■4 Sランク冒険者達です
冒険者ギルド本部は、王都の中核(貴族や上流家庭が暮らす地域)の、一歩手前のあたりの区画にあった。
石造りのレンガを積み上げて作られた、厳かな外観の建物である。
あくまでも本部ということであり、冒険者の出入りはほとんど無い。
主に事務職員が仕事をしている場所のようだ。
「お待ちしておりました」
玄関をくぐると、職員と思われる、きちっとした格好をした若い男性が出迎えてくれた。
「Sランク冒険者、《黒鉄の魔術師》ホンダ・マコ様。《鬼神》ガライ・クィロン様。遠路遥々お越しいただき、ありがとうございます」
「あ、どうも」
「どうぞ、こちらです。既に、他のSランク冒険者の皆様は到着済みです」
彼に案内され、私達は会議室へと向かう。
整然として、高級そうな調度が見当たる廊下を、進んでいく。
「噂はかねがね聞いております」
その途中、先行する従業員のお兄さんが口を開いた。
「冒険者ギルドに登録するや否や、瞬く間にSランクに認定された手腕。音に聞く武勇伝の数々。御見それいたしました」
「はぁ……」
なんだか、先日から色んな人に同じ事を言われてるなぁ……と思いつつ、返事をする私。
褒められるのは嫌いじゃないけど、なんだかみんなの言うことのスケールが大きすぎて、いまいち自覚が無いと言うか……。
「冒険者のランク認定は、実力、名声、達成した任務の数など、あらゆる要素を考慮され、ギルドの本部の幹部達の話し合いにより決定されます。マコ様は、まずギルド公認の《鑑定士》による《鑑定》で判明した、圧倒的なステータス。そして、悪魔族の絡む難任務の即時解決。そして、王都を襲った邪竜の襲撃時、先頭に立ち鎮圧に当たった働きが何より考慮されたのでしょう」
職員のお兄さんは、そう滔々と解説を行ってくれる。
「更に、王都で評判のアバトクス村名産直営店のオーナーというのであれば、人柄、評判も文句はありません。ガライ様も、先程上げた事件の中でマコ様の傍に立ちサポートしていた事と、公表されていないとはいえ、暗部時代の実績を踏まえられ、Sランク認定に至ったのでしょう。お二人の加入は、我等冒険者ギルドにとっても大きな財産であります」
べた褒めである。
というかこの人、褒め上手だね。
照れるというか、恥ずかしいというか……。
「そういえば、一つ気になってたことがあるんですけど」
そこで私は、彼に以前から思っていた疑問を問うてみることにする。
「私達の異名というか、二つ名みたいなのって誰が決めてるんですか?」
「上層部が会議で決めています。有望な冒険者が現れた際には、これから行く会議室を使って、時には何時間もかけて白熱する時もありますね。おそらく、上層部が最も力を入れて議論をする題目でしょう」
……それでいいのか、冒険者ギルド上層部。
さて、そうこう言っている内に、私達は大きな扉の前へと到着を果たした。
ここが会議室だ。
職員のお兄さんが扉を開けると、中には広々とした空間が広がっていた。
その中央に設置された、長方形の長机。
既に九名の人間が、席に着いている。
(……この人達が……私達以外のSランク冒険者……)
彼等は長方形のテーブルに、左右にそれぞれ5人、4人に分かれて座っている。
私から見て右側の奥から――。
一人目。
長い黒髪を垂らした、三角帽を被った女性。
前髪と猫背な姿勢も手伝い、顔が見えない。
魔女っぽい雰囲気だ。
若干、暗いオーラが覆っている。
二人目。
その横に、テーブルにどかんと足を乗せて座っている、不遜な雰囲気の男性。
赤みのかかった金髪は、鳥の翼のように横に流れている。
革製のタイトなズボンに、鳥の羽や獣の爪や牙で装飾されたジャケットのような服を纏った、釣り目のいかにも凶暴そうな雰囲気の男性だ。
ヤンキーっぽい。
すっごく、こっちを睨んで来ている。
三人目。
その横に座るのは、落ち着いた雰囲気の男性である。
落ち着いた、というか、乱れ気味の髪に不精髭を生やし、伏せがちの目からは、枯れた、という表現の方が似合うか。
その腰には、剣が差されている。
四人目。
その横にいるのは、打って変わって若い青年だ。
立たせた髪に、精悍な顔立ちで、屈託のない爽やかな雰囲気である。
初対面のはずなのに、会議室に入ってきた私達に笑顔を向けて、手を振っている。
五人目。
右側最後の席には、白い修道服を着た女性が座っている。
白地に金色の刺繍が施され、頭部はフードで覆われている。
その両目は伏せられているが、別に寝ているというわけではなさそうだ。
漂う神聖な雰囲気……この人が、例の《聖母》さんなのかな?
