■18 レードラーク王子です
「えーっと、どんな御用でしょうか……」
王城の中、大広間から少し歩いた先の一室。
おそらく、客間だろうか?
私は、豪華でセレブリティな内装ながら、妙に生活感の感じられない、美術館みたいな部屋へと通された。
「………」
私をここに呼びたてた人物――レードラーク王子は、私に背を向けたまま無言で立ち尽くしている。
……うーん、空気が重いな。
何だろう。
何の用があって、私をこんな人気のない部屋に呼んだんだろう。
「……先日」
思案していたところで、いきなり声が聞こえた。
レードラークが、喋り始めたのだ。
「え?」
「……この王都を、一匹の邪竜が襲った」
……あの騒ぎの事か。
悪魔に唆された第八王子、ネロ・バハムート・グロウガ王子が、竜の亜人としての力を覚醒させ、王都を破壊しつくそうとした事件。
私達との奮戦の果てに、ネロは王城に向かって飛翔。
そして、火炎を吐こうとしたところで、おそらく城の中にいたであろうレードラークの魔法により返り討ちに遭った、という顛末である。
あの、太陽を彷彿とさせる巨大な熱球で、ネロが焼き尽くされた時の事を思い出す。
……いや、厳密にはネロは一命こそ取り留めたんだけど。
「あの時……お前は、我の攻撃圏内にいながら、特殊な魔法を用い熱波を防御した」
彼の言う通り。
レードラークの攻撃の余波を食らう羽目になった私とイクサは、私が《錬金》で召喚した〝防災シェルター〟で助かった、というわけだ。
「……お前の中から、強大な魔力を含有する気配を感じる」
ピッと、私を指差してレードラークは言う。
流石は王国最強の魔法使い。
そういうのが、肌で感じ取れるのだろう。
「その魔力は生まれつきか……持って生まれたものか」
レードラークは問い掛けて来る。
一番気になっているのは、やはり私の魔力の事のようだ。
「何らかの魔族の亜人か、それとも、王族の血族の一員か……それだけの魔力を持ちながら、今までよく目立たず生きて来ることができたな」
いやぁ、いきなり手に入った力ですからね。
しかし……先程から、レードラークの言葉を聞いていて、その端々から、どこか私に対する親近感というか、そういった感情が窺える。
少なくとも、敵愾心みたいなものは無い。
「レードラーク王子は、私の事を同類だと思ってるんですか?」
「………」
そう問い掛けると、彼は驚いたように、少しだけ双眸を大きくした。
心を見透かされた、と思っているかのように。
「だとしたら考えすぎですよ。私の魔力は持って生まれたものじゃないですから。最近、覚醒した力なんです」
「……困惑は無かったのか? 困った事は……」
「いえ、特には。おかげで、色々と面白おかしい体験をできましたし」
「……そうか」
あれ?
ちょっと残念そう?
そのまま押し黙ってしまったレードラークは、やがて。
「……話は以上だ。時間を取らせてすまなかった」
そう言って、部屋を出て行こうとした。
その寸前、彼の体が、ふらりと揺れた。
足元のバランスを崩したようだった。
「あ、大丈夫ですか!?」
私はすかさず、彼の腕を取って支える。
いきなり腕を持たれたためか、レードラークは更に驚いたように目を広げていた。
「もしかして、体調が悪いんですか?」
「……いや、問題は無い」
一瞬、否定するように目線を逸らしたレードラークだったが……少し間を挟むと。
「……昨日、任務に出ていた」
と、語り出した。
どうやら、冒険者ギルドから任務を請け負っていたらしい。
「Aランク任務……魔獣の群れの討伐をしていた」
「強敵じゃないですか」
「魔獣の強さ自体は問題ではない……気候や移動距離の関係で、少し体の調子を崩してしまったようだ……」
「……無理しちゃダメですよ」
なんだろう……。
なんだか……昔の会社の上司を思い出す。
人員不足の上に過度な仕事の数々が詰め込まれ、仕事が回らなくなった結果、サービス残業につぐサービス残業で結果的に体を壊しちゃった人がいたのだ。
とても責任感の強い人だった。
自分がやらなくちゃダメだとか、そういう意思の強い人。
「大変ですね」
普通に、自然に、私はレードラークにそう言っていた。
「第二位の王位継承権者で、才能があるとなると、無理を押して頑張らなきゃだから」
「………」
特に、何かを意識したわけでもなく、ただ本当に、率直に思った事を口にしただけだ。
「……本当は」
そして、部屋の扉に手を掛け開けようとした私に、レードラークは呟くような声で言った。
「父上から受け継いだ至上の魔力……次期王位継承権者という立場……本当は、そういうシガラミから、時々抜け出したくなる時がある」
そう言って、レードラークは、ここまで来て最も驚いたように目を丸めた。
自分が何を言ったのか、理解できていないかのように。
自分は、まさか今……本音を漏らしたのか? と。
