれていた。
万力のような力が籠められ、悲痛な声を上げている。
「あ、いや、今のは無し。是非諦めるな。必死に抵抗してくれた方が、もっと楽しめるからよぉ」
そう言って、呵々大笑する悪魔。
「《宵口》」
――爆音と共に、その顔面に穴が空いた。
「……あ?」
顔の中心に大穴を空けられた悪魔と、その手中から離され尻餅をつく騎士。
そして、その前で。
「悪魔か……ったく、こんなに早く来るとはな」
元王宮騎士団、団長。
Sランク冒険者――《剣の墓》、ロベルト・ミストガンが、手にした剣を刺突の構えで向けていた。




