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■9 ヴァルタイルの家庭事情です


「娘さん、風邪なんですか?」


 出し抜けに、そう質問した私に、ヴァルタイルは目に見えて怪訝そうな顔になる。

 まぁ、確かに、いきなりほぼ赤の他人からこんなこと聞かれたら、そんな表情にもなるか。


「テメェには関係ねぇだろ」


 ヴァルタイルはそう言って、そっぽを向く。

 ……この様子、やっぱりそうなのかも。


「マコ様、一体全体、どうされたのですか?」


 そこに、ちょうどソルマリアさんが到着した。

 どうやら、私を追い掛けて来ていたようだ。


「あ、そうだ」


 登場した彼女の姿を見て、良いアイデアを思い付いた。


「すいません、ソルマリアさん。ちょっとお願いがあるんですけど」

「はい?」

「ソルマリアさんも、《治癒》の魔法って使えますか?」


 以前、観光都市バイゼルでお世話になったプリーストさん達のように、怪我や病気を治療できる力があるなら……。


「はい、聖教会に仕える身として、当然《治癒》の奇跡は習得しております」

「良かった! 実はですね、彼の娘さんが風邪を引いちゃったようで、《治癒》で治していただくことってできますか?」

「アァ!?」


 私の発言に、再びヴァルタイルが振り返る。


「おい、テメェ! 何勝手な事言ってんだ!」

「やっぱり、娘さんが風邪なんですね」


 ヴァルタイルの態度を見て、再度、私は言う。


「多分、ヴァルタイルさんにとって何事にも優先するのは、娘さんの事なんだろうと思って。完全に勘でしたけど、当たってましたね」

「……チッ」


 ストレートに言った私の言葉に、彼は舌打ちを返す。


「ヴァルタイル様の御息女が、病気なのですか?」


 その話を聞き、ソルマリアさんも心配そうな表情になる。


「構いませんわ。わたくしの《治癒》の奇跡を以てすれば、どんな重病でも治療する事が可能です。それに――」

「おい! 勝手に話を進めんじゃねぇ!」


 ヴァルタイルが勢い良く吠える。


「人間の手は借りねぇ! 俺は大の人間嫌いなんだよ! 俺の娘にも、お前等を近付けさせる気はねぇ!」


 敵愾心を露わに、ヴァルタイルは叫ぶ。

 物凄い迫力だ。

 更に、彼は私とソルマリアさんに指を向けると、吐き捨てるように言った。


「特に、胡散臭ぇクソッタレの聖教会の回し者代表みてぇな、テメェ等には絶対になァッ!」

「は?」


 その台詞に、ソルマリアさんの聖人のように穏やかな表情が、一瞬で真顔になった。

 怖い!


「マコ様、もしかしてこの方は喉笛を掻っ切られたいのでしょうか?」

「ソルマリアさん、押さえて押さえて!」


 キレるソルマリアさんを宥める私。

 そっか、私もなんやかんやで《聖女》の件で聖教会の関係者だと思われてるのかな?

