■13 魔術学院と《黎明の魔女》です
「ようこそいらっしゃいました。マコ様、ガライ様」
「あ、どうも、お久しぶりです」
「……メイプルがお世話になっています」
貴族ブルードラゴ家。
その豪勢な外観の邸宅の中は、やっぱり同様に豪勢なものだった。
以前利用させてもらった、観光都市にあるイクサの別荘に勝るとも劣らない内装。
そのお屋敷の中へと通された私とガライの前に、壮年の紳士然とした風貌の男性と、気品のある女性が立つ。
ブルードラゴ家当主――つまり、今のメイプルちゃんのお父さん。
そしてその奥さん――メイプルちゃんのお母さんである。
「バイゼルの地でお会いして以来ですね。いや、あの時は驚きました。まさか、デュランバッハ氏のおっしゃっていた、新たな観光都市を作り支える若女将が、マコ様の事だったとは」
「若女将って……」
私は苦笑する。
まぁ確かに、温泉やら海鮮料理やら、やってる事は旅館っぽかったけどね。
「積もる話もありますが、まずは単刀直入に――今日、お二人にご足労いただいた理由をお伝えします」
「あ、はい」
そう、今日私達が、ブルードラゴ家にお呼ばれした理由。
「えっと、確か、メイプルちゃんが私達に会いたいって言ってたんですよね?」
「ええ」
私が言うと、当主は微笑みながら頷く。
同時に、奥さんの方が、先程とは打って変わって、ちょっと緊張気味になっているメイプルちゃんの背中を押す。
「ほら、メイプル。お二人に伝えたい事があるのでしょう?」
「は、はい」
そう言われ、メイプルちゃんも意を決したのか、ギュッと可愛らしく拳を握って、私達の方を見上げる。
なんだろう?
「あ、あのですね……マコ様、おじさん」
少しだけ言い淀んだ後、メイプルちゃんは遂に意を決する。
「わたし、魔術学院に通いたいと思ってるんです!」
と、そう言った。
「魔術学院?」
「王都で運営されている、主に貴族や王族などの氏族が多く通う、魔法使いを育成するための学院です」
当主が説明する。
「メイプルは《ブランクエルフ》……エルフの亜人です。確かに、所有する魔力の質は純粋なエルフと比べれば劣るようですが、それでも魔力の量は弱くはない」
そう、メイプルちゃんはエルフ族の中でも忌み子とされる存在――通称、ブランクエルフだった。
エルフ族は高濃度の魔力を持つ種族らしいが、彼女はその力が著しく欠けた存在なのだという。
しかし、それはエルフ族と比べたら――の話。
今でこそ本当の姿をしているが、以前まで彼女はその魔力を使って、自身を純エルフ族に見せ掛けるように作用させていた。
「成長するにつれ、メイプルの持つ魔力の量は徐々に増加してきているようです」
「それで、魔術学院に?」
「魔術学院で魔法を学べば、後学のためにもなります。魔法を使える者は、それだけで様々な仕事でも重宝される存在になる。何より――」
そこで当主は、メイプルちゃんに向けていた視線を、私達の方へと。
「これは、メイプルたっての希望。この子は、お二人に憧れているのです」
「え?」
メイプルちゃんは、少し顔を俯かせている。
しかし、その頬が真っ赤になっているのがわかる。
「ど、どう思いますか?」
メイプルちゃんが、真剣な目で私達に問い掛けて来る。
「魔術学院に通っても、大丈夫だと思いますか? それとも、辞めておいた方が良いでしょうか?」
なるほど、今日は、それを私達に聞きたかったのか。
メイプルちゃんも、自分の夢にいまいち自信が持てないのかもしれない。
それは少なからず、彼女がかつて、同種族に劣等という理由で見捨てられた過去に起因しているのだろう。
「それは、私達が決める事じゃないよ」
私は言う。
見放すような言い方ではなく、彼女自身に自信を持たせるように。
「ね、ガライ」
「ああ」
私が振ると、ガライも頷く。
「……ただ、俺から一つ言える事があるなら」
そこでガライは膝を折り、メイプルちゃんと目線を合わせた。
