見たんだ
「ぼくナミホのことが少し怖いよ」
ぼくは顔を上げて海を見ながら言った。
海は凪いで穏やかだった。波の音だけが砂浜に響いている。
ぼくは砂浜に座った。
昼間に太陽の光をいっぱい吸い込んだ砂は温かい。
「どうして?」
ナミホがぼくの横に座って言った。
ぼくをからかうように微笑んでいる唇。ぼくが暗い気持ちでいるのを楽しんでいるようなまなざしで。
それで、ぼくはちょっと嫌な気分になる。
「ぼく、この前見たんだ」
ぼくは小さな声で言う。
「ナミホが小鳥を食べるところを」
海の上をアジサシが群れて飛んでいく。
僕とナミホはしばらくの間、アジサシが飛んで行った方を眺めていた。
風が吹いて、ナミホの長い髪がなびく。
「いけなかった?」
ナミホは乱れた髪を直しながら言った。
「ううん」
ぼくはまた首を振った。
「ぼくはナミホのことを知りたいと思っていたけれど、知らなくてもよかったんだ。」
ぼくは握った砂をさらさらと下に落とした。
「ナミホと時々ここで会って、ちょっと話しをして海を見てる。それだけでよかったのに」
下を向いたままぼくは言った。
ふう~と息を吐きながらナミホが砂の上に寝転ぶ。
「それで?」
ナミホは笑って砂の上に置いた頭をぼくの方に向けた。
ぼくもナミホの横に寝転ぶ。
空には星が瞬き始めた。
「いやになったのね」
ナミホはまだ笑っている。
「ううん、ちがうよ。でも、いつかぼくもあんなふうに・・・」
「あんなふうに?」
「ううん、ううん!」
ぼくは体を起こして頭を振った。
あたりはいやにしんとしている。
「ナミホはぼくを食べないって知っているよ。だってぼくたち恋人同士だろ」
無表情で首を横に向けたまま、ナミホが体を起こす。それがちょっと不気味だった。
でも、ナミホは急ににっこりした。
「わからないわよ。恋人同士でもお腹がすけば」
「えっ」
ぼくは小さな声を出した。もし、その時ナミホがぼくの方に手を伸ばしていたら、ぼくは叫んでいたかもしれない。
ぼくはぶるっと体を震わせた。
ナミホはくすくす笑い出す。
「うそよ。食べたりしないわよ」
わかっている。ナミホはぼくを食べたりしない。
「よかったあ」
ぼくは大げさに笑ってみせた。
ナミホはゆっくりと首を動かして前を向いた。