■1 聖教会と王国騎士団です
というわけで、予定日に向けて準備を進める内に……数日後。
「よっし、準備万端」
出発当日。
アバトクス村の入り口前の広場。
用意された荷車と、それを引くエンティアやクロちゃん、イノシシ君達には既にベルトが繋がれている。
完全に出発直前の状態となっていた。
「じゃあ、みんな。もう出発してもオッケー?」
「おう! 問題無いぜ!」
「僕達も大丈夫だよ、マコ!」
ウーガとマウルが、私の質問に勢い良く返事をする。
今回のメンバーは、前回王都に行った時とほとんど同じだ。
私、ガライ、マウル、メアラ。
エンティア、クロちゃん。
ラム、バゴズ、ウーガ。
フレッサちゃん、オルキデアさん。
デルファイ、レイレ。
そして、イノシシ君と、ウリ坊達。
今回の目的は、Sランク冒険者の集いへの参加と、王都の直営店の様子見なので、このメンバーとなった。
向こうのお店は現在、王都で採用したスタッフとアバトクス村から出張している数名の《ベオウルフ》達が働いて回してくれている。
そこに合流する予定だ。
皆、前回の出店で店舗スタッフとして存分に活躍してくれたメンツである。
『こりゃー! 王都のお店だ、こりゃー!』
『料理をいっぱい運ぶです、こりゃー!』
『こりゃこりゃ!』
加えて、ウリ坊達は、もうすっかり王都のアイドルなので当然参加である。
ちなみに、今回はイクサとスアロさんはいない。
前のリゾートから帰ってきた後、市場都市に戻って行ってから、今日まで一度も会っていない。
やっぱり、忙しいのだろうか?
(……イクサ、またウェイターを手伝いに来てくれたら嬉しいんだけどな……)
と思っても、予定が合わないのであれば仕方が無い。
「じゃあ、出発しようか」
デルファイやレイレは里帰りだし、クロちゃんは久しぶりにかつての子分達にも会いたいだろう――予定は、いっぱいある。
そう考えて、早速、皆で荷車に乗り込もうとした。
そこでだった。
「ん?」
と、皆が同時に停止した。
アバトクス村の入り口の方向。
そちらから、何やら怪しい集団がこちらに向かって来ているのが見えたからだ。
白い旗に、金色の刺繍で+と×を重ねたような……*にもう一本横棒を加えたような紋章を記した旗を掲げている。
何人もの人間が行列を作っており、皆白を基調とした衣服を着こんでいる。
何と言うか……聖職服っぽい。
「なんだろう、あれ……」
「あれ、聖教会の旗よ」
そう言ったのは、レイレだった。
「聖教会……」
ここ最近で、よく聞くようになったワードだ。
どうやら、聖教会の方々がやって来た……というのは、わかったけど。
でも、何のために?
「お尋ねしてよろしいでしょうか」
村の入り口の前で行列が停止し、その中から一人の人物が抜け出し、私達の前へとやって来た。
初老の男性だ。
他の人達と比べても、少し意匠の凝った制服を着ている。
「こちらに、ホンダ・マコ様という方はいらっしゃいますか?」
「はい、私ですが……」
初老の男性に問われて、私が答えると、行列の方から「おお……」とざわめきが起こった。
中には、私の方を見て手を合わせて祈りを捧げるようなポーズを取っている人もいる。
「貴方が、《聖女》様……」
目前に立つ初老の男性が、瞠目してそう呟いた。
う……何か、嫌な予感が……。
「申し遅れました。わたくしは聖教会に属する司祭の一人、トステムというものです」
初老の男性――トステムさんは名乗り、恭しく首を垂れた。
「我等が聖教会は、以前の王都周辺で起こった悪魔族出没事件、王都を襲った邪竜の一件、そして今回の観光都市バイゼルでの大規模な被害、それらの事件を特殊な力により解決してきた貴女を、《聖女》と認定する運びとなっています。これは最早、確定的事実です」
……やっぱり。
プリーストさん達から話を聞いていたけど、そんな感じになっちゃってるんだ。
「あの……お話はわかりましたが、私達用事があって王都に行きたいので……」
「はい、勿論存じ上げております」
にこにことした笑顔で、トステム司祭は言う。
「マコ様が冒険者ギルドに所属しており、Sランク冒険者同士の会合に行く予定だという情報は入手しておりました。存じているからこそ、我々は今日参ったのです」