(……お次は、左側……)
六人目。
左側一番奥に座っているのは、全身黒づくめの男性だ。
腰の下まで覆う黒色のコートを着ており、口元まで襟で隠れているため、表情が見えない。
そのコートの肩には、王章が刻まれている。
イクサの着る魔法研究院の制服と一緒だ。
ということは、王族? もしくは、王族に連なる関係の人?
もしかして、イクサの言っていた、第二王子かな?
七人目。
その次の席には、まだ少年のような若い見た目の子が座っていた。
おかっぱに近い切り揃えられた髪型で、腰に巻いたベルトで両サイドに二振りの刀を穿いている。
ぼうっとした様子で、虚空を眺めている。
どこか顔立ちが、スアロさんに似ている気もする。
八人目。
その次は、女の子だった。
年端もいかなさそうな、団栗眼の幼い女の子。
テーブルの上に置かれた大量のお菓子――彼女が自分で持ってきたのだろうか? ――を、もぐもぐと食べている。
そして、最後の席に座っている九人目は――。
「あ、ルナトさん」
一番手前に座っているのは、見覚えある人物だった。
頭頂部から生えた一対の耳、兎の獣人。
ルナトさんは立ち上がると、私達にぺこりと頭を下げた。
「……マコ様、ガライ様、お世話になっております」
「いやいや、そんな他人行儀な」
ルナトさん、相変わらずの硬い雰囲気である。
でも、変わらないようで安心した。
「……先日は、貴重な収穫物をお裾分けいただきありがとうございました。その、ウーガ様に、拙くはありますが感謝の気持ちを綴った手紙を送らせていただいたのですが」
「あ、はい、届いてました。ウーガ、喜んでましたよ」
「……そ、そうですか。よかったです」
安堵したのか、頬を赤らめるルナトさん。
「あ、なんなら今王都に来てるんですよ、ウーガ。私達のお店で働いてるので、よかったら直接会ってあげてください」
「……そ、そんな! お忙しいところ、大変ご迷惑になるかと――」
「おい、いつまで世間話してやがんだ」
そこで、机に脚を乗せた、釣り目の男性が苛々した様子で言った。
ドスの効いた、低い声だ。
「これで全員揃ったんだろうが。とっとと始めろよ」
「かしこまりました、では、早速」
そこで、会議室の中――隅の方に控えていた一人の人物が、長机の前へと出てきた。
私とガライは、急いでルナトさんの隣の席に座る。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。私は冒険者ギルド運営幹部の一人、ウォスローと申します」
撫で付けたオールバックの髪に、きちっとした服を着た、幹部――ウォスローさんが、机に着いた皆を見回しながら言う。
「ここにお集まりいただいたのは、我等が冒険者ギルドにおける最高位の実力者、Sランクと認定した皆様です」
彼は、先程の私と同じ順番で、一人一人、その場にいるメンバーを点呼していく。
「《黎明の魔女》、オズ様」
「……っ」
魔女っぽい女性は、名を呼ばれて、びくっと少し体を揺らした。
「《不死鳥》、ヴァルタイル様」
「チッ、だらだら長ったらしい前置きだぜ」
ヤンキーっぽい彼が、舌打ち交じりに言う。
「《剣の墓》、ロベルト・ミストガン様」
「……ああ」
剣を腰に差した落ち着いた雰囲気の男性が、掠れた声で答えた。
「《八卦水晶》、カイロン・スイクン様」
「はい、どうも」
爽やかな彼が、軽快な声で答える。
「《聖母》、ソルマリア・ホーリーグレイス様」
「よろしくお願いいたします」
修道女姿の彼女は、綺麗な声で答える。
「《閂》、レードラーク・ディアボロス・グロウガ様」
「………」
私の予想通り、第二王子だった彼は、姿勢を崩すことなく無言を返す。
「《雷霆の檻》、ミナト・スクナ様」
「はーい」
幼い雰囲気の二刀剣士の彼は、そう気の抜けた声で返事した。
「《暴食》、リベエラ・ラビエル様」
「もぐもぐ、はいはい、もぐもぐ」
お菓子に夢中の彼女は、食べながら返答する。
「《跳天妖精》、ルナト様」
ルナトさんは、黙ってぺこりと頭を下げた。
「そして今しがた来られました、《鬼神》、ガライ・クィロン様。そして、《黒鉄の魔術師》、ホンダ・マコ様」
そう紹介された瞬間、皆が私達……というか、私に視線を向けてきた。
「あ、どうもー」
そんな感じで、軽く返す私。
一方で、ウォスローさんは淡々と話を進めていく。
「では、これより会議に移らせていただきたいと思います」




