■15 オズ先生の授業です
「ゴーレム?」
「ゴーレムって何?」
「聞いた事があるような、無いような……」
オズ先生の発言に、教室内の生徒達はざわざわし始める。
「ま、マコ様……」
オズさんが助けを求めるように、私の方を見て来た。
やれやれ。
流石に、まだ何から何までスムーズに……とはいかないようだ。
「じゃ、オズ先生、早速準備の方を」
「は、はい」
私に促され、オズ先生は傍らの道具箱を開けると、中から持参したぬいぐるみを取り出す。
二足歩行の羊のぬいぐるみだ。
「ご、ゴーレムとは、魔力を使って土人形に疑似的な命を与え、使役する魔法の事を言います」
ぬいぐるみを抱きかかえながら、オズ先生は生徒達に説明をしていく。
「知能レベルは動物程度ですが、単純な命令を遂行するくらいはできます」
そう言って、オズ先生は指先に力を込める。
魔力の発露を示す、緑色の燐光が彼女の指先に集中していき――ある程度の大きさになったところで、オズ先生はまるで筆を走らせるように、その魔力の光を使ってぬいぐるみの額に、何やら模様を描いた。
古代文字っぽい紋様だ。
「い、今、このぬいぐるみにゴーレム化の魔力を込めました」
オズ先生が、ぬいぐるみを床へと置く。
すると、羊のぬいぐるみは自立し、両腕をピコピコと動かし始めた。
瞬間、わっと教室中が盛り上がる。
「すごい!」
「かわいい!」
自立し、てくてくと歩くぬいぐるみの姿に、生徒達は一瞬で心を奪われた様子だった。
そこで。
「先生」
一人の女子生徒が、オズ先生の前へと恐る恐る進み出て来た。
その手には、小さな兎のぬいぐるみが握られている。
「この子も、ゴーレムにできる?」
「あ、えーっと……ですね」
どうやら、この子の所有物のようだ。
女子生徒からの要望に、オズ先生はわたわたと手を振りながら言葉を紡ぎ出していく。
もしかしたら、生徒側から話し掛けられたのも初めてなのかもしれない。
「ゴーレムにする事は可能です……けど、ゴーレムに主人と認められるためには、自分自身の魔力でゴーレム化させないといけないので……」
そこで、オズ先生が女子生徒にゴーレム化の魔法のレクチャーを始めた。
魔力の練り方と、指先への集中の仕方。
そして、ゴーレムにしたい対象への魔力の込め方、魔法文字の書き方などを、ゆっくり、丁寧に。
女子生徒も、その教えを熱心に聞き、自分のぬいぐるみに、何度か失敗しながらも魔力を籠める事に成功する。
すると、兎のぬいぐるみがよたよたと起き上がり、女の子の肩にぴょんと跳び付いた。
「わあ! 成功した!」
「いいなー!」
「やったぁ!」
ゴーレム化の成功に喜ぶ女子生徒。
周りの生徒達も盛り上がる。
「先生! わたしにも教えて!」
「僕も!」
「わ、わわわわ」
我先にと周りに集まって来る生徒達に、オズ先生も困惑している。
一気に人気の先生になっちゃったね。
「オズ先生、はい、これ」
「へ?」
そこで、私は大きな布の袋を取り出す。
今日、彼女の授業に参加すると決まった段階で、店から用意してきたものだ。
袋を開けると、中には大量の、木彫りの動物が入っている。
アバトクス村名産直営店で販売している、ガライお手製の木彫りちゃん達だ。
「今日はみんなで、この動物達にゴーレム化の魔法をかけてみよう!」
私が提案すると、生徒達は「はーい!」と元気よく声を上げた。
その後、オズ先生に教わり、皆で木彫りの動物達を次々にゴーレム化させていく形になった。
猫、犬、兎、タヌキ、豚……色々な動物達が、みんなの机の上でぎこちなく動き回っている。
『コラー!』
「わ!」
そこで、一匹のイノシシの木彫りが鳴き声を発した。
「先生! 今この子、鳴いたよ!」
「な、鳴きましたね……」
「他の動物は鳴かないのに、なんでなんで!?」
「な、謎です……」
イノシシの木彫りだけ鳴き声を上げるという謎現象が起こったりしたけど(うちの村の木で作ったから?)授業はおおむね成功。
皆がしっかりと、人形をゴーレムにする事が出来た。
「こ、この授業ではゴーレム化の魔法だけでなく、魔力の練り方や維持のさせ方などのコントロールを教えました。魔法に慣れてきた際には、暴発やミスも起きやすいので、初心を忘れず気を付けてくださいね」
「「「「「はーーーーい!」」」」」
すっかり、オズ先生も生徒達と会話するのに慣れた様子で、授業の最後をきっちりと締め括る事が出来た。
「おもしろかったね」
「うん、でもなんだか疲れたー」
生徒達の間から、そんな声がチラホラ聞こえ始める。
みんな、本気で魔法の勉強に熱中したためか、張り切って魔力を使い過ぎたようで、へとへとになっている。
「オズ先生、授業の時間って、まだちょっとだけありますよね」
「あ、はい、あと十分ほど……残りは休憩時間にしようかと」
「よし、じゃあ、みんな疲れてるようだし、残り時間はおやつにしませんか?」
「へ?」
そこで私は、お店から木彫りの人形と一緒に持って来た、大量のお菓子を広げる。
「お土産のお菓子、みんなで食べよう!」
生徒達が、「わあ!」と、疲れも忘れて目を輝かせている。
やっぱり魔法使いの卵達と言えども子供、お菓子には目が無いのだろう。
「あ、あ、よろしければ、お茶もありますよ?」
そこで、オズさんが自分の持ち物である鞄の中から、いくつかの茶葉を取り出した。
茶葉……というより、薬草?
