■10 ヴァルタイルとその娘達です
「わーい! なおったー!」
「やったー!」
「よかったね、モモ!」
ソルマリアさんの《治癒》は、あっという間に終わった。
体調の全快したモモが、ベッドの上で飛び跳ねる。
すると、それに同調するように、ミミとメメもベッドの上で飛び跳ねる。
動きがシンクロしている。
流石は三つ子達。
しかも、ぴょんぴょんと軽やかにジャンプしたかと思ったら、空中でくるりと回ったり、バク宙までし出した。
中々、運動神経が凄い――野生児のようである。
「あらためまして、自己紹介いたしまする」
そこで、三つ子はベッドの上に並んで正座。
「ミミです」
「メメです」
「モモです」
そして、順番にぺこりと頭を下げ。
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします。みんな、お行儀が良いね」
「でへへ」
「褒められちった」
私が言うと、三人は嬉しそうに笑う。
「本当に。ヴァルタイル様の教育がきちんとしているのでしょう」
「たかが挨拶しただけだろうが」
ソルマリアさんの言葉に、ヴァルタイルは壁際に背中を預けながら吐き捨てる。
「みんな、頭から耳が生えてるね。獣人なの?」
「うんうん」
「ミミ達はヤマネコの獣人だよ」
「《ケットシー》っていう種族だよ」
頭の上の三角耳や、お尻の上から生えた尻尾を見せて来る三つ子。
やっぱり、獣人だったようだ。
でも、だとすると……。
「じゃあ、ヴァルタイルの娘っていうのは……」
「……血は繋がっちゃいねぇよ。拾ったガキだ。悪いか?」
なるほど、そうだったんだ。
「ううん、別に文句は無いよ。他人の家庭環境に口出しはしません」
「………」
「あ、そうだ、ミミ、メメ、モモ。ちょっと待っててね」
私は家の外に出ると、そこで待機してもらっていたエンティアの背中から、荷物を下ろす。
お店から拝借してきた商品だ。
そして、「「「なになに~?」」」とやって来た三人の前で、それを広げる。
「うちのお店から持ってきたお菓子だよ。食べる?」
店で扱っている果物の他に、ポテトチップスや芋餅など、お菓子の山を手土産に持ってきたのだ。
それを見て、三人は「「「わー!」」」と大歓声を上げた。
「すごいすごい!」
「お菓子だー! フルーツだー!」
「あ、これ、モモ達が大好きなやつ!」
モモが、ポテトチップスを指差して言う。
「これ、好きなの?」
問い掛ける私。
「うん、前におとうさんに買って来てもらったんだ!」
「おねえちゃん、あのお店のてんちょうさんなの?」
「そんけい!」
そう言って、キラキラした目を向けて来るミミ達。
そっか、評判が良いのは知ってたけど、ここまで影響があったなんて。
そう言えば、前にSランク冒険者が集合した時にもお土産に持って行ったけど、その時ヴァルタイルがちょっと興味有り気に反応してたのは、これが理由だったんだ。
私は、「あむあむ」「もぐもぐ」と嬉しそうにお菓子を頬張っているミミ達を見ながら、そう思った。
「あれ?」
そこで、三つ子が、エンティアと一緒に外で待機していたマウルやメアラ達の姿に気付いた。
見た感じ、ミミ達もマウルやメアラと同い年くらいだろう。
「こんにちは、ミミです」
「メメです」
「モモです」
「あ、こんにちは、マウルです」
「……メアラです」
「フレッサです!」
きちんと挨拶する三つ子に、マウルとメアラ、フレッサちゃんもそう返す。
「マウルとメアラも、獣人なの?」
「わんこ?」
「フレッサはお花の妖精?」
三つ子も、私が彼女達を見た時と同じように、マウルとメアラの頭から生えた耳や、フレッサちゃんの花に興味があるようだ。
「うん、狼の獣人だよ。《ベオウルフ》」
「フレッサは《アルラウネ》なのです!」
わいわいと会話で盛り上がるみんな。
やっぱり、子供同士の方が打ち解け易いのかもしれない。
そもそも、マウルとメアラ、フレッサちゃんを連れて来たのは、同年代の子供同士なら警戒心を払えると思ったからだ。
その作戦は、成功のようである。
「マウル、メアラ、子供同士みんなで遊んでみたら?」
そこで私は、そう提案をしてみた。
「え?」
「俺達が?」
「わーい! あそぶあそぶー!」
「ミミ達以外で友達ができたの、はじめてだね!」
「追いかけっこしよ! 追いかけっこ!」
ミミ達の方は既にノリノリだ。
「マウル達がオニね! さぁ、ミミ達を捕まえてみよ!」
そう言うと、三人は、山のごつごつとした岩肌の上をぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「わ、凄い……」
「凄いスピードだ」
「早すぎて目が回っちゃうです!」
三人のフットワークに、マウル達も驚いている。
「ふふふ! こっちこっち!」
「捕まえられるかなー?」
「無理かもねー」
流石、猫の獣人。
子供とは言え、その身体能力はかなりのものだ。
でも。
「よし、マウル、そっちだ!」
「うん!」
マウルとメアラが、瞬時に動く。
二人とも、ここ最近は私やガライとの生活の中で、影響を受けているのか。
よく運動をするようになり――どうやら、自然と鍛えられていたようだ。
