■6 聖教会本山です
「お、おお……」
《聖母》ソルマリアさんに先導され、私とガライ、そして一緒にルナトさんも、冒険者ギルド本部の玄関先へと向かった。
そこに停車していたのは、彼女をお迎えに上がった馬車。
白色の、豪奢なデザインの馬車だった。
それを見て、私は思わず嘆息を漏らしてしまった。
「どうかいたしましたか?」
「いえ、凄い豪華な馬車だったので、つい……」
溜息を吐いた私に、ソルマリアさんが問い掛けてきた。
正直に答えると、彼女はくすりと微笑む。
「ふふふ、そうなのですね。わたくしは両目が不自由なので、実際に見ることができないのが残念です」
なるほど、常に両目を瞑っていたのは、目が見えなかったからのようだ。
しかし、立ち居振る舞いには何も違和感がない。
凄い人だ。
「それでは、参りましょう」
ソルマリアさんが御者の人に説明し、私達は馬車へ一緒に乗せてもらうことになった。
内装も優雅で、清潔感に溢れている。
私達が全員乗り込むと、馬車は聖教会本山へ向けて走り出した。
「皆様の事は存じ上げておりますわ」
走る馬車の中で、流れていく王都の風景を見ていると、不意にソルマリアさんが口を開いた。
「先日の、観光都市での一件、大変お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げるソルマリアさん。
私達も、慌てて頭を下げ返す。
「現場に居合わせた信者の方々の話もありましたので、詳細も伺っております。流石は、我等聖教会が《聖女》と認められた方と、そのお仲間の方々。悪魔のもたらした危機より、世界をお守りくださりありがとうございます」
「いやぁ、世界を守ったなんて、大袈裟な……」
訂正する私に、ソルマリアさんは微笑み。
「これからも、世界の平和と慈愛のために、そして異教の背徳者達を改心させるため、共に頑張りましょう」
「はぁ……」
困った。
なんだかすっかり、私も聖教会の一員になってしまっているようだ。
当然ながら、入信した覚えはないので……これから総本山に行くというなら、そこらへんもハッキリしておかないといけないかもしれない。
「マコ」
隣に座るガライが、小声で囁く。
「聖教会は、この国でも巨大な権力を持つ宗教団体だ。だが、あまりにも横暴が過ぎるようなら……」
「大丈夫だよ、ガライ。私も、流石に流されっぱなしになる気はないから」
否定すべきところは否定し、拒否すべきところは拒否しないといけない。
ご厚意を裏切る形になっちゃうかもしれないけど、あまりにも重い荷物は背負えないからね。
――そうこうしている内に。
「どうやら、到着したようですわね」
ソルマリアさんが呟くと同時に、馬車がスピードを緩め、停車した。
扉が開けられ外に出ると、そこに聳え立つのは大きな教会。
あの*印に似た紋章が、あちこちに見当たる。
ここが、聖教会本山のようだ。
「さぁ、どうぞ、こちらへ」
ソルマリアさんが先行し、私達は教会の中に入る。
すると、中にいた職員の人達や信者の人達が、私達の姿に気付きざわめき始める。
「あ、あれは……」
「おお、《聖母》様に《聖女》様だ……」
「本当にいらっしゃっていたのか……」
騒然とする教会内で、ソルマリアさんは慌てて駆け寄ってきた重役っぽい人達に、何か説明をする。
そして承諾をしてもらったのか、彼等が引き下がると、彼女は私達を振り返って言った。
「お話は通しました。では、行きましょう。この奥に、わたくしが封印を施した悪魔がいます」
※ ※ ※ ※ ※
「あれぇ? 久しぶりぃ」
「うん、どうも、久しぶり」
教会の奥の、ある部屋。
調度一つ、窓一つ無い殺風景な部屋の中に、一つの人影が無造作に座り込んでいた。
少年のような姿。
目は白目まで黒く、頭には王冠のように頭部を囲う角が生えている。
久方ぶりにみる、悪魔アスモデウスだ。
「えーっと、見た感じ普通なんですけど……これで、封印がされてるんですか?」
「ええ、この通り――」
ソルマリアさんが、面前に手を伸ばす。
すると、アスモデウスの周囲の空間が発光し、何か光の幕のようなものに覆われているのがわかった。
「わたくしの《聖域》により、完全に力を封じ込めております。しようと思えば、いつでも〝祓う〟ことも可能。生殺与奪の権は、こちらが握っている状態ですわ」
ソルマリアさんは、聖教会最高の奇跡の力の持ち主――という前評判は、プリーストさん達から聞いている。
その彼女が術を施したというのなら、アスモデウスが大人しく封じ込められているのにも頷ける。
「じゃあ、色々と聞きたいんだけどね」
改めて、私はアスモデウスに問い掛ける。
「ちょっと前から……ううん、もしかしたら、それよりもずっと前からなのかもしれないけど、あなた達《悪魔族》の悪事が、この国で活発になってきている気がするの」
「別に、活発化なんてしてないさぁ。僕らはずっと昔から、好き勝手にやってきてるよぉ」
アスモデウスは、小馬鹿にしたような声音で言う。
なるほど、やはり――ここ最近、私が悪魔の企てを打ち破る機会が増えただけで、既に《悪魔族》自体は人間社会に潜んで、色々悪事を働いていたようだ。