 でも、今はそれは関係の無い話だ。


「あの、ヴァルタイルさん」

「あぁッ!?」


 改めて向き直った私に、彼は威勢良く咆哮を浴びせてくる。


「娘さんのことを考えるなら、そんなの関係無いはずですよ。優先順位の第一位は、一刻も早く娘さんの病状を回復させることだと思います」


 ヴァルタイルは眉間に皺を寄せる。

 先刻の冒険者達のように威嚇しても、まったく怯まない私に、少したじろいでいるようにも見える。

 接客業やってれば、威圧的なお客さんなんて珍しくもないし。

 それに、ホームセンターの客層的には、大工のおっちゃんやトビ職のおにいちゃんが大半だからね。

 彼等も、口調や態度が荒いだけで、皆気の良い人達だ。

 別に、怖くはない。


「……チッ」


 暫くの睨み合いの後、ヴァルタイルは小さく舌打ちをする。

 そこで。


「すいません、熱冷ましは今切らしておりまして……」


 奥の在庫を確認してきた店主さんが、ヴァルタイルにそう報告した。


「あぁ!? クソがッ、もういい!」


 そう言い残すや否や、とっとと店を出て行ってしまうヴァルタイル。


「あ、どこに――」

「うるせぇ! 帰るんだよ!」


 店頭で慌てて呼び止めようとするが、歩調を休めずヴァルタイルは私達の目前からどんどん遠ざかっていく。

 ……仕方が無い。


「ソルマリアさん、彼がどこに住んでるのかって知ってます?」

「噂では、王都の外の山奥で暮らしていると……」


 なるほど、じゃあ、ヴァルタイルは間も無く王都から出て行く事になる。

 私は急いで準備をするため、走り出す。


「ごめんなさい、ソルマリアさん! 一緒に来てもらっても良いですか!?」

「あ、マコ様、お待ちになって!」




※ ※ ※ ※ ※




 私が急いで戻って来たのは、アバトクス村名産直営店。

 玄関を勢い良く開けると、私の登場にみんな驚いた顔をしていた。


「あれ、マコ、どうしたの? 慌てて」

「マウル、ちょうどよかった。メアラも、一緒に来てくれる?」

「なに? 何かあったの?」


 そこにちょうどいた、マウルとメアラに声を掛ける。


「それと、フレッサちゃん!」

「は、はいです!」


 加えて、ウェイトレスとして働いてくれていた、《アルラウネ》の少女、フレッサちゃんを呼び。

 更に――。


「エンティアとクロちゃんは、外かな?」

『何用だ? 姉御』

『マコが俺を呼ぶ声が聞こえた』


 玄関を潜って、エンティアとクロちゃんが現れた。

 よし、ひとまずこのメンバーで大丈夫だろう。


「じゃあ、ソルマリアさんも加えて……みんな、エンティアとクロちゃんの背中にそれぞれ乗って。エンティア、クロちゃん、王都の門に向かって走ってもらっても良い?」

『なんだかわからんが、了解したぞ、姉御』

『マコは当然、俺の方に乗るんだよな?』

『阿呆め! 姉御は我の背中にしか乗せんぞ!』

「はいはい、喧嘩しないで、お二人さん。悪いけど、時間が無いからね、出発するよ」


 私、マウル、メアラはエンティアの背中に。

 フレッサちゃんとソルマリアさんは、クロちゃんの背中に。

 それぞれ乗って、さっきいた場所から一番近い、王都の外へ通ずる門に向かって走ってもらう。


「マコ、どうしてこのメンバーなの?」


 エンティアの背中の上で、メアラに質問される。


「このメンバーが良いんだよ。多分、だけどね」


 そして瞬く間、私達は門の近くへと到着する。

 二匹の俊足を生かせば、あっと言う間だった。


「いた! ヴァルタイル!」


 私は、手続きを終え、門を出る寸前だったヴァルタイルの姿を発見した。

 彼も迫る私達に気付いたのか、ギョッとした顔でこちらを見返してきた。


「何なんだよ、テメェは!」

「娘さんを助けたいだけです!」

「だから、テメェ等の手は借りねぇっつってんだろッ!」


 門を出て、王都の外へ。

 出た瞬間――だった。


「チッ! 鬱陶しい!」


 言うと同時、ヴァルタイルの背中から、光が膨れ上がった。


「……え!?」


 その光は形を成し、一対の美しい翼となった。

 紅蓮の炎に包まれた、翼だ。

 まるで天使か、もしくは翼人のように、ヴァルタイルはその翼を大きく動かすと、一瞬で空高く飛翔した。


「翼が、生えた?」

「ええ、彼は〝不死鳥〟ですので」


 後方で、ソルマリアさんが言った。


「それって、二つ名の……」

「はい、そして彼は、人の姿をしていますが、数百年を生きる伝説の魔獣――本物の《不死鳥(フェニックス)》です」


 私は空を見上げる。

 そこには、両翼を広げ滞空するヴァルタイルの姿がある。

 彼が――不死鳥?

 伝説の魔獣?