「え!?」
「ありゃ!?」
瞬く間、マウルとメアラが跳躍し、それぞれメメとモモを捕まえていた。
「わー! 捕まったー!」
「やられたー!」
二人とも悔しそう……というよりは、楽しそうにキャッキャと笑っている。
「ふふふ、メメとモモを捕まえるとはさすがだな! でも、ミミはそう簡単じゃないぞな!」
若干、喋り方の変わっているミミが、捕まった妹達を見ながら言う。
確かに、この中ではミミの動きが一番俊敏で、尚且つトリッキーかもしれない。
「フレッサ! 右に行ったよ!」
「は、はいです!」
残されたフレッサちゃんが、メアラの指示を聞いて走る。
しかし、彼女が手を伸ばすよりも早く、ミミはぴょんぴょんと逃げてしまう。
「あうあう! ごめんなさいです!」
焦り、涙目になるフレッサちゃん。
……よーし、ちょっとアドバイスしてあげようかな。
「フレッサちゃん、植物の力を借りてみよう」
「え? は、はい!」
私が言うと、一瞬困惑しながらも、フレッサちゃんは地面に手を置く。
彼女の姉――オルキデアさんがやるように、大地に魔力を注ぎ、山肌に生えた丈の短い草に力を与える。
すると。
「わ、わわ! なにこれ!」
ニョキニョキと伸びた細い蔦が何本も、ミミの足に巻き付き、絡め取った。
「えい、です!」
そして、急いで走って来たフレッサちゃんが、ミミに抱き着く。
「わーん! 捕まっちゃったー!」
「やったです、マコ様!」
「うんうん、やったね、フレッサちゃん」
流石、《アルラウネ》の女王の血を引くフレッサちゃん。
お姉さん程ではないけど、彼女の力も徐々に私達との生活の中で成長しているようだ。
「もう一回! もう一回!」
「今度は、ミミ達がオニだよ!」
ミミ達がぴょんぴょんと飛び跳ねながら言う。
「よーし、マウル、フレッサ、逃げるぞ!」
一番楽しんでいる様子のメアラが言うと、皆勢い良く駆け出した。
うんうん、子供は元気が一番だね。
それに、仲良しになってくれたようで、良かった。
そこでふと、玄関の扉に背を預け、その様子を見ているヴァルタイルの姿に気付く。
「………」
私は、彼の方へと歩み寄る。
「すいませんでした」
そして、頭を下げた。
「……あ?」
「いや、流石に、ヴァルタイルの言う事を無視して、家まで追いかけて来るのは出しゃばり過ぎたかなって……今更だけど」
本当に今更ながら、私は反省する。
すると、ヴァルタイルは溜息を吐き。
「いや、いい。もう終わった事だろ」
そう言った。
怒りは……どうやら、収めてくれたようだ。
「あいつ等も、喜んでるしな」
娘達を見守る彼の目は、いつもの凶暴そうなものではなく、穏やかな色をしていた。
「……あのさ」
そこで私は、ここに来るまでに一番気になっていた事を聞いてみる。
「どうしてヴァルタイルは、そこまで人間を嫌うの?」
「あ?」
私から率直に聞かれた質問に、ヴァルタイルは拍子抜けしたような声を漏らす。
「そりゃあ、お前……なんだ? そうか、知らねぇのか」
「?」
「ヴァルタイル様は不死鳥」
私の疑問に答えたのは、ヴァルタイル本人ではなく、ソルマリアさんだった。
「昔より、〝不死鳥の血を飲めば不老不死になれる〟という伝説が伝えられていました。そのためヴァルタイル様は、何百年も、常にその血を多くの人間達に狙われてきたのです」
ああ、なんとなくわかる。
確かに、私が居た世界でも、そんな感じの御伽噺があったような。
「そいつの言う通り、俺は何百年も、俺の血を狙う野蛮な人間共に襲われ続けて来た。権力者や金持ち……後は、俺の血の恩恵を利用して、金儲けや権威の誇示なんかを目論む連中にな」
ヴァルタイルが、ソルマリアさんを見る。
「テメェ等聖教会にも、随分世話になったぜ」
「そっか……そりゃあ、人間嫌いにもなるよね」
「ああ、だが、ひょんな事からあいつ等を拾ってな。ガキが出来るってのは面倒だが……まぁ、悪い気はしなかった。あいつ等を育てるためにも、色々金を稼がなくちゃいけなくなった」
それで、人間の姿をして、人里に下りて冒険者稼業をやっているという事か。
「……でも、ヴァルタイルが不死鳥だって、それなりに知ってる人は少なくないんだよね? 人前に出て、大丈夫なの?」
「問題ねぇよ。今は、俺の血を狙う奴も居なくなったからな」
「やっぱり、ヴァルタイルが強過ぎて皆諦めたとか?」
「違ぇよ。伝説なんてデタラメだったからだ」
「?」
首を傾げる私に、ヴァルタイルは嘲笑しながら言う。
「俺の血に、飲んだ人間を不老不死にするなんつぅ力は無ぇんだよ。確かに、俺の血には魔力が籠っちゃいるが、飲んだところで腹の中が燃えるだけだ」
うひゃー、そりゃ駄目だね。
そして、ヴァルタイルの発言と、ニヤニヤ顔を鑑みるに……おそらく、誰かが飲んで実例になったんだろうな。
「今まで、どいつに言おうが信じなかったからよ、見せしめに聖教会のお偉方に飲ませてやったんだよ。見ものだったぜ。『我等聖教会に、不死鳥が加護を齎した!』つった枢機卿様の口から、火が噴き出したザマはよ」
ゲラゲラと笑うヴァルタイル。
その横で、ソルマリアさんが真顔になっている。
ソルマリアさん、怖いからそれやめて!