人間や、クロちゃん達のような動物にも、悪意を囁いたり。
負の感情を持つ人間と結託して、今回のように多くの負の連鎖を生み出そうとしたり。
「あなた達の目的は何?」
「目的なんて簡単さぁ。この世界を混沌に陥れたい。一人でも多くの人間を破滅に導き、絶望させ、恐怖させ、負の感情を生み出したい。それだけだよぉ」
「何故、そんな事を? この世界を滅ぼしたいの?」
「別にぃ? 僕達には、魔界っていう住む世界があるからねぇ。こっちに遊びに来る目的はぁ、言わば趣味みたいなものさぁ」
「趣味?」
どうやら、《悪魔族》には、別に人間を滅ぼしたいとか、この世界を侵略したいとか、そういう意思は無いらしい。
「悪魔にとって、人間の絶望や負の感情っていうのは……あー、君達にとっての酒とか麻薬とかと一緒さぁ。嗜好品なんだよぉ。好きなんだ、そういうのがぁ」
「………」
私は、黙ってソルマリアさんの方を見る。
おそらく、私よりも以前に、同様の尋問を行っているだろうと思ったのだが――彼女が静かに頷いたことから察するに、どうやら嘘ではないらしい。
悪魔は、趣味と遊びで人間を苦しめる生き物のようだ。
……まぁ、ある意味、想像通りといえばその通りだ。
「ただね、一つ親切で助言しといてあげるよぉ」
そこで、アスモデウスが言った。
「こんな情けない姿になってしまったとは言え、僕は魔界を統べる権力者……《魔皇帝》の一角なんだぁ。その一人が落ちたとなれば、いくら自由奔放な悪魔族と言えど、動かないわけにはいかなくなる」
「……君を取り戻そうと、君の仲間や部下達が動くってこと?」
「可能性は、0じゃないよねぇ。それに、ここで僕を助けて恩義を売っておけば、色々と儲けものと思う奴だっているかもだしねぇ」
そう言って、アスモデウスは妖しく笑う。
アスモデウスを取り返すために、《悪魔族》が徒党を組んで襲ってくる。
その可能性を思考すると、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
※ ※ ※ ※ ※
アスモデウスの現状確認と、大方の質問も終え、私とガライ、ルナトさんは聖教会を去る事にした。
ソルマリアさんにお礼を言い、建物を出ようとしたのだけど――。
「《聖女》様! お待ちしておりました!」
「ただいま、大司教様がこちらに向かっておりますので!」
出て行こうとするところで、お偉い人達に囲まれてしまった。
なんだか色々と、誰々に会ってもらいたいとか、お話を伺いたいとか言われたけど、のらりくらり誤魔化しつつ、逃げることにした。
「はぁ……大変だった」
「聖教会は、異常な力を持つマコを組織に取り入れたいのかもしれないな」
聖教会本山からしばらく走り、何とか逃げおおせたところで、膝に手をついて深呼吸する私にガライが言った。
「そいつはきっと、あの騎士団も一緒だろう」
「………」
王都に行く前に、アバトクス村にやって来た両陣営の使者達の姿を思い出す。
「きっとこれから、様々な組織があんたの争奪戦を開始することになるかもしれないな」
冗談みたいだけど、ちょっと笑っていられない状況である。
しかし、それ以前に、私には考えなくちゃいけないことがある。
(……《悪魔族》……これからどうするべきか……)
今まで、《悪魔族》とは一匹ずつとしか対峙したことがなかった。
でも、もしもこの先、悪魔達が徒党を組んで攻撃を仕掛けてくるというのなら、確かに力を合わせるのは重要だ。
「皆と仲良しになる、か……」
先刻見た、Sランク冒険者の面々を思い出す。
そう簡単に仲良くなれる、という雰囲気ではなさそうだったけど。
けれど、組織や立場のしがらみ、ちょっとした個人の事情、そういったものが間に入っているのなら、どうにかできるかもしれない。
だって、そういった点を今まで解決してきたのが、私達なのだ。
「ちょっと、頑張ってみようかな」
※ ※ ※ ※ ※
――さて、その翌日。
「あ、ここだ」
今日も私は、王都にある、とある組織の本部を訪れていた。
広大な敷地に、砦のような外見の建物が連なっている。
今も、訓練中の騎士達の声が聞こえてくる。
ここは、この国を守る騎士団――つまり、警察のような存在――王国騎士団の本部である。
目的は、ここに捕えられているワルカさんとの対面のためだ。
悪魔に憑かれていた彼女からも、色々と事情を聴いておきたい。
……のだけど。
「うーん……」
私は、その本部の正面入り口の前で入りあぐねていた。
今日は、私一人だけしかいない。
お店のスタッフに体調不良者が出てしまったため、急遽ガライにヘルプで入ってもらったのだ。
なので、一人だけ。
……ゆえに、いまいち入り辛いというか……。
「……あ」
と、そこでだった。
右往左往していた私の前に、一人の人物が現れた。
彼もちょうど、ここに来たところだったようだ。
無精ひげを生やした、疲れた風貌の男性。
腰には、一振りの剣。
「あ、昨日はどうも」
「……どうも」
確か――Sランク冒険者の一人。
《剣の墓》――ロベルト・ミストガンさん、だ。