「わ、私の実家で作っている、薬草のハーブティーを淹れます」
「おお! すごい! 魔女さんのハーブティーとか本格的! オズ先生、お願いします!」
「う、うへへ、ありがとうございます……」
そんなこんなで、残りの時間はみんなでティータイムとなった。
お菓子とハーブティーで、和やかな時間を過ごす。
「………」
「ん? どうしました? オズ先生」
「い、いえ……マコ様、とても女子力が高くて、そ、尊敬します」
と、何故かオズさんも楽しそうだった。
※ ※ ※ ※ ※
そんなこんなで、授業は大盛況で終了。
「きょ、今日は本当にありがとうございました!」
学校の門の近くで、私はオズさんからペコペコ頭を下げられていた。
「いえいえ、オズ先生がちゃんとしていたからですよ。私はサポートしただけですから」
「そ、そんな事……マコ様がいたからこそ、私は冷静に話が出来て、安心して授業ができたんです……そ、その、マコ様」
そこで、オズさんは、チラチラと私を上目使いで見ながら、おずおずと口を開く。
「あ、あの、できれば、今後も……」
「いやぁ! 本日はありがとうございました!」
と、そこで、私達の会話に割り込んでくるように、大きな声を発しながら一人の男性がこちらへとやって来た。
神秘的な藍色のローブを身に纏った、如何にも魔法使いっぽい風貌の初老の男性である。
「あ、理事長」
「理事長? この方が?」
オズさんがコクリと頷く。
どうやら、この男性が魔術学院の理事長のようである。
「実は秘かに授業の様子を拝見させていただいていたのですが、実に素晴らしい! 初級クラスの子供達も魔力の操作やゴーレム化の魔法を楽しく学んでおり、見事としか言い表せられません!」
「あ、はぁ、どうも」
理事長が、凄い熱意で絶賛してくれる。
更に、ずずいっと距離を狭めて来た。
「マコ様には、今後も是非、我が校の先生として教壇に立っていただきたい!」
「え、ええ、それはちょっと……」
「是非是非、ここだけの話、報酬は弾みますので」
滅茶苦茶擦り寄ってて来る理事長。
オズ先生もどうしたらいいのか、困惑している。
いや、流石に学校の先生を請け負っちゃうと、色々と時間が……。
「すまないが、彼女に教職は務められないよ」
その時だった。
どこからか、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「それ以上に、多忙の身なのでね」
私とオズ先生、理事長が声の発生源を振り向く。
そこに、魔法研究院の制服を纏い、肩掛け鞄を装備した一人の青年が立っていた。
「イクサ!」
誰であろう、イクサ・レイブン・グロウガ。
現王位継承権第三位保有者であり、色々あって長い付き合いとなっている、この国の王子様の一人である。
「やぁ、マコ。久しぶり」
「どうしてここに?」
「君がここにいると聞いてね、急いで会いに来たよ」
そう言って悪戯っぽくウィンクするイクサ。
相変わらずである。
そして彼の後ろには、今日もボディガードのスアロさんが控えている。
「スアロさんも!」
「久しぶりだな、マコ殿。健在なようで何よりだ」
ふっとカッコよく笑うスアロさん。
一方、思いがけない人物の登場に口をパクパクさせている理事長に、イクサが視線を向ける。
「彼女、連れて行っても良いかな? ちょっと話があるんだ」
「……え、ええ! どうぞどうぞ! お邪魔致しました!」
流石に魔術学院理事長と言っても、王子には逆らえないようだ。
しかもイクサは、今や第三位王位継承権所有者。
遂この前まで放蕩王子と揶揄されていたのが、当時の第三王子を血祭りにし(と、国民は思っている)、第八王子を退け、悪魔に誑かされていた第三十七王子を更生させたのだ。
今や、その権威は凄いものなのだろう。
というわけで、私はイクサとスアロさんと共に、魔術学院を後にする。
「あ、オズ先生! 今日はお疲れ様! またね!」
「あ、はは、はい!」
別れ際、オズ先生とそう言葉を交わした。
オズ先生、最後に私に何か言おうとしてたけど……何だったかな?
