■9 メアラはマコに謝りたいようです
「エンティア~、ご飯もらって来たよ」
酒場での宴会が終わり、私達は部屋に戻る。
部屋は二つ借りており、《ベオウルフ》の三人で一室、私とマウルとメアラ+エンティアでの一室という形になる。
図体のでかいエンティアは酒場には連れて行けないので、客室で大人しくいてもらっていた。
ご馳走をお土産に持ち帰って来たマウルが、床の上で丸くなっている(遠目に見ると、巨大な白いモフモフの塊にしか見えない)に話し掛ける。
しかし、エンティアは既に寝息を立てていた。
「あ、もう寝ちゃってる」
「今日は朝から歩きっぱなしだったから、いい運動にもなったし疲れちゃったのかもね」
私は改めて客室の中を見回す。
大きな木製のベッドが三つ備えられた内装は、清潔で広い。
加えて、この客室、ベランダのように外にデッキがあり、そこには――。
「凄い! 見て見てメアラ! お風呂だよ!」
部屋の外に湯浴み場が作られているのだ。
流石に温泉というわけではないが、天井も開け放たれており、夜空を見ながら湯船に浸かることができる。
まるで露天風呂付き個室旅館みたい。
……現世ではずっと、休みさえ取れたら行きたいと思ってたんだよなぁ。
結局行けなかったけど。
「……さっきも一回来たから知ってるよ」
チェックインの際に一度見ているので、メアラは私のはしゃぎっぷりに呆れたような顔をする。
一方で、満腹と疲れから、エンティアにもたれかかるようにして寝てしまったマウルの肩を、メアラは揺する。
「マウル、ちゃんとベッドで寝ないと体壊すぞ」
「うーん……むにゃむにゃ」
「まったく」
嘆息しながら、メアラはマウルにシーツをかける。
「………あの……さ」
そこでメアラは、少し遠慮気味にではあるが、私へと声を掛けてきた。
「うん?」
「その……ずっと言いたい事があったんだ」
……どうやら、さっきから物思いに耽っていたのは、私へ伝えたい事があったからのようだ。
マウルも寝静まり、こうして二人きりとなったので、腹を括ってくれたらしい。
その意思に応えるように、振り返り、私はメアラを見据える。
いつも、まるで周囲を警戒するように鋭く尖らせている赤い目も、今はしおらしく伏せられている。
「なに?」
「……ごめん……って、謝りたかった」
藪から棒に、メアラはそう言った。
私は、思わず一瞬呆けてしまった。
「今日まで、家を補強してもらった事もちゃんとお礼を言ってなかったし……昼間の市場でも、俺、余計な事ばっかり言ったりやったり……それを、全部マコに庇ってもらったも同然だったから」
「………」
あの冒険者の男を相手にして、金額をふんだくろうとしたり、クレームに対してまともに取り合わず突っ撥ねようとした事とかを、彼なりに反省していたようだ。
それに、それ以前――私達が初めて出会った日の夜の事も、ずっとお礼を言いたかったのだ。
だけど、私が人間で信用できないという点もあって、素直な態度で接する事ができずにいたのだろう。
ここ数日の、メアラの何かを含んだような、二の足を踏んでいるような態度の数々を思い出す。
「……ふっ」
思い出し……私は思わず吹き出してしまった。
「な、なんだよ!」
「メアラって、本当に優しいね。律儀というか、まじめというか」
「ば……バカにしてんのか」
「ううん、そんなんじゃないよ。そうだよね、今までずっと、マウルを一人で守らなくちゃいけなかったんだもんね」
「………」
私が言うと、メアラは顔を赤く染めてそっぽを向いた。
照れてる!
超かわいい!
