森へ行こう
ある日のこと、
「森へ行こうよ」
とぼくは言った。
海辺に立つぼくとナミホに強い風が吹き付けている。
海からは、遠くで鳴る雷のような低い音が響いて、白い波は高くうねり、荒々しく砂浜に打ち付けている。
もうすぐ嵐がくるようだった。
「風が冷たいよ。森に入れば寒くないよ。だから、森へいこう」
「でも」
ナミホは口ごもり、
「あたし、森へは行ったことがないから」
と暗い空を見ながら言う。
空には重そうな黒い雲が立ち込め、太陽を隠してしまっている。
「だったら余計に行ってみようよ」
ぼくは張り切って言った。ナミホと森に行ってみたいとずっと思っていたから。
「ぼくの大好きな場所を見せたいんだ。きっとナミホも気に入るよ」
ぼくはナミホとつないでいた手に力を入れた。
ナミホはちょっと困ったような顔をして、ぼくを見つめる。
けれど、ぼくは悪びれず歩き出した。
ナミホは何も言わなかった。仕方がないなというように、小さなため息をついて、ぼくに連れられるまま歩いた。
森へと続く歩道橋を渡って、森の入り口まで来る。
「怖い」
ナミホが急に立ち止まって言う。
「怖い?」
ぼくはきいた。
「だって、木がザアーって、それに奥は真っ暗だわ」
「大丈夫だよ」
ぼくは笑って言った。
「何も怖いことなんてないよ」
ぼくはちょっとうれしくなった。ぼくは木が風で鳴る音や、暗い森なんてちっとも怖くはないし平気だったから。ナミホに男らしくかっこいい所を見せられるかもしれない。
「でも・・・」
ナミホは不安そうに言う。
「平気、平気。風が強くても、森が暗くても、ぼくが守ってあげるよ」
得意になってぼくは言った。
ぼくはナミホの手が離れないように、しっかりとつないで森に入って行った。
森の中はさっきと変わらず静かだった。時々、風で木の葉が擦れ合う音がするくらいだった。
でも、普段でも暗い森の中は、今日は木洩れ日もないせいで一段と暗くなっていた。