「絶対に後悔しないように、自分の本心に従え。大丈夫だ、絶対に上手く行く」
ガライは、メイプルちゃんの頭に優しく手を乗せる。
「もしも自分の望むような結果が訪れなかったとしても、また別の最良の結果が訪れるかもしれない。俺も、あの時お前を助けた事に後悔は無い」
「おじさん……」
「確かに、俺は闇ギルドを追われ、居場所を失った」
そこで、ガライが私の方を見た。
「だが、新しい居場所が見付かったからな」
そう言われ、私もちょっとにやけてしまった。
……ふふ、照れるね。
「……わかりました!」
ガライの言葉に、メイプルちゃんも勇気が出たのだろう。
大きく頷き、宣言する。
「わたし、魔術学院に通って、絶対にマコ様やおじさんみたいな、凄い人になります!」
「うんうん、その意気、その意気」
※ ※ ※ ※ ※
というわけで、メイプルちゃんのお悩みは無事解決。
その後、ブルードラゴ家でとても豪華なお食事を一緒にさせてもらい、私達は帰路に着く。
「いやぁ、凄い料理だったなぁ」
私とガライは、二人で路地を歩く。
貴族の居住区を抜け、徐々に町並みは市民区のものに。
賑やかな商店街へと変わっていく。
「………ん?」
と、そこで、私は再び違和感を覚えた。
背中に感じる、何か視線のようなもの。
……これって。
「気付いたか? マコ」
「うん、ガライも?」
どうやら、ガライも同様の違和感を持っていたようだ。
「誰かに、尾行されてるのかな?」
「おそらくな」
ガライと一緒に王都で尾行されるなんて、これで二回目だよ。
まぁ、あの時はレイレが犯人だったけど。
「……こっちに行こうか」
「わかった」
私達はヒソヒソと話し合い、わざと人の多い表通りから、脇道の路地裏へと入った。
「追って来るかな?」
「しばらく歩くぞ」
私達はそのまま路地裏をしばらく進み、ある曲がり角に入ったところで立ち止まる。
待ち伏せだ。
――しばらくすると。
入り組んだ路地裏で私達を見失い掛けたからか、追跡者が速足で、慌てた様子でやって来た。
曲がり角を曲がった瞬間、そこで待ち構えていた私達と対面し、体を跳ね上げた。
「!」
「何か用?」
全身黒尽くめの人物だった。
頭に被った帽子で、顔も隠している。
瞬間、その人物は私達に背を向け、一目散に逃げ出そうとした。
「逃がさない!」
叫び、私はスキル《塗料》を発動。
生成したのは〝蛍光塗料〟。
コンビニ強盗の際に、レジ販売員が投げ付けるカラーボール――その中に入っているものと同じような塗料だ。
手中に生成したそれを、私は追跡者に投射する。
「きゃっ!」
〝蛍光塗料〟を投げ付けられた拍子に、相手は悲鳴を上げてこけた。
被っていた帽子が脱げて落ちる。
下から現れた顔は、女性だった。
「え?」
私は、その女性に見覚えがあった。
顔を覆い隠すほどの長い黒髪。
落ちた帽子は、よく見ると大きな三角帽。
服も、全身黒尽くめだが、女性っぽい服装だ。
露わになった顔――両目を怯えたように泳がせている彼女。
どこかで見た……そうだ、Sランク冒険者同士で集まった、あの会合の時。
「確か……オズさん?」
会議中、一切声を発さず、と言うか身動きしているところすらほとんど見えなかった人物。
《黎明の魔女》の、オズさん。
「あ、あ、あ、あの、その」
オズさんは、慌てた様子で口を動かしている。
でも、少し過呼吸気味になって声が続いていない。
ちょっとパニックになってるのかな?
「俺達に、何か用か?」
ガライが言いながら膝を折ると、オズさんは「ひっ」と悲鳴を上げて口をパクパクとさせる。
ガライの威圧感に当てられて喋れない――というより、様子がおかしい。
「ガライ、ちょっと待って」
私も一緒になってしゃがみ、オズさんに視線を合わせる。
「えーっと、何か、私達に用事があるんですか?」
「も、ももも、申し訳ございませんでした!」
私が緊張させないように話し掛けると――彼女は瞬間、身を翻して土下座した。
土下座!?
