■16 スクナ一族です
「紹介する、この子はミナト・スクナ。王国剣術指南役、スクナ一族の一人だ」
スアロさんがそう言って、店舗の角からこちらをジッと見詰めているミナト君を指し示す。
……ん?
……ミナト君、全然動かないけど。
「どうした、ミナト。こっちに来て挨拶しろ」
「………」
スアロさんに言われ、ミナト君は黙ったまま、てくてくとこっちに歩いて来る。
「……どーも」
ミナト君は、ぶっきらぼうな口調で言った。
彼、会合の時もそうだったけど、どこか無気力と言うか……マイペースな雰囲気がある。
「姉様、紹介は要らないよ」
やって来たミナト君は、私を一瞥して言った。
「この人とは面識あるし。もう知ってるから」
「姉様?」
「血は繋がっていないが、弟のような存在だ」
スアロさんがそう説明してくれる。
「やぁ、ミナト、久しぶりだね」
そこで、イクサがミナト君に話し掛けた。
「噂は聞いているよ。冒険者になって、武者修行してるんだってね? それでSランクとは、大分名を上げてるみたいじゃないか」
「………」
しかし、フランクに話し掛けるイクサに対し、ミナト君は視線を逸らしてツーンとしている。
「ミナト、ちゃんとイクサ王子に挨拶しろ」
「………」
スアロさんに言われても無視である。
「どうしたの? ミナト君……」
「……実はね、ミナト、昔から全然僕に心を開いてくれないんだよね」
そこで、珍しくイクサが落ち込んだ様子で語った。
「嫌われてるのかな? 理由が全くわからないんだけど」
「……うーん」
それに関しては、ほぼ初対面の私じゃ判断できないところだけど……。
でもまぁ、なんだろう、この子、結構猫っぽいし。
イクサも動物に例えると猫っぽいし。
そういう所が合わないのかもね。
「まぁ、何はともあれ、だ。明日の事については、一応王族同士の極秘の会合だ。ここで話すのも市民が多い。一旦、僕の邸宅に場所を移そうか。そこで明日の打ち合わせをしよう」
イクサが提案する。
流石、王族。
国の各地に別荘を持ってるんだね。
というわけで、ひとまず、私達はイクサの邸宅に向かう事にした。
街中を歩き進む私達。
「………」
改めて意識を傾けてみると、街が少しざわついているのがわかる。
いや、ざわついていると言うか……悪魔や邪竜に関連する騒動が続き、みんな不安なんだろう。
王都全体がピリピリしている。
警戒心が高まっているようだ。
「今こそ、神に祈るのです!」
通り掛かった街角で、聖教会の人達が、市民達に祈りを捧げるよう布教活動を行っている。
「悪魔の手から逃れるためにも、神に祈りなさい! 聖教会の信徒となれば、我等が聖なる神の加護に守られます!」
「………」
ここ最近の悪魔騒ぎもあって、活動が活発化しているようだ。
「更に、今入信すれば特別キャンペーン実施中! 魔除けの力が込められた護符をプレゼント! 入信手続き料もたったの10Gで……」
……なんだか怪しげな事を言ってる気がするけど。
何はともあれ、国全体が連日続く騒動を重く見ており、各々がそれぞれ動きを始めているという感じだ。
聖教会をはじめ、王国騎士団、冒険者ギルド、魔術学院、そして王族……どうなっていくのやら。
「着いたよ」
で。
私達は、イクサの邸宅に到着した。
驚いた事に、王都の中でも中央区付近ではなく、市民街側の一角に、彼の邸宅はあった。
大きさこそ、先日お邪魔したブルードラゴ家に負けず劣らずくらいの大きさだけど、まさか、こんな場所にあるなんて。
「王宮の近くじゃないんだね」
「まぁ、僕の家だからね」
シニカルに笑うイクサ。
なるほどね、納得。
国王の近くには、出来るだけ居たくないのだろう。
私達はイクサの家に通され、その中庭へと案内された。
広々として、芝生が敷かれた中庭は、運動するには持って来いの環境だった。
いいね、マウルやメアラ、エンティアが来たら喜びそうな場所だ。
「さてと、お腹は空いてるかい? 簡単に食事をしながら、明日の王城謁見の事について話を――」
イクサが喋り始めた――ところで、だった。
「姉様」
一緒に同行していたミナト君が、スアロさんへと声を掛けた。
「久しぶりに、僕と手合わせしない?」
ミナト君がスアロさんを誘う。
平静を装って言っているようにも聞こえるけど、ミナト君、結構目が泳いでいる。
勇気を振り絞ってお願いしたのかな?