「おい!」


 半信半疑の私に向けて、ヴァルタイルが叫ぶ。


「もう追って来るんじゃねぇ! 次に視界に入ったら消し炭にするからなァ!」


 そう台詞を言い残し、彼は飛んで行った。


「マコ、どうするの?」

「うーん……」


 腕の中のマウルに問われる。

 とりあえず、色々と謎は多いけど……今はともかく。


「エンティア、彼の後を追って。できるだけ距離を取りながらね」

『了解したぞ』




※ ※ ※ ※ ※




 遠く飛空するヴァルタイルの後を、私達は追いかける。

 街道を外れ、草原を越え、そして山脈地帯へと足を踏み入れる。


「ここは……」


 いつぞやか、任務から帰還しないデルファイを捜索にウルシマさん達と向かった、あの場所の近くだ。

 ごつごつした岩が露出し、人が簡単に踏み入る事の出来ないような環境になって来た。

 しかし、エンティアやクロちゃんは難無く、その山道を登っていく。

 加えて、嗅覚の優れた彼等は、視認できなくてもヴァルタイルのにおいを追えるようで、追跡にも事欠かなかった。

 やがて――。


「結構、上の方まで来たね」

「ちょっと息苦しいかも……」


 マウルがそう訴えるくらい、標高の高い場所にまでやって来た。


『大分、奴に近付いた感じがするぞ、姉御』


 鼻をひく付かせ、エンティアが言う。

 すると、私は山肌の一角――そこに、一軒の山小屋を発見した。

 かなり小さい。

 私がこの世界に来た最初、マウルとメアラに出会った時に招待してもらった二人の家……を、少しだけ大きくした程度の小屋だ。

 もしかして、あれが……。


「行ってみよう」


 私はエンティアの背中から降り、その小屋へと向かう。

 そして玄関の前に立つと、ドアをとんとんと叩いた。


「ごめんくださーい。ヴァルタイルさんのご自宅でしょうか?」


 瞬間、小屋の中からドタバタという音が聞こえた。

「おとうさん呼ばれてるよ!」「おとうさんのお客さん?」という、幼い女の子の声が折り重なって聞こえて――。

 ドカン、と勢い良くドアが開いた。


「テメェ等、燃やされてえのか!」


 そこに立つのは、憤怒の形相のヴァルタイル。

 そして足元に、二人の女の子がいた。

 頭から、猫のような斑模様の三角耳が生えている。

 獣人だろうか?

 そして何より、顔が一緒だ。

 マウルとメアラと同じ、双子?


「ん?」


 いや、違う。

 更に小屋の奥の方――そこに、ベッドに寝かされた女の子が、もう一人いる。

 額に濡れた布巾を乗せて、目を閉じて横になっている少女も、同じ顔。

 三つ子ちゃんのようだ。


「おねえちゃん達、だれー?」

「だれー?」


 ヴァルタイルの足元の二人が、興味深げに私達を見上げて来る。

 怖がっている様子は無く、むしろわくわくしているように目を輝かせている。


「おねえちゃん達はね、あの娘の病気を治しに来たんだよ」

「ほんと!?」

「やったね、モモ!」

「おい、何勝手に――」

「「はやくはやく!」」


 ヴァルタイルの足元から飛び出した二人が、私の両手を取って引っ張る。


「失礼します」


 私は小屋の中に入ると、ベッドの上に寝かされている少女の様子を見る。

 顔が赤く、「うー……」と苦しそうに唸っている。


「この娘の名前は、モモちゃん?」

「うん! ミミはミミだよ!」

「メメはメメ!」


 どうやら、ミミ、メメ、モモという名前の三姉妹のようだ。


「おねえちゃん達、本当にモモを治してくれるの?」

「うん」


 とは言え、偉そうなことを言ったけど実際に治療するのはソルマリアさんだ。


「どう? ソルマリアさん」


 私は、同じく膝をつき、モモの様子を覗き込んでいる彼女に聞く。


「ええ、ちょっと酷い風邪ですわね。でも、問題はありませんわ」


 言うが早いか、彼女はモモに手を翳す。

 瞬間、光の幕が彼女の全身を覆った。


「きゃー」

「まぶしー」


 ミミとメメが騒ぐ。

 以前、観光都市バイゼルでプリーストさん達の《治癒》の様子を見た事があるけど――あの時よりも、神々しい光だ。


「……テメェ等、何が目的だ」


 そこで、治療をソルマリアさんに任せ立ち上がった私に、ヴァルタイルが声を掛けて来た。

 彼は眉間に皺を寄せ、胡乱げな表情で私を睨む。


「交換条件はなんだ? こっちは何も頼んじゃいねぇぞ。礼は――」

「そんなの要らないよ」


 そんな彼に、私は言う。


「目の前に困ってる人がいて、助けられる手段があるから、助ける。それだけの事をしたまでだよ」

「………チッ」



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