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感謝状

作者: 蓮本 丈二

 私がいつものようにレジでつっ立っていると、一人の初老の男性が私に声をかけてきた。

「すみませんが、ちょっとこの字を読んでいただけませんか」

 非常に困った様子の彼をみかねて私はそれを読んであげることにした。

 彼のいうこの字というのは、よくあるプリペイドカードのうらにかかれているモバイラーズチェックのための文字と数字だった。

 私は親切心で字を読んであげたのだが、ここで私の中に一つの疑問がふと浮かんできた。明らかに削られすぎたその文字列たちは霞んでよく読めない。彼は3枚カードを持っていたのだが、そのどれも例外なく削られすぎている。

 この人はプリペイドカードを初めて買ったのだろうか。

「こういったカードを買われるのは初めてですか」

 ひとつひとつ解読するついでに世間話でそう聞いてみた。

「ええ、まあ初めてです」

 彼の返事は妙に歯切れが悪い。

また一つ疑問がわいてきた。

この人は果たしてこれを何に使うのだろうか。

彼の購入していたカードはバリアブルカードといって、下限は1500円、上限は5万円まで好きな金額を選んで購入することのできるカードだった。

私には彼がそれをいくらで買ったのか知る由もなかったが、気になってしまいつい

「何か買われるんですか」

 と当たり障りのないように聞いてしまった。

 彼は戸惑いながらも

「振り込みにつかうんです」

 と答えた。

 それをきいた瞬間、私はいやな予感が脳裏に浮かんだ。

 詐欺ではないか。

 私は居てもたってもいられずさらに踏み込んだ質問をしてしまった。今度は何の気も遣わずに。

「振り込みって、なんの振り込みですか」

「携帯会社の振り込みです」

「これで振り込めとメールか何かがあったんですか」

「いえ、電話で。最初は口座からといわれたのですが、私が口座は都合が悪いというと、先方が、ならこのカードを買って番号を教えてくれと」

 彼は少し戸惑いながらも私の質問に丁寧に答えてくれた。

 ここにきてはっきりと私はこれはまずいと確信したのだ。

「そのメール見せてもらっても」

 私がそういうと彼は渋々メールをみせてくれた。

 迷惑メールの定型文のようなメールがそこには表示されていた。そしてひっきりなしにどこからか電話がかかってきていた。携帯の充電が私の目の前で切れるぐらいに。

「これ、たぶん詐欺ですよ。このまま番号を教えるとまずいです。今ならまだ間に合うかもしれませんよ」

 そういって困惑する彼を説得し、私は店の責任者を走って呼びに行った。

 責任者は彼のもとへやってくるとすぐに詳しい状況を彼から改めて聞きはじめた。

 私のできることはここまでと、通常の業務に戻ったのだが、彼らの会話がどうしても耳に入ってきてしまう。

「いくら買われたのですか」

「5万円分です」

「全部で?」

「いえ、5万円分を1枚ずつ。合計で15万円ほど」

「向こうからはいくら買えと」

「30万です。ここともう一つの店で15万円分」

「もうそちらは買ってしまったんですか」

「いえ、まだここが最初です」

 私は彼らの会話をききながら、ホッとした。ここで気がつけて良かったと。

 15万円はぶじ彼に返金され、詐欺は未然に防がれた。

 のちに警察と一緒に店に再びやってきて、ちょっとした事情を責任者は聞かれていた。

 もう私の出る幕ではない。

 しかし、この出来事はニュースで取り上げられ話題になり、私は警察署から感謝状を授与されることになった。これは誇らしいことで末代まで自慢できるだろう。


 といったご都合主義にはならない。残念なことにニュースではそういった英雄伝的なものしか取り上げてくれない。現実はもっと悲惨だ。すべてが未然に防がれいれば、こんなにも世の中に詐欺が横行してはいないだろう。大概は騙された後のことが多い。

 事実はこうだ。

 私が責任者を呼んでくると、責任者は彼に詳しい状況を聞きはじめた。

  私のできることはここまでと、通常の業務に戻ったのだが、彼らの会話がどうしても耳に入ってきてしまう。

「いくら買われたのですか」

「5万円分です」

「全部で?」

「いえ、5万円分を1枚ずつ。合計で15万円ほど」

「向こうからはいくら買えと」

「30万です。ここともう一つの店で15万円分」

「もうそちらは買ってしまったんですか」

「いえ、まだここが最初です」

 私は彼らの会話をききながら、ホッとした。ここで気がつけて良かったと。

 責任者はすぐにプリペイドカードの会社に連絡するといって彼を一度うちにかえした。これは充電切れを起こした携帯電話を充電してもらう目的も含まれていたのだ。

 彼が店から出ていくと、責任者はすぐに連絡をとり始めた。

「もしもし、すみません。プリペイドカードを買われたお客様がいまして、どうもその方が詐欺にあわれているようでしたので、すぐにカードを停止していただきたいのですが」

 責任者はレジの前に立った。

「はい。はい。ああ、番号ですか」

 責任者は何かの番号を伝え、すぐにカードを停止してもらうように言った。

 私はそれを横目で見ながら、どうか間に合ってくれと心から願っていた。

 しかし、残酷なことに3枚のうち2枚はすでに使用済みになっていた。

どうやら彼は私にカードの文字を呼んでもらう前に、向こうに彼の読める範囲で文字を伝えていたのだろう。

最後の1枚がどうしても読めず、私に助けを求めてきたといったところだろうか。

責任者に彼に電話するよう伝えられ、私は彼に電話した。

「もしもし、先程の方でしょうか」

「はい」

 その場で私は、1枚しか取り戻せなかったと伝えるべきか迷ったが、どうしても事実を伝えることができなかった。

「責任者が返金の事を相談したいそうなので今から来られますか」

「大丈夫です。すぐいきます」

 しばらくして彼が店にやってきた。私はどうしても彼の顔を見ることができなかった。すぐに責任者のもとへ走り、バトンタッチする。

 責任者は5万円しか取り戻せなかったことを伝えると、彼はそうですか、ありがとうございますとだけ伝えその5万円を受け取り店を出ていった。

 私はその後ろ姿だけ見ることができたが、その背中には言葉では言い表わすことのできない悲しさが漂っていた。

 のちに再度彼から店に電話がかかってきた。

「はい。もしもし」

「もしもし。先ほど詐欺にあったものですが」

 自虐と悲しさに満ちた呆れ声でそう電話口から聞こえてきた。

 私はおそらく一生この時の彼の言葉、声のトーン、雰囲気を忘れられないだろう。

 電話はあとで警察と一緒に事情を聞きにいくといった内容だった。

 その後の事はすべて責任者が対応してくれた。


 私は仕事終わりによく行くコンビニがある。そこにはいかにも誇らしげに感謝状がレジ前に額に入れられ状態で置いてある。それを見るたびに言い知れない虚しさが心の奥底から湧いてくる。

 詐欺を未然に防ぐ事はとても素晴らしいことだけれども、実際は私のような虚しさ悲しさを感じている人の方が多いことを忘れてはいけないだろう。


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