「ミナト、今はイクサ王子とマコ殿が重要な話の最中だ。身を弁えろ」
しかし、その提案に対して、スアロさんが厳しく言い聞かせる。
シュンとするミナト君。
んー……?
今日お店にまで顔を出しに来たり、この提案と言い。
ミナト君ってもしかしてスアロさんの事……。
「あの、私は別に大丈夫ですよ。ミナト君の実力も見てみたいですし」
そこで、私がさりげなくスアロさんへ、ミナト君の希望を叶えるようにフォローした。
「しかし……」
「いいじゃないか。せっかく久しぶりに会ったんだし、面白そうだ」
イクサも私を後押しする。
「ミナトの手腕がどれだけ成長したのか、僕も見たいな。無論、スアロの腕も鈍ってないかね」
「……そうですか、それでは、私もやぶさかではない」
イクサから挑戦的に言われて、スアロさんも承諾したようだ。
「ミナト、ご厚意に甘えさせてもらおう。但し、手は抜くな。本気で来い」
「……うん!」
スアロさんに言われて、ミナト君は顔を輝かせる。
こうして、イクサ宅の広い中庭にて、スクナ一族の血を引く二人――スアロさんとミナト君が向かい合った。
おお、なんだか、武士同士の真剣勝負って感じ。
ドキドキする……。
「よーい……はじめ!」
イクサが開始の合図を発する。
スアロさんが腰の刀の柄に手を掛けたのと、ミナト君が地面を蹴ったのは同時だった。
凄い速さだ。
ミナト君は既に、両の腰、左右の剣をそれぞれ抜いた二刀流で、疾風のようにスアロさんへと飛び掛かっていた。
浴びせられる二つの剣戟を、スアロさんは腰から半身だけ抜いた刀で受け太刀。
弾かれるようにして距離を取ったミナト君は、重心を徹底的に落とした姿勢で、俊敏に動き回りスアロさんを攪乱する。
その動きは、まるで獣。
ミナト君の戦い方は、大人しそうな外見に反して、実に荒々しいものだった。
「凄い……」
「相変わらずの喧嘩剣法だね。でも、動き自体は効率的で理に適ってる」
獣のように跳ね、飛び、駆け回る。
爪を立てるように、噛み付くように、両の刃を駆使する。
人間離れした体術、体捌きを見せるミナト君は、正しくSランクに相応しい実力を示していた。
「……でも」
その波状攻撃に、スアロさんは防戦一方に徹している――。
――ように見えたけど。
「スアロの方が、一枚上手かな」
瞬間、鍔鳴り音。
スアロさんが得意とする、目にも留まらぬ光速の居合抜き発動。
ミナト君の体が、まるで花弁のように吹っ飛ばされ、地面の上をゴロゴロと転がった。
「……流石、姉様」
瞬時に起き上がり構えを作るミナト君。
その衣服の胸元が、切り裂けている。
「防御に徹してたのも、必殺の一撃を通すための隙を見定めてたんだ……流石だよ。手数は僕の方が圧倒的に多いのに、一つもダメージに繋がる一閃を打ち込めなかった」
「いや、お前も腕を上げたな、ミナト。切ったのは布一枚のみ。寸前で回避したということか」
「このまま続けてても、僕が負けてるよ。姉様には敵わない」
どうやら、互いに納得し、決着がついたようだ。
うーむ、私に言わせれば二人とも規格外の強さだったけど、それでもスアロさんの方がワンランク上なのかな?