まぁ、それは次に会った時でいいか。
※ ※ ※ ※ ※
で。
私とイクサとスアロさんは、ひとまずアバトクス村名産直営店へとやって来た。
「この店も、相変わらず大繁盛のようで安心したよ」
店の様子を見て、イクサが言う。
「改めてだけど、久しぶりだね、イクサ」
「ああ、やっぱり責務が増えると自由に動けなくなるね」
屋外スペースの適当な椅子に座り、私とイクサは向かい合っていた。
「観光都市バイゼルでの後始末や、その他諸々をスティング王子と協力してやっててね。軌道に乗ったから合流しに来たよ」
「そうだったんだね」
「ああ、で、来て早々なんだけど、ちょっと面倒な事になってね」
そこでイクサが、私に顔を近づけ、声を潜めて言った。
「国王に呼び出しを食らっちゃったんだ」
「国王? ……って」
「ああ、僕の父親、現グロウガ王国国王直々にさ」
イクサは、至極面倒臭そうな顔で言った。
「で、王城に行かなきゃならなくなった……あんまり顔を合わせたくない相手なんだけどね」
「断るとかは無理なの?」
「……題目が題目なんだよ。国王は、君に興味を示してるんだ」
……私?
イクサの言葉に、私は目をぱちくりさせる。
「僕と共に行動している、今巷で噂の《黒鉄の魔術師》に関して話を聞きたいんだそうだ。もしも断ったら、国王が直接君に接触してくるかもしれない」
イクサが、私を見る。
「それは正直、僕としてもあまり面白くない」
「まさか、国王が私を取って食おうとしてるとかじゃないんだし……」
「しない……とも言い切れないところが、あの男の怖い部分なんだよ」
真顔で言わないでよ、イクサ。
まぁ、なんやかんや、今までグロウガ国王に関するエピソードは色々聞いて来たからね……。
イクサがここまで言うって事は、相当の人なのかも。
「だから、今回は穏便に済ませてしまおうと思う。国王に君を悪魔討伐に関する立役者だと簡単に紹介し、色々あって僕の手助けをしてもらっていると伝える。君に手出しをさせ辛いようにね」
「うん……まぁ、早く話が纏まるなら、それがいいかもね」
「ああ、そうだ」
そこで、イクサが何かを思い出したように言った。
「君、他のSランク冒険者達と仲良くなるための活動中なんだってね? さっき冒険者ギルドを尋ねた時に、受付嬢が言っていたよ」
「ベルトナさんの事? うん、まぁ、一応ね」
「そうか。実はね、その国王と会う日、Sランク冒険者の一人、レードラークも出席の予定だ」
レードラーク・ディアボロス・グロウガ。
現第二王子にして、Sランク冒険者……だったか、確か。
「僕が間に立ってみてもいいけど……ハッキリ言って、彼と心を許し合えるなんて思わない方が良いかもしれないよ」
イクサは言う。
……確かに。
あの会合の日の時も、集まったメンバーの中で、一番得体が知れないと言うか……心の内が見えなかったのが、レードラーク王子だった。
「マコ殿は、Sランク冒険者の統括を考えているのか?」
そこで、スアロさんが口を開いた。
「統括と言うか……まぁ、そんな感じですかね」
「そうか。ならば、Sランク冒険者の一人には、スクナの一族がいる。私からもよろしくするよう言っておこう」
スアロさんは、言いながら横へと視線を流した。
「聞いているな、ミナト」
「……へ?」
いきなり言い放ったスアロさんに誘導され、私も彼女の視線の方向を見る。
店舗の角から半身を覗かせて、一人の少年がいた。
「あ」
おかっぱに近い切り揃えられた髪型に、腰に巻いたベルトで両サイドに二振りの刀を穿いている。
その姿、見覚えがあった。
Sランク冒険者の一人――ミナト・スクナ君だ。




