■14 オズさんとメイプルちゃんです
オズさんと出会って、彼女の悩みを聞き、そして彼女が魔術学院の生徒達に受け入れられるアイデアを思い付いた――翌日。
「さ、こっちです、こっちです」
「あ、は、はい」
私は、オズさんを連れて昨日と同じく、貴族ブルードラゴ家の前までやって来ていた。
昨日の今日だが、また来訪しても良いかとお願いしたところ――快く承諾してくれたのだ。
門を潜り、私達はお屋敷へと向かう。
「マコ様!」
私達がやって来ると、昨日と同じく、メイプルちゃんとお父さんとお母さんが出迎えてくれた。
「すいません、急に」
「いえ、我々は大丈夫ですが……そちらの方は?」
当主が、私の後ろに隠れるようにして、おどおどとしているオズさんを見て言う。
「ご紹介しますね。彼女はオズさん。私の知り合いで、魔術学院で教師をやっている方です」
「先生?」
メイプルちゃんがビックリしたように声を上げる。
「メイプルちゃんが魔術学院に編入するという事で、不安な点や質問等があれば、前もって聞いておくのも良いかと思いまして」
「それは、わざわざお心遣いをありがとうございます。メイプルの編入手続きは昨日、既に終えていますが、実際の編入自体は諸々の処理の関係でまだ少し先になると思われますので」
「はい、編入したら、おそらくオズさんが担当する初級者クラスに入る可能性も高いと思いますし」
私が説明すると、当主達は「よろしくお願いします」と頭を下げる。
貴族なのに、本当に腰の低い方々だなぁ。
「ま、まま、マコ様」
一方、オズさんはまだおっかなびっくりと言った感じで、私の服の裾をちょんちょんと引っ張ってくる。
「は、話は既に伺っているので、理解はしましたが……そ、その、クラス分けや配属なんかは学院側が決めるものなので、彼女が私の担当になるかはまだわからないのですが……」
「大丈夫、大丈夫、オズさん。それは、あくまでも可能性の話だから。本題は別だよ」
「へ?」
実際に、メイプルちゃんがオズさんの教え子になるかは、当然私もわからない。
今日、オズさんをここに連れて来た目的は、別のところにある。
「オズさんの担当してる初級クラスって、メイプルちゃんくらいの子供達が生徒なんですよね?」
「は、はい」
「だから今日は、メイプルちゃんといっぱいお話してみましょう。小さい子供を前にしても、緊張せず喋れるようになる練習」
「え、ええ!?」
オズさんは、生来の引っ込み思案から、教師として生徒とまともにコミュニケーションが取れていない――という悩みを持っている。
なので、今日は私が付き添って、メイプルちゃんに話し相手になってもらい、子供との会話に慣れてもらうために来たのだ。
私は、オズさんとのヒソヒソ話を終え、メイプルちゃん達の方へと向き直る。
「この後、メイプルちゃんとオズさんと、ちょっとお話させてもらってもいいですか? 学院の事とか、授業の事とか、メイプルちゃんから質問があれば、オズ先生に教えてもらいますので」
「ええ、構いませんよ」
「よ、よろしくお願いします!」
メイプルちゃんも、学校の先生を前にしてちょっと緊張気味のようだ。
というわけで、私達はお屋敷の中を通され――向かった先は、メイプルちゃんの部屋。
「では、ごゆっくり。後程、お茶とお菓子を持ってこさせますので」
「ありがとうございます」
私とオズさん、メイプルちゃんを残し、当主達は去って行った。
メイプルちゃんの部屋は、子供っぽいけど豪華な調度の多い、正にお金持ちの家の子の部屋といった感じだ。
「さて、と」
部屋の中央にある小さなテーブル。
そのテーブルを挟んで、オズさんとメイプルちゃんが向かい合って座る。
私もその隣に。
「じゃ、改めて紹介するね。彼女はオズさん。魔術学院の先生で、メイプルちゃんみたいな入学したての初級者のクラスを担任している方です。で、こちらはメイプルちゃん。貴族ブルードラゴ家のご息女で、もうすぐ魔術学院に編入予定です」
「よ、よろしくお願いします」
「よよよ、よろしく、お願い致します」
二人とも緊張している。
互いにぺこりと頭を下げると、その後また、無言に戻ってしまった。
「ほら、オズさん、何か」
私が、ちょいちょいとオズさんの服の裾を引っ張ると、彼女は「あと、えと」と、しばらく視線を泳がせ――。
「……ご、ごご、ご趣味は?」