「……ところで」
そこで、ミナト君が、スアロさんの腰の刀を指差す。
「姉様、得物、変えた? 前まで使ってたのと違うよね、それ」
よく見てるね、ミナト君。
でも彼の言う通り、今現在スアロさんの使っている武器は、おそらく以前までミナト君の知っていたものとは別物だ。
何を隠そう、私が《錬金》で生み出した(意図せずだけど)刀だから。
「この刀は、マコ殿が作り出したものだ」
興味津々のミナト君に、スアロさんが説明する。
「魔道具の刀で、魔力を籠めると斬撃を発射する効力を持っている。中々重宝している」
「へぇ……」
ミナト君は、驚いたような顔で私を振り返った。
スアロさんの高評価と、私が魔道具を生み出す力を持っているという点に、ビックリしたのかもしれない。
「あ、もしかして、ミナト君も欲しいの?」
「え?」
私が問うと、ミナト君は視線を逸らした。
「それは……」
「私、この刀五本作り出したんだ。で、全部イクサに売ったから。っていうことは、まだ四本あるよね?」
「ああ」
イクサはそこで、肩掛け鞄を開けると、中から昔に私が作って彼に売った魔道具の刀を、二振り取り出した。
おお、懐かしい。
「はい、お姉さんの上司からのプレゼントだよ」
「……どうも」
ちょっと嫌そうな顔をしながらも、ミナト君はペコリと頭を下げた。
※ ※ ※ ※ ※
「さてと、話し合いの前に、ちょっと飲み物でも取ってくるよ。マコはここで待ってて」
「私も行きます」
イクサが飲み物を用意しに、邸宅の方へと向かう。
スアロさんも、その後に付いて行った。
中庭には、私とミナト君だけが残される形となった。
……もしかしたら、Sランク冒険者同士話ができるように、イクサが気を利かせてくれたのかもしれない。
ミナト君は、先程もらった魔道具の刀の刃をジッと点検している。
「ミナト君ってさ」
「うん?」
そんな彼に、私は話し掛ける。
「お姉さんの事、好きなんだね」
「ブッ!」
不意打ちを食らったためか、ミナト君は盛大に噴き出した。
「な、なななな、なんで」
顔を真っ赤にして慌てるミナト君は、なんだか年相応の男の子って感じで、私は笑ってしまった。
「今日も、お姉さんがいるって聞いて、店まで来たんでしょ?」
「………」
図星を突かれて、黙り込むミナト君。
「いいじゃん。なんだか、互いにきちんと評価し合ってるところとか、とても仲が良い姉弟だと思うよ」
「……そうかな」
ミナト君は、呟く。
「姉様が僕の事をどう思ってるかは、わからないよ」
「え?」
「本当は、姉様がスクナ一族の当主の座に就いて、王族剣術指南役を担うはずだったんだ。なのに、イクサ王子の護衛になると言って城を離れた」
ギュッと唇を噛み締めるミナト君。
「姉様が誰よりも才能が有るのは一目瞭然だったのに。代わりに、僕が筆頭候補になったけど、はっきり言って実力は姉様の方が上だ」
「………」
「姉様は、僕を相応しいと認めてるのかな……」
なるほど、そんな経緯があったから、イクサに対してあんなに当たりが強かったんだね。
「それは、これからミナト君が示して行くしかないと思うよ」
落ち込み気味の彼に、私は言う。
「でも、ミナト君は腐ったり驕ったりせず、やるべきことをやってる。ゴールは見えないけど、ゴールに向かって進んではいるんじゃないかな?」
「………」
「頑張って」
としか、私からは言えないけど、ともかく強く彼を励ます。
「その刀、私が自分で作っておいて言うのもなんだけど、スアロさんのお墨付きももらってるから。きっと、ミナト君の役に立てると思うよ」
「……うん、ありがとう」
※ ※ ※ ※ ※
その後、戻って来たイクサ達と打ち合わせをし、明日の謁見を迎えるという形になった。
遂に、いよいよ、このグロウガ王国の主。
グロウガ国王と、対面の時だ。




