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■7 ミストガンさんと騎士団です


 王国騎士団本部の、厳かなデザインの門の前で出会ったのは、Sランク冒険者の一人、ロベルト・ミストガンさん。

 彼に事情を(囚人のワルカさんと面会したい、と)説明したところ、ミストガンさんは黙って門番の人のところへ向かうと、何やら会話を始めた。

 そして、すぐにこちらへ戻ってくると。


「話は通した、入れるぞ」

「え?」


 門が開き、私達は二人揃って王国騎士団本部の中へと足を踏み入れることとなった。


「ありがとうございます。流石に一人だとちょっと心細かったので、知ってる人に会えて安心しました。しかも、私に代わって話を通してくれて」


 ミストガンさんが、何の理由でここに来たのかは知らないけど、助かった。

 良い人だ。


「ああ……まぁ、なんだ、別に俺もお前も、そこまで顔見知りの関係ってわけでもないんだが」


 私がニコニコとお礼を言うと、彼は困惑混じりでそう反応を返してきた。

 確かに、である。

 職業柄、一日に何十、何百というお客さん達と会話するので、人との距離感が常人よりも近いのかもしれないね、私。

 そんな感じで、私達二人は、揃って敷地内を進んでいく。

 すると、訓練場と思しき屋外の広場――そこで、騎士の方々が鍛錬をしているところに遭遇した。

 ダンベルなんかを使って、筋トレ中のようだ。

 皆、屈強な体付きの人達ばかりである。


「ん?」

「おお、あの二人は」


 そこで、騎士の方々が私達の姿に気付き、ざわめきを始めた。

 その内の何人かが、こちらへとやって来る。


「失礼、あなた方はもしや……」

「あ、はい、はじめまして、ホンダ・マコです」

「……ミストガンだ」


 私とミストガンさんが名乗ると、彼等は目を見開いた。


「おお! やはり!」

「まさか、悪魔退治の英雄に、王宮警護騎士団の元団長……伝説のSランク冒険者が二人並び立ち来訪されるなんて」

「王宮警護騎士団の、元団長?」


 私は、ミストガンさんを見る。

 そうか、そんな経歴なら、あんなスムーズに門を開けてもらえてたのにも納得だ。


「本日は遂に、我々に稽古を付けに来てくださったのですか?」

「あ、いえ、私達は……」

「俺達が、今日ここに来たのは別件だ」


 キラキラした視線を向けてくる騎士さん達に問われ、慌てて否定しようとした私の代わりに、ミストガンさんが言った。


「この前捕らえた、悪魔に憑かれた囚人に会いに来た。冒険者ギルドからの依頼でな、現状の情報を整えておきたい」

「そうでしたか、お疲れ様です。では、またの機会に」


 ミストガンさんの機転で、騎士さん達の要求から脱出することができた。

 私達は、彼らに別れを告げ、敷地の中を歩き進んでいく。


「ありがとうございます、ミストガンさん。おかげで助かりました」

「いや……別に、悪魔憑きの囚人に話を聞くために来たってのは、俺も事実だからな」


 なるほど、彼も私と同じ目的でここに来たんだ。

 改めて、私はミストガンさんの姿を見る。

 声優の藤●啓治さんの声が似合いそうな、疲れた風貌の男性である。

 しかし、腰に装備した剣や、年季の入った外套が、彼が只者ではないと物語っている。


「ミストガンさんって、騎士だったんですか?」


 先程の話を思い出し、私はそう語りかけた。


「……ああ、一瞬だけだがな。王宮警護騎士団で団長の地位にいた」

「へぇ」


 私も詳しくはないけど、おそらく王宮警護って、市井警備や他の騎士団に比べてかなり位が高いんじゃないのかな?