仮●ライダーアマゾンズseason2のタカヤマ・ジンくらい怖いから!
――なんて事をしている内に、時間は過ぎ去り……。
夕陽が沈みかけ、空は暗くなりつつある。
もう間も無く、夜だ。
そろそろ、さようならの時間ということで、皆で別れの挨拶をする。
「ミミ、メメ、モモ。じゃあね、ばいばい」
「うん、ばいばい……」
手を振るマウル、メアラ、フレッサちゃんに、ミミ達も手を振り返す。
しかし、ミミ達はどこか寂しそうだ。
「……あ、あ、あのね」
と、そこで、意を決したようにミミが口を開いた。
「また来てくれる?」
ミミが言うと、メメとモモも、うんうんと強く頷く。
「今日、すっごく楽しかった」
「ミミ達、今まで友達がいなかったから……」
「山から下りちゃダメだって、おとうさんに言われてて。危ないからって」
三人は、チラチラとヴァルタイルの方を見ながら言う。
「おとうさん、ダメ?」
「でも、マウル達は全然危なくないし……」
そんな三人のお願いに、ヴァルタイルは押し黙っている。
ただ無言で、私達の方を見据える。
そんなヴァルタイルを見て、ミミ達は――。
「ひぇぇぇ……お父さん、怒ってる?」
「遊び過ぎたから……」
「お菓子食べ過ぎたからかも……」
と、ビビッて委縮してしまった。
私は苦笑し、三人の前で膝を折る。
「ミミ、メメ、モモ、お父さんは別に怒ってるわけじゃないよ」
私が言うと、ヴァルタイルがハッとした表情でこちらを見た。
「ホント?」
「うん、お父さんは悩んでるんだよ。どうするべきか」
ヴァルタイルが、人間に警戒心を抱くのは、その過去から鑑みて当然だ。
きっと、人間の汚い部分を嫌っていう程見てきたはずだし。
自分の娘達に対して、過保護になってしまうのは当然かもしれない。
ただでさえ、ミミ達は獣人でもある。
それでも今、冷静に歩み寄る姿勢を考慮しているのだ。
「みんなのことを、本当に大切に思って考えてくれてる、良いお父さんなんだから」
「……アァ!? 何が良いお父さんだよ!」
瞬間、ヴァルタイルは吠える。
「んなもん、友達がいた方が楽しいに決まってんだろ! また都合のいい日にでも来い!」
かなり乱暴な口調だが、友達許可が下りた。
「「「やったーーー!」」」
ミミ達も、飛び跳ねて喜ぶ。
「じゃあ明日もまた来てね!」
「明日か。大丈夫? ヴァルタイル」
「ああ? 別に問題はねぇが……」
「そっか、じゃあ、ちょっとやりたい事があるんだけど……」
そこで私は、ヴァルタイルの耳にヒソヒソと耳打ちする。
ミミ達が喜ぶような、ある作戦を伝える。
「……まぁ、別に俺は構わやしねぇが……お前、初対面の相手によくそんな提案できんな」
と、冷静に突っ込まれてしまった。
まぁ、常識的に考えたら、そう言われてしまっても仕方が無いかもしれないけど。
「ありがとう、ヴァルタイル。というわけで、ミミ、メメ、モモ」
私は、皆を振り返って言う。
「明日は、みんなで今日よりももっと楽しい事しようか」
※ ※ ※ ※ ※
――そして、翌日。
昼間から、昨日と同じメンバー(ソルマリアさんは居ない)で再びヴァルタイルの家を訪れた私達は、早速準備をする。
「マコ、今日はなにするのー?」
「楽しい事って、なに?」
「わくわくして寝られなかった」
ミミ達の前で、私はスキル《塗料》を発動する。
ここに来た時からちょっと気になってたけど、この小屋、結構ボロボロだ。
「うん、みんなで、この家を綺麗にしようか」
エンティアの背中に乗せて持ってきた刷毛や、錬成した〝バケツ〟にペンキを注ぎ用意しながら、私はウィンクする。




