表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

8.第一閲覧室4

「あそこから、飛んで来たのか……」

 ミミは見ていた。三階の格子にぶら下がる虫。ここにいたかつての自分を、襲って殺した相手。

「……僕の血は、さぞ美味かったろうな?」

 ミミは歯を噛み鳴らした。杖剣を差し向け、叫ぶ。

「30-410!」

 ぎいっ!

 虫は雷に撃たれ、背中から一階へ落ちた。ミミは周囲を確認した後、階段を駆け降りる。

 虫は腹を見せて藻掻いていた。ミミはその腹に剣を叩き付けた。

「おおぁあ!」

 ぎちぃ!

 何度も繰り返し、虫の腹を打ち割ると、そこへ剣先を突き込む。

「30-410っ!」

 ぎっ!

 虫の腹は弾け飛び、大量のインクが飛び散った。インクはミミの体に付着する直前で宙空に留まり、インク壺へと吸われていく。

「はぁ……はぁ……」

 ミミはそれを見ていた。

「……ふん」


「ふー……」

 ミミは大きく息を吐いた。虫の骸が側に転がっている。

「ここも、これで全部だな……」

 二階にいた虫。上階から降りてくる虫。ミミは注意深く殲滅した。

「……下からまで襲われたら、敵わんからな……」

 ミミはインク壺を撫でた。

「……二度と死んでやるものか」

 階段を登る。ミミは三階へと足を踏み入れた。


 足を止めた。

「……」

 ぎち、ぎち。ぎち、ぎち。

 ミミの前に、二匹の虫が並んでいた。

「……糞っ」

 虫は本を開き、インクを舐めている。二匹はすぐ隣にいた。

「そういうことも……あるのかよ」

 ミミは剣先をゆっくりと突き付けた。

「……」

 睨むように見据え、詠う。

「30-410──!」

 雷光が迸り、そして。

「っ、お!?」

 どかりと、背中に衝撃。首に冷たい息遣い。

 ぎちり。

「か、ぁ──」

 ミミは死んだ。


「……お帰りなさいませ、ミミ様」

「はっ!」

 ミミは目を覚ました。図書館受付、アリアがミミを覗き込んでいる。

「虫の手に掛かられたのですね」

「……ああ」

 ミミはゆっくりと上体を起こした。白い手袋を見つめた。

「……お休みになられますか?ミミ様」

「……ん。いや……いい」

 ミミの姿はまた、ほんの少し、色褪せていた。

「……君の言う通りだな。僕はきっと、この先何度も死ぬことになる」

「いかにも、そうでしょう……それが、今の図書館の有様でございます」

「ふん」

 ミミは立ち上がった。

「……それならそれで、考えようもあるものだ」

 細く小さな、声だった。


 ぎちぎち。ぎち、ぎち、ぎち。

「……糞虫どもが……」

 ミミが三階に戻った時、三匹の虫は床を舐めていた。絨毯には薄いインクの染み。

 余程、堪能したみたいじゃないか。

 ミミは笑った。杖剣を抜き、両手で持つ。

 詠い始めた。細く小さな声で。

「……31018」

 密やかに。囁くように。

「962-3910-32-10162」

 神秘の音韻が滑らかに連なる。

「──30-410」

 ばちり。

 切先に、雷が灯った。

「30-410」

 ばちり。今度は剣の鍔本で。

「30-410」

 ミミの右手で。

「30-410」

 左手で。

「39010-2010」

 ばちり、ばちり。稲光は這い回る。

「4」

 切先から鍔本へ。鍔本から右手へ。右手から左手へ。

「8」

 左手から切先へ。

「16」

 ばちばち。ばちばち。雷は四点を循環し、その度に音と光を強めていく。

「32」

 ばちり。

 収束した。

「……02-3910」

 青雷の宿る剣先が、虫を指し示す。

「2049-30-410っ!」

 光芒が空間を裂き、迸った。


 大音。枯木を割り砕いたような。

 不快な臭い。灼けた埃と、焦げた絨毯。

「……どうだ……?」

 死んだ虫。

 三匹の兜虫は、皆死んでいた。

「……やった……か……ゔぅっ」

 ミミは剣を取り落とした。白い手袋は焼け焦げ、爛れた掌が覗いていた。

「糞っ……痛ぃ」

 ミミは胸元から羽ペンを取り出した。手が震えて、それも落とした。

「ぅうううう……痛いよぉ……糞、糞、糞ぉ」

 拾い上げて、掌をなぞる。羽ペンは宙に溶け、インクが損傷を修繕していく。

「……はぁ」

 ミミは剣を拾い、虫の死骸へ打ち付けた。腹を割り、インクを集めた。

「……一度、戻るか……」

 ミミは階段を降り始めた。ゆっくりと、周囲に気を配りながら。




ベルカナベル35

 魔導師ベルカナベル・ナルカナランカの手になる35番目の鉱石剣。白い石英の刀身を持つ短めの直剣。

 紆余を経て魔術士ミラミオルミルに与えられた後、電雷を放つ触媒としての用途を見出される。刀剣としての性能にも優れており、鋭く砥がれた刃は大変頑丈で傷つくことさえ稀。

 『リリリス』と名付けられたこの剣は魔術士ミラミオルミルを象徴し、長く彼に重宝された。そして持ち主の死後、後を追うように忽然と姿を消したという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