■8 ワルカさんと話します
リベエラに案内され、私達は監獄の奥――牢獄の中でも、かなり堅牢なつくりをしている牢屋の前へとやって来た。
おそらく、罪状的に大罪人に分類される人とかを収容させておくための牢屋だろう。
その牢屋の一つに、ワルカさんは捕らえられていた。
彼女は部屋の中に設置された椅子に座り、静かに虚空を見詰めている。
囚人服を着ているが、相変わらず色気を感じさせる風貌だ。
しかし、牢屋の前に私達が立つと、流石に気付いて視線をこちらへと向けてきた。
ミストガンさん、私が追加で渡した芋餅を食べているリベエラ。
そして、私を見て。
「……お前は」
「久しぶり、ワルカさん」
そう挨拶するが、彼女は憎悪のこもった目を向けてくる。
まぁ、しょうがない。
彼女の野望を打ち破った大元は、私だからね。
そんな顔されても当然か。
「今日は、あなたに色々と教えて欲しくて来ました」
私が言うと、ワルカさんは、その顔に滲み出していた憎悪を収める。
すっと、表情を見慣れたポーカーフェイスに戻すと。
「今更、どうして?」
と、問い返してきた。
「悪魔が徒党を組んで、攻めてくるかもしれないんです」
正直に言っても問題ないかと思い、私はそう告げた。
「捕らえたアスモデウスを救いに、その仲間の悪魔達が大規模な攻撃をしかけてくるかもしれないんです」
「そう、それは朗報ね」
くつくつと笑うワルカさん。
憎まれ口は無視し、私は続ける。
「今は《悪魔族》という存在に関して、一つでも情報が欲しいんです。あなたは、どういう経緯でアスモデウスに取り憑かれたんですか?」
悪魔が、どういった方法で人間を騙すのか。
利用するのか。
そして、取り憑くのか。
まずは、それを知っておきたい。
「……最初に訂正しておくわ」
質問を重ねる私に、ワルカさんは口を開いた。
「私は、悪魔に取り憑かれていたわけじゃない。協力していたのよ、アスモデウスと。唆されたのではなく、力を貸したの」
「………」
確かに、観光都市バイゼルでも、アスモデウスがそんな感じのことを言っていたような気がする。
アスモデウスとワルカさんは、非常に波長が合い――契約することで、とてつもない力を発揮することができた、と。
「それと、もう一つ」
私の返答を待たずに、ワルカさんは続ける。
「私は、決して人間に協力はしない」
彼女は、強い意志の秘められた眼光を携え、そう断言した。
「私はね、人間が嫌いなの。人間なんて、いくらでも苦しめばいいと思っているわ」
「………」
その言葉に、私は以前、王都を襲った王子――ネロのことを思い出す。
彼も、人間を根源的に嫌悪していた。
悪魔はやはり、そういう心に闇を抱えた存在に近付くのかもしれない。
「もしも悪魔が来たら、お前も襲われる可能性だってゼロじゃあないんだぞ?」
横に立つミストガンさんが、言う。
「構わないわ」
それに対しても、ワルカさんは表情を変える事無く即答する。
「どうせ、この先も牢獄で過ごすだけの一生なのだから。どちらでも一緒よ」
「………」
「ねぇ、あなた達、これだけは断言しておくわ」
そこで、ワルカさんは顔に嘲笑染みた笑みを湛える。
「あなた達がどれだけ頑張っても、悪魔達が手を組んで攻めて来たとしたら決して勝てない。それは、《悪魔族》の持つ凶悪な力のせいもあるでしょうけど、それ以前に、人間なんて、てんでバラバラだからよ」
彼女の言葉に、私は先日のガライの台詞を思い出す。
各組織が、自分達の利益を得るために、私を争奪する構えだという話。
「この国には多くの組織があり、自分達の権益をいかに勝ち取るか……そのことだけを考えている」
そんな私の思考を読むかのように、ワルカさんは続ける。
「きっと、互いに足を引っ張り合う形になるわ。醜くね」
「……かもね」
そんな彼女の言葉を、私は肯定する。
しかし、顔には微笑を浮かべて返す。
「でも、私は私なりに、頑張ってみるよ。団結して、力を合わせて、悪魔達に勝てるように」
「………」
そう断言した私を、ワルカさんは無表情に戻り、見詰め返していた。
※ ※ ※ ※ ※
結局、言った通り、彼女はそれ以上何も語る事は無かった。
そもそも彼女自身、有益な情報をそこまで持ってはいないのかもしれないけど……悪魔と契約をしたという存在は、今のところワルカさんだけしか確認が出来ていないのだ。
なにが手掛かりになり、どんな時に役に立つかはわからない。
これからも粘り強く、話を聞こうと思う。
「賛成だな。それについては、俺も時間を見つけて、あの女に尋問を仕掛けてみる事にするぜ」
「はい、お願いします、ミストガンさん」
騎士団本部の前で、私はリベエラとミストガンさんと、別れの前の簡単な会話をしていた。
「二人とも、今日はありがとうございました」
「気を付けて帰りなよー」
リベエラは、私の持ってきたお土産のお菓子のポテトチップスを頬張りながら、ひらひらと手を振っている。
「いももち、ありがとうねー、また食べさせてねー」
「うん、また持って来るよ」
そういえば、リベエラって普段はどこで生活してるのかな?
自由に行動が許されているとは言え、囚人って事は……もしかして、牢獄で寝泊まりしてるんだろうか?
「随分、しっかりしてるな」
そんな風に思案していたところで、不意に、ミストガンさんが言った。
「え?」
「さっきの、あの囚人との会話だ。まだ若ぇのに、率直にそう思ってな」
「いやぁ、そんな」
どうやら、褒められていたようだ。
私は照れながら頭を掻く。
「だが、何故、お前はそこまで一生懸命なんだ? 悪魔に、何か恨みでもあるのか?」
「えーっと、別に恨みとかは無いけど……ただ単純に、私、Sランク冒険者を束ねたいっていう冒険者ギルドの意向には賛成なんです」
私が言うと、ミストガンさんも、リベエラも驚いたように目を丸めていた。
「だって、みんなで協力できれば、それは大きな力に変わるから。きっとその方が良いと思いますし」
※ ※ ※ ※ ※
王国騎士団本部を去っていくマコ。
その後姿を、ミストガンとリベエラは見送る。
「もぐもぐ、変わった人だねー」
「……ああ、本当にな」
ミストガンは嘆息する。
ほんの少しの時間、会話しただけなのに――何故か、強烈な存在感を覚えさせられた。
そんな女性だった。
「……しかし、Sランクを一つに束ねるか。できると思うか?」
「無理でしょー」
ミストガンの質問に、リベエラは即答した。
「特に、あの〝人間嫌い〟のヴァルタイルがいるしねー」
※ ※ ※ ※ ※
騎士団本部から戻ったその足で、私は冒険者ギルドへと向かっていた。
Sランク冒険者達の事や、最近、王都周辺で変わった事が無いか、その情報を確保するためだ。
「わ、今日も賑わってるね」
冒険者ギルドの中は、多くの冒険者達で溢れていた。
早速、私は受付カウンターを見回し、見知った顔のベルトナさんの姿を探す。
すると、そこで。
「これは、マコ様」
背後から、柔らかな音色の声で名を呼ばれた。
振り返ると、そこに立つのは純白の修道服を着、双眸を瞑目した一人の女性だった。
「あ、ソルマリアさん」
《聖母》――ソルマリア・ホーリーグレイス。
昨日、聖教会でお世話になった彼女だ。
「これは、偶然でございますね」
「ソルマリアさんも任務ですか?」
「ええ、わたくしの奇跡が必要な迷い人がいないか、探しに――」
瞬間、爆音が轟いた。
何事か――と音源を見ると、そこはギルドの出入り口。
玄関の扉が勢い良く内側に吹っ飛んでおり、更に丸焦げになった……何か、巨大な動物の体が転がっていた。
「オラ、片付けて来たぞ」
そして、半壊した出入口から中に入って来たのは――目付きの鋭い一人の男性。
獣の爪や羽が装飾された革製の衣服。
鳥の翼のように跳ねた髪。
彼は……。
「《不死鳥》のヴァルタイルじゃねぇか……」
私の代わりに、すぐ近くに座っていた冒険者達が囁く。
まだ若い……新人っぽい冒険者達だ。
彼等は、受付カウンターにドカドカと歩き進み、「例の魔獣退治の獲物だ。とっとと報酬を寄越せ」と、受付嬢に話し掛けているヴァルタイルを見ながら、話す。
「ヴァルタイルって、Sランク冒険者のか?」
「ああ。乱暴な荒くれ者で、自分勝手にしか動かない、不良冒険者だ……けど戦闘能力は相当なものらしい」
「炎の魔法を使うんだろ? かなりの威力で、金属すら一瞬で溶かすとか……」
「だから、基本的にパーティーを組まずにソロで任務をこなしてんだ。あの魔獣だって、本来ならAランク……複数人で挑まないとならないような奴だぜ?」
「他の冒険者の事、見下してんだろ? そりゃ、いくら強くても仲間なんてできないって――」
ヒソヒソと陰口を叩く新人冒険者達。
瞬間、ヴァルタイルが彼等を射竦めるように睨んだ。
新人冒険者達は「うっ……」と息を呑んで、黙り込む。
かなりの威圧感である。
「……ちっ……おい! さっさとしろ! 薬局が閉まっちまうだろうが!」
そう吠えて、ギルドの職員を急かすヴァルタイル。
魔獣の鑑定が終わったのか、報酬が支払われる。
それを受け取り、彼はとっととギルドを出て行く。
「……怖ぇ」
「嫌な奴だぜ」
ヴァルタイルがいなくなると、近くの新人冒険者達が、また会話を再開した。
そんな中、私は少し、彼の口走った言葉が気になっていた。
「……薬局?」
確か、薬局が閉まるとか、何とか……。
薬が必要なのだろうか?
「如何なさいました? マコ様」
「あ、うん、ちょっと彼の事が気になって」
気付くと、私はヴァルタイルの後を追い、走り出していた。
「マコ様?」
そんな私を、ソルマリアさんも続いて追って来る。
※ ※ ※ ※ ※
冒険者ギルドを飛び出し、しばらく駆ける。
以前、王都に来た際に、マウルやメアラ、ガライと一緒に街中を歩き回ったので、どこにどんなお店があるか、大体把握している。
この近くには、武器屋や装備屋など、冒険者御用達の店が並び――その中に、薬局もある。
「……見付けた」
その薬局の前に辿り着くと、店内にヴァルタイルの姿があるのが見えた。
「本日はどのようなものをお探しで?」
「風邪に効く薬はねぇか」
店主である白髪のご老人に、ヴァルタイルはそうつっけんどんに尋ねている。
風邪薬?
ヴァルタイル自身が、風邪を引いてるのかな?
……もしくは。
「もしかして、前に言ってた娘さんですか?」
「……あぁ!?」
店の中に入り、いきなり声を掛けた私に、ヴァルタイルは声を上げて驚いていた。
「何だ、テメェ! どこから湧きやがった!」
「あ、ごめんなさい。冒険者ギルドから追ってきました」
遅ればせながら、ぺこりと頭を下げ、私は再度尋ねる。
「まさかですけど、娘さんが風邪なんですか?」