そうだ、彼だってマウルと同い年、年相応の子供なのだ。
大人に甘えたっていいはずなのに。
「ねぇ、メアラ。一緒にお風呂入る?」
「入らない!」
「まぁまぁ、そう言わずに。気持ち良いよ?」
「今日は疲れたからもう寝る!」
メアラは勢い良くベッドの中に潜り込んでしまった。
くそう、まだ好感度が足りなかったか。
※ ※ ※ ※ ※
「へえぇ~……ここが、かぁ」
翌日。
街の中心近く――かなり大きな石造りの建物の前に、私は到着を果たした。
宿の店員に場所を聞いてやって来た――ここが魔法研究院だ。
ちなみに、マウルとメアラ、エンティア、《ベオウルフ》三人衆は、村へのお土産(食料や生活必需品等)を買うため、市場の方へと向かっている。
私もマウルとメアラに昨日の売り上げの金貨を渡して、村に帰った後の食糧とか、あとエンティアのご飯とかを買っておくように言っておいた。
で、私はその買い物の間に挨拶を済ませてしまおうと思い、ここまで来たという感じである。
「へぇ、石を積んで作ってあるんだ」
建物の外壁に触れる。
一個一個、切り出した石を積み重ねて作ってあるようだ。
アバトクス村(《ベオウルフ》達の村)の家々のような木造と違い、かなり頑丈な作りであることがわかる。
「接合材に使われてるのは粘土かな? セメントとかじゃないんだ」
……おっと、いつまでも気を取られているわけにはいかない。
色々と気になるところはあるが、今日ここを訪れた用件を早く済ませなくては。
私は正面の入り口――巨大な門の方へと向かう。
門の両サイドには、物々しい甲冑を着た騎士が二人、門番として立っていた。
凄いな、まるでお城のようだ。
そういえば、この院って王子様が創立したとかって言われてたような……。
「何者だ」
そこで、門番さんの一方が、兜の奥からギロリと鋭い視線を向けてきた。
ひえぇ……怪しまれる前に早く名乗らないと。
「あの、マコです」
「………」
……いやいや、阿呆か私は。
緊張して変な自己紹介をしてしまった。
「あの、昨日、市場でイクサさんという方に魔剣を販売させていただいた者です」
改めて冷静に、私は再度自身の身の上を伝える。
確か、昨日はこれで話を通しておいてくれると彼は言っていたが……。
「……! おい!」
すると門番は、それを聞いて驚いたように、もう一方の門番に何やら指示を出した。
相方の門番は頷くと、扉を開けて院の中へと入っていった。
「失礼な物言いをして済まなかった、少し待っていて欲しい」
一方、残された門番は態度を急変させ、私に向かって静かな声でそう言った。
よかった。どうやら話は通っていたようだ。
――やがて扉が開き、私は院の中へと通される。
「やぁ、待っていたよ!」
応接間とかに向かうのかと思いきや、入っていきなり、目の前にイクサがいた。
相変わらずの、端正だが子供のように純粋そうな顔立ちに、肩に掛かるくらいの絹糸のような金髪。
「……?」
そこで気付いたのだが、イクサの後ろに一人、背の高い女性が立っていた。
鎧等は装備していない。
しかし、体格にフィットした高級そうな黒地の服を着ているため、シュッとした、スタイリッシュな印象を受ける。
言い方は現代的だが、敏腕キャリアウーマンみたいな、クールビューティーみたいな。
但し、腰には剣を佩いており、鞘はベルトのような固定具で装着している。
黒髪に細い眼。目元に傷がある。
「君から譲ってもらった魔道具、実に素晴らしい代物だ! 一晩中眺め倒してしまったよ」
そう言って、イクサは私の手を取り、興奮した様子でぶんぶんと振るう。
「は、はぁ、それは良かったです」
「王子、少々落ち着いてください。相手の方も困惑しております」
そこで、イクサの後ろに立った女性が、そう言い放った。
見た目に似合うハスキーボイスだった。
……いや、ちょっと待って?
「お、王子?」
そうだ、思い出した。
昨日、宿屋の酒場で、《ベオウルフ》の一人――ラムが言っていたんだ。
この院は、この国の王子の一人が長を務めている。
……え! イクサが王子だったの!?
「まったく、また下層の市場に顔を出したのですか? 少しは自粛していただきたい」
「いいじゃないか、スアロ。ほら、下々の民の生活を見るのも、王族の仕事というアレだよ」
溜息を吐く女性に対し、イクサは笑いながらそう受け応える。
瞬間、私に向き直ると、彼は軽快に名乗った。
「では改めて……僕はこのグロウガ王国の第七王子にして、この魔法研究院の院長。イクサ・レイブン・グロウガだ。よろしく」
 




