■11 ヴァルタイル家でパーティーです
「「「わーい! できたー!」」」
山間にヒッソリと建てられた、ヴァルタイルとその娘達、ミミ、メメ、モモの住む家。
その家の外観が今、私のスキル《塗料》によって生成されたペンキで、華やかに彩られていた。
……うん、ちょっと華やか過ぎるかもしれない。
「すごーい!」
「かわいー!」
と、ミミ達は嬉しそうにはしゃいでいるが――その外壁の色は、完全にピンク色である。
ピンクをメインに、赤やオレンジなど……とにもかくにも暖色系で包まれ、かなり目立つ風貌のマイホームになってしまった。
しかも、ただ色で染め上げただけではなく、星型やハート形のマスキングをして、色々とキュートに装飾されている。
「えーっと……どうでしょうか? ヴァルタイルさん」
「………」
私は恐る恐る、ヴァルタイルに聞いてみる。
目前、ファンシーに生まれ変わった我が家を見て……ヴァルタイルは、かなり微妙そうに顔を引き攣らせていた。
……しかし。
「……まぁ、あいつ等が喜んでるなら、俺は別に良いがよぉ」
ペンキの飛んだ顔を向け合い、マウル達と楽しそうに騒いでいるミミ達の姿を見て、ヴァルタイルは嘆息混じりに言った。
それを聞いて、私も安心する。
「よーし、みんな、お疲れ様! おやつの時間にしようか」
「え! おやつ!?」
「おやつ! おやつ!」
さて、パーティーの時間だ。
騒ぎ出す皆に体の汚れを落とすように言って、私は早速準備に取り掛かる。
石を積んで火を熾し、簡易的な竈を作る。
もう何度もやっているので、慣れたものだ。
『何を作るのだ? 姉御』
『おやつと言っていたな』
エンティアとクロちゃんがやってきて、私の手元を覗き込む。
私は、鞄を開けるとトウモロコシの粒を取り出す。
そして、乾燥されたこのトウモロコシの粒を、スキル《錬金》で錬成した〝フライパン〟の上で焙り始める。
そう、作っているのはポップコーンである。
ちなみに、ポップコーンに使うトウモロコシの粒は爆裂種という種のものが必要なので、普通のトウモロコシは焙ってもポップコーンにはならない。
ウィーブルー家当主にお願いして、今回専用のものを用意してもらったのだ。
「何気に、私もポップコーン作りって初めてだからなぁ。上手くできるか――」
と呟いていたら、早速フライパンの上で破裂音が響いた。
『あっちゃあああ!』
はじけたポップコーンが一つ、エンティアの鼻先に命中した。
「わっ! ポップコーンってこんなに勢いがあるんだ!」
『ははははは! 馬鹿め! 無様な姿を晒して――あっつぅぅう!』
転がるエンティアの姿に爆笑していたクロちゃんの鼻にも、ポップコーンが炸裂した。
言っている間に、凄い速度でぽんぽんと弾けるポップコーン。
私は慌てて、〝鍋蓋〟を錬成し〝フライパン〟の上にかぶせる。
「どうしたの、マコ!?」
「すごい音!」
音を聞き付け、マウルやミミが家の中から飛び出してきた。
「ううん、大丈夫、大丈夫……はぁ、びっくりした」
何はともあれ。
最終的に、フライパンから溢れ出すほど出来上がったポップコーンを、木皿の上に乗せて、軽く塩を振るう。
「はい、できたよー」
「わーい!」
「いただきまーす!」
出来立てのポップコーンに、皆が手を伸ばし頬張る。
「おいしー!」
「ふわふわー!」
『うむ、変な食感でなかなかいけるな!』
子供達に加えて、エンティアとクロちゃんも絶賛である。
更に、店で販売予定の新商品のドリンク――ウーガの作ったショウガを使った、ジンジャーエールも持って来た。
前にジャンクフードセットを作ったので、今回は映画館セットといった感じである。
「うん、これも美味しいよ、マコ」
「また人気が出るかもね!」
メアラとマウルも堪能している。
よし、ポップコーンもお店で販売決定かな。
「………」
そこで、ヴァルタイルがやって来て、皿の上に山盛りになったポップコーンを一つ摘まむと、口に放り込んだ。
「どうかな? ヴァルタイル」
「……ハッ、悪くねぇな」
そう言って咀嚼するヴァルタイル。
これでも、結構心を開いてくれている方だと信じたい。
「よっし、じゃあ本格的にお菓子作りに入ろうか」
「まだあるの!?」
ミミ達が、キラキラした目を向けて来る。
ポップコーンは、言うなれば前哨戦。
ここからが、皆で楽しく行うお菓子作り教室である。
と言っても、ここの環境や設備の問題もあるので、そこまで本格的なものは作れない。
「うん、これを使うんだけどね」
なので、今日至極簡単な、幼児でも楽しめるようなメニューにする。
私が鞄から取り出したのは、数枚の板チョコ。
アバトクス村名産直営店の近くの、お菓子屋さんで仕入れて来たものだ。
「あ! チョコ!」
「こうきゅうしょくひんだ!」
「食べ過ぎるとむしばになっちゃうやつ!」
それを見て、ミミ達が騒ぎ出す。
チョコはあんまりヴァルタイルに与えられてなかったんだね。
「このチョコを溶かして、みんなで色んな形にデコレーションしたいと思うんだ」
いわゆる、ヴァレンタインフェアの時とかに売っているようなチョコレート作りだ。
