■20 カイロンからの求婚です
「そう諍いせず、仲良くやろうぜ」
Sランク冒険者、カイロン・スイクンが、街中で衝突している騎士団と聖教会を仲裁している。
甲冑を纏った屈強な騎士の肩にも、簡単に腕が回せるほどの長身。
横に立つガライと見比べてもわかるが、身長は彼くらいあるだろう。
そして体格も、流石にガライの方が良いけど、彼も悪くはない。
居住まいというか立ち姿がしっかりしている。
なんだろう……格闘家? とか、武術家?
そんな感じのイメージが過る。
「悪魔にとっちゃあ、俺達は同じ人間。共通の敵が来たなら、人間同士仲間になるしかないだろ」
私がそんな風に考えている間にも、カイロンは言葉を連ねていく。
人当たりの良い表情と態度で、軽妙に。
「でなきゃ、足を掬われちまうぜ?」
「何だ、貴様は……」
そんなカイロンに、肩に腕を回されていた騎士は訝る。
頑固な騎士さんからしたら、軟派な雰囲気のカイロンは好まないのかもしれないね。
「すっこんでいろ、今すぐこの手を――」
「待て、この男は」
そこで、仲間の騎士が止めに入り、耳元で何やら囁く。
一方、聖教会側のトステム司祭も、何かに気付いたようだ。
「し、失礼した! ご忠告、痛み入る!」
囁かれた騎士は、一転し、カイロンに礼儀正しく返答した。
どこか、焦っているようにも見える。
「良いって事よ」
カイロンは、それに対しも軽快に返す。
「ただ、お前達ももう少し考えないとな、聖教会。あまりにも不安ばかり煽っても、皆心地が悪いだろう」
カイロンは騎士から、トステム司祭の方に視線を向けて言う。
「も、申し訳ありませんでした」
カイロンの言葉に素直に頭を下げ、聖教会の一団はそそくさとその場から去って行く。
騎士達の方も同様だ。
「お、そこにいるのは」
場から消える二つの派閥を見送った後、カイロンは、その一部始終を見ていた私達に気付いたようだ。
まるで友達に話し掛けるかのように、こちらへと歩いて来た。
「あ、どうも、さっきぶりです」
「こちらこそ。ああ、すまないな、聖教会の活動の邪魔をしちまって」
カイロンが、私の横に立つソルマリアさんを見て言った。
「いいえ、気にしてはおりません」
「ならいいんだが……っと、そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったな」
改めて私に向き直ると、カイロンは言う。
本当に気さくな人物だ。
「俺はカイロン・スイクン。五ノ国の出身だ」
「あ、ですよね」
「お、知ってたのか」
私が答えると、彼は驚いたように反応した。
「知り合いに、五ノ国の行商人の方がいて、どことなく服の意匠とかが似てるかなって」
「マコ様」
そこで、ソルマリアさんが不意に口を挟んだ。
「カイロン様は、五ノ国の王子です」
「……へ?」
お、王子?
私はカイロンを見る。
彼は、ソルマリアさんの発言に、ははっと軽快な笑い声を発した。
「ああ。と言っても、そこまで畏まられるような身分じゃない。あくまでも王子の一人というだけだからな」
「どうして、この国に?」
「『王子として見識を広げるため、世界を漫遊して見て回る』……と言う名目で五ノ国を出て来たんだが、隣国のこのグロウガ王国を早速気に入っちまってな、ここに居座らせてもらってるんだ」
かかか、と大笑するカイロン。
この人も、イクサ同様……いや、もしかしたら、イクサ以上の放蕩王子なのかもしれない。
「家来の人とかは、一緒に来てないんですか?」
「いない。俺はこんな性格だからな、連れ回しても可哀想だろう。だから、一人で国を出て来た」
「それはまた……」
Sランク冒険者って、本当に異色の経歴の集まりだね。
そこで。
「ん~……」
私は気付く。
カイロンが、何やら私の顔を覗き込んで唸っている。
「え? あの……」
「……マコ、だったな確か、お前の名前」
「はい」
「マコ、お前は中々見所のある女だ」
姿勢を直しながら、カイロンは言う。
……いや、そんな「おもしれぇ女」みたいな事言われても。
「人格や器量の良さもさることながら、俺が言うのも何だが、誰にでも分け隔てなく接し、そして気を許させる能力は相当なものだ。あの偏屈なSランク冒険者達も、みんな虜になってるしな」
「はぁ、それはどうも……」
「……うん、決めた」
カイロンは、サラッと言った。
「是非とも嫁にしたい」
「……はい?」
「マコ、俺の嫁にならないか?」
「……はい?」
いきなり……何を仰っているのでしょうか。
いや、本当に、今何て言われた?
嫁にしたい?