さぁ――と、トステムさんは後方の信者達の行列に私を誘う。
「短い旅路ではありますが、我々がお傍に侍りお送りさせていただきます。道中は、如何なる命でもお申し付けください」
えぇ……。
なんだか……とんでもない事になっちゃってるね、これ。
「いや、わざわざそんな事までしていただかなくても……」
「王都では、マコ様同様、聖教会が認定した聖人の一人にしてSランク冒険者、《聖母》ソルマリア様もお会いになるのを心待ちにしております。ささ、ご遠慮などせず」
うーん、困ったなぁ……。
まず、《聖女》どうこうじゃなくて、人をいっぱい引き連れて歩くなんて大名行列みたいで単純に恥ずかしいというか……。
「ん?」
そこで、声を漏らしたのは《ベオウルフ》の一人、バゴズだった。
何かに気付いたように、彼は呟く。
「あれ? また来てるぞ? なんか、いっぱい」
バゴズの言葉を聞き、私達は気付く。
村の前の聖教会の一団を掻き分けるようにして、また別の怪しい集団がこちらにやって来る。
次に来た集団の正体は、私もすぐにわかった。
今まで、色んなところで何度も目撃したからだ。
グロウガ王国の国章を記した旗を掲げ、甲冑を纏った屈強な男性が隊を成す集団――王国の騎士団だ。
「失敬する!」
その中から一人、鎧を身に纏った大柄な男性がズンズンと出て来た。
「こちらに、ホンダ・マコ殿という方は!」
……なんだか、さっきと同じ流れのような……。
「えーっと……私ですが」
「おお、貴殿がマコ殿ですか!」
私の姿を見ると、騎士さんは空気が震える程の大声で喋り始めた。
「噂はかねがね伺っております! 市場都市では盗賊を踏破し、王都では数々の事件を解決! そして今回の観光都市バイゼルでの、悪魔の陰謀を打破した武勇伝! あなたの武勲は我々の間にも知れ渡っておりますぞ! 申し遅れた! 私は王都市井警備騎士団第六地区担当部隊隊長、ゴードン・バロックと申します!」
大仰な身振り手振りで、騎士――ゴードンさんは語る。
「この度、マコ殿が王都へ来訪する予定があると話を聞き付けましてな。ならば是非、この機会に、我々に稽古をつけて欲しいと思い」
「け……稽古、ですか?」
「王都の騎士団の中に、以前貴殿から稽古を付けてもらう約束を取り付けているという者もおりましてな。それならば是非我々もと思い、相談に参った次第です」
……あ。
どうやら、以前の市場都市で交わした騎士さん達との約束が、回り回ってこんなレベルに膨れ上がってしまったようだ。
「僭越ながら師としてお迎えする以上、これくらいの事はと考え、我々で王都までお送りさせていただきます」
「待ってください、騎士団の方々」
そこで、ゴードンさんの言葉を、トステム司祭が打ち切る。
「マコ様は、我々が聖人としてお迎えする予定で先に参ったのです」
「貴様等、聖教会か?」
トステム司祭の姿を見て、ゴードンさんは鼻白む。
「貴様等の事情など知らぬ」
「相手の許諾も得ずに、突然連れていこうなどとは、いささか礼節に欠けるのではありませんか?」
いや、それはあなた達も一緒では?
トステム司祭の言葉に、率直に思う私。
「相手は妙齢の女性でもあるのですぞ? 粗野な男性の多い騎士団は、無礼にも程がある」
「ふん、マコ殿を貴様等のような胡散臭い連中に渡すわけにはいかない」
……んー? なんだか、険悪な空気になって来ちゃったね。
もしかして、この二つの陣営って仲が悪いのかな?
「マコ殿は我々が護衛及び送迎をする」
「《聖女》様は我々が――」
「あー、もー、ストップ!」
ヒートアップする二人の間に、たまらず私は割って入る。
こんなところで揉められても困る。
「お気遣いなく! 私は、自分達で行きますので!」
宣言するや否や、私はエンティアの引く荷車にさっさと乗り込む。
「では、せめて護衛を――」
「大丈夫です! 信頼できる仲間がいるので!」
私は隣のガライの肩をポンと叩き。
「ともかく、出発!」
と、エンティアに声を掛けた。
エンティアが引っ張り、荷車が動き出す。
「待ってください、マコ殿!」
「お待ちを、《聖女》様!」
と、後を追いかける二つの隊列も引き連れ、結果的にやっぱり大名行列みたいになってしまいながら、私達は王都へ向かう形となった。