この山間の気温の低い環境なら、作り置きしても大丈夫だろうし。
「というわけで、ヴァルタイル。いいかな?」
「あぁ? ……まぁ、しょうがねぇな、特別だぞ」
一応、お父さんに許可を取る私。
ヴァルタイルも渋々と言った表情ながら、認可してくれた。
「ありがとう。じゃ、ヴァルタイルも一緒に協力してね?」
「……あん?」
※ ※ ※ ※ ※
「何で俺が、こんな事……」
「いやぁ、火を熾すよりも手間がかからなくて早いし、いいかなーと思って」
私がヴァルタイルにお願いした協力。
それは、彼の持つ魔法の力で、板チョコを溶かす手伝いをしてもらいたいというものだった。
魔法、と言うより、ヴァルタイルが《不死鳥》として元々持つ能力――オルキデアさんやフレッサちゃんが、植物に影響を与えるみたいな――なのかもしれないけど。
ともかく、体から自在に炎を生み出し操れる彼が手をかざすと、紅蓮の炎が発生。
私の錬成した〝大鍋〟の中の水が、一瞬にして煮立った。
「おお! 流石の火力! ありがとう、ヴァルタイル!」
「「「ありがとー、おとーさん!」」」
三人娘の合唱に、ヴァルタイルは険の抜けたような表情になる。
さて一方、早速私は煮立ったお湯を人数分錬成した〝ボウル〟に分け、その上にまた別のボウルを乗せ、刻んだチョコを入れる。
お湯の熱でゆっくり溶かしたチョコレート。
続いて、それをデコレーションするための〝型枠〟を生み出す事にする。
スキル《錬金》を発動し、ハート形や星型などの型枠や、アルミ箔のチョコモールド等を生成した。
「この中にチョコを注いで、色んな形にするんだよ」
「モモはハート形!」
「じゃあ、メメは星型ね!」
「マコ、中に木の実とか入れてみても良い?」
「うん! 良いアイデアだと思うよ、マウル」
そんな感じで、みんなでワチャワチャしながら、お菓子作りに没頭。
そして、チョコを一通り、型枠へ注ぎ終わったところで――。
「よし。じゃあ、よろしくね、レイレ」
「了解したわ」
昨日のメンバーからソルマリアさんが抜け、代わりに追加となって付いて来てもらったレイレが、チョコに手を翳す。
ヴァルタイルの時とは逆に、レイレの持つ魔法の力――冷気の力により、チョコが冷え、徐々に固まっていく。
「すごい! もう固まっちゃった!」
「ちべたい」
やがて、出来上がったチョコを型から抜いて――完成。
そこには、様々な形をした、目にも楽しく、何より可愛らしいチョコレートの山が出来上がっていた。
「わーい! できたできたー!」
完成に喜ぶ子供達。
いいね、こんな感じのノリでできるなら、私達のお店で王都の子供達やお嬢さん達を集めて、お菓子教室みたいなのを開けるかも。
何より、出来上がったチョコも想像以上に良い出来だ。
形も色々作れて、尚且つ中に色んな木の実やドライフルーツなんかを入れて多様化出来たら、チ●ルチョコみたいな感じで売れるかも。
……いけないいけない、また商売の事を考えてしまっていた。
今は、それよりも。
「ミミ、メメ、モモ、お父さんに何か、プレゼントがあるんじゃなかったっけ?」
「あ、そうだそうだ!」
「おとうさん! おとうさん!」
私に言われ、ミミ達が、少し離れた岩の上に腰掛け、見学していたヴァルタイルの所へと駆けていく。
「あん? どうした」
「「「はい、これ!」」」
三つ子が、ヴァルタイルに大きなハート形のチョコを渡す。
その表面に、ホワイトチョコを使って『おとうさん、いつもありがとお!』と書かれている。
「プレゼントだよ!」
「いつも、ミミ達のためにありがとうね!」
「………」
ヴァルタイルは、チョコレートを黙って受け取る。
そして、しばらく沈黙したかと思うと――その場に背を向け、ちょっと遠くの方に早足で歩いて行った。
その背中が、少し震えてるような……。
……え、もしかして。
「ヴァルタイル、泣いてる!?」
「泣いてねぇよ!」
私の言葉に、ヴァルタイルはすかさず吠えて返してきた。
そんなこんなで。
「「「「「「いっただっきまーす!」」」」」」
みんなで、早速チョコを食べる事に。
「ふにゃぁ、おいし~」
「あみゃ~い」
と、ミミ達はチョコレートを口の中に入れると、甘ったるい声を上げた。
チョコより何より君達がとろけちゃってるね。
「あ、エンティアとクロちゃんは食べちゃダメだよ」
私は、二匹に注意する。
犬(というか、狼)にチョコはダメだからね。
『ふふん、わかっておる。以前、体に悪い木の実を食べて痛い目に遭っているからな。神狼の末裔として、同じ過ちは踏まんぞ』
『このマヌケと同じ過ちをする俺ではない』
そう言って、ポップコーンをもくもく食べるエンティアとクロちゃん。
「……神狼?」
するとそこで、ヴァルタイルがエンティアの漏らした発言に反応した。
「お前、神狼なのか?」
『む? そうだが?』
ヴァルタイルに問われ、顔を上げるエンティア。
あれ? というか、凄く自然で見落としそうになったけど、ヴァルタイル、エンティアと会話できるんだ。
もしかして、同じ魔獣……神獣だから、なのかな?