 ここにイクサがいたら、きっと色々解説してくれるんだろうな。


「そのよしみで、今も稽古の師範として誘われてるんだ……まぁ、断っちゃいるんだがな」

「断ってるんですか? どうして? 私みたいに、そもそも騎士さん達に稽古をつけられるような素養が無いから……とか、そんな理由だとは思えないですけど」

「その通りだ。俺には人に教えられるほどの剣の才能が無い」


 何気なく言った私の発言を、彼は肯定した。


「この国には様々な剣の流派があり、その流派特有の様々な技がある……が、俺は結局、俺の流派の師匠の教えから、一つの技しか授かることができなかった」

「一つだけ?」


 そこで、ミストガンさんは足を止めた。

 ちょうど、訓練場の外れに差し掛かったところだった。

 そこに、打ち込み用の巻き藁が数本設置されている。


「……ッ」


 次の刹那、ミストガンさんは腰の剣を抜く。

 瞬く間も無く、眼前から彼の姿が消え――。

 キュイン――と、空気を裂くような、音速を超えたような音と共に、ミストガンさんの放った〝突き〟が、一本の巻き藁を貫いていた。

 貫いて〝いた〟――と表現したのは、文字通り既に彼が刺突を終えて、腰の鞘に剣を戻していたから。

 そして巻き藁には、まるで大口径の銃弾でも受けたかのような、巨大な穴が空いていた。


「ふえぇ……凄い」

「うちの流派で、『宵口(よいくち)』っつぅ技だ。まぁ、その名の通り全ての始まり、初歩も初歩の技……だが、俺はこれだけしか使えなかったからな。これを磨き続けた。特殊な歩法と体捌きを組み合わせ、突きの速度を極限まで高めた……そのおかげか、こんな技一つしか習得できなかった無能が、王宮警護騎士団の団長にまでなれた」


 そこで彼は、自嘲気味に笑う。


「だが当然、俺のやり方はその他大勢には当て嵌められない。免許皆伝ももらえなかった俺が、人に教えられる立場に立てるわけがない。人を導く立場にいていいはずがない……だから、辞めた」

「………」

「俺は騎士の模範にはなれない。だから騎士も引退し、個人で動く冒険者になった」

「……そうだったんですね」


 なるほど、彼にも彼なりの事情があって、冒険者になったということか。

 ……でも。


「でも、そんなミストガンさんに憧れてる人もいるんじゃないかな?」


 なんとなくそう思って、私は言った。


「……俺を慕ってるなんて奴の方が稀だ」

「それは、ミストガンさんが技を一つしか習得できなかったから? それだけしか使えないから? でも、その力が認められて上の立場まで行けるなら、それは十分凄いことじゃないかな」

「推薦されて団長にもなったが、ハッキリ言って騎士団の上層部は俺を煙たがっていた。騎士達の中にも、俺を認めていない奴が多くいた。だから辞めたんだ。稽古に顔を出すのはOBのしきたりみたいなものだからであって、本気で望んでる奴なんているのかどうかもわからない」

「………」


 うーん、まぁ、確かに……。

 要は、皆とは違うやり方、皆が学んでこなかったものを使って、のし上がったってことだもんね。

 逸脱した存在ってのは、どの時代でも、どの組織でも、やっぱり疎まれるものなのかもしれない。


「……私、昔ある仕事をしていた時に、憧れの先輩がいたんです」


 そこで、私はミストガンさんに、過去の自分を語る。


「その人、凄く仕事ができる人だったんです。だから、当時新人だった私は、その人に憧れて、その人のマネばっかりしようとしたんです。でも、そうしてわかったんですけど、それって、その人だからこそできた仕事ばかりだったというか……」


 媒体の作成、人件費の削減、予算の達成。

 その人は、会社がマニュアル化した作業手順ではなく、その人独自のノウハウや人間関係を駆使して、それらの作業目標を成し遂げていたのだ。


「だから、私は上手くいかなかった」

「……俺と一緒だな。俺がここにいても、その悪影響を与えた先輩とやらになるだけだ」

「でも、そこから私は、自分なりの方法を見付けたんです」


 確かに、その人のやり方は合わなかったけど、だからと言って仕事全てが自分にとって合わないなんてわけじゃない。

 おかげで、広い視野が手に入った。


「反面教師になったわけですけど、でも、別にその人の事が憧れじゃなくなったかというと、そういうわけじゃありません」

「………」

「最終的には、その本人の問題なんですから。ミストガンさんが、そこまで気にする必要は無いと思いますよ。どうなったところで、結果さえ出していれば、憧れの先輩には変わらないんですから」