心の底に押さえていた……弱音を吐いたのか? と。
「当然ですよ。それが普通です。あ、そうだ」
そんな彼に、私はポケットを探ると。
「はい、これ」
と、小袋を手渡した。
「これは……」
「私のお店の試食品です。中身は、クッキーですよ」
アバトクス村名産直営店では、今色々なお菓子作りが行われている。
クッキーは昨日作ったばかりの試食品だ。
また監獄のリベエラや、ヴァルタイルの三つ子達、魔術学院の生徒達に会った時にでもあげようかと思っていたのだ。
「これ、食べてください。疲れた時には、甘いものが一番ですから」
「………」
判然としない表情で、レードラークは手の平の袋を見詰めている。
しかし、やがて彼は、動揺しながらも、私へと言った。
「……ありがとう」
※ ※ ※ ※ ※
「どうだった? レードラーク」
王城を去っていく、イクサ達を乗せた馬車。
城の上層――王の間から、レードラークはその姿を眺めていた。
「……普通の娘でした」
後方――玉座に腰を据えた王の言葉に、レードラークは返す。
「普通の娘、か」
「ええ、普通の……」
レードラークはそこで、自身の手の平を見る。
そこに乗った小袋。
「ただ……」
彼女に渡された、クッキーの入った小袋を見詰める。
「……一層、興味が強まった気がします」
「それはよかった」
その様子を見て、国王はふっと嘆息を漏らした。
まるで、狙い通りとでも言うかのように。
※ ※ ※ ※ ※
――それから数日後。
場所は、王都冒険者ギルド本部。
その建物の中を、一人の男がせわしなく歩き進んでいた。
彼の名はウォスロー。
この冒険者ギルドを運営する幹部の一人だ。
(……今日、再びSランク冒険者達の集会が開かれる……)
内心で不安を渦巻かせながら、ウォスローは思案する。
彼の独白の通り、今日、ここ冒険者ギルド本部にて、前回の会合から一週間ぶりの、Sランク冒険者の会合が開催される。
参加者のSランク冒険者達には、事前に報告は行っている。
前回――あの時は、会合などと呼べるものでもなかった。
今後の目標や指針など何も決められず、自然に解散という形になり、皆がとっとと帰ってしまった。
なので今回、日を改めて再度という意味も込めて招集をかけたのだが……。
(……果たして、上手く行くだろうか)
そもそも、Sランク冒険者――彼等には、前提として協力し合おうというつもりがないのだ。
ほぼ全員が協調性の無い独善的で自分勝手なコミュ難達だから仕方が無い。
仕方が無い……が。
(……希望は、彼女……ホンダ・マコ)
少し前にSランクに昇格したばかりの、新人冒険者。
経歴や素性に不明点は多いが、これまでの功績は目を瞠る程のものが多い。
そして何より……まともに会話の成立する数少ない冒険者だ。
(……上手く彼女に纏め役に立ってもらい、進行をしてくれるなら、あるいは……)
というのは、流石に希望的観測が過ぎるかもしれない。
あのSランク冒険者達を纏められるような存在など、簡単に現れるはずがない。
今回の会合も、果たして上手く行くか難しいところだ。
中には、もう来ない者もいるかもしれないし、そもそも会議として成立するか……。
そんな懸念と後ろ向きな思考を抱えながら、ウォスローはSランク冒険者達が集まっている予定の会議室に到着する。
深呼吸をし、ノック。
「失礼します」
そして、中に入る。
「うにゃー!」
「お父さん、会議マダー?」
「お前等、大人しくしてろ!」
驚いた事に、会議室の中には既に九名のメンバーが集まっていた。
ヴァルタイルが、会議室の中を縦横無尽に飛び回っている子供達(彼の娘達だろう)を押さえ付け、リベエラが相変わらずお菓子をむしゃむしゃと食べている。
「おねーさん、魔女? 魔女?」
「あ、あ、あ、あの」
ヴァルタイルの娘の一人(おそらく一番の末っ子)に、オズが話し掛けられ困惑していたりするが――。
しかし、事実、全員が集まっている。
「こ、これは……」
「おい、マコはまだか!」
そこで、入室してきたウォスローにヴァルタイルが叫ぶ。
「後はアイツとツレの男だけだぞ!」
「しょ、少々お待ちを、もう間も無く……」
「お、みんなお集まりで」
するとそこで、ウォスローの後ろから、マコとガライが会議室へと入って来た。
「ごきげんよう、マコ様」
「……お久しぶりです」
「あ、あ、ま、マコ様! おはようございます!」
「お疲れ様ー」
「おせぇぞ! 早く席に着け!」
ソルマリア、ルナト、オズ、ミナト、ヴァルタイルがやって来たマコに挨拶をする。
いや、彼女達だけでなく、他のメンバー達もマコの登場を待っていたかのような雰囲気だ。
(……ま、まさか……)
彼女が、この無軌道者達を纏め上げたのか?
その光景に、驚くウォスロー。
一方、自分の席に着いたマコが、「さてと」と前置きし、皆を見回して開始の合図を発した。
「じゃあ、始めましょうか」