ヴァルタイルは上から下へ、ジッとエンティアの姿を見回す。
そして、小さく嘆息を漏らした。
「……なんだ、あいつ、しっかり子孫作ってんじゃねぇか」
『む? 貴様、何か神狼について知っているのか?』
ヴァルタイルの放った意味深な発言に、すかさずエンティアが食いつく。
自身を神狼の末裔と名乗るエンティアだったが、そもそも本当に彼が神狼の血族だと証明できるようなものは(私のスキル《テイム》を除いて)何一つ無かった。
ヴァルタイルは、エンティアの先祖の事を知っているのだろうか?
「あぁ? 別に、大昔にひょんな事から神狼と知り合ったってだけで――」
刹那だった。
いきなりその場に、突風が発生した。
「きゃあ!」
本当にいきなり、突然だった。
一瞬前までの、のんびりとした空気を破壊するように、巻き起こった強風が周囲の石や砂を、お菓子を、そして皆の体をも吹き飛ばさんとする。
「危ない!」
私はすかさず、マウルとメアラの手を掴む。
レイレはフレッサちゃんの手を。
ヴァルタイルは、空中に浮かび上がったミミ、メメ、モモの体を纏めて抱きかかえた。
『何事だ!?』
エンティアが、空を見上げる。
そこに、巨大な影が浮遊していた。
太陽を背にしているため、姿が影になって、一瞬わからなかった。
しかし、大きな翼を上下させ飛翔しているその存在には、見覚えがあった。
そう――しばらく前、あの王都を襲った、邪竜……ネロの姿に。
「……ドラゴン?」
ドラゴンだった。
体全体をエメラルド色の美しい鱗で覆った、首の長い四足歩行の魔獣。
それが、目の前にいる。
『なんだ、こいつ……どこから現れた』
クロちゃんが、体勢を低く落としながら呟く。
本当にその通りだ。
私は、レイレとエンティアに目配せし、怯える子供達を守るように移動してもらう。
「ヴァルタイル、あれって……」
「ああ、見ての通りドラゴンだ」
ヴァルタイルに問い掛けると、彼は即答した。
「《エアロドラゴン》……ずっと向こうの、ここよりも高い山の山頂で暮らしているドラゴンだ。翼で嵐を生み出し、口からは衝撃波を撃って来る」
そんなドラゴンが、どうしてここに?
疑問は深まるばかりである。
その時だった。
「……あれ?」
私は、その《エアロドラゴン》の胸に埋まった――これまた見覚えのあるアイテムを見付けた。
ドラゴンの表皮に根を張るように食い込み、心臓のように脈動している邪悪な色合いの石。
そう、ネロの胸にも埋め込まれていた……。
「体に、魔石が埋め込まれてる?」
魔石……確か、ドラゴンの力を高めるとか、ネロがそう言っていた宝石の一種……。
そう考えた瞬間、《エアロドラゴン》が、大きく口を開いた。
刹那、発射される突風――衝撃波。
この場から、遥か彼方にまで吹き飛ばれてしまいそうなほどの威力を感じる。
私は咄嗟に、スキル《錬金》により〝防災シェルター〟を錬成しようとした――。
が、それよりも早く、ヴァルタイルが私達の前に立ちはだかっていた。
彼の全身から紅蓮の燐光が噴き出し、巨大な炎の渦と化す。
いや、それは炎で出来た両翼。
左右の翼が、私達を包むようにして、突風から守ってくれた。
「……チッ……おい、クソドラゴン」
風を防いだヴァルタイルが、眼前を浮遊する《エアロドラゴン》を睨み上げ、威嚇する。
「誰の娘と……あー……客人に攻撃してんだ、コラ」