お見合いかい。
「オズさん、ほら、学院の事とか」
「あ、そうだ、ええと……学院の事で、何か知りたい事とかがあれば、不安な事とか、お答えします」
たどたどしくはあるが、オズさんはメイプルちゃんにそう言った。
「あ、では」
それに対し、メイプルちゃんも聞きたい事があったのだろう。
顔を上げて、オズさんに質問する。
「最初の授業では、どんな事をするんですか?」
「さ、最初は、まだみんな魔法に詳しくないので、基礎的な魔力の意識の仕方や、動かし方とか、を学びます」
徐々に呼吸を落ち着かせながら、オズさんは言葉を紡いでいく。
「メイプルちゃんは、編入なので途中の授業にいきなり参加する形になりますが、最初の内は、徐々に慣れていくように先生がサポートしますので」
お、ちゃんと会話になってる。
説明するオズさんと、ふむふむと一生懸命聞くメイプルちゃんを見比べ、私は静かに見守る事にする。
「魔力の動かし方……」
「自分の中で、魔力の存在を意識するところから、ですね。あまり難しく考えなくても、大丈夫ですよ」
「それなら、何となくわかります。わたし、ずっと魔力を使って変装みたいなことをしていたので」
メイプルちゃんの発言に、オズさんが「へ?」と疑問符を浮かべる。
「こうやって……」
そこでメイプルちゃんは、自身の中で魔力を作動させたのだろう。
彼女の目の色が宝石のように輝きを増し、耳の形も変化した。
今の彼女は、どこからどう見てもエルフ族の少女だ(エルフ族、見たこと無いけど)。
「す、すごい! も、もう魔法が使えるなんて、て、てて、天才?」
メイプルちゃんの変化に、オズさんも興奮したように騒いでいる。
そんな彼女に、メイプルちゃんは身体の変化を戻しながら説明する。
「実はわたし、ブランクエルフなんです。生まれつき魔力の質が劣ってて、エルフ族に見捨てられて……こうして、今のお父さんとお母さんに拾ってもらったんです」
「あ……」
メイプルちゃんの告白に、オズさんも興奮を収める。
「い、色々、あったんですね……」
「……先生、学院では、友達は出来るでしょうか?」
言葉を濁すオズさんに、メイプルちゃんは言った。
友達……。
そっか、メイプルちゃん、友達が欲しいんだ。
今までずっと、一人で悩みを隠して生きて来たけど――これからは、本当の自分を曝け出して生きていけるようになった。
心を許せる友達が欲しいのだろう。
「……大丈夫ですよ」
そんなメイプルちゃんの悩みに、オズさんは――とても真剣な表情で答えた。
「学院には、メイプルちゃんと同じくらいの年齢で、同じく魔法使いを目指す子がいっぱいいます。きっと、仲良くなれますよ」
……ちゃんと、真剣に相手の気持ちを汲み取っている。
オズさん、性格は卑屈だけど、マジメで良い人だ。
オズさんの言葉に、メイプルちゃんも勇気づけられたようで。
「はい、楽しみです!」
と、元気に答えた。
なんやかんやで、結構良い感じの雰囲気だ。
「先生も、魔術学院で魔法を学んだんですか?」
「いいえ、私は魔女の一族で、森の奥でずっと暮らしていました。母と二人暮らしで、あまり外界に出ない……というより、出させてもらえなかったので、正直、私以外に魔法を使える人間がこんなにいっぱいいるなんて、知りませんでした」
「ずっと一人だったんですか?」
「はい、その間は、ぬいぐるみや人形を作って、ゴーレムにして友達になってもらっていて」
「へぇ、凄いです」
二人とも、すっかり打ち解けた様子だ。
その後も、しばらく仲良く会話を楽しみ――。
「それじゃあ、本日はこれにて」
「オズ先生、今日はありがとうございました!」
「こ、こちらこそ」
良い感じの時間になったところで、私とオズさんは、ブルードラゴ家を後にした。
「どうでした? オズさん」
「あ、ありがとうございました、マコ様。ちょっとだけ、勇気が出ました」
私が聞くと、オズさんは頬を紅潮させてそう言った。
よしよし、良い経験になったようで、何よりだ。
「ま……マコ様、一つご相談なのですが」
そこで、オズさんがおずおずと、私に尋ねて来た。
「はい?」
「あ、明日、私の受け持つクラスの授業の日なのですが……その、マコ様にも同席していただいてもよろしいでしょうか?」
「……へ?」
同席……って。
私も、一緒に授業に出るって事?
※ ※ ※ ※ ※
――で、翌日。
私は、オズさんと一緒に王都の中心部近く、広大な敷地を誇る魔術学院にやって来ていた。
「えーっと、オズさん……本当に、私も一緒に出るんですか?」
「お願いします! お願いします! わ、私、やっぱりどうしても不安で不安で! きっと、マコ様が近くにいてくださるなら、きっと、上手く行く気がするので!」
ぺこぺこと、平身低頭、オズさんは私に縋り付いて来る勢いで懇願してくる。
「すいません、すいません、本当に、お傍にいていただけるだけで十分ですので、お願いします! お願いします!」
うーん、ここまで悲痛な顔で頼まれたら断るのもなんだしなぁ……。
「わかりました、私は別にいいですよ、オズさん。というか、もう学院まで来ちゃってますし」
「う、うひひ、よかった、ありがとうございます、マコ様、優しい」
「でも、私は大丈夫ですけど学院的にはいいんですか? 部外者が勝手に授業に参加して」
「あ、い、一応大丈夫です、理事長の許可も下りていますので」
行動が早いなぁ。
「『あの《黒鉄の魔術師》が教鞭を振るってくださるのであれば、断る理由など無い』と、二つ返事で賛同してくださりました……えへへ、マコ様、やっぱり凄い方ですね」
褒めてくれるのはありがたいのだけど、今までの経験から察するに……騎士団や聖教会同様、魔術学院も自分達の勢力に私を取り込もうと考えてたりするんじゃないのかな?
……まぁ、考えすぎってこともあるけど。
とにもかくにも、そんな風に考えながら校舎の中の廊下を進み――私達は、オズ先生の担当するクラスにやって来た。
扉を開けて、教室へと入る。
既に、何十人もの子供達が席に着いていた。
本当に、まだ子供ばかり……みんな、マウルやメアラと同年代くらいだ。
そして、おそらくほとんど貴族や王族関連の子供達だからだろう、みんな身形の良い恰好をしている。
「………」
私達が現れると、皆ぴたりと雑談を止め、姿勢良く椅子に座ったまま動かなくなる。
どこか、表情が強張っているようにも見える。
……学校の授業だよね?
……軍隊じゃないんだから、そんなに張り詰め無くても良いと思うけど。
(……まさか……)
そこで、私は振り返る。
そこには、カチンコチンに固まっているオズ先生の姿があった。
いや……固まっているだけでなく、口を噤み、無表情と化している姿は、子供達からしたら怒っているようにも見えるかもしれない。
早い話が、怖いのだ。
(……オズ先生がみんなと仲良くできないのって、単純に彼女が口下手なのもあるけど……)
この雰囲気から察するに、きっと子供達もオズ先生とどう接していいのかわからないのかもしれない。
というか、恐怖しているのかも。
何せ、相手はまだ年端も行かない子供達ばかりだし。
「ほら、オズ先生、肩の力抜いて」
私は、ガチガチになっているオズ先生の背中をポンポンと叩く。
そして改めて、生徒達の方に向き直ると。
「皆さん、おはようございまーす」
ホームセンター時代、母の日の寄せ植え教室や、夏休みの工作教室をやっていた時のように、柔和な笑顔を浮かべて子供達に接する。
私の姿に、生徒達の間から「誰?」「新しい先生?」という声が聞こえ始める。
「はじめまして、私はマコ。マコ先生って呼んでください。今日は、オズ先生のお手伝いに来ました」
よろしくね、と言うと、生徒達も少し戸惑いながらも「よろしくお願いします!」と元気よく答えてくれた。
「よ、よろしくお願いします!」
「いや、オズ先生はもう大丈夫ですから」
教壇の上でペコペコとお辞儀するオズ先生。
その動作に、生徒達の間からクスクスと笑い声が漏れ始めた。
お、良い感じの雰囲気。
「じゃ、オズ先生。今日の授業を始めましょう」
「あ、は、はい」
深呼吸をし、オズ先生が私の前に立つ。
先日、彼女と話し合った――きっと子供達からの人気も出るであろう授業。
それを、開始する。
「きょ、今日はみんなで、ゴーレムの作り方を学びたいと思います!」