「五ノ国に連れて帰りたいと思うんだが」
「ちょ、ちょっと待ってください、カイロンさん! いきなり、そんな……」
「わかってる、そりゃあこんな事いきなり言われたら動揺もするだろうな。だが、俺は本気だ」
真正面から見据えられ、ハッキリと言って来る。
隣のガライも、目を丸めて驚いちゃってるよ。
「俺も、将来的には一国を背負う立場の者だ。俺の国には後宮がある。お前を、その中の一人に迎え入れたいと思う」
「こ、こうきゅう……」
ともかく困惑である。
いきなりのプロポーズに、何と言っていいのかわからず、しどろもどろになる私。
ただ、一つハッキリとしているのは、申し訳ないけど断るしかないということ。
「それは――」
と、カイロンに返答しようとした。
その時だった。
「……マコ」
ガライに名を呼ばれ、私は周囲の異変に気付く。
ここは、王都上層区。
比較的王城に近い、貴族の邸宅や、各組織の本部が多く立ち並ぶ場所だ。
と言っても、通行人は結構な数がいる。
その通行人達が皆足を止め、ざわざわとどよめきを起こしていた。
皆が、空を見上げて困惑している。
「え?」
私も釣られて空を見上げ――そして、理解した。
「ドラゴン?」
ドラゴンだ。
王都の上空を、ドラゴンが飛んでいる。
しかも……一匹や二匹なんて数じゃない。
十、二十……とんでもない数量の群れだ。
「おいおいおい、あれは……」
その光景を同じく見上げていたカイロンも、動揺の混じった声を発する。
ドラゴン。
しかも、遠目に見ても、みんなその胸に魔石が埋め込まれているのがわかる。
「悪魔が、攻めて来た?」
まさか……もう?
私がそう発した瞬間、ドラゴンの一匹が大きく急降下してきた。
通行人達の間から悲鳴が上がる。
ドラゴンはそのまま大口を開けると、喉の奥から燃え盛る火炎を吐いた。
王都上層区域に、ドラゴンの群れが襲い掛かる――。
※ ※ ※ ※ ※
――その頃、聖教会総本山。
「……おやぁ?」
調度一つ、窓一つ無い殺風景な部屋の中に、一人の少年が幽閉されている。
目は白目まで黒く、頭には王冠のように頭部を囲う角が生えている。
その少年の姿をした悪魔――アスモデウスは、何かを感じ取って頭を上げた。
「……来たか、思ってたよりも早いねぇ」
※ ※ ※ ※ ※
――王都、市街区域。
「一体全体、どうなってやがんだ!?」
王都冒険者ギルドの中は、大騒ぎになっていた。
「ドラゴンが群れで出現しただと!?」
「あんな数で飛び回ってるドラゴン、見た事もねぇぞ!」
皆、やはり王都の上空に出現したドラゴンの大群に騒然としているようだ。
「ヤバい事になってるな……」
「は、はいっす」
その状況の中で、熟練冒険者のウルシマが、自身の仲間であり後輩であるアカシに言う。
アカシも息を呑んでいる。
「緊急任務です!」
その時、ギルドの受付嬢の一人が声を上げた。
彼女は――ベルトナは、ギルド内にいる全ての冒険者達に届く様に、普段は冷静で物静かな声を、今は張り上げている。
「緊急任務の発生を報告します! 参加可能な方は、一人でも多く任務の受注を表明してください!」
「わかってるぜ! ドラゴンの討伐任務だろ!?」
筋骨隆々とした荒々しい冒険者、ブーマが自身の頬をぶっ叩いて吠える。
彼の仲間も同様だ。
「よっしゃあ! やってやるぜ、チクショウ!」
そう意気込むブーマ達に対し、ベルトナは表情を曇らせた。
「……いえ、違います。それだけじゃありません」
「は?」
「ベルトナ嬢、ここはわたくしが……」
そこで、ベルトナの隣に、眼鏡を掛けた小柄な男が進み出る。
《鑑定士》モグロだ。
「……皆さん、心して聞いてください」
彼は、静まり返る冒険者達に向けて、自身の動揺を押さえながら言葉を紡ぐ。
「群れは、ドラゴンだけではありません……王都の外に、悪魔の大軍の出現が確認されました」
冒険者ギルドの中に――背筋が凍るような怖気が広まった。
※ ※ ※ ※ ※
――王都の外、ある丘陵の上。
「あそこに、アスモデウス皇帝が囚われているのだな」
そこに、漆黒の集団がいた。
いや、集団という規模ではない。
その数は数十……数百に上る、規模で言えば軍勢だ。
姿こそ人型だが、頭部から生えた意匠様々な角や、白目まで真っ黒に染まった双眸から読み解けるように、人間ではない。
《悪魔族》の大軍だった。
その先頭に数名、他の悪魔達とは格の違う雰囲気を漂わせる悪魔達がいる。
「人間如きに……何を戯れていらっしゃるのか」
「自由な方だからな。案外、本気でミスって捕まっちまったのかも」
「おい、滅多な事を言うな」
この悪魔の大軍を率いる立場の悪魔のようだ。
「油断するなよ。奴等の中には、例の《蟲の王》の配下――侯爵クラスを撃破した者がいるやもしれない」
「クロロトレスか。人間如きに足を掬われるなんて、ダサい奴だぜ」
雑談を交える彼等の内の一人が、王都の空を見上げる。
「〝ウーサー〟の奴がドラゴンを操って暴れさせてるようだが……」
「ああ、あくまでも攪乱だ。我々も行くぞ」
悪魔の大軍が、動き出す。
王都へ向けて、進撃を開始した。
「目的は、アスモデウス皇帝の救出。そして、我々に過ぎたマネをすればどういう目に遭うか、人間共に恐怖を叩き込んでやれ」




