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1.小部屋

 ミミは目を覚ました。

 古びた紙とインクの匂い。黒ずんだ床板が軋む音。薄闇に蝋燭の明かりが揺れた。

「……あれ……?」

 ミミはゆっくりと身を起こした。辺りを見回しながら。

「……ここは?」

 本。

 本。

 本棚。

 書庫か、書斎か、図書館の一室。そのような小部屋だった。


 何だ?何があった?

 ミミはまた、ゆっくりと立ち上がる。壁のどこを見ても本棚と本、そればかりがあった。

 僕はどうしてここにいる?

 そしてミミは自分を見た。自分の手。脚。胴。それらは現実的な質感と色を失い、輪郭を幾重にもぶれさせていた。

 さながら、線描画のように。

 僕は……誰だ?

 ミミは少しの間、立ち尽くした。


「……何だ、ここは」

 ミミは本を手に取り、ぱらぱらと捲った。本には見たこともない文字が徒然と記されていた。どの本でもそうだった。

「攫われた……?閉じ込められたのか?」

 ぎしり。

 そうではないと、ミミは知った。

 本棚の陰、小さな扉が独りでに開く。

 ぎしり。

 部屋に入ってきたのは、大きな虫だった。

「……は?」

 人間ほどの大きさの、角がない雌の兜虫。のそり、のそりと歩み寄る。

「お、おい……!来るなっ!」

 のそり、のそりと。

「糞っ!何なんだよ!」

 のそり。

「……っ!この、野郎!」

 ミミは強く蹴り上げた。兜虫の鼻面は少し浮き上がる。

 戻る。

 黒い目が、ミミを見据えた。

「え」

 目の前が真っ暗になって、黒ずんだ板を見ていた。後頭部が白く熱い。背中が硬いものに触れている。

 ……ああ、天井か。

 ミミはぼうっとした思考で、見ているものが何かを知った。

 あれ?どうして天井が見えるんだろう?

 鼻が詰まるような、頭が揺れているような、不思議な感覚だった。

 僕は……倒れているのか?

 どうして?

 ……のそり。

 ミミは答えを見た。答えもミミを見た。

「ひッ……」

 兜虫が、ミミに伸し掛かっていた。

 黒い目が。

 無機質な視線が、這うようにミミを見つめていた。

 かちかち。きちきち。

 微かに口を鳴らして、兜虫はミミの腹を、ゆっくりと──

「ぎッ……ァアアアアアッ!!」

 食い破った。

「アアアアア!!痛、痛いィィィ!」

 色を失ったミミの腹からは、インクのように真っ黒な液体が、脈動に合わせて噴き溢れている。

 どく、どく。

 ぢゅる、ぢゅる。

 兜虫はそれを、啜っていた。

「アガッ……ううゔぅうゔ!あああああっ!」

 激痛とおぞましき嫌悪感の中で、ミミの手が何かを掴んだ。ミミは夢中でそれを振り回し、それは導かれたように兜虫へ突き立った。

 ぎちぃ!

 その鼻面に。

 輪郭のぶれた、小振りの直剣のようなものが。

 ぎちっ!ぎちちっ!

「……あ、あ?」

 兜虫が怯んだことに気付いたミミは、今度こそ無我夢中だった。

「あ、ああああああああ!!」

 跳ね起きて、剣を押し込む。両手で柄を握り締め、痛みも恐怖も忘れ去って、全身の力と重さをかけて。

「おおおおおおおおおっ!!」

 ぎちぃ!

 初めは大きく暴れていた兜虫は、やがて力を失い、弱々しく痙攣するように、遂には死に絶えたようだった。

「……はあっ、はあっ……ああ、糞っ」

 ミミはへたり込んだ。インクのような血を流す傷に片手を当てて、突き立てた剣に片手で縋りつく。

「……何だってんだよ、もう……!」


 ミミは小さな扉から小部屋を出た。腹の傷を押さえ、剣を提げて、よろよろと。脳裡には疑問ばかりが渦巻いている。

 ここはどこだ?

 こんな傷で歩けるものか?

 いや、この体の異常はそもそも何だ?

 そして……僕は誰だ?

 ミミには何もかも分からなかった。ただ、小部屋にいても何にもならないと思い、歩み出ることにした。

 何の変哲もない床板を、線描画のような靴が踏む。現実とは思えない光景だった。

 夢なら覚めてほしい。

 けれども、そうはいかないようだった。

「……何で……」

 扉の先は、小部屋だった。

 本棚に囲まれ、小さな扉の備わった。書庫か書斎か図書館の一室のような、小部屋だった。


 三つ、四つと小部屋を歩いていく。何も変わらない。点々と零れた血の跡だけが変化だった。

「……はあ、……はあ、……ふ……」

 ある小部屋で、ミミは本棚に凭れて座り込んだ。

 ……ここまでか……。

 手足が感覚を失っていく。ミミは瞼を閉じた。開けていられなかった。

 ……変な、夢だったな……。

 ミミは動かなくなった。


「……あれ。汚してる。誰?」

 ぎしり。

「……ああ……そっか。君が……」

 みしみし。

「送ってあげる。……私の主を、どうか宜しく」




図書カード

 マクルア・ツェリス記念図書館の利用者である証。司書により発行された、真鍮の金属板。利用者の名前と姿が記されている。

 この記述を参照し、図書館は利用者を描き出す。けれども何度も描き直していくうち、記述は滲んで、掠れていってしまう。

 『加筆を望むならインクをお求め下さい。それだけが確かなのです』

 この作品は某死に覚え系ダークファンタジーARPGを強烈にリスペクトしています。読んでいて不快な気持ちになったら、どうかそっとしておいてください。

 せめて言い訳を許してもらえるなら、最後のフレーバーテキストは本当に挿入するのか、投稿直前まで迷っていました。

 でも、好きなように書き、好きなように投稿する。誰のためでもなく。それが俺らのやり方だったな……と思って、敢行しました。

 一次創作として充分な程度のオリジナリティは確保しているつもりです。もしよろしければ、読んでやってください。

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