抱き合う二人
ある夕方、ぼくとナミホは海の見える歩道橋から海を見ていた。
水色の塗装が所々剥げて、さびだらけのほとんど誰にも利用されていない歩道橋。
ぼくはこの橋を渡る人間を今まで見たことがない。
この橋を海の方から渡っても、道などないうっそうと木が生い茂る森に続いているだけ。
人間は意味のないものも作るものだと、この橋のおかげでわかった。
そんな歩道橋だけど、ぼくにとっては、とても大事な橋だ。橋の上から海を一望できる景色をナミホと並んで見ることができるから。
太陽は海の向こうに傾いて、青かった空も海も、今はオレンジ色に染まり始めている。
空にぽっかり浮いている灰色の雲は、ほとんど形を変えることなくとどまっている。
「あの二人どうして、いつまでも抱き合っているの?」
歩道橋の手すりに乗せた腕にあごを置いて、ナミホが言った。
ぼくたちが見ているずっと先の砂浜に、さっきから抱き合っているカップルがいる。
時々は体を離して何かを話しているようだけど、またすぐに抱き合う。
「どうしてってそれは・・・」
ぼくは少し考えた。そして、
「恋人同士だからだよ」
と言った。
でも、もしかして夫婦かもしれないし、内縁関係なのかもしれない。誰にも本当のことが言えないような関わりなのかもしれない。
しかし、そんなことをナミホに言っても理解なんてできないだろうし、いちいち説明す
るのも骨が折れる。
「恋人同士だとどうして抱き合うの?」
ナミホは真面目な顔できく。少し大きく開いた目。
「う~ん、それは・・・」
ぼくは考えた。
抱き合う理由、抱き合う理由・・」
ぼくにもよくわからない。
「確かめているんだよ」
ぼくは思い付いたでたらめを言った。でも、その言葉はいい加減でもないような気がした。
ナミホは考えるみたいにちょっと間をおいて、
「何を確かめているの?」
ときいた。鼻の頭に小さな汗の粒が浮いている。
ぼくはまた考えた。
「お互い好きかどうかってことをさ」
うまく答えられたと思った。きっとあの二人はそうなんだと思う。
ぼくは自慢げに胸をはって笑った。
けれど、ナミホは、
「ふ~ん」
とだけ言ってつまらなそうに前を向いた。
ぼくは肩をすくめる。
ぼくたちはしばらく黙って、抱き合う二人を見ていた。