「いやいや、どうしたんですか!?」
「わ、私、決してお二人に危害を加えようとか、そのような悪意はなくてですね!」
「なら、どうして尾行してた?」
「ひ、そ、それは、あの、その」
あわあわと、身振り手振りがめちゃくちゃになっていくオズさん。
涙目の上に目が回っている。
ついでに呂律も回っていない。
……これは、一旦落ち着かせる必要がありそうだね。
「えーっと、ここで話すのもあれですし、ちょっと表通りに戻りません?」
私は提案し、ひとまず路地裏から撤退する事にした。
※ ※ ※ ※ ※
で、表通りに戻り。
私達は、とりあえず目についた軽食屋(喫茶店のようなお店)に入った。
「ごめんなさい、お洋服汚しちゃって」
「い、いえ、そんな、わ、私が悪いので……」
〝蛍光塗料〟のベットリついた外套を脱ぎ、オズさんはどもりながら言う。
頭に被った三角帽も手伝い、格好は完全に魔女と言った感じだ。
オズさんは、前髪の間からチラチラと私の方を見ながら、顔に笑みを浮かべている。
「あの、どうしました?」
「あ、ふへへ、す、すいません」
私が問うと、彼女は遠慮がちな笑声を漏らす。
「その、お、お二人ともお優しくて、あ、あ、安心しました」
彼女、あまり人との会話に慣れていないのかもしれない。
「それで、オズさん。今日は私達に、何かご用があったんですか?」
改めて、本題へ。
聞くと、オズさんはきょどきょどと目線を泳がせ「あの、その……」と呟くと。
「その、実は……わ、私、マコ様に、憧れておりまして」
「へ?」
不意に言われ、私も驚く。
え、ほとんど接点無いですよね? 私達。
「実は私、冒険者でもあるんですが、同時に、ちょっと前から魔術学院で先生をやらないかとお誘いを頂いて、それで教師も請け負っておりまして」
「はぁ」
「まだ幼い生徒の多い、初心者クラスを担当しているのですが、そ、その、私、性格が卑屈すぎて、子供達とどうやっても上手く接する事が出来ず、冒険者の任務もソロばかりでしたので、あの」
「教師としての仕事が、軌道に乗っていないと」
「は、はい……それで、そんな中、あの会議の時、マコ様の明るく、皆さんとすぐに仲良くなった、あのお姿を拝見いたしまして」
Sランク冒険者同士の会合の時。
まぁ、確かに、荒れてる状況を、お土産を配って一時的に鎮静化はしたけど。
「そのお姿に、物凄く感動しまして、ちょ、直接お近くで見ていれば、お手本になるかと思いまして」
「で、尾行していたと」
なるほど。
性格が暗く、コミュニケーション能力に自信が無いらしい。
……しかし、だからと言って尾行はどうだろう?
「学校の先生になれば、そんな性格も少しは改善すると思ったんですけど、や、やっぱりそんな簡単にはいかず……」
「……あれ?」
と、そこで。
喋っている途中のオズさん――の後ろの壁に掛けていた、彼女の外套。
その表面が、もぞもぞと何やら動いている――と思っていたら、中からポンッと、ぬいぐるみが顔を出した。
腕の中に納まるサイズの、クマのぬいぐるみだ。
「え! オズさん、あれって」
「へ? あ、あわわ!」
まるで生きているかのように、クマのぬいぐるみは外套から飛び出すと、テーブルの上に着地する。
そしてペタンと寝転がり、コロコロと転がり出した。
え、かわいい!
「すすすす、すいません!」
「凄い! どうやって動いてるんですか、これ」
慌ててぬいぐるみを回収するオズさんに、私は興味津々で聞く。
「こ、これは、ゴーレムと言いまして、私が作ったものです」
「ゴーレム?」
「ほ、本来は土を使って作るのですが、その応用でぬいぐるみを動かしていまして……」
あの、その、と挟み、オズさんは語り出す。
「私、魔女の一族なんです。この国の大昔から続く、原初の魔女の一族……その末裔」
「……魔女」
「なのですが、あまり人界と接する事の無い、森の奥で密かに暮らしてきた一族なので……その、ずっと昔から、友達が居なかったんです。その間、友達に憧れてゴーレムばっかり作って来たので、ゴーレム作りは得意なんです」
「へぇ」
私は、オズさんの腕の中で大人しくしているぬいぐるみを見る。
ゴーレム作りが得意なんだ……。
「……そうだ」
そこで、私は良いアイデアを思い付いた。
「オズさん。あなたのその能力があれば、きっと子供達の人気者になれますよ」
「へ、へ?」