「……そうか。まぁ、そうかもな」


 ミストガンさんは苦笑する。

 けれど、それは先程のような、自嘲的なものではなかった。




※ ※ ※ ※ ※




 騎士団本部の、いくつかある建物の内の一つ――監獄へと、私達は辿り着いた。

 入り口を潜り、諸々の手続きを終える。

 ここら辺も、細かいことはすべてミストガンさんがやってくれた。

 本当に感謝、感謝です。

 そして私達は、牢獄の中を、目的の場所に向けて進むのだが……。


「あれ?」


 本来、看守か、看守に監視されている囚人しかいないはずの監獄の中――私達の目前に、一人の少女が現れた。

 看守もそばにいない。

 自由に歩き回っている様子だ。


「あ、お菓子のお姉ちゃんに、元騎士のおっちゃん」


 彼女は――見覚えがある。

 そう、Sランク冒険者の一人だ。

 名前は確か、《暴食》のリベエラ・ラビエルと紹介されていた。


「え? なんで、君がここに……」

「こいつは、リベエラ・ラビエル。Sランク冒険者だが……犯罪者で、死刑囚だ」


 横から、ミストガンさんがそう言った。

 見たところ、ただの女の子にしか見えないけど……。

 この子が、囚人? しかも、死刑囚?


「死刑囚だが、しかし、執行猶予が与えられている。社会奉仕を行い減刑に繋げるため、Sランク冒険者の仕事を行ってるんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「うんうん、そういうこと」


 そこで、タイミングを合わせたように、彼女のお腹がグーっと鳴った。


「さっきから人を探してるんだよね、食べ物が欲しくて。でも、見付からないんだ」


 前に会った時も、常に何かを食べていたような気がする。

 食いしん坊……育ち盛りなのかな?


「あ、じゃあ、これ食べる?」


 色々と謎な部分の多い女の子だけど、私はそこで、自分が今、食べ物を持っていることを思い出し、手にしていた紙袋を広げる。

 元々は、ここを訪れる上での手土産に持ってきたものだったけど、なんだかんだで騎士の方々に渡すタイミングが無かったので。


「はい」

「んん? なにこれ?」


 多分、今まで見たことが無いのかな?

 私は、今回また新たに考案した新メニューを手渡しながら説明する。


「これはね、〝芋餅〟っていう料理だよ」

「いももち?」


 小さい紙袋で包まれた、柔らかい――見た目は、中華まんのようなふわふわした、焼き目のある小さな丸い塊だ。

 ウーガの作ったジャガイモと、そのジャガイモから取れるでんぷんを利用して作った、芋餅(いももち)

 リベエラは、それを「ぱくっ」と口に入れる。


「もぐもぐ、なにこれ、ふわふわでもちもちしてて、変な食感」

「おいしくなかった?」

「おいしい!」


 顔を綻ばせながら、彼女は芋餅をパクつく。

 よかった、気に入ってくれたようで。


「そうだ、ねぇリベエラ。ワルカさんっていう囚人がいるところって知ってる?」

「もぐもぐ、ごくん、それって、あの悪魔に憑かれてた人? こっちだよ」


 そう言って、リベエラは私の手を掴む。

 そして引っ張りながら、歩き始めた。


「随分簡単に餌付けされたな、リベエラ」


 後ろから、ミストガンさんが微笑しながらそう言ったのが聞こえた。


「むぐむぐ、あたしは美味しいものをくれる人には優しいんだよ」


 ずんずん歩き進むリベエラに誘われ、私達はワルカさんの待つ牢獄へと向かう形になった